後始末屋の特異点   作:緋寺

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手を引っ張る文面

 うみどりは昼時に無事目的地に到着し、その場に停泊。天気も悪くなく、翌日も雨が降ることはないようである。少し風があるかというのはあるものの、暴風雨でもうみどりが傾いてそのまま沈むなんてことは妖精さん制御のおかげで起こらないので、多少は安心出来た。

 むしろ、風が強いと作業に支障が出るため、あまり悪い天気にはなってもらいたくないというのが実情。ワガママを言うならば、晴天すぎると暑くて疲れが溜まりやすくなるため、程よく曇っているくらいがちょうどいい。

 

 目的地に辿り着いた辺りで案の定、

 

「天気予報は……晴天、かつ風が少し強いみたいねぇ。作業に少し支障が出るかしら」

 

 前回の後始末の時は、中規模とはいえ海上の状況が非常に良く、深雪にとって初めての後始末がかなりやりやすい環境だった。いわゆる()()()()()()()環境。

 そのおかげで、深雪は後始末屋としての仕事をそこで覚えることが出来た。今度の後始末でも、その時の経験を活かして、初心者から中級者にランクアップしていくために活動することになるだろう。

 2回目ではまだ覚えなくてはならないことも多く、振り回されることも数ある。少なくとも、今回は活動環境という壁が立ち塞がることになりそうである。

 

「雨の航行が出来ているのは、奇しくも電の件でわかっているから、波に足を取られるとかは心配しなくても良さそうではあるわね」

 

 資料などをまとめているイリスは、深雪に対しての心配は感じていないようである。先日の夜の襲撃の際、雨と風の中でも外に飛び出し、当たり前のように航行を成功させていたため、海上の環境には左右されないと踏んでいた。

 妖精さんがいるかいないかわからない状態で、しかも朦朧としながらもうみどりまでやってきた電も、あの悪天候の中でも沈むことなく航行出来ていたことから、純粋な艦娘は海上の環境に左右されないことがわかる。ここも、元人間の艦娘(カテゴリーC)と純粋な艦娘の決定的な違いだろう。

 

 カテゴリーCは、あくまでも人間から艦娘になった者。()()()()()()()()だ。故に、訓練しなければ海上をまともに航行することも出来ず、風と波を乗りこなすことが出来なければ鎮守府への配属も出来ない。

 

「電は海上歩行訓練も終わらせているわ。最初は戸惑っていたみたいだけれど、慣れてしまえばすんなりね」

「深雪ちゃんと同じねぇ。なら、砲撃や雷撃も、妖精さんがいれば完璧にこなすと考えていいわけね」

「電の場合はメンタルが影響を与えているけれどね。航行は出来ても、攻撃が出来るかはわからないわ」

 

 電は、全艦娘で見たとしても、屈指の心優しい艦娘。侵略者たる深海棲艦すらも救えるものなら救いたいと話すくらいの善人。

 しかも、ここにいるカテゴリーWの電は、現状ネガティブの塊みたいな性格になっている。深雪のおかげで少しずつ解きほぐされているようではあるものの、今は攻撃なども難しいだろう。

 

「そこはゆっくり行くしか無いわねぇ。少なくとも、深雪ちゃんと面と向かって話せるようにならなくちゃ、後始末に参加してもらうことも出来ないもの」

「そうね。じゃあ、明日の後始末はここに呼んで、外の様子を見せてあげればいいと思うわ。映像で深雪を見ることが出来るようになれば、また話が変わると思うもの」

「少し強引になるかもしれないけれど、電ちゃんが望むならここで見てもらうのがベストかもしれないわね。イリスの意見、採用するわ」

 

 後始末の様子を電に見てもらうことで、うみどりの在り方を学んでもらうと同時に、深雪の姿をその目に入れる方向で行く。交換日記が出来るようになっているのならば、もしかしたらここで一方的にその姿を見ることが出来るかもしれない。

 

 勿論、電の心境次第ではどうしていくかは変えていくし、後始末を見たことによって気分を悪くする可能性もあるのだから、ケアも万全にしていきたいところ。

 電自身は、後始末屋の業務内容を理解した上で、うみどりの一員となることを望んではいる。しかし、実際に見たら考えを変えてしまう可能性もある。

 戦いの残酷な部分の()()()みたいな仕事なのだから、とびきり優しい性格の電には少々酷か。

 

「とにかく、やってみなくちゃわからないわよね。うん、アタシ達までネガティブになったら、メンタルケアなんて出来やしないわ」

「その通りね。なら、電には後から私から話をしておくわ」

「ええ、お願いね」

 

 執務室では、電の今後がトントン拍子で決まっていく。最終的にそれを望むが望まないかは、電次第ではあるのだが。

 

 

 

 

 午後の訓練に入る前に扉の前を確認する深雪。まだ交換日記は置かれていない。

 

「流石に電だってトレーニングが始まってるんだから、簡単には返せないよな、うん」

 

 自分のテンションが上がりすぎて、電に負荷をかけてしまっているかもしれないと少し反省しつつも、返信を楽しみにする深雪。

 

 電はこういう文章を熟考するタイプかもしれないし、誰かのサポートが無ければ書けないタイプかもしれない。だとすれば、朝に返して昼に返事を求めるのはいいことでは無い。

 深雪は即断即決、そういうところは頭が速く回り、直感的かつ感情的に文字を置いていくことが出来た。とはいえ、自分の文章で電が傷付くかもしれないという配慮は出来ている。

 

「一度でも返事をくれただけでも、あたしは嬉しいよ」

 

 電が隣の部屋にいても、もうトラウマが抉られることは無くなっていた。友達になりたいという気持ちが強く、過去のことを思い返さずに今を見て、未来に向かって歩く事が出来ているからこそ、もう沈んだ時のことを思い返しても身体が震えることはない。

 勿論、トラウマが無くなることはない。死を知っていることには変わりないし、その原因が覆ることもないのだから。しかし、それを正面に見据えても崩れなくなっていた。

 それもこれも、電がここにいてくれるおかげと言えるだろう。トラウマの原因となってしまった電は、トラウマを乗り越える軸にもなっている。

 

「頑張れ電。一緒に後始末の仕事をやっていこうな。優しいお前には肉片拾いとかはしんどいかもしれないけど」

 

 物騒なことを独りごちながらも、明日の後始末のためにトレーニングに励もうと改めて気合を入れた。午前中は筋トレだったが、午後からは電がトレーニングルームを使うはずなので、深雪はプールで水泳訓練。全身運動で筋力とスタミナを同時に鍛えつつ、悪夢を覆すための力を得る。

 一度は悪夢の中でも沈むことを回避出来そうだったのだ。もっと泳げるようになれば、絶望の悪夢を希望の夢に変えられるはずだ。そうなれば、今以上にトラウマをひっくり返すことが出来る。

 

 うみどりが停泊しているため、海でのトレーニングも可能にはなる。だが、翌日に後始末が始まるということは、今この近海では戦闘が繰り広げられているということにもなるのだ。前回の停泊とは少々理由が違うため、外でのトレーニングは極力控えることになっている。

 加賀、三隈、神威の三人は航空戦力として、これまで以上に周辺警戒を徹底する。万が一その戦場から深海棲艦が流れてきた場合は、こちらで対処しなくてはならない。大物がこちらまで来るかどうかはわからないが、うみどりを襲うようならば、撃破しなくてはならないのだ。

 

「何事もないことを祈るよ。だから、電も……な」

 

 壁に手をついて、電が無事に先に進めることを祈り、深雪は部屋から外に出た。

 

 

 

 

 一方、電は深雪からの交換日記の内容を読み、その思いを噛み締めていた。自分のことを許してくれている。自分のことをよく知ろうとしてくれている。手にかけてしまった自分なのに、その時のことを全て水に流してくれている。

 そんな深雪に、電はトラウマ以上に好感を得ていた。文章からだけでもわかる人柄。罪を持つ自分に対しても、それを上塗りするくらいの好意を見せてくれている。

 

 深雪自身も、トラウマを振り切るために交換日記を始めたわけだが、そもそもの根幹に電を責める気持ちがカケラも無い。文章からもそれが全て伝わってくる。

 力強い文字、嘘偽りない気持ちを、ノートの1ページに叩きつけていた。その姿すら、電の脳裏に浮かぶような感覚。

 

「深雪ちゃん……ありがとうなのです。電も頑張って、前を向きたいと思います」

 

 その深雪の言葉を見て、電も引っ張られていた。深雪がここまで前を向いているのに、自分がウジウジしていてどうするのだと自分を奮い立たせる。元々ネガティブな一面の方が強い電であっても、その手を強く引っ張ってくれる者さえいてくれれば、前を向くことは出来るようである。

 力が弱い電には、強引に向く方向を決めてくれる者が必要であった。それが、直接触れ合う事が無くても、言葉だけでも手を引いてくれる。深雪には、それだけの力があったのだ。少なくとも、電に対しては。

 

「お返事、書かなくちゃですね。まだ時間はあるし、少しだけでも……」

 

 と、筆記具を取り出す。電も深雪と同じように、なるべくなら早く返したいという気持ちが強く、しかし日記を熟読してそれを強く噛み締めることに時間をかけてしまうため、どうしても時間をかけてしまっていた。

 それで焦る必要は無いのだが、ネガティヴな電は、深雪を待たせることに罪悪感を覚えてしまう。

 

「えっと……夢でひっくり返すというのは、どのようにするのでしょうか……電もそうやって、怖い夢を怖くなくしたいです。教えてほしいです……と。あと……」

 

 後始末の話題について、電は考え込む。確かに、深雪に気付かれずにその顔を見ることが出来るのはかなり大きい。

 部屋の窓からも外は見えるのだから、どのような活動をしているかは確認出来る。そもそも後始末は何をするのかを見た事がない電には、その機会が与えられるのはありがたいこと。それに乗じて、深雪の顔を一方的に見ることが出来るのも、近付くための一歩になり得る。

 

「……電は……少しでも前に進みたいのです。怖いけど、怖いけど……」

 

 悩んでいる時、部屋の扉を叩く音。ビクッと震えながらも対応すると、部屋の前にはイリスが立っていた。

 

「ごめんなさいね。少しだけ時間を貰えるかしら」

「は、はい、大丈夫なのです」

 

 深雪と顔を合わせないようにするためにも、イリスは電の部屋に入り、そっと扉を閉めた。

 

「明日、後始末屋としての仕事があるのは知ってるかしら」

「あ、はい。深雪ちゃんの交換日記に書かれていたので……」

「それなら話が早いわ。電にはなるべくハッキリと見てもらいたいと思っているの。だから明日、執務室でその様子を見るというのを提案しに来たわ。ハルカと私の案なんだけれど、どうかしら」

 

 窓から眺めるより、執務室で見た方がもっとわかりやすいし、仕事の内容を説明することも出来る。今の電にはそれが最も適していると考えて。

 電はどうしても考えてしまうものの、今前に進みたいと考えたところにこの朗報だ。その一歩の幅が、少し大きくなる。

 

「……お、お願いします。イリスさんの案に、乗りたいと思うのです」

「そう、それなら良かったわ。じゃあ、明日またその時に呼びに来るから、今日は自由に自分を鍛えてちょうだい」

「はい、頑張るのです」

 

 

 

 

 交換日記のおかげで、電も少しは前向きになりつつある。深雪のポジティブさが、文字を通して電の手を引っ張っているかのようだった。

 




そして次回は少し久しぶりの後始末の仕事です。深雪は中級者への道を歩き、電は前を向くために深雪の顔を見るために頑張ります。
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