三隈と別れた後、夕食後ということでそのまま風呂へ向かう深雪一行。明日も朝から後始末の予定なので、就寝時間までには眠る予定である。後の時間を有意義に使うならば、一日の事は早いうちに終わらせるのが一番である。
風呂に向かう間も、フレッチャーは少し俯き気味に考え事をしていた。その内容は誰が見てもわかる。三隈から聞いた、彼女の過去のこと。
「やっぱ、気になっちまうか?」
深雪に尋ねられ、小さく頷くフレッチャー。
その過去は、フレッチャーの持つ米駆逐棲姫のモノと近しいモノである。米駆逐棲姫ならば阿手、三隈ならば両親に、自分の思い通りになるように教育を施されたという共通点。本来歩いてきたであろう輝かしい青春時代を、悪い大人によって破壊されて、そうした張本人は悪びれることもないという地獄。
「あのお方は……今を前向きに歩いていらっしゃるのですね。それが、とても眩しくて……」
「だな……ぶっちゃけ、そんな風には見えないもんな」
深雪の三隈に対する印象は、暗い過去を感じさせないもの。優しく微笑み、正しい道へと導いてくれるお姉さん。戦場では策まで立ててくれる軍師である。
そのため、毒親に壊されていたとか、薬物依存を治療していたとかは、何処からも感じ取れない。今それを知ったとしても、本当にそうだったとは信じられないくらいである。
それだけ三隈は過去を振り切っているのだと言える。ただし、三隈にとっては思い出したくもない過去であるため、振り返らない、忘れるというカタチで割り切っているのだが。
「……私も、ああなりたいと思いました。前を向きたい、止まらずに進みたいと」
「がんばれ。あたし達も手伝うからさ。それに、いくらでも頼ってくれて構わねぇよ」
「はい……その時は、お願いします」
フレッチャーの表情は、僅かにまた明るくなったように見えた。自分と近しい境遇の者が仲間におり、それが自分よりも遥か前を行っているのならば、自分も同じように進みたいと思った。
そんなフレッチャーの考え方の進歩に、深雪達は全力で応えようと密かに誓う。せっかく解放されて仲間になったのだ。共に楽しく生きていくのが、うみどりのやり方である。
翌朝、うみどりは現場到着済み。こだかの方も現地での清浄化率の確認を終えて、現在合流に向けて航行中。
小規模の現場でリハビリを終えたうみどり一同は、次の中規模後始末もしっかり努めようとやる気満々。まだ現場がここを含めて4つもあるということで、今回は少し規模が大きめな現場のリハビリみたいなものである。
「こだかが落ち着いてくる頃には大体半分くらいかしらね。そこから二隻がかりでやればあっという間でしょ」
「そうね。一隻が先行して作業を始めるというのも、手段としてはなかなかいいと思うわ」
作業を始める艦娘達を見送りながら、工廠で伊豆提督とイリスが話していた。前回の小規模後始末から始めた二隻体制の作業だが、やはり効率はいいと感じる。単純な人数の多さもあるが、清浄化率を確認している間に先行出来るというのは非常に大きい。単純に現場を放置している時間が短縮出来るため、穢れの拡がりがそれだけ抑え込めるのだ。
どれだけ有効かはもう少し試してみなければわからないし、他にもやってみたいことはいくつかある。どれもが一隻でやっていたときよりは効率が良くなることは予想出来るため、試験運用中、また現場が混み合っている時に実証実験していくのがベストだと、伊豆提督は考えた。
「次はこだかに先行してもらいましょうか」
「そうね。あちらも最終的には単独で動けるようにはなってほしいものね」
「次も中規模だったわよね。なら、こだかに向かってもらいましょ。多少後始末に手間取っても、アタシ達が合流さえしちゃえば、作業はすぐに片付くもの。心配はいらないわね」
この二隻行動はリハビリもあるが、こだかの初陣でもあるため、より早く後始末屋としての動きに慣れてもらえるように動いているところもある。
小規模である前回の後始末の際も、作業中にボス代理であるタシュケントと情報共有はしていた。定期通信は勿論しているのだが、リアルタイムでここまでに何が起きたかを聞いておきたかった。
実際は事件的なモノは何も起きていない。潜水艦時代とは打って変わってみんなが明るく、うみどりで学んだことをそのまま取り入れているおかげで、自由時間にトレーニングをする者もいれば、久しぶりに料理をすると楽しんでいる者もいたとのこと。
今でこそ、うみどりがその後の作業などを保証してくれているが、時が経てば単独行動をする時も来るのだ。それの練習もしてもらわねばならない。
「大規模を任せるのは流石にまだだけれど、いずれはこだかだけで全規模に対応出来ることを祈りましょうね」
「ええ。それまでは私達もサポートしなくちゃね」
慣れるまでは勿論サポートはする。だが、今溜まっている残り4件を終わらせたら、一度別行動を取ることにしていた。コレに関してはタシュケントにも連絡済み。
最後の現場を終わらせてから、すぐに作業が必要とは到底思えないが、うみどりが東に行くなら、こだかは西に向かう。そうして依頼が来たらすぐに駆けつけて片付けるというのが今後の流れ。その現場の規模が大きく、片方が手隙であるならば、合流して2部隊がかりでの作業に。そうでなければ片方はすぐに移動出来るように待機というカタチに。
「それじゃあ、こちらはこちらでやることをやっておきましょ」
「そうね。あちらとも連絡を取りながらやらないとダメだものね」
裏方には裏方の仕事がある。提督ともなればその量は多い。伊豆提督とイリスも、頑張ってくれている艦娘達がより作業をしやすいようにその環境を整えていた。
今は専ら、次の戦いに向けての準備。島に突入するというところから考えれば、誰をどう使うかはすぐに思い当たるところ。
「この後始末が終わったらいろいろ動きましょうか。まずは三隈ちゃんね」
「そうね。陸戦に向けた準備をしないといけないわね」
三隈には第二改装が準備されており、またさらに特殊な形態まである。なんと、
重巡洋艦から航空巡洋艦へと変化した三隈は、そこからさらに水上機母艦へと姿を変える。しかし性能は殆ど航空巡洋艦から据え置き。そこに大発動艇などが装備出来るようになるのだから、次の戦いにはもってこいのスペックである。
「あとは……早いうちに終わらせておかないといけないわよね……梅ちゃんのこと」
「そうね。次の戦いでは、梅も大発動艇が使えるから主戦力よ。ただでさえ解体の力も持っているんだもの。だから、遺恨は残さないようにしておきたいわよね……」
「こっちは気が重いわ……何事も無ければいいんだけれど」
2人の言う梅のこととは、梅がカテゴリーW、つまり
梅が艦娘になることに最初は難色を示したものの、今は艦娘として戦っていることを応援してくれているという両親に、梅の身に起きたことを嘘偽りなく伝えるのは、どうしても気が重くなってしまう。
今のところ、伊豆提督はうみどりに所属している艦娘を失ったことがないとめ、家族に不幸を届けるようなことは一度もしたことが無かった。必要な者に対しては、定期報告として、軍規に則った程度に近況報告もしている。
梅もそのうちの1人であり、大体が後始末屋としていつも世話になっていることと、何事もなく仕事をしていることを報告して終わる。あちらもそれに対してそうですかそれはよかったと安堵しているような声色と、希望があれば梅本人の声を聞いて少しの時間話をするくらい。
しかし、今回はその内容がいつもと変わってしまう。どんなモノになるかが、全く想像がつかない。泣かれるかもしれない。罵られるかもしれない。そんな最悪な想像は、いくら伊豆提督であっても溜息を吐かせるには充分だった。
「梅だけじゃないわ。神威もでしょう」
「そうね……梅ちゃんの両親とは違うけれど、その分何か言われてもおかしくないものね……」
神威の両親は放任主義というわけではないのだが、自分で決めたことなのだから、何が起きても自分の責任だと言うタイプ。しかし、神威が人間では無くなったと聞いたら、責任だの何だの言っていられなくなる可能性がある。
どちらにしても、今回の事態はそれだけ特殊であり、初めての事例。うみどり、延いては軍そのものが全く予想が出来ない、これまでの長年の戦闘経験の斜め向こう側からの攻撃を受けてしまっている。回避しようがないとしか言えない。そんなことは言わないが。
「……覚悟決めるわ。いつかやらなくちゃいけないなら、すぐにやった方がいいでしょう」
「その方がいいわね。ハルカも胃薬用意しておく?」
「トシちゃんからオススメの薬貰ってるわ。それを用意して向かうことにしようかしらね」
冗談めいたことを話してはいたが、本気で胃薬は求めていた。
昼近くになってこだかが合流。そこから一旦うみどりは休憩に入り、その間はこだかの艦娘達に後始末をしてもらう。二隻での作業は、現場の片付けが途切れないという利点もあった。
今は天気がいいため、残骸が流されるようなこともないが、波が高いような日は、休憩中に残骸が流されてしまって、片付けの時間がより延びるということもあり得る。それが無くなるというのは大きい。
その間に、伊豆提督とイリスは梅と神威を呼び出した。勿論、空腹を満たした後に。
「ご両親に今回の件を伝えたいと思うの」
その話題が出されると、2人ともビクンと震える。やはり本人も気にしていたため、ついにその時が来たかと息を呑んだ。
「わ、わかりました。なら、梅も一緒に聞きます。すぐに何か口が出せるように」
「私も同じく。何事も無いようにするには、私達の言葉も必要だと思いますので」
「ごめんなさいね、苦労をかけるわ」
自分が事故に巻き込まれて人間では無くなっただなんて信じてもらえるだろうか。もし信じてもらえたにしても、艦娘をやめろと言われないだろうか。そういった心配から、2人ともどうしても表情が暗くなってしまう。
しかし、どうにかうみどりから去るようなことは無いように、最後の最後まで粘る覚悟はあった。これで親と今生の別れとなってしまったとしても、艦娘としての責任を果たすために。
軍港都市の戦いでも、特に重い被害を受けた2人の、これまでとは違う戦いが始まろうとしていた。
その話を聞いていた深雪と電、そしてフレッチャーは、どうしても気が気で無かった。
全員が物分かりがいいとは限らないのが人間。何事もないことを祈りましょう。