後始末を終えた小規模現場の清浄化率の維持をこだかに任せ、次の中規模現場に向かううみどり。艦娘達は艦内で自由時間を楽しむ。
深雪達はより強くなるためとトレーニングを欠かしていない。こういう時間こそ使わなくてはと、長門や神風に教わりながら、基礎や応用まで多種多様な運動をこなしていく。以前に伊豆提督から直々に教わったコサックダンスやバレエなども取り入れた。
フレッチャーもなるべく早く強くなりたいというのもあり、ゆっくりではあるが追いつけるように鍛えている。基礎訓練だって当然初めてなのだから。
「ふぃー……久しぶりだからか、かなり疲れたな」
「汗もいっぱいかいたのです」
深雪と電は身体をほぐすようにストレッチをしながら今日の成果を実感する。戦いの中の疲れとは違う、自分が成長していることがわかる疲れ。少しずつでも前進して、今よりもさらに高みを目指す者にとっては、その疲れすら心地よいものであった。
「なかなかに筋がいい。欠かさずやれば、正しく身につくだろう。身体を壊さない程度に鍛えていこうか」
「あ、ありがとうございます。頑張ります」
長門から言わせてみれば、フレッチャーは素質ある若者であるようだ。今回のトレーニングも初めてながらしっかりついてくることが出来ており、翌日もやろうという意欲もある。
長門はそういう者がより鍛えられる環境を作りたいと思える先達。フレッチャーのことを仲間であるとしっかり捉えており、その成長のために力を使おうと力になってくれる大人。
だからだろう、長門はこのトレーニングの間、フレッチャーを一度たりとも否定していない。上手く出来なかったとしても、それを叱るわけでもなく、やれている部分を褒める。それも、裏があるわけではなく本心から。
そうやって
「たった半日、いやそれよりも少ない時間だが、こなれるのが早い。フレッチャーは器用なんだろう」
「器用……ですか」
「ああ、これは誇れることだ。君の戦い方にもあっているだろう」
フレッチャーの戦い方といえば、その時々で艦種の変更をしながら、それに合わせた戦闘を即座に選択することになる。駆逐艦の戦い方だけではなく、他の艦種の戦い方も学んでおくとより強くなれるタイプ。
そして、器用ということは、それぞれの戦い方にすぐに馴染むことが出来るということでもある。駆逐艦が空母の戦い方をすぐに慣れることが出来るかと言われたら、それは流石に簡単には出来ないだろうが、フレッチャーはその器用さでどうにかするだろう。
性質としては電と同じ。電も器用なために別艦種の兵装が扱えるという特異点としての性質を扱えている。
「トレーニングがしたかったらまた言ってくれればいい。いろいろやってみて、成長していこう」
「は、はい」
これだけ長門に言われたことで、フレッチャーの精神性はまた一歩前に進むことが出来た。
初めてのトレーニングを受けたからか、夕食は先日よりも多く食べていたフレッチャー。初めてハードトレーニングを受けた深雪や電もそうだったが、その時とほとんど同じ。
そもそも後始末の最中の昼食では量が足りなかったということもあり、ガッツリとしたものであってもペロリと平らげてしまった。
「美味シイモノヲ美味シソウニ食ベテモラエルコトハ嬉シイモノネ。オカワリハイルカシラ」
そんなフレッチャーの食べっぷりにセレスも感心していた。トレーニング明けの者は大概モリモリ食べるが、フレッチャーもそこに属する者と知ると、まだいるかを尋ねる。
「えっ、あ、えっと……」
「遠慮しなくていいんだぜ。まだ食べられる量があるから聞いてきてくれてるんだ。食いたきゃ食った方がお前のためにもなるぞ」
「そ、それでは……すみませんがもう少しいただけると」
「ワカッタワ。小盛リクライデネ」
性格上、ここで遠慮してしまうのがフレッチャーなのだが、深雪の後押しもあって、おずおずとではあるが追加のご飯をお願いしていた。恥ずかしそうではあったものの、みんなが笑顔で受け入れるのだから、これでいいと思えるようになってくる。
別に図々しいとかそういうことは一切無い。許可が出ているものを貰っているのだから、誰も何も文句はないし、むしろ食え食えと言っているくらいなのだから、欲しいと思ったらもらえばいい。
これまで落ちこぼれとして扱われ、認められるために努力し、力を与えられても結局利用されていただけの米駆逐棲姫としての性質がどうしても残ってしまっていると言える。周りの目を気にしてしまう。自分を悪く見られたくない。認められたい。そう考え続けていた記憶が根付いてしまっている。
今のフレッチャーにはやはり、まだそこまで出来る心の余裕がない。昨日の今日でどうにか出来るわけがないのだが、前に進めるようになったとしても、こればっかりは簡単に何とか出来ることではないだろう。
「まぁゆっくり行こうぜ。余程のことじゃ無い限り、お前が何やったって誰も何も言わねぇからさ」
「……はい」
深雪に諭されてフレッチャーはひとまず頷いていた。
そんなフレッチャーを見ている者の中で、1人、複雑な感情を持っている者がいた。
フレッチャーを仲間として見ていないわけではない。むしろ、新たなうみどりの仲間であり、
「……ご自分の境遇と重ねてますか?」
それに気付いた妙高が、すぐにそれを口にする。言われたことで、小さく頷いた。
「なら、いっそ打ち明けてしまってもいいのでは? 話すのが難しい、嫌だという気持ちがあるかもしれませんが、悶々としているのなら吐き出してしまうのも手段ですよ」
「……そうかもしれません、ね」
その者──三隈は意を決したように頷いた。
夕食後、食堂から散っていく仲間達だったが、フレッチャーの前に三隈が立つ。
「フレッチャーさん、これからの時間、少し三隈にいただけませんか?」
突然の申し出に驚くフレッチャー。艦内散歩の際に少しだけ話した相手、その時にも米駆逐棲姫の記憶を獣道と称し、自分の歩いた道では無いのだから振り返らなくてもいいとまで言い切った相手。
深雪達も三隈がそうやって接する姿を見るのはあまり知らない。そのため、何とも言えなかった。
「え、えっと……」
フレッチャーはどうしても迷ってしまう。しかし、三隈の目は真剣そのもの。
「わかり、ました」
それに気押されたように、三隈の申し出を了承した。どうせこれからの時間も特別やらねばならないことなどない。時間をくれと言われて拒む理由もなかった。
「ありがとうございます。深雪さん達も付き合いますか? フレッチャーさんと1対1だと、話も聞きにくいでしょうし。気心が知れる友が近くにいることが彼女の心の支えにもなるでしょう」
「それでいいならそうさせてもらうよ。くまりんこ、なんかすごい真剣みたいだし。グレカーレ、冷やかしは無しだからな」
「あたしだってそれくらい空気読めるっての。わざと空気を読まないだけなんだから」
「それはそれでタチが悪いな」
ならそれでと、その足で三隈の部屋に移動。深雪達も加えるとそれなりの人数になってしまうものの、あまり外に聞かれたくない話でもあるようなので、それを素直に受け入れた。
フレッチャーと話をしたいというのがメインであるため、三隈の正面にはフレッチャーが、深雪達4人はその後ろを陣取った。他言無用のことなら外で見張ろうかとグレカーレが話すが、そこまでしなくていいと三隈は笑顔で制した。
何を話されるのかと、フレッチャーは緊張で生唾を呑み込む。三隈がここまで真剣な雰囲気を醸し出しながら自室に連れ込んでまで話すような内容だ。深雪達も緊張感に包まれる。
「まず一つ、フレッチャーさんには謝罪を」
「え……?」
「貴女の中にある米駆逐棲姫の記憶のことを、獣道と称してしまいました。今は振り返ることも難しいと思い、まずは忘れて前を向いてもらいたいというつもりで語りましたが、考えてみればそれも彼女の生きてきた証。その生を否定するような発言をしてしまいました。これについて、心よりお詫びします」
米駆逐棲姫とてやってきたことは酷いものである。三隈もその犠牲になっているのだから、いつも冷静であってもその存在に苛立ちを感じて否定してしまう気持ちもわかる。
しかし、フレッチャーにとっては
その彼女の境遇すら、三隈からしたら親近感があるのだから。
「彼女は悪い人間に道を決めつけられ、歩かなくてもいい道を歩くことになり、その結果道を踏み外してしまった。しかしそれでも、道を歩いてきたという事実は否定するべきものではありません。忘れるという言葉を使うべきではありませんでした」
「そ、そんな……その、三隈さんにも、すごく迷惑をかけてしまっていますから……」
「貴女がそれをそう思ってくれていることが、彼女の存在の証でしょう。なので、改めて謝罪をさせてください。存在を否定するような発言、申し訳ございませんでした」
自分ではない自分に対しての謝罪であるため、フレッチャーはどうすればいいのかわからず、その場で硬直してしまう。返す言葉も見つからず、ただ一言、はいとしか言えなかった。
「ここからは言い訳とも聞こえてしまうかもしれませんが、聞いていただけると。三隈は、フレッチャーさんに……というよりは、
勝手に落ちこぼれにされ、阿手の思い通りの手駒にされるという米駆逐棲姫の境遇。そこに三隈は思うところがあった。だから、苛立ちも覚えてしまい、その存在を否定すらしたくなってしまった。それが悪いことであることも理解した上で、我慢が出来なくなっていた。今では精進が足りなかったと反省している。
「その……境遇とは。聞いていいことかどうかはわかりませんが……」
「それを貴女には知ってもらいたいと思い、ここに来てもらいました。深雪さん達にも知ってもらっていいと」
「話しづらいことってことは聞いてるよ。だからこっちからは聞かない。それが暗黙の了解だもんな」
「はい、これまでそうしていただけたのは嬉しい限りです。このことを知る妙高さんにも感謝しています」
三隈は少し悲しげな笑みを浮かべた。そして、話し出す。
「三隈も、彼女と同じで、自身の道を親に定められた……縛られた者だったのです」
ついに明かされる三隈の過去。これによって、うみどりメンバーが艦娘となった理由が全員明かされることになりますね。