うみどりに続き、こだかも参戦出来たことによって、小規模の後始末はあっという間に終わった。正午を回る頃にはもう殆どの残骸は回収し終え、海上の穢れも九割は浄化出来たと言える。
工廠で軽めの昼食を摂っている一同ではあるが、初陣であるフレッチャーは、あまり顔色が良くなかった。これは後始末屋として活動するようになったら誰もが真っ先に通る道。肉片集めによって視覚と触覚で
「いやぁ、本当にみんなこうなるね。仕方ないことさ、僕だってそうなったんだ」
ニコニコしながらフレッチャーを宥める時雨。
「皆さん……アレに慣れてらっしゃるんですね……。後始末屋、凄いところです」
「君も何回かやれば慣れるさ。短期間でいくつも詰め込まれたら、嫌でも何も感じなくなるからね」
軍港都市に留まらざるを得なかった時に、溜まりに溜まった現場を一気に片付けていた時。否が応でも慣れるしかなくなったことで、肉片をトングで拾い集めることが苦では無くなっている。
フレッチャーも回数をこなせばそのうち何も感じなくなると、時雨が実体験を交えながら説明した。Z1の時と同様、後輩相手には先輩風をビュービュー吹かせているようである。
「……少しの間、お肉は食べたくありませんね……」
「みんな同じことを言うよ。気持ちはわかるさ」
そしてフレッチャーもこの発言。それが聞こえていたか、妙高が案の定クスクス笑っていた。
昼食後、海上では空母隊による薬剤散布が始まった。これが始まれば、終わりはもう近い。小規模ということもあって、半日ほどで作業終了となる。
うみどりだけでも人数が増えているところに、途中参加とはいえこだかも加わっているのだから、これだけ早く終わるのも無理はない。
「そのままでいいから聞いてちょうだい」
工廠では伊豆提督が艦娘達に説明を始める。フレッチャーは何から何まで初めてのことではあるが、今はそういうものだと納得してもらうカタチに。
「本来ならここから清浄化率の維持を確認してから次の現場に行くことになるんだけれど、今回から
「新しいやり方?」
「ええ、ここの後始末屋は、うみどりとこだか、2つの艦が使えるようになったんだもの。それを有効活用していこうと思うの」
その活用法というのが、この一番時間を使うであろう浄化率の維持の確認である。それはそれで非常に重要な時間ではあるのだが、そこに停泊している間は何もしない、出来ないというのがいつものこと。その間は休息ということにもなるのだが、現場が複数個ある場合はその時間も勿体無いために、片付いたとして次の現場に向かうということもしている。
だが今の後始末屋は2部隊。片方を先行させて、もう片方で維持を確認することも可能となった。
「こだかにはここにいてもらって、清浄化率の維持の確認、あたし達うみどりは先行して次の現場に向かうということになるわ。維持の確認もこれまでの丸一日から少し短くして半日になるけれど、こだかはなんだかんだ最新鋭の設備を入れているみたいだから、それでも大丈夫みたいなのよね」
こだかの設備は、言ってしまえば
それを活かすため、ここからはまた別行動。今はそれでも充分やれるくらいの後始末の量であるため、この手段の試験運用をしていく。
「だから、今の薬剤散布が終わったら次の現場に移動。次は中規模だから今回よりも時間はかかるわね。それをこだかに追いついてもらって、途中から今回みたいに共同作業。この流れを少し続けるわ」
他の後始末屋に現場を減らしてもらっているとはいえ、まだ複数個の現場が残っている状況。短期間で効率の良い手段を選択しようとすると、自然とこのやり方になると伊豆提督は語る。
本当なら完全に分業した方が効率はいいのかもしれないが、如何せん、こだかが昨日始まったばかりの部隊だ。そもそもの動きに慣れるまでに数日は欲しい。それは丹陽や代理のタシュケントも思うところのようなので、少しの間はこのやり方で続ける。
「今のところ聞いている現場はあと4つ。中規模3つと大規模1つよ。アタシ達が軍港に留まっている間に随分と戦いがあったみたいだけれど」
そこはまた気になるところではある。とはいえ、前回の軍港の時も、少し留まっている間に現場が5つほど溜まってしまったというのはあるので、今回も似たようなものだと納得した。本当にまずいところは既に対応済みなのだから、そこまで大きな不安はない。
今は出来ることを最速でこなしていくことが大切である。他のことを考えるのは後から。目の前にある脅威をクリアしていくことで次に繋ぐ。
薬剤散布も無事終了。海には穢れにより黒ずんだ部分は失われ、綺麗なモノへと戻すことが出来た。
全員の洗浄が終わったところで、ここからはまた別行動。こだかはこの現場にいてもらい、うみどりは先に次の現場への航行を開始。昼過ぎから動き出して、到着はまた翌朝ということになるようで、それまでは自由時間とされた。
「この時間は寝て身体を休めてもいいし、訓練を続けてもいい。それこそ、遊んでいてもいいくらいだ。自由時間だからな」
フレッチャーに説明する深雪。前回の自由時間は艦内散歩でうみどり内部を知ってもらうことに費やしたが、今からは本格的な自由時間。他の仲間と同様なことをしてもらう。
基本的には全て自分で決めることになるのだが、まだ方針がハッキリ決まっていないフレッチャーには、ここから何をしていいかわからない。
「白雲とグレカーレは相変わらず神風に鍛えてもらってるみたいだな。こりゃあ負けてられねぇ」
「なのです。電達も、もっと強くなっておきたいのです」
軍港都市での戦いは勝利することが出来たものの、だからと言って胡座をかいていていいわけがない。今よりももっと強くならなければ、出洲や阿手には勝てないのではないかとも思う。
基礎の部分はずっと続けておかねばならないし、さらなる力を手に入れたい。ならばやることは1つ。
「フレッチャー、あたし達は訓練に行こうかと思うんだけど、お前はどうする? 一緒に来るもよし、別行動でもよし。本当に自由だから、好きに考えて好きに動けばいいぜ」
言われて、フレッチャーは少しだけ考えた。やりたいことがわからないならば、まずはついていくべきではないか。何をやれるかを知るために、別行動よりは最も気が許せる相手──特異点と共に行動するのが一番ではないか。
それが訓練、今よりも強くなるために鍛える行為だというのなら、フレッチャーにとっても願ったり叶ったり。今後行くであろう
「……私も、鍛えたいです。今の自分が何処まで出来るかもわかりませんから、それを知りたいというのもあります」
「お、そりゃあいい考えだ。じゃあ、一緒に行こうぜ。あ、その前にちゃんと着替えてこいよ。それじゃあ運動なんて出来ないからな」
フレッチャーは相変わらずスーツ姿。流石にこれでは運動なんて出来やしない。
「わかりました。与えられた部屋にウェアが用意されていたので、それに着替えてくればいいのですね」
「そういうことだな。じゃあ、あたし達も着替えたら迎えに行くから、ここからは訓練だ。艦娘としての一歩だな」
「は、はい、頑張り、ます」
まだ自分の意思での選択をするのが難しいフレッチャーではあるのだが、少しずつ前進していけばいい。心の余裕はうみどりでの時間が解決してくれるはずである。
トレーニングウェアに着替えた一同は、揃ってトレーニングルームへ。そこでは基礎訓練中の白雲とグレカーレ、それを監督している神風の他にも、長門を筆頭にした身体を鍛えたいと思うものがそれなりに集まっていた。
設備の空きが無いというわけでは無いのだが、これまでのことを考えると、トレーニングルームは盛況と言える。
「今日は訓練に来たのね。貴女達も一緒にやっていく?」
「ああ、頼むよ。ただ、今日はフレッチャーの基礎の部分も見ておいた方がいいと思ってさ」
神風に言われ、今回の訓練の趣旨を説明した。ここに来るまでにフレッチャーと話していて、まずどれだけ出来るかを知るべきであり、そこから訓練のプランを選択しないと、やらねばならないことがもっとわからないだろうと。
「ん、わかったわ。じゃあフレッチャー、まずは何を何処まで出来るか調べてみましょうか。今は長門さんもいるから、設備を全部使って体力測定と行きましょう」
「あ、は、はい、よろしくお願いします」
トレーニングルームにいる者達は皆フレッチャーに優しく接し、設備の使い方から、やり方のコツ、記録が出せるようにと応援したりと、辛さを感じさせない工夫をしていた。
それはわざわざやっているというわけではなく、本心からフレッチャーを仲間として迎え入れているため、抵抗なく自然と出てくる言動。長門に至っては、深雪達と訓練する時のような褒めて伸ばすということまで取り入れているほどだ。
それによって、フレッチャーはなかなかの基礎体力を持っていることが判明する。カテゴリーBとして生まれているために即戦力であることは確かなのだが、だとしても最初からスペックが高め。
小規模とはいえ後始末を終えて音を上げていないところからもその片鱗は見えていたが、実際に計測して数値化してみると、それは非常にわかりやすい。
「強いて言うなら、筋力が普通より若干少ないくらいだ。だが、体幹でそれを補うことが出来ているようだな。柔軟性はトップクラスと言ってもいい」
計測していた長門が素晴らしいと頷いていた。それは
足りない部分を補うためならば筋トレがベストだと、とてもいい笑顔でフレッチャーにトレーニングを促す。それにはフレッチャーもタジタジだったが、こうして接してもらえるだけでも嬉しく、強くなるためのサポートをしてくれるのだからと喜んで受け入れた。
「昨日の夜もそうだけど、やっぱみんなと絡んで仲良く楽しめる方が、うみどりではやっていきやすいよな。みんな受け入れてくれてるんだし、居心地も良くなるってもんだ」
「なのです。せっかく生まれ変わったのですから、楽しく生きてほしいのです」
「だよな」
こうしてフレッチャーは後始末屋としての道を歩き出した。後始末自体にも、人間関係にも、まだ完全に慣れたわけではないが、少しずつでも表情は明るくなっていく。
一方、グレカーレは眼福眼福と言いながらフレッチャーの姿を舐め回すように見ていたという。