梅の両親への報告が終わり、次は神威の両親への報告の時間となる。ここで繰り広げられた問答で神威はどうしても不安そうな表情を見せるものの、だからといってここで引き下がるわけにもいかないため、先へと進む。
「神威ちゃんのご両親は、基本的には淡々としてらっしゃるわ。でも、今回ばかりはどうなるかわからないわよね……」
「私は……おそらく大丈夫だと思うのですが」
「どういう考え方をしているかはアタシも知っているわ。今回は状況が状況だもの。何を言われてもおかしくないと、アタシは考えてる」
神威の両親は、艦娘になりたいと話す神威に対して、否定的な意見を述べることもなく、命懸けの仕事を選択したとて、それが自分で選んだことなのだから、どうなっても自分の責任だと断言されている。
定期報告の時も、神威の活躍──空母隊としての活動と、補給艦としての活動──について伝えるものの、よくやってくれているのならそれでいいと、思ったより素っ気なく返事をしてくるくらい。
しかし、伊豆提督は看破している。神威の両親は、そう言いながらも神威のことをかなり強めに心配していることを。何が起きても自分の責任だからと神威に言い聞かせていたようだが、娘の独り立ちを応援するためにわざとそういう言い方をしただけ。
現に神威は両親のその態度のおかげで、今はそこまで負担がかかっていない。梅の家族がどう応えたかを見た後であっても、自分の両親は大丈夫だと思うと、両親のことを信じて言えるくらいには。
「それじゃあ、連絡するわね」
「はい、お願いします」
覚悟を決めて、神威の両親に連絡を始める。すると、数コールも待たない内に繋がった。こういうところからも、両親が神威のことを放任しているということではなく、むしろ逆であることが感じ取れる。
「……お世話になっております、伊豆です」
梅の時と同じように始める対話。画面越しに対面するのは一度や二度では無いのだが、今回はどうしても心持ちが違うため、伊豆提督としても緊張してしまう。神威の両親なのだから尚のこと。
やはり最初はいつもの流れから。駆逐艦である梅とは違う補助艦艇ということで、その仕事内容は事細かく伝えている。戦場に出ることよりもサポートの方が多いため、どういうことで貢献しているかを知ってもらう。
だが、こちらもやはりと言うか、伊豆提督の声色や仕草から娘に何かがあったと察される。ポーカーフェイスが苦手というわけではないのだが、今回は既に梅の件を先にやっていることもあって、より顔に疲れが出ているようにも見えたようである。
「……全てをお話しします。娘さんに起きてしまったことを」
梅の時と同じ切り出し方。伊豆提督ももう、他の言い方を考えていられないくらいに精神的にやられていた。なるべく冷静さを維持出来るように、こんな状況でも機械的に受け答えをせざるを得ない。
話すことは全く同じ。相手が違うだけで、やったこと、やられたことは全て同じなのだから、説明に色がつくこともない。
軍港都市で起きてしまったことの一部始終を、嘘偽りなく事細かく。先に一度
やはりと言っていいか、神威の両親は娘の身に起きたことを聞くと、驚きで顔を顰めた。貴方の娘さんは敵の攻撃を受けて人間では無くなってしまったと言われて、はいそうですかと言えるわけがない。少なくとも梅の父はここで怒号を飛ばしている。そうする権利を持っているのだから、それに対して申し訳なさしかない。
だが、神威の両親からはそういった反応は見られなかった。驚きはしているが、神威自身が画面越しに映ると、病んでいるわけでもなく前を向いていることがわかったからである。
だからだろう、神威の父からの言葉はかなり冷静だった。元凶は誰なのだ、と。話を聞いているとうみどりの失態による被害ではないことを理解出来たからか、真の敵が誰かを聞こうとしていた。
「すみません、それはお答えすることが出来ません。言い訳がましくなってしまいますが、娘さんの身体を変えたのは敵の組織ではあります。こちらでは、その治療の末に艦娘としての姿と意思を取り戻すまでは出来ましたが、未だその組織の技術力は未知のモノ。ハッキリ言ってしまえば
伊豆提督の言う行動、それは神威の父がどういう手段を持っているかは詳しくは知らないが、神威を今の身体にした元凶を探し出して、制裁を加えようとするだろう。
しかし、出洲一派はそんな簡単にどうにか出来るような相手ではない。軍が手をこまねいている相手に、言ってしまえば一般人である神威の父が何か出来るかと言われたら、まず間違いなく何も出来ない。それどころか、今の出洲一派は普通ではない力を振るえる恐ろしい存在。一般人が何かしたところで、何も抵抗出来ずに殺される、もしくは
神威は父がここまですぐ行動を起こそうとするとは思っていなかった。危険であることはわかっていても、娘がそんな目に遭ったのならば、動かずにはいられない。それくらいに娘のことを大切に考えている。
こうなったとしても自分の責任だと思っていた神威は、今ここで改めて親の愛に触れた。放任主義ではないとは思っていたが、自分のことを考えてこれまで行動してくれていたことを理解した。
「父さん、大丈夫です。私は私で決着をつけます。その上で、人間に戻れるよう、こちらで調べ尽くします。なので、危険なことだけは絶対にしないでください」
神威自身からもそう言われることで、表情に出ていないながらもヒートアップしかけていた父はゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
「こんな言い方はズルいかもしれませんが……私がこうなったのは私の責任です。父さんの言う通り、私が選んだ道の末にこうなってしまったのですから、ここからは自己責任です。その私が、決着をつけると決めました。艦娘として、仲間の力を借りて、前を向きます。ですので……父さん、その気持ちはとても嬉しいですが、危険すぎますので、私達に任せてください。餅は餅屋というじゃないですか」
娘からの説得は、親にはよく効く。ここまで言われたら、もう何も言えない。これでも何か言うならば、それは娘を信じていないことになってしまうし、娘からそこまで危ないと言われているのならば、娘のためにも自分達の身を守る必要がある。
本当なら、裏側で徹底的に調べ尽くして、娘を悲しませた元凶を探し出そうと考えていた。しかし、法的措置すら実力行使で突っぱねるようなテロ組織に足を突っ込むのはあまりにも危険すぎる。
「娘さんのことは、我々にお任せください。説得力はないと思いますし、信用も出来ないかもしれませんが、現在元に戻る方法を調査しています。必ず戻れるように尽力いたしますので」
伊豆提督からも再三願い出て、納得してもらった。神威の父も渋々という雰囲気はあったものの、娘がそれだけ言うのだからと、最後は折れた。
「母さん、父さんのことをよろしくお願いします。私は大丈夫ですので」
神威の母も、ここまで口を開くことは出来なかったものの、そう言われたら頷くしかなかった。表情は辛そうではあったが、娘がそう言うのならと。
梅の両親より静かだった分、逆に気持ちは重くなる。話も早く済んだとはいえ、これだけ言っても両親が暴走しかねないという危険が見えてしまったのは逆に心配である。
これでひとまず報告は終了。梅も神威も、まずは報告が出来たことに安堵した。親の反応は様々であったものの、娘のために怒りを見せたことで、愛情が深いことを再確認出来たというのは、それなりに大きなこと。
その愛情は、前を向かせるには充分すぎる。背中を押してくれる存在がいるというだけでも、今いる道を早く歩けるというもの。
「……ハルカちゃん、梅、ここからもっと頑張りますね。せっかく手に入っちゃった力も使いこなして、後始末屋として前向きに進みたいです。あれだけ怒ってくれたお父さんのためにも」
「私も、少し不安は残ってしまいましたが、信じてくれる両親のため、日々精進したいと思います。何かあったら癒しの煙を出しますので、言ってくださいね」
神威の最後の言葉に苦笑しながら、もう一度胃薬を呑んだ。
梅と神威は後始末を再開。執務室に残った伊豆提督は、大きな溜息を吐いた後、今度はまた別の場所に連絡を取る。
『疲れた声じゃの』
その先にいるのは瀬石元帥。その声色からさっきまでの精神的疲労を察して苦笑した。伊豆提督もそれにはすみませんと返すくらいしか出来なかった。
「すみません、急に連絡してしまって」
『構わんよ。そちらも今は大変じゃろうて。して、何かあったのかの?』
「はい、少しお願いをしたいことがあって」
瀬石元帥は笑いながら何かを聞く。だが、次の言葉で少し驚く。
「うちの神威ちゃんの両親のことなんですが、少し……その、
『監視とは物騒なことじゃのう。何かあったのか』
「はい、ついさっきですが、現状を報告しました。神威ちゃんがカテゴリーWとなったことで人間では無くなってしまったことを」
伊豆提督が全て説明すると、瀬石元帥はなるほどと納得。神威がいる手前、今は信じると言ってくれていたものの、いつ何を思って元凶を探し出そうとするかわからない。それは神威のためと思っているかもしれないが、間違いなく神威のためにならない。
最悪、現状維持のための強硬策を取ることになるかもしれない。これによって神威に
何も無いなら何も無いでそれでいい。だが、何かあった時には遅いのだ。
『わかった。艦娘の生活の維持も我々の仕事じゃならな。定期的に人を派遣しよう。やらかさないことを祈るが……まず拙いのは、今勤めている仕事を辞めようとした時じゃな』
「そうですね。そこに時間をかけようとし始めたら終わりです。確実な説得をしたいところですが」
『うむ。娘を愛しておるのなら、信じて何もするなと、儂からも言えるようにしておこう』
「ありがとうございます。愛情なのが困ったものですが……」
愛故の暴走は、止める側にも辛い決断を迫らされる。神威の両親が何もしないことを祈るばかりであった。
梅も神威も、両親に恵まれていると言えます。不遇を怒ってくれる親がいることは幸せでしょう。