後始末現場にまだ忌雷が存在しないかを調査している時間、それをこなしている者達以外は工廠で待機。安全がある程度確保されたところから作業開始ということになっている。
最低限、こだかが合流するまでに調査を終わらせたいところなのだが、そういう時に限ってこの現場は大規模。調査班が頑張っても、これまでよりも範囲が広いということもあって、終わりはまだまだ遠い。
そのため、まずは大きな残骸を梅の解体によって細かくするところから開始。内側に潜んでいたら即座に駆除をする。
その間、工廠ではこの現場に生まれてしまった深海棲艦達の洗浄が続けられた。
姫である軽巡棲鬼にはまだ危険かもしれないと、真っ先にその洗浄を受けたのはル級。副官という立ち位置だからか、自らの危険は省みないような雰囲気を出している。
「姫に対しては前例があるから大丈夫だとは思うけど、むしろイロハ級に対してそれをやることの方が初めてだから、こっちの方が危ないかもしれないわね……」
「うむ……洗浄液がそのまま毒液になるとは思わないが……こんなことは初めてだからな。何が起きてもおかしくはない」
伊豆提督は男性であるため、洗浄にはイリスが付き合う。万が一を考えて護衛ということで長門がついているものの、いろいろと不安は多い。
姫への洗浄はセレスという前例があるためそこまで心配はないのだが、イロハ級は姫以上に生態がわかっていないのだから、この洗浄が命に関わるなんてことがあってもおかしくはない。
「気持チ良サソウニシテルケド……身体ハ大丈夫?」
洗浄を受けるル級に尋ねる軽巡棲鬼。穢れを洗い流す液を頭から被り、身体中の穢れが失われていく中、ル級は心地良さそうに目を細めて、軽巡棲鬼に頷いた。本能のままに生きている深海棲艦のそれを浄化させていくような心地良さが身体中を駆け巡っているようで、生まれて初めての快楽に身を委ねている。
ル級はイロハ級の中でも完全なヒト型と言える存在。イロハ級の内部だけでの序列ではかなり上の方と言える。
そのル級に対して洗浄が滞りなく進められているようなため、イロハ級に対しての洗浄も効果的であると言える。
「穢れを失った深海棲艦は、本能まで失われるように思えるが……戦闘中に洗浄液をかけたところでこうはならないよな」
「ええ、それなりに長い時間、こうやって洗い流してしまい続けることで、初めて効果が発揮されるんじゃないかしら。身体には影響が無いみたいだけど、中身には大きな影響があるみたいね」
少しかける程度では、内から溢れる更なる穢れで洗浄が無かったことにされてしまうが、それなりに長い時間、常に洗浄液をかけっぱなしにすれば、溢れる穢れも押し戻して、最終的には溢れなくもするというのが今の仕組みになるようである。
穢れから本能が生まれているようで、洗浄が終わる頃には、ル級は何処か穏やかな表情と雰囲気を持っていた。侵略者としての性質は洗い流され、見た目こそイロハ級でも
「害が無いことはわかったわ。貴女は最後にしておく?」
「ソウ、ダネ。ミンナヲ見届ケテカラ、私ガ最後ニ受ケルコトニスルヨ」
「わかったわ。それじゃあ次は……」
こうしてイロハ級が次々と洗浄を受け、侵略者としての本質を浄化されていく。ヒト型でなくても大きな害があるわけでもなく、不思議と全員が穏やかになっていくのが見てとれた。
駆逐艦に関しては穢れが失われることで
そうしている間に現場の調査は進み、忌雷が隠れていそうな大きな残骸はほぼ全て小さな残骸になるくらいにまで解体。粉になるほど分解はしていないので、後始末はこれをひたすら拾い集めるだけの作業になりそうであるが、人海戦術でどうとでもなる。
問題はそこではなく、調査の結果である。大型の残骸の内側には、案の定忌雷が数体、未だに残されていた。軽巡棲鬼が食ったという忌雷は、たまたま残骸の外に出てきたモノであり、後始末の最中に隙を見て寄生する気満々なモノもまだ残っていたということ。
「3体……ね。しっかり見つけられて良かったわ」
「ジャミングが効いていましたからね。誰も寄生されずに済んでよかったですよ」
忌雷自体、残骸が解体され白日の下に晒された瞬間、その一番近くにいた梅に寄生しようと体当たりを仕掛けてきていた。だが、それは妙高のジャミングがしっかりと影響を与えており、飛び出した先には何もなく、ただただその身を隙だらけにするだけで終わる。
そんな忌雷は宙に浮いた時点でもう無防備。神風がすぐさま真っ二つに斬り飛ばし、その小さな残骸も白雲がしっかり凍りつかせた。忌雷とて自己再生の力を内包している可能性があるのだから、念入りに対処する方がいい。
「『迷彩』まではかかっていませんでしたね。目に見えていてくれただけでも対処しやすくてありがたかったです」
「忌雷にまで能力つけるのは出来ないのかもしれないわ。結局、その能力をコントロールする意思を持っていないようなものだし」
「一理ありますね。知性が無ければ力は扱えないのでしょう」
戦標船改装棲姫の時は、あくまでも『迷彩』の範囲内に入っていたから見えなかっただけであり、忌雷そのものにその力が付与されていたわけではないという見解である。
勿論、ここから全てがずっとそうとは考えていない。今はそうと考えているだけ。あちらは悪意を持って改良を続けているのだから、最悪、この忌雷ですら人並みの知性を身につけて、更に寄生に特化した個体として現れる可能性もある。
「毎度毎度、梅に飛んでこないでほしいですよぅ」
「一番近くにいるから仕方ないといえば仕方ないんだけれどね」
梅の精神的な疲労はピークである。ただでさえ忌雷には強いトラウマがあるのに、発見したらまず真っ先に自分に来るというのは、それを刺激されるだけでなく、新たな恐怖になってしまう。
とはいえ、それを受けても自分の仕事だからと解体を止めなかったのは梅の後始末屋としての誇りの表れ。
「今のところ、別の彩は見えません。白雲さんが凍らせた忌雷も、活動を停止しているため彩は消えています」
「息絶えた、ということですね。しかし、油断は禁物。これはうみどりに持ち帰り、何かに使えそうならば使っていただきましょう」
イリスの目をコピーしたフレッチャーからしてみても、現状はもう何もないという見解。発見された3つの忌雷からも彩が失われているため、この現場にいる
その忌雷も真っ二つにされた上にその残骸を凍結させられていることで生命活動が停止。無害な残骸と化している。これを何かに使えれば、忌雷対策がより強化出来そうだった。
「見張員さんも、もう今は何もないと教えてくれました。海中に逃げた忌雷はないでしょうか」
「それはフーミィから連絡が来たわ。残骸から出てきて潜ってきた忌雷は今のところ無しだって。ステルス潜水艦の姿も無いみたいだから、本当に忌雷を仕掛けておしまいだったみたいよ」
そこまで聞けばようやく安心出来るだろう。警戒を怠ることが出来ないのはまだ続くのだが、今見えている限りではようやくまともな現場に戻せたと言える。
「忌雷だけ放置して監視の目が無いっていうのは気になるわね……。それとも頃合いを見てここに来るつもりなのかしら」
「あり得ますね。忌雷の性能に自信があるなら、ここで後始末が始まってから何人か……一応8体は確認出来ている状態ですからそれだけが寄生し、我々の中から8人を奪った上に戦闘を仕掛け、攻撃を躊躇っている間に合流し、そのまま連れ帰るなりする……ということが考えられます。残骸に隠しているくらいですから、あちらはもう奇襲でなければ寄生は不可能と思っているのでしょう」
しかし、それは軽巡棲鬼という想定外なカタチで幕引きした。あの深海棲艦達がいなかったら、また今回もあちらの思惑通りに進んでいた可能性があった。
あちらはより卑劣になっている。相変わらず自分の手を汚さないようにしている。同士討ちが一番敵戦力を削ぐのに適しているのはわからなくもないが、と神風は苦笑した。
「真正面から勝てるとはもう思っていないのかもしれないわね。あっちはわかってるのかしら。策を講じれば講じるほど、こちらの戦力が増えてること」
「わかっているから内部分裂を狙っているのではないでしょうか。私ならその策も考えます。自らの手を汚さず、敵同士が力を増したとしても、その考え方自体を捻じ曲げて内側から壊すことで戦力を減らす。忌雷はそれをするにはあまりにももってこいすぎます」
直にその影響を受けたのだから、妙高のこの言葉には説得力があった。寄生されたままで数を減らせればいい。そうでなくても、元に戻った時点で精神的な不安定さを持つことになるため、十全の戦闘力を発揮出来なくなる。今でこそ開き直れているものの、妙高や梅だって、寄生されて深海棲艦にされたことを思い出すと気分が悪い。
そうやって力を削いでいくのがあちらの策だとしたら、わかりやすくゲスだと、妙高も少々語気を荒げて語った。
忌雷調査はここで一旦終了。神風達は一度工廠に戻り、伊豆提督に事情を説明すると、まだ仕込まれていたのかと溜息を吐きつつ、それを対処してくれた者に礼を言う。
「これでひとまず安心かしら」
「何とも言えないので、引き続きこちらで調査をして、後始末はそれが終わった場所から進めるというのが得策かと」
「そうね、それじゃあそれで始めていきましょ。加賀ちゃん、空母隊全員で全方位の哨戒をお願い」
「了解。全力で行きます」
工廠では既に準備済みの加賀率いる空母隊が出撃。加賀、翔鶴、祥鳳の3人の艦載機、それに加えて神威と三隈の水上機を駆使して、全方位を一気に確認する。忌雷の様子を見に来る愚かな敵の姿をいち早く発見したい。
「提督様、こちらを」
その後、白雲が凍らせた忌雷の残骸を渡す。勿論、そのまま渡すのだって危険ではあるため、見つけた時に入れられるケースに入れて。
「……またコレがアタシ達を苦しめるところだったのよね。腹立たしいわ」
「本当に。もうこれ以上コレに悩まされたくありませぬ。お姉様が傷付きます故」
「それが狙いなのはわかっているのが特に、ね」
ケースを受け取り、またもや大きく溜息を吐く伊豆提督に、仲間達は苦笑しか出来なかった。
「ハルカ、こっちの洗浄は終わったわ。結果として、全員無事よ」
ここで洗浄を終えた深海棲艦を引き連れたイリスが合流する。ヒト型をしていないイロハ級も台車に載せられ、何処か気が晴れたような柔らかい表情を見せていた。
「何事も無かった……とは言いにくいわね。少し縮んだ?」
「ええ、でも命に別状は無いわ。本人達は、重荷が無くなったみたいに感じるみたい」
「身体ガ軽インダ。スッキリシタ気分」
軽巡棲鬼は満面の笑みで語る。セレスと同様に、深海棲艦らしさが失われたと言っても過言ではないくらいに明るい。
だが、伊豆提督が持っているケースを見た途端、目の色が変わる。
「ア、ソレッテモシカシテ……」
「ん? ええ、アナタが食べちゃった以外にも、まだ忌雷が残っていたの。これに艦娘が寄生されたら、敵の意のままに……ちょっと待って」
今のほんの少しの問答だけで違和感に気付いた。軽巡棲鬼の持つ、うみどりにとって最も欲しいであろう能力に。
「アナタ今、
「エ、ウン。ダッテ、
理由はさておき、何処にどうあっても忌雷の有無を察知出来る能力。軽巡棲鬼が持っているのは、まさにそれだった。
食い意地は時として人を救う。