深雪達だけでなく、急遽戦場に投入された非武装の姫セレスとの対話により、軽巡棲鬼が率いる部隊は萎縮するようにうみどりへと向かうことになった。ひとまず後始末の現場から互いに無傷で退かすことが出来たので安心するものの、まだまだ前途多難。
軽巡棲鬼はまだいいが、イロハ級をどう対処するか。今でこそ止まってくれているが、何かの弾みで攻撃されようものなら、直したばかりのうみどりはそれだけで大惨事。軍港都市に戻らざるを得なくなる上に、せっかくここまでしたのに敵対する深海棲艦を全滅させねばならなくなる。
「連レテキタワヨ」
「ありがとう、セレスちゃん。ハラハラしちゃったわぁ」
「マァ、私ハ艤装ガ無イモノネ」
大発動艇から華麗に飛び降りるセレスが伊豆提督に報告。同時に出撃していた者が全員無事に戻ってきたことにまずは安堵。
しかし、軽巡棲鬼含む深海棲艦達は、セレスが人間と普通に話している姿を見て、萎縮から驚愕に変化。侵略相手である種族と対等に語り合っていることが、どうやっても考えつかなかったからである。
「ヒ、姫様、ソレハ人間デハ」
「エエ、ソウヨ。私ニ生キ方ヲ教エテクレタ人間」
「エ、エェ……」
軽巡棲鬼の動揺は止まるところを知らない。セレスが自分自身の境遇を掻い摘んで説明していくが、軽巡棲鬼はどうにもこうにも理解が出来なかった。
そもそもここにいる深海棲艦のように穢れから自然発生したのではなく、おそらく出洲一派によって
記憶を何もかも失っているため、その事実を完璧に知っているわけではないが、救われた時に食という人間の文化に触れたことで、今の自分が出来ている。姫ではあるけど、姫ではないと断言出来るくらいに、今の生き方に満足している。そう伝えた。
「割り込むようでごめんなさいね。アタシがこのうみどりの長、ハルカよ」
「……人間ガ、姫様ヲコウシタノ?」
「こうしたと言われちゃうと、答えはYesになっちゃうわね。意思も何もない空っぽのセレスちゃんを、洗浄して治療して、目が覚めるまで面倒を見たのは間違いなくアタシ達だもの」
セレスが語ったことを裏付けるように、伊豆提督がより深いところを語る。
セレスがこのうみどりに救われたことは間違いなく、しかもその理由が打算的なところはなく、被害者を放っておけなかったという優しさ100%の行動から。
そしてセレスが今うみどりで食を探究しているのは、人間から強要されているわけでもなく、自分がその文化に感動したからこそ。改造などによって失われた本質を、穢れの洗浄とうみどりの温かさによって埋められ、新たな本能として確立したもの。
何をどれだけ聞いても、軽巡棲鬼にはワケがわからなかった。何をどうしたら深海棲艦を
だが1つ言えることは、自分よりも上位の序列にいる姫を好き勝手出来るだけの力を持つ者と敵対しているということ。そして、そんな相手に対しても臆さず立ち向かっているこの人間達には、敵対心というものが生まれなかった。
「アナタ達の安全は保証させてもらうわ。ただ、深海棲艦の持つモノが、どうしても海に悪影響を齎してしまうの。だから、少し身体を洗わせてもらってもいいかしら。それで何か危険なことがありそうならすぐにやめるわ」
軽巡棲鬼に対して洗浄を施しても、おそらくおかしなことにはならないだろう。セレスという前例があるし、深海棲艦化させられているグレカーレや白雲も平然としているのだから、姫まで行けば単純に体内の穢れが全て失われるというだけ。
しかし、イロハ級に対して洗浄を施すのは流石に初めて。生きている状態で鹵獲出来たという前例自体が無いのだから、今からやることは長年の戦争の中でも史上初の試みである。
万が一それで命の危機に瀕してしまった場合は、すぐに中止する。こんなカタチで終わらせるなんてことはあってはいけない。穢れを垂れ流すような存在であっても、敵対していないモノを騙すようなカタチで命を奪うようなマネはしたくない。
「……ワカッタ。姫様ガソウシテイルンダカラ、私達モ従ウヨ。ソレダケココガ
話しているうちに軽巡棲鬼の目が泳いでいく。何があったのかとその視線の先を確認したところ、そこでは平瀬や手小野、それに黒井兄妹が後始末の手伝いをするために工廠にやってきたところだった。
軽巡棲鬼にとっては、そこにはカテゴリーYがいるという感覚ではなく、
うみどりでずっとこういった事例が発覚しなかったのは、やはり純粋かつ本能に忠実な深海棲艦がいなかったことにあるだろう。桜も含めたカテゴリーY5人は、深海棲艦の外見をしているとはいえ中身は人間そのもの。そして、唯一のカテゴリーRであるセレスは改造と洗浄により中身が空っぽになって一からここまで成長した特殊個体。そんな中に序列なんてあるはずもなく、対等どころか友人感覚。
「おー、説得成功したんだ。Ciao〜」
「流石はお姉様と電様です。言葉が通じるのならば争いなく事を収めるとは」
「ホントにねぇ。でもイロハまで引き込むのはビックリだよねぇ」
そして深雪と電を待っていたグレカーレと白雲。白雲の方は深海釧路沖棲雲姫ほぼそのままの姿、グレカーレに至っては何処か外南洋駆逐棲姫と船渠棲姫の雰囲気を併せ持つ謎の姫という有様である。
序列として考えても上なのか下なのかわからないが、姫であることは間違いなく、人間が管理している場所にここまで姫が集結していることに驚きを超え始めていた。
「ド、ドウナッテルノココ!?」
流石に声に出して慌て出したことで、伊豆提督は苦笑するしかなかった。
軽巡棲鬼を中心とした深海棲艦の部隊は、萎縮しつつも比較的接しやすい深海棲艦の身体を持つ者達に連れられて洗浄に向かう。明らかに地上を歩くことを考えられていないイロハ級の軽巡洋艦と駆逐艦は、台車に載せられるカタチで運ばれていった。
「あの子達のことはこちらでやっておくから、後始末を始めてちょうだい」
軽巡棲鬼達にわざわざ退いてもらったのだから、早速作業を開始することになる。大規模後始末なのだから、今回は2部隊体制でも夜遅くまで時間がかかってしまうと考えられており、その上でより慎重に動く。
既にこの現場には深海忌雷が仕掛けられていたことが判明しているのだから、より注意深く確認しなければ危なすぎる。
そのため、今回はまず安全の確認が最優先。イリスの力をコピーしたフレッチャーと、試作とはいえ理論は出来ている熟練見張員の視覚強化の兵装を使い、大物を確認しながら片付ける。
内部に隠れ潜んでいても困るため、そこは梅の解体によって隠れられないくらいに解体。最悪の事態を想定して、その作業をする者は妙高のジャミング圏内に入ってもらっている。忌雷の寄生は攻撃と判断しているため、触手を伸ばしてきたとしても、それはジャミングにより空振りに終わるはず。勿論慢心はしていない。
更に怖いのは、忌雷だけが『迷彩』の曲解で姿を見せていないことなのだが、そこはおそらく大丈夫だと判断している。そうでなければ、軽巡棲鬼が見つけたところから食うなんてことが出来ないからだ。
「見つけたらすぐに対処するわ。絶対に近付いちゃダメよ」
小さすぎる忌雷だと、砲撃でどうにか出来る問題ではないため、そこは神風が斬り飛ばす方向で進める。
「万が一があれば、白雲が凍らせましょう。侵蝕だけは確実に止めます」
そしてその弟子となった白雲が待機。神風でもどうにか出来なかった場合は、すぐさま凍らせることで機能を停止させる。この連携があれば、忌雷相手にも後れは取らない。
「これまでの現場では何事も無かったけれど、この大規模だけは様子が違うわね。ここって島に一番近い現場だったかしら」
「場所としては、確かに一番近いと思います。我々も軍港都市から近い順に後始末をしてきていますから、結果的にはそうなるのかなと」
処理をしながら話す神風と妙高。この現場は最初の現場と比べれば島に近い場所ではあるが、だからと言ってそれが何かに関わっているかと言われると何とも言えないのが現状。
ただでさえ先んじて他の後始末屋が手伝ってくれているし、その現場の中にはここよりも島に近い現場もあっただろう。
「私達だけをピンポイントで狙っているのかもしれないわね。でも、想定外の軽巡棲鬼が生まれた……って感じかしら」
「だとしたら、今回は本当にあちらも予期していないことなのでしょうね」
「ラッキーと思いましょ。これまで酷い目に遭ってきたんだから、こういうことが起きてくれてもバチは当たらないわよ」
「そうですね。ここからはいい方向にしか行かないように願いましょう」
「本当にね。私なんてずっと願ってるわよ。いい加減敵の思うようになってくれるなってね」
苦笑しながら作業を進める。基本的には安全確保。何事もないように乗り越えることが一番。
「私の目では、今のところ何も見えてはおりません。何者かから監視を受けているということも無いかと思います」
「本当にありがたいわね。イリスにしか出来なかったことが現場の奥でも出来るっていうのは」
フレッチャーも今は特に役に立っている状態。『迷彩』の曲解も見抜けるイリスの能力を使い、後始末というよりは仲間の安全のために周囲を見続けていた。
うみどりに近い方はイリスによる監視が入っているため、やるのならばそれよりも遠い場所をメインに。
「まだ潜ってくれてる潜水艦の子達からも何も報告がないから、ステルスの潜水艦も潜んでいないみたい。でも、何処かから監視されていてもおかしくはないわよね……」
「ですね。必要以上に警戒をしながら作業を進めましょう。時間がかかってしまうのは仕方ないことです」
「そうね。安全第一、何事もなく終わらせることを念頭に置きましょ」
警戒に警戒を重ねて作業は進む。今は何もないようだが、果たしてそのまま終われるか。
カテゴリーYは勿論、グレカーレや白雲も姫ですからね。軽巡棲鬼にとってここは、姫の巣窟。萎縮しか出来ない。