「三隈も、彼女と同じで、自身の道を親に定められた……縛られた者だったのです」
悲しげな笑みを浮かべながら話す三隈に、深雪達はどう反応するべきか困ってしまう。
フレッチャー、いや、米駆逐棲姫にとって、人生の指針を強制的に決めつけ、手駒として扱い続けた阿手と同等な存在が、三隈には存在したと語っているようなもの。それが実の親だと言うのだ。
「三隈は……いえ、ここからは少し話し方を変えましょうか」
コホンと咳払いをし、表情を正す。ここから先はあまり笑っていられないような話をするぞという前振り。フレッチャーはおろか、深雪達もゴクリと唾を呑む。
「過去の
まさに米駆逐棲姫と同じである。自分より上に立つ者の思うがままにされるだけの、ただの人形。意見を潰され、その意思すら剥奪され、そうしていることが一番であると思い込まされてきたただの人形。三隈はかつてそうだった。
三隈となった少女の家庭は、どちらかといえば普通の家庭である。平凡な両親から生まれたその少女は、異常な家庭環境で育ってきた。
それが、
「私は両親のために、必死に必死に勉強をしてきたんです。友達も作らず、遊ぶこともせず、ただ毎日を、親のために。それが私自身の幸せだと思って、
フレッチャーの中にある米駆逐棲姫の記憶を刺激するような三隈の言葉。自分はまだ生まれたばかりでも、自分もそうだったと思えてしまう。
米駆逐棲姫となった彼女もそうだった。何をしても認めてもらえず、落ちこぼれの烙印を押され、それでもただひたすらに努力を積み重ねた。ギリギリまでは認めてもらえず、しかし心がボロボロになったところで実験台となり、カテゴリーYとしての力を得たことで初めて報われたと感じるように。
「でも、結局は全て、親の夢のための道具としてしか使われていないことに気付けました。私の場合は……一歩間違えば本当に手遅れになりそうなところでしたが」
「何を……されたんですか」
「普通以上に勉強をさせるには何が必要だと思いますか? それは、全ての時間をそこに費やすことです。睡眠時間さえも」
三隈はかつて、両親から徹底的に管理された生活を送っていたという。解き放たれるはずの学校でもノルマを課され、帰宅してそのノルマを達成していなかったら体罰もされていたらしい。その結果、休憩中も勉強に打ち込まないと行けなくなった。
その上、家に帰っても勉強勉強勉強。食事の時間もそこそこに、身体を休める時間すら奪われ、少しでも気を抜くと異常なほどに怒鳴られ、殴られる。精神的にも追い詰められているのに、その勉強時間は睡眠時間すら削られた。
「勿論、そんなことをされたら集中力なんて削れる一方です。そこで私の両親は……とんでもない手段を使ってきました」
「とんでもない手段……?」
「はい、
その薬は、簡単に言えば違法薬物。意識を覚醒させて、集中力が増し、睡眠せずとも何時間でもやりたいことに打ち込んでいられるような精神性を齎すモノ。覚醒剤である。
飲んだその時には多幸感と共に集中力が増し、何でも出来ると思えるほどに力が増す。しかし、それが切れた時には一気にドン底に落とされ、集中なんて出来なくなる。
「それを飲めば勉強が出来ると言われ、何も疑わずに飲み、そして私はそれのせいでよりボロボロになった。勉強をさせるために薬を飲ませて、一時的に出来たとしてもその後にダメになって、思い通りにならないことを私にぶつけて……悪循環ここに極まれりだと思います」
最終的には、両親共に虐待というカタチでお縄につくことになるのだが、そうなった理由も三隈に押し付け、こうなったのは全て頭の悪いお前のせいだとまで言い放つ始末。
実際は親の目が届かない場所で倒れ、病院に緊急搬送されたことでその事実が発覚している。しかし、倒れたことを心配されるでもなく、勉強が出来なくなったことをコレでもかというほど怒鳴られ、手も足も出るほど。これは異常だと感じた救急隊によって通報され、この結末となった。
これまで一生懸命、それこそ文字通り命懸けで親のために言う通りにしてきたのに、自分の思い通りにならなかった時は当たり散らす。そんな親を知り、最初は自分のせいでと思ってしまうほどに心は壊されてしまっていた。
「私の症状は、いわゆる薬物中毒。依存性もあったため、もうそこからは勉強も何も出来ない、全ての時間を治療にあてられました。その間も不安で仕方なかったです。勉強が出来ない、親に怒られると、夜も眠れない毎日でした。それも今思えば全てが歪んだ道に私を置いた親のせいだと言えるのですが」
結局のところ、全ては親のせい。出来のいい子供になれば、自分の教育方針が間違っていないと天狗になり、何かあると全て子供のせいにして自分に非はないと言い切る。典型的な毒親に振り回された結果、三隈は人生で最も輝かしいであろう子供時代の大半を失った。
今でも親は反省のカケラも無いだろう。前科者になったのは全て子供のせい。自分達は何も悪いことはしていない。
「私は自分の道を自分で決められない、糸の切られた人形に成り下がりましたが……でも、糸が切られたが故に自由も手に入れました。なので、必死に……本当に必死に、依存症から抜け出して、光り輝く道に一歩踏み出そうと努力したのです。それが今、叶っている状態ですね」
薬物依存の治療中に、カウンセリングも受け続けたことで、三隈は少しずつでも人間性を取り戻していく。親に縛られ、自分で道すら探せないようにされていたところから、今のように仲間に道を説く程までになれたのは、このカウンセリングのおかげ。
ある意味では、那珂のように前を向くための恩人がいた。あらゆる選択肢のある道のスタート地点にまで手を引っ張ってくれた者。そこからも背中を押してくれた者。
そのままの中でも、三隈が艦娘という道を選んだ理由は、少々特殊なものだった。
「艦娘となったのは、最初は打算的なものだったのです。艦娘の身体になれば、私のボロボロにされた身体が元に戻ると聞いたので。この世界を守るための力をそんなことに使おうだなんて、罰当たりだと思いませんか」
「……それは……」
生きるために艦娘となった睦月や子日、酒匂のような存在もいるため、それを知る深雪達は口を噤む。その事実を知らないフレッチャーや白雲も、これには何と答えていいのかわからない。
「ですが、艦娘のことを調べる内に、この仕事に身を置きたいと感じたのです。世界の平和を守る、人々の明日を繋ぐ、高潔なお役目。それを心の底からやりたいと、初めて自分の道を自分で決めたのです」
もしその時も親に縛られていたのなら、まず艦娘について調べることも無かっただろう。そもそも親がそんなことすらさせない。脇目も振らず、自分の思い通りにしろと、思考の矛先すら管理し続けていたのだから。
だが、調べてみればなんて素晴らしいのだろうと感動した。命懸けかもしれないが、この世界の役に立つこと。それを身体のために使おうと考えた自分を恥じ、そして本気で艦娘になるために努力を始めた。その努力は実っており、今の三隈がいる。
親に縛られていた経験も少しは役に立つもので、一つのことに集中することが得意になっていた。そのため、一度決めたらスルスルとその道を歩むことが出来たらしい。
その際に、それまでの人生で捨てさせられた人間関係の構築の方法や、何もすることがない時の過ごし方、すなわち趣味の持ち方なども、カウンセラーに聞きながら学び、覚えた。将棋やオセロもその時に学んだものであり、コミュニケーション能力も飛躍的に伸びている。
「私は過去の私を捨て、艦娘三隈となった。それは自分の選んだ道であり、選んでよかったと心からの思える道でもあった。そのために、もう振り返らない、親のことも獣道の向こう側へと追いやったのです」
今では誰とでも仲良くなれるような大らかで自由、それでいて仲間思いな知識人となった。それも全ては努力の成果でもある。
とはいえ、毒親から受けた仕打ちと、これまでに壊された人生を獣道として自らの後ろに追いやり、そこを振り返らずに前を向く事で手に入れたこの人間性と考えると、悲しいものも感じる。
「貴女にとっての米駆逐棲姫としての記憶は、私にとってのその記憶と同等だと勝手に解釈してしまっていました。重ねてお詫びします」
「い、いえ……大丈夫ですので……」
「重荷と感じているのなら、一度手放してもいいのです。歩くのに邪魔であるのなら、置いて歩けば足も軽くなります。私はそうしました。ですが、それが必ずしも正解とは限りません。私には正解でしたが、貴女にそれが正解かは貴女次第ですよね」
その重荷のお陰でスピードが出ることもあるのだから、その荷物の考え方は人それぞれであると三隈は語る。三隈にとっての過去の記憶は、明らかに自分の進行を妨げる障害でしかなかった。獣道に連れ戻そうとする無数の手。だから三隈はそこに置いて、輝く道を自分の力で歩き出している。
ならばフレッチャーはどうか。米駆逐棲姫の記憶が歩くのを妨げるものになるか。
「貴女の中に残るその記憶は、貴女の歩みを妨げる障害になるでしょうか。それとも、貴女の歩みを助ける後押しになるでしょうか」
三隈の言葉にフレッチャーは何も答えられない。すぐに答えろという方が間違っている。それこそ考えねばならないこと。
「答えはすぐには出ないでしょう。ですが、私の経験から言わせてもらうのなら、辛いと思ったらまずは見ないことをオススメします。余裕が出来るまでは思い返さない。気にしない。それが一番です。仲間に頼り、引っ張ってもらい、押してもらい、今見えている道を歩きましょう。少なくとも、その道が間違っていることはありません。わからないなら身を委ねるというのも、選択としてはおかしいことではありませんから」
「……はい、ありがとうございます」
「何か悩みがあったら、三隈にもお話しください。導けるかはわかりませんが、話すだけでも気持ちは楽になれるはずです。三隈もそうでしたから」
最後は笑顔で、フレッチャーの手を取った。フレッチャーにとって、三隈はカウンセラーになり得る存在。少し違うが似たような境遇を持つ者として、力になれる。
フレッチャーは今後、仲間達の力を借りて前に踏み出す。話しにくいことであっても、聞いてくれる者、そして聞いたところでそれに対して悪いことを言わない者しかいないのだ。
三隈の暗い過去は、参考にしている話があったりします。元々この方向性で行くつもりではいましたが、より鮮明に見えるところを見つけたので。