溜め込む羽目になってしまった後始末現場の最後の1つ、大規模な現場。規模が大きいのに放置せざるを得ない状況になってしまったため、そこに流れ出た穢れから、新たな深海棲艦が生まれてしまう心配があった。
そして、その心配は的中。現場に到着した際に、そこに深海棲艦が存在していることが確認されてしまった。それをどうにかしなければ後始末の作業を始めることも出来ないため、まずは出撃することになる。
そこにいた深海棲艦の中には、いわゆる姫級とされる、人間の姿に近い個体である軽巡棲鬼が含まれていた。姫がいるとなれば、しっかりと準備する必要がある。対話も目的としてはいたものの、どうにもならないようならば勿論撃破を優先。
しかし、それ以上にこれまでに無いことが起きていた。軽巡棲鬼は、ヒト型ではあるが異形とも言える個体。下半身が艤装に覆われており、どう見ても陸に上がれそうにない状態であることが特徴とも言える。
だが、この現場にいる軽巡棲鬼は、
「初めてあんな個体を見るが……油断は出来ん。妙高、可能ならジャミングを頼む」
「了解です。皆さん、私の側に来てください」
あちらが得体の知れない存在であることには変わりないため、こちらも出来る限りの慎重さで近付く。
そもそも軽巡棲鬼の周りには普通にイロハ級が屯しているくらいなのだ。姫である軽巡棲鬼よりも艦種が重いもの、重巡洋艦や戦艦も配下としてそこにいる。空母がいないだけ。
そのため、まずは妙高のジャミングを起動。妙高に敵対する者、視認出来る攻撃は全て外れるようになる。効果範囲は半径おおよそ10m。かなり狭いと感じるものの、それだけで攻撃が一切当たらなくなるのならば充分。
「あたしと電が前に出るよ」
「すまない。説得は特異点がした方が成功率が高い。くれぐれも気をつけてくれ」
妙高を囲う輪形陣のようなフォーメーションになるが、深雪と電がその中でも先頭に立つ。話をするため、今ここにいる純粋種の中でも、まだ話せる者。
「すぐさま攻撃を受けるかもしれないので、まずは動向を見ながらでお願いします。ジャミングを過信しないで」
「了解。臨戦態勢は崩すなってことだよな」
ジャミングがあるから絶対に攻撃が当たらないと思っていると、思わぬところから痛手を負う可能性がある。深雪達も実際、そういう搦め手によって妙高を止めたということもあり、警戒は常に怠っていない。
今一番怖いのは、視界に入っていない海中。軽巡棲鬼がそこにいるとしても、完全な視野の外からの攻撃はジャミングが出来ない。以前は陸での戦いということもあって潜水艦の警戒は不要だったが、ここは海上。見えている範囲だけが敵がいる場所ではない。
特に妙高は重巡洋艦、ソナーが装備出来ないために、潜水艦に対しては完全に無力。ジャミングの中でも特にわかりやすい欠点。
「よし……行こう」
「なのです。きっと話を聞いてもらえると思うのです」
それは淡い思いなのかもしれないが、少しでも可能性があるのならそうなってほしいと電は願った。深雪もそれに応じるように笑顔を見せた。
現場に近付いたところで、軽巡棲鬼も深雪達の存在に気付いた。瞬間、配下の深海棲艦達が一斉に臨戦態勢に入る。特に戦艦──今回は大型な盾を両手に持つル級が軽巡棲鬼の前に躍り出て、御身を護らんと言わんばかりに守りを固めた。
「待ってくれ。あたし達は戦いに来たわけじゃない。話をしに来たんだ」
その状況でもスタンスを崩すことなく、深雪は構えることなく言葉を投げかける。戦闘する理由はない。今はただ、ここにいる理由を尋ねるのみ。
だが、深海棲艦が艦娘の言葉を普通に聞き入れるかと言われれば、まずそんなことは起きない。そもそもイロハ級は人語を理解しているかもわからない。姫であれば外見の通り人語を理解して会話も出来ないことはないのだが、この軽巡棲鬼にそれが出来るかはわからない。何せ、見たことのない特殊な個体なのだから。
「頼む、まずは話を聞いてくれ。武器は持ってるけど、攻撃するつもりはないんだ」
「お願いなのです。少しだけでいいので、話を聞いてほしいのです!」
懸命に訴えかける2人だが、イロハ級は聞く耳を持たず、もう砲撃を開始してしまった。
しかし、その砲撃は妙高のジャミングによってあらぬ方向へと飛んでいく。距離と方位を騙すことによって、構えていたとしても既に照準が狂っていた。
「あたし達は殺し合いをしたいわけじゃあないんだよ。特にお前、見たことがない特別な奴なんだろ。話、出来ないか」
砲撃の音に掻き消されそうになってしまっているが、あくまでも冷静に、深雪は軽巡棲鬼に訴えかける。イロハ級にはもう話は通じないと判断し、ジャミングによって身を守りながら、軽巡棲鬼にのみ狙いを定める。
力強く、しかし優しさも兼ね備えたその眼差しに、軽巡棲鬼は視線を返した。見れば見るほど、那珂に似ている部分が見えてくる。
だからだろうか、軽巡棲鬼は配下のイロハ級を手を上げることで制した。姫がそうしたのだから、反発などせず、すぐさま砲撃を止めた。何故そうさせたという表情も見せず、深雪達への敵意だけは増し増しで。
「……君達ハ、
この軽巡棲鬼の言葉に、全員が驚愕の表情を見せた。それを見たことで、軽巡棲鬼はなるほどと納得したような仕草を見せた。
最初のセレスと比べると比較的流暢な話し方。片言ではあるものの、人間味のある物言い。
「事情、説明スル。君達ハ、多分聞イテクレル」
「ああ、ちゃんと聞く。争い合う必要は何処にもないんだ。あたし達は危害を加えない」
深雪は凛とした瞳で軽巡棲鬼を見つめる。本心からこう言っているのだと伝えるために。余所見もしなければ、意志もブレない。
そんな深雪に軽巡棲鬼は、何を思ったのか頬を赤らめて目を背ける。深雪は目力が強すぎたかと少々反省するが、電は軽巡棲鬼がどういう思いで目を背けたかをしっかり理解していた。
イロハ級に囲まれた状態で姫と対話を試みるだなんて恐怖以外の何モノでもないのだが、ジャミングのおかげでひとまずは難を逃れている。妙高の視界に全員入ってもらわねばならないというのがあるが。
軽巡棲鬼自体が配下を止めているため、撃たれることはないだろう。しかし、軽巡棲鬼以外は艦娘を前にしてピリピリしているのは間違いない。長門や秋月は、すぐに反撃出来るように臨戦態勢だけは怠っていない。加賀に至っては、既に哨戒機を飛ばしているレベルである。
こちらから攻撃することはないが、攻撃してきたら反撃はするという意思を見せている。自分達から仕掛けておいて、やり返したら艦娘が信用出来ないなんて言われても困るからである。
「で、何があったんだ。深海棲艦の姫がそうやって話してもらえるのはありがたいんだが、兵器ってなんだ」
「ココニ、
小型の寄生生物と言われたら、それはほぼ間違いなく深海忌雷。大規模な現場だからこそ、そういったものは隠しやすいし、不意打ち気味に寄生すれば、そこから大惨事が狙える。
だが、軽巡棲鬼が話を進めていくうちに、徐々におかしな話が出てきた。
「私ハ、元ハミンナミタイナカタチヲシテイタノ。生マレモコノ海。最初カラ、残骸ガイッパイノ海」
「後始末を放置してたから生まれたってことだな。周りの奴らも一緒に生まれたって考えりゃいいか」
「ソウ。コノ言イ方ガ合ッテルカワカラナイケド、私ハ
聞いていくことでわかっていくこと。この軽巡棲鬼は元々は軽巡ヘ級。イロハ級の一体であり、お世辞にもヒト型とは言えない異形。人のような器官はいくつかあったが、それ以上に艤装に覆われている部分が多く、下半身すら持たないバケモノである。
現軽巡棲鬼、元軽巡ヘ級であるこの深海棲艦は、穢れまみれなこの海域で仲間達と共に生まれ、まともな自我もない野生の獣として本能のままに暮らすつもりだった。その本能とは当然、侵略。ある程度残骸周りで身体を慣らしてから、そのまま人間の社会に侵攻する気満々。
だが、その身体の慣らしの際に軽巡ヘ級は、知らぬうちに残骸に仕掛けられていた深海忌雷を艤装に備え付けられている口部で
「私ハヨクワカラナイケド今ノカタチニナッタ。ソウシタラ、
「マジかよ……大体いくつくらいか覚えてるか」
「5ツ……ダッタト思ウ。デモ、ソレハ全部、
更なる驚きに繋がった。この軽巡棲鬼は忌雷が5体も寄生されている状態なのだというのだ。
そもそも忌雷が深海棲艦に寄生するという事例はこれまでに無かった。そういう自体が引き起こされる状況に無かったというのもあるが、寄生した者を深海棲艦に変化させる忌雷を、元々深海棲艦である者に寄生させた場合の挙動は完全に未知数であった。
下手をしたら忌雷にも僅かに自我のようなものがあり、その辺りを判別して寄生している可能性もある。グレカーレがやられた時は、意思があるような動きを見せたいたのだから、その説には説得力がある。
そんな忌雷が、本当にたまたま偶然に、軽巡ヘ級に喰われてしまい、僅かな自我で逃げ出そうとしたか、それとも諦めて寄生を開始したか、そのまま一体化を図った結果がこれである。
軽巡ヘ級が寄生されたことでヒト型となり、そこから更に周辺に存在した忌雷を全て取り込んだ。最初は理性というものが働いておらず、変化の快楽を再び味わうたまに本能のまま探し出して自らに寄生させたと軽巡棲鬼は少し恥ずかしそうに語った、
何体か寄生させた時点で理性が生まれ、自我を持ち、知性まで得てしまったらしかった。本人は意図せず、深海棲艦の進化の道を辿ってしまい、今に至ったと。
「……だったら、あたしなんてこうやって話す相手じゃないんじゃないか? お前達にはあたしが特異点だってことが見てわかるんだろ」
「なのです。特異点は深海棲艦には光って見えるって聞いているのです。その忌雷は、特異点を始末するために仕込まれていた兵器なのです」
そう言われて、今度は軽巡棲鬼が驚く番だった。
今の彼女にはそんな気持ちが何処にも無いらしく、そもそも侵略という気持ちすら失われてしまっているのだという。ここにいる仲間達は、自我も理性も薄いが、軽巡棲鬼と化したこの深海棲艦に付き従うカタチに変化しているため、今のままならば人類には一切害を齎さない特殊な個体になっている。
「ワカラナイ……デモ、アノ兵器ヲ食ベル度ニ、頭ハスッキリシテイッタノ。誰カヲ始末? シナイトイケナイナンテ気持チ、最初ハアッタカモシレナイケド、今ハ何処ニモ無イヨ」
「マジかよ……どうなってんだお前」
ありがたい話ではあるが、謎が深まりすぎていて困ってしまうパターン。それもまた、深海棲艦が寄生されたという特殊な状況から生まれた状況か。
謎が謎を呼ぶ軽巡棲鬼。突然変異にしては、あまりにも
見た目としては、本当に脚が生えただけの軽巡棲鬼。でも中身はとんでもないことになっている存在。