後始末屋の特異点   作:緋寺

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二度目の後始末

 その日のトレーニングは無事終了。深雪は水泳訓練でより泳げるようになり、潜水艦達と並走とまでは行かずとも、フォームもかなり綺麗になっているおかげで泳げる距離も速さも上がっている。

 さらに言えば、泳ぐだけでなく、素潜りも多少は教わっている。スタミナが少し増えたこともあり、数メートル沈んでいる状態だとしても、何とか海上まで浮上出来るくらいにはなっていた。

 

「つ、疲れた……。横に泳ぐのと()()()()のは勝手が違うな……」

「でもでも、ちゃんと出来てたよ。深雪ちゃん、潜水艦の才能もあるのかもしれないね」

 

 伊26に褒められて、潜水艦にこう言われるということはお世辞ではなく正しい泳法を身につけられているのだと実感出来た。

 これなら悪夢の中でも浮上が出来るはずだ。トラウマを明確に振り切ることが出来る技術を手に入れる事が出来た。

 

「これで、夢の中でも沈まなくなるかな」

「きっと大丈夫! ニムが保証しちゃう! フーミィちゃんもどうかな?」

「大丈夫だと思うけど、もっと速い方が沈まない」

 

 伊203は相変わらずである。とはいえ、これでもう沈まないと潜水艦からの保証が得られたのはかなり大きい。

 

 夢の中という誰も知らないし干渉も出来ない場所では、自分の力だけが頼りになるわけだが、それを最も泳ぎが得意な存在に大丈夫だと言われれば、それはもう大丈夫と考えるしかない。

 むしろここで自信に繋がってくれるのならば、夢の中でもしっかり身体が動いてくれる。身体に泳ぎが染み付いてくれているのなら、きっと大丈夫だ。

 

「この疲れ、明日に残らないよな?」

「残らない残らない。今すっごく疲れてても、お風呂入れば綺麗さっぱりでしょ?」

「そうなんだけどな、明日はほら、あたしちょっと張り切っちゃってんだ」

 

 この水泳訓練でかなり消耗してしまっているため、明日に疲れが残らないかと少し不安になったものの、いつも通りならここから風呂、そして夕食からもう一度風呂に入り、そこからグッスリ眠ることが出来れば、疲れを持ち越すようなことなんて無い。

 那珂から受けた倒れるほどのスタミナトレーニングでも、ゆっくり風呂に浸かってしまえば、翌日どころかすぐさま疲れが無くなるレベルだった。

 

 しかし、深雪は明日の後始末に対する気合が少々違った。その後始末を、電が見ていてくれるかもしれないと思うと、自分の()姿()を見せるためにどうしても気持ちが昂ってしまった。

 これはあまり良くないこと。気合が入りすぎると、却って失敗が続くもの。緊張しているより、そちらの方が面倒なことが起きる。

 

「変に気合が入ってると、うまく行かない。速く動くには、力を抜くことも必要」

 

 伊203ですら、それに対しては落ち着けと言ってくるくらいだ。理由は理解出来るし、そうなってもおかしくないと納得もしているが、だからといって許容するとは誰も言っていない。

 

「電に見てもらいたいのはわかる。でも、私達の仕事は、見せることじゃなくて、後始末だから」

 

 マイペースでスピードのことばかりの伊203からのそんな言葉に、深雪も少し気持ちを落ち着かせた。

 

「悪ぃ、ちょっと空回りしてたんだろうな」

「そうそう、後始末は心が落ち着いてないとうまく出来ないからね。深呼吸深呼吸、まだその日でもないのにこんなんじゃ、お仕事なんて出来ないよ?」

「そりゃあダメだ。見てもらうためには、まず参加しなくちゃあいけない」

 

 伊26に言われるがまま、一旦深呼吸。頭に血を巡らせ、もっと冷静に考えられるように落ち着く。

 仲間に言われるまでもなく、自らこの選択が出来るようにならねばならないのだが、そういうところで見ると深雪はまだまだ未熟な方。精神的な成長はどうしても時間がかかるものである。戦闘の技術と違って、これは生きてきた時間に直結するだろう。

 

「それじゃ、お風呂行こ……と思ったけど、電ちゃんも入ってるかな」

「あー、あっちはあっちで那珂ちゃんのスタミナトレーニングだもんな。あたしみたいに倒れるまでやってないと思いたいけど」

「私が見てくるから待ってて」

 

 言うが早いか、伊203はもうプールから出て風呂の様子を見に行っていた。相変わらずだと苦笑しつつ、身体はちゃんと拭いていけと叫ぶことになった。

 

 その後、何事もなくその一日が終わる。仲間達の協力で、深雪と電はまだ顔を合わせることは無く生活出来ている。だが、それも近々終わりを迎えるだろう。

 

 

 

 

 そして、翌日。総員起こしの声で目を覚まし、伸びをしながら窓の外を眺めると、そこには昨日無かった戦闘の廃棄物が浮かんでいた。うみどりは夜の間にまた移動していたようである。

 おそらく、夕食後の自由時間の時に、今回の依頼者から戦闘終了の報告が来ていたのだろう。なるべく早く仕事が始められるように、艦娘達が寝静まっている間に現場に到着していた。

 

「うお、前回よりも少し多いか……?」

 

 着替えながらもその規模を確認する。深雪の見立ては若干違っており、廃棄物が多いのではなく、あちらこちらに散らばっているせいで規模が大きく見えるのだ。勿論、深海棲艦の亡骸もそこら中にあるのだから、戦いは苛烈を極めたと見てわかる。

 

 今日は前回の後始末の時より風が強く、その分波も高い。その結果、ひとまとめにしてあったとしても、廃棄物があらゆる方向に流れていってしまう。同じ方向に流れてくれればまだいいのだが、あるものは東へ、あるものは西へと、意思を持っているかのように散乱していく。穢れを海中に拡げようとしているようにすら見えた。

 こういうこともあるから、後始末は時間勝負なところもある。戦闘が終わったら、そこが例え最悪な天候であっても、早急に赴いて片付けなくてはならない。一晩でこれなら、一日経ったら後始末出来ないくらいに散らばってしまいかねない。1つでも残っていたら、そこから穢れが拡がって、新たな深海棲艦の棲家になってしまうのだから。

 

「こりゃあ……やりがいのある仕事になりそうだぜ」

 

 俄然やる気が出てきた深雪は、早速部屋から出る。と、すぐに引き返し、昨日の夜のうちに返信を書いておいた交換日記を手に取った。そして、扉の前に置く前に中をペラペラと捲り、そこに書かれていた電の言葉を噛み締めるように読む。

 

『夢でひっくり返すというのは、どのようにするのでしょうか。電もそうやって、怖い夢を怖くなくしたいです。教えてほしいです』

 

 対する答えは簡単だった。うみどりでみんなと一緒に過ごして、鍛えて、悪夢を覆す事が出来そうな行為を知ること。

 沈むなら、浮かべばいい。だから、泳ぎを覚えた。ぶつかって沈めてしまうのが怖いのなら、その衝撃を減らす手段を覚えればいい。深雪の知る限りでは、相撲の経験である。ガッチリ強めにぶつかっても、しっかりと組んでしまえば沈むことはない。

 

『後始末の話、イリスさんにも聞きました。電はまだそれに参加することは出来ませんが、執務室で説明を受けながら見ることが出来そうです。電はそこで、少しだけでも前に進もうと思います。こちらから一方的になりますが、深雪ちゃんの姿を見せてもらおうと思います』

 

 ここにはこう書いてあるものの、見たらトラウマを抉られる可能性はある。全部を見ていてくれとは言えないが、深雪の姿を視認することが出来れば、より一層前に進めるはずと、勇気を振り絞ってくれたことが嬉しかった。

 

「電、見ててくれよな。かっこよく……とかそういう感じに気負わないように、確実に後始末を成功させてくるから」

 

 昨日のように間違った気合の入り方はもうしていない。落ち着いて、冷静にことを終わらせる。今回は特に厄介な現場のようだから、また誰かに教えてもらいながら、後始末屋の一員としての役割を果たすのだ。

 

「あたしが頑張れば、電も勇気が出せるのかな」

 

 ふっと笑いながら、交換日記を電の部屋の扉に立てかけて、食堂へと向かった。空回りするやる気はもう振り払った。トラウマだってほとんど感じていない。

 

 今の深雪は後始末屋。電のことも大事だが、世界の平和に繋がるこの仕事も大事。優先順位をつけようとすると困ってしまうが、どちらもやらねばならないことなのだから、まずは直近のことをこなす。

 電もそれを望みそうではある。自分のことよりも世界のことを気にかけてほしいと。ここで後始末に行かなければ、戦いはさらに長引くのだから。

 

 

 

 

 朝食後、すぐに全員が工廠に集まり、後始末をするために準備を始める。既に全員分用意されたインナーとマスクを身につけているうちに、主任達が整備した艤装も運ばれてきた。

 武器を持つわけでは無いものの、サポーターである兵装の妖精さんも、今回は見送りに来ていた。主砲を装備したりするのなら一緒に向かうのだろうが、今回は後始末であるため非武装。妖精さんの仕事は無い。強いて言うなら電探辺りになるか。

 

「深雪、今日は電探装備よ。風が強いから念のためね」

「そうなのか?」

「残骸が波に流されてるかもしれないから、今日は広めに散策もすることになると思うの。だから、妖精さんのサポートも必要ね」

 

 神風に言われ、サポート妖精さんと指先でハイタッチ。相変わらず、しっかりと心を通わせているのがわかる。

 

「航空戦力の3人に常に哨戒をしてもらって、後始末の規模を再計算してもらってるわ。だから、作業が出来る人が少しだけ減るの。風が強いとこうなるから少し厄介ね」

「なるほどな。だからあたし達も電探で索敵……じゃなくて、探索する感じになるわけだ」

「そういうこと。作業しながらも電探の感度は最大にしておいて。見逃し厳禁だから」

「了解。妖精さん、頼むぜ」

 

 深雪のお願いに、妖精さんもビシッと敬礼。息のあった連携が期待出来そうである。

 

 一方、電は執務室へ。朝食を部屋で終えた後、少しだけ交換日記を読みつつ時間を使い、イリスに呼び出されたことで、誰もいない廊下を歩いて到着。

 

「きょ、今日はよろしくお願いします」

「硬くならなくていいのよぉ。今日は電ちゃんが後始末のお仕事がどういうものかを知るための時間にしようと思っていたんだもの。でも、ちょっと過激な映像になるかもしれないから、そこだけは肝に銘じておいてちょうだい」

「は、はい、わかったのです」

 

 用意された椅子に座ると、イリスが準備のために部屋を出た。そして少し経ったところで、執務室の壁に外の映像がいくつも現れた。

 戦いの後の残骸まみれの海上が映ったことで、電はヒッと声を上げる。亡骸も当然そこにあるため、どうしても()()()モノを見ることになってしまう。

 

「戦いの後の場所だから、こういうものが見えてしまうの。電ちゃんには辛いかもしれないけれど」

「い、いえ、大丈夫……なのです。ここがそういう場所であることは、教えてもらっているので……」

 

 この世界のことは理解しているつもりの電だが、現実として見たらどうしても反応してしまう。それは仕方ないことだと電も納得せざるを得ない。

 

「やっぱり風が強いわね。波が高いわ」

「そうなのですか?」

「ええ。だから今日の後始末は少し難しいの。深雪ちゃんは今日で2回目だから、少し難儀しそうね」

 

 深雪の名前が出ると、それはそれで反応するのが電。

 その顔を見るためにここにいるのだが、勇気を出すまではまだ少しだけ時間がかかりそうである。

 

 

 

 

 深雪にとっては2回目の後始末が始まる。波が高い海上は、どうしても難易度が上がってしまうものの、それもクリアしてこそ後始末屋。ここで初心者を脱却し、うみどりのメンバーとしてランクを上げたいところである。

 




中級者向けステージに辿り着いた深雪は、ここで肉片集め以外の技術も学ぶことになるでしょう。
そしてそれを見届ける電は、深雪との対面が出来るところまでいけるのか。
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