後始末屋の特異点   作:緋寺

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手に入れた誇り

 清浄化率の維持を確認中のうみどり。時間は一晩であり、翌朝には出航することになっている。次の現場にはこだかに先行してもらって、翌日の昼過ぎに合流し、2部隊で後始末を済ませる方針。

 

 今はまだ夜になったばかり。夕食の後の自由時間。時間はあるとはいえ、こんな時間からトレーニングルームに行くような者もおらず、夜はしっかり眠るというのが基本方針。

 ただでさえ後始末で疲れているのだから、ここでしっかり睡眠をとり、明日に備えるというのが一番。気が急いていては、出来そうなことも出来やしない。

 だからか、すぐに席を立たず、食堂で駄弁っているものもちらほら。深雪達もその中の1人。

 

「流石に疲れてるよな」

「なのです……お腹もいっぱいなので、すぐにでも眠れそうなのです」

 

 朝からの後始末の疲れがあるため、眠ろうと思えばいつでも眠ることが出来るというくらいに疲れていた。それもまた、達成感のある心地良い疲れ。余計な戦闘に巻き込まれた時に比べれば、ずっとマシなモノである。

 それでも一晩しっかりと眠れば、殆ど疲れは取れる。その上、今回は現場に到着するまでに半日近くの時間があるのだ。その時間も休息に使えば、ほぼ完治と言えるくらいに疲れは無くなる。こればっかりは艦娘としてのスペックの高さ。

 

「フレ子ー、まだ2回目かもしんないけど慣れなー。これからも何十何百と拾っていくんだよー」

「その通りです、フレッチャー様。この程度でへこたれていては、先に進めませぬ」

 

 グレカーレと白雲が言うのは、まだ顔を青くしているフレッチャー。今回の後始末でも初心者にお馴染みの残骸拾いに専念していたが、まだまだ慣れることは出来ないらしい。

 時雨も5回の連続後始末で慣れざるを得なかったという経験があったが、フレッチャーもおそらくそれで慣れていくことになる。しかし、今はまだその段階まで辿り着けていないため、食事の後もぐったりしていた。

 

「最初のうちはそんなものさ。何度もやれば慣れることが出来る。次も精進しなよ」

 

 先輩風ビュービューな時雨が肩をポンと叩いて自慢げに語る。自分も青い顔をしていた上に、最終的には目が据わっていたのは、深雪の記憶にも比較的新しい方なのだが、同じようになっているフレッチャーを見てわかるわかると頷いている時雨は、見ていて何処か面白かった。

 そんな時雨も、今では率先して後始末を手伝っている正しく一員となった者。白雲もそうだが、カテゴリーMの片鱗は今や全く見せない程である。

 

「お前も慣れたもんだよな」

「当たり前さ。どれだけやっていると思っているんだい。あの海賊船の時だって散々拾い集めたんだ。もう一流の後始末屋と言っても過言ではないだろう?」

「そうだな。一流かどうかはさておき、一人前の後始末屋だろうよ。あたしがそんなこと言っちまっていいかはわからねぇけどさ」

 

 フレッチャーは初心者だからまだまだ慣れが必要だが、それ以外はもう一人前としてもいいくらいには育っている。海賊船での後始末が初めてだった白雲なども、今や抵抗なく後始末に参加出来ているのだ。それだけでも充分に認められて然るべき。

 最初は穢らわしいとまで言ってしまった白雲だが、深雪に叱られ、その在り方を見たことにより、その時の考え方が間違っていると理解し、今はもう後始末屋という仕事を誇りに思う程に成長している。これを一人前と言わずして何と言うか。

 

「皆さんは……やはり、回数で慣れていったのでしょうか」

 

 フレッチャーの質問に、全員が頷く。1回2回ではあの感触に慣れることは出来ないが、海を綺麗にしたいという気持ちで拾っていけば、自然と何も感じなくなると助言した。それがいいことか悪いことかはわからないが。

 

「こん中ではあたしが一番やってっけど、そりゃあ最初の方はうわって思ったぜ。でもさ、やってくと海がどんどん綺麗になるだろ。そっちの方が見てて嬉しいからさ、拾うことが苦じゃ無くなんだよ」

「……確かに……綺麗になっていることは気持ちがいいと思えますが……」

「お前、後始末が終わった後の海、ちゃんと見たことあるか?」

 

 首を横に振るフレッチャー。前回の後始末の時は、終わったら清浄化率の維持の確認をこだかに任せていたため、すぐに現場から発っている。そのため、終わった現場をしっかり見ることは出来ていない。

 艦内散歩の際にデッキは行っているものの、その時にはまだ俯いていたということもあり、海の様子なんて見られていない。桜のおかげで少しだけ上を向けたが、まだまだ余裕は無かった。

 今なら、もう少し前を向くことが出来るのではないか。自分達が綺麗にした海を、その目にすることが出来るのではないか。

 

「よし、じゃあ風呂に入った後でいいから見に行こう。夕涼みってヤツだ」

「いいことなのです。フレッチャーさん、自分がやったことがどれだけいいことかっていうの、ちゃんと見るべきなのです」

 

 特異点2人の言葉に、フレッチャーはひとまず従うことにした。まだ自分の意思で一歩踏み出すことは出来ず、引っ張ってもらわねば自分の行動が決められないという難点はあるものの、今の自分の行動に否定的では無いというので充分である。

 

 

 

 

 風呂の後、宣言した通りその足でデッキに向かう。今はもう夜ではあるが、幸いなことに今日は快晴。雲一つない空のおかげで、夜なのに月明かりが煌々と海を照らしている幻想的な情景。

 先程フレッチャーと話していた面々は全員便乗。時雨も今のフレッチャーがどういう反応をするかが気になったようである。

 

 風呂上がりということで全員がもう寝間着ではあるため、あまりフラフラ歩き回るのはよろしくないことではあるのだが、むしろこういう時だからこそ、みんなでゾロゾロ行動するのが楽しかったりする。

 

「今は疾ってないから風は強くないけど、軽く吹いてるから涼しいな」

「なのです。お風呂上がりの熱った身体が冷えていくのです」

 

 少し違うが()()ような感覚に気持ちよさを感じる一同。

 

「ほらフレッチャー、見てみな。これがあたし達の……()()()()()()()()の成果だ」

 

 深雪が促し、フレッチャーに海を見てもらう。夜ではあるが、月光に照らされたことで、その全容はハッキリと見えた。

 

 後始末作業をしている最中は、そこに直に立っていたため、ただ単に汚い海という印象が強かった。穢れに塗れ黒ずんだ海水。そこかしこに浮かんでいる拾い集めることにも抵抗が出てしまう肉片。戦闘の後であることを嫌でも知らしめてくる破壊された艤装。足の踏み場も無いような場所だってあった。

 それが今、そこには何もない綺麗な海。深海棲艦の亡骸から流れた体液も、そこから発生した穢れも、勿論肉片の1つも視界には入らなかった。月の光が反射して煌めいた、透けてすら見えるほどの綺麗な海。

 

「本当なら昼に見た方がわかりやすいと思うけどさ、夜は夜で()()()()だと思うぜ」

「深雪にしては風情があるじゃないか」

「なんだとこの野郎」

 

 時雨の茶化しも笑顔で受け取る深雪。だから電も止めることはない。友人としての戯れである。

 

「本当に穢れ1つ、一片たりとも残してないよ。どれだけ見たって汚いところなんてない。それがあたし達がやってることだからね」

「苦労をした甲斐があるものです。全ての海をこうするのが、うみどりの生業なのでしょうね」

「そりゃあ大変だねぇ。でも、それが戦いを終わらせるってことだもんね」

 

 ケラケラ笑うグレカーレに、クスクス笑う白雲。つい最近後始末屋としての活動を始めた2人だが、今この綺麗な海を見たら気分が良くなるのは当然のこと。純粋種故に、海に対しての思いは人間よりも深い。

 ここにいる者は全員が純粋種。フレッチャーは例外的な純粋種ではあるものの、海に対する思いは他の純粋種と近しい。その心の奥に()()が残っているとしても。

 

 だからか、フレッチャーは不意に涙が流れた。この景色に感動したからか、もしくは残っている記憶が後始末屋のやり方に感銘を受けたか。

 どちらにしろ、フレッチャーは心を動かされたということに他ならない。それこそ、これまでの悲観的な考えが吹き飛んでしまう程に。

 

「……汚れてしまった海が、ここまで綺麗になるのですね」

「なのです。電達が頑張れば、どれだけ広い範囲でも、どれだけ汚れた場所でも、全部こうやって綺麗に出来るのです。1人じゃ無理でも、仲間がいるのです」

 

 にこやかに語る電の言葉に、フレッチャーは仲間の大切さを改めて理解する。この広い海を全てここまでのモノにしようと思うと、それは一筋縄では行かないだろう。だが、仲間達と一緒なら、いくらでも出来そうだ。時間をかけても、仲間が一緒なら不可能じゃない。

 

「お前もその仲間なんだからな。一緒にやってきたから、この場所はこんだけ綺麗になったんだ」

「おっかなびっくり作業を続けていたとしても、それは間違いなく君のやってきた成果さ。他の仲間よりも量が少なくても、それをやったということに意味がある。君がいたからこそ、ここは綺麗になった。そう思えばいい」

「時雨にしてはいいこと言ったな」

「なんだと」

 

 ここの戯れの小競り合いは一旦置いておいたとしても、今ここでフレッチャーがやってきたことが()()()()()ことには変わりない。

 フレッチャーの中にある米駆逐棲姫の壊れた自己顕示欲は、正しいカタチで満たされていた。それがフレッチャーにも影響を与え、これまでの後ろ向きな気持ちが気持ちよく浄化されていくような感覚を得る。

 

「……私の成果……皆さんと共に歩いた軌跡が……この美しい海なのですね」

「ああ、そうだ。お前の成果だし、みんなでやってきた結果だ」

「私も……お役に立てたのですね」

「充分すぎるほどなのです!」

 

 フレッチャーの存在を否定する者なんて、もう誰もいない。グレカーレはニッと笑い、白雲は微笑み、時雨すら小さく笑みを浮かべた。

 

「私……私、もっと頑張ります。前向きに、この海のために、お役に立ってみせます」

「気張りすぎてもダメだよ。サボれるところではサボらないと。気を抜いて、のんべんだらりでいいんだよ?」

「グレカーレは気を抜きすぎじゃあねぇか?」

「そんなバカな。あたしはやる時はやるぞー」

「この白雲が保証いたしましょう。グレカーレ様は、やる時はやるお方ですよ」

 

 フレッチャーの誓いも、グレカーレが笑いに変えてしまった。とはいえ、それがここの空気だとわかっているのだから、フレッチャーは笑顔になる。

 これまでに出したことのなかった、心の底からの笑顔。報われたと思える程の、喜び。

 

 

 

 

 より前を向くことが出来たフレッチャーは、翌日から心機一転、表情が明るくなることになる。俯かなくなり、作業にも一層身を入れるようになった。

 後始末屋としての誇りを、ここで手に入れたのだ。




フレッチャーはこれで立ち直り、改めて後始末屋の仲間として片付けに従事していきます。あとは鍛えて強くなるだけ。
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