後始末現場に未だ残されていた深海忌雷は、うみどり所属の艦娘達の連携によって、誰にも害を与えることなくどうにか取り除かれた。
だが、それをうみどりに持ち運んだ時に驚きの事実が判明する。洗浄によって穢れを失い、清々しい表情をした軽巡棲鬼が、それを目にしていないにもかかわらず匂いだけでそこにあると言い当てたのである。しかも理由が『美味しそうな匂いがしたから』という凄まじいモノ。
「あ、あの、こちらは白雲の力で動かぬように凍結させたものなのですが」
「それ以前に私が真っ二つに斬ってるわよ。それの匂いがわかったって言った?」
持ってきた白雲と、それを処した神風も、流石にそれには驚きを隠せない。今はケースの中に入っており、それがどうなっているかもわからないような状態だ。その上で、忌雷としての生命は斬撃と凍結、2つの理由で終わっている、言ってしまえばただのモノ。だというのに、軽巡棲鬼はしっかりそれを言い当てた。
鼻が利くと考えればいいのか、それとも別の何かが働いているのか。どうであれ、忌雷の匂いがわかるというのは非常に大きい。
「アナタ、そんなに鼻がいいの? それとも、深海棲艦ってみんなそういうことが……」
出来るわけがないだろと言わんばかりにル級が首を振る。軽巡棲鬼が特殊なだけで、深海棲艦だから出来るというわけではない。五感が優れていることはあれど、ここまでではないとまで。
そもそも同じ立場であるセレスだってそんな特徴は無いのだ。とはいえ、料理の上達のスピードは普通ではないため、もしかしたら味覚が相当いいのかもしれないが。
「ソレノ匂イシカワカラナイヨ。他ハ嗅ギ分ケラレナイノ」
「好物だからこそ、匂いをしっかり覚えてるということかしら……えっと、アナタもしかして、その姿でコレ食べる気?」
可能ならばと軽巡棲鬼は恥ずかしそうに語る。それは流石に呆気に取られてしまった。
少なくともこの忌雷は食べ物ではない。むしろ、これまでの経験から忌み嫌うもの以外の何モノでもない。この軽巡棲鬼だけが、この忌雷に対しての感覚がおかしなことになっている。悪食とかそういうレベルではない。
「……ごめんなさいね、この忌雷は、コレからのために研究材料にしたいの。アタシ達はこれで何度も酷い目に遭ってきたのよ」
「ソウ、ナンダ。残念」
本当に残念そうにしている軽巡棲鬼。ご馳走を目の前にして取り上げられたような表情である。
研究材料にするというのもあるが、これ以上軽巡棲鬼に忌雷を食べさせていいものかというのもある。既に5体も食べており、本来ならばイロハ級だったモノが人語を解するまでに進化してしまっているのだ。ここでまた忌雷を体内に取り入れたら、今度こそ洗脳の効果が発揮されてしまうかもしれない。理性と知性を持つからこそ、つけ込まれる部分が出来てしまっているかもしれない。
そうなったら非常に厄介である。艤装は装備しておらず、穢れすら洗い流されている軽巡棲鬼が突如洗脳されたとしても、大きな問題にならないかもしれないが、ここから再度進化してしまった時が大問題。新たな姿、新たな艤装を、うみどり内部で手に入れてしまったら目も当てられない。軍港ならばまだ良かったが、今は海の上、周りに島すら見えない、絶海の孤島なのだ。逃げ場がない場所でうみどりを破壊されたら、そのまま全滅まであり得る。
「何か食べたいなら、セレスちゃんが用意してくれるわ。こんな言い方は良くないかもしれないけれど、ここには他にも食べるモノはあるから、コレはちょっとやめてちょうだい」
「ハーイ」
そこは素直に聞き入れた。軽巡棲鬼にとっては大好物と言えるモノなのだろうが、そこまで依存しているわけでもない様子。これよりも美味しいモノを用意してやれば、この悪食も矯正されるのかもしれない。
とはいえ、この
今後現場に辿り着いたら、まず一度、軽巡棲鬼に現場を見て回ってもらいたいくらいであった。
ここから改めて後始末が開始される。事前に忌雷を探すために大きな残骸は梅の手によって解体されているため、基本的な作業は小さな残骸を人海戦術で拾い集めることに専念することになる。大発動艇を持ち出すこともなく、膂力なども必要ない、奇しくも初心者すら簡単に出来る現場となってきた。
「ただひたすらに拾い、ただひたすらに片付ける。今回は徹底的にそれを続けることになるわけだ」
深雪達も初心に戻るような感覚。肉片や残骸をトングで拾い上げ、分別して集めて、うみどりに持ち帰る。これをただ繰り返すだけ。うみどりに加わり、後始末屋として初めて作業を始めるという時にやってきたことを、久しぶりに丸一日やることになる。
「でも、すごい量なのです。みんなで一斉にやっていくしかないのです」
「だな。全員で横並びになって、ゆっくり進んで拾い忘れないようにやっていくのが一番良さそうな感じだよな」
その案が採用されて、ここにある艦娘全員が同じ装備を持ち、まるで人力の田植えのように横並びになって自分の前の残骸を拾っていく。
それくらい残骸で海が埋め尽くされているのだから、それが一番効率的だと判断された。一種のローラー作戦。
午後からはこだかも合流するため、この作戦はより大きな規模となって進められる。作業速度は倍以上となり、想定よりも早く作業が終わるかもしれないと予想されている。こういう時にもまた、2部隊での後始末が効果的に作用した。
忌雷調査組は、この状況になってもまだ残っている可能性を考えてローラー作戦には参加しない。無いように見えて実はまだあるなんてことが起きてしまっては、この段階からでも最悪の方向性に舵を切られるかもしれないのだ。コレで終わりと考えず、最後まで確認し続けることで高い安全性を確保することを念頭に置いた。後から来るこだかにも、その影響が無いようにするのが調査組の仕事。
いつもは深雪達と共に作業をしている白雲も、今回ばかりは神風の下で忌雷を凍結するために力を振るう。それが既に上手くいっているのだから、やめる理由もない。
「それにしても、セレスとは違ったカタチで深海棲艦が仲間になるなんてな」
「戦いにならなくて本当に良かったのです。救える命は、しっかり救って行きたいのです」
「だな。余計な戦いは仕事が増えるだけだし、あの軽巡棲鬼は絶対いいヤツだもんな」
忌雷を食べると言い出した時は全員が驚いたものだが、穢れも無くなったことで正式にセレスと同様の存在としてうみどりが保護することとなりそうだった。
加えて、軽巡棲鬼の配下であるイロハ級も、穢れが失われてことで温厚かつ穏やかな生物へと変貌を遂げている。相変わらず人語を解することは出来ないものの、ル級は人間サイズの妖精さんと思えばかなり接しやすい。
軽巡棲鬼の副官として常に隣に立つようにしているようだが、少々振り回され気味に見えるのは、おそらく見間違いではないだろう。
「他のイロハ級ってどうするのかな。艦内で歩き回ることも出来ないよね」
グレカーレの疑問は当然のことで、穢れを失ったことによりサイズが縮んだという意外な変化が見られたイロハ級は、艦内にいられるかもしれないが、自由に歩き回るということは出来ない。何せ、
「プールにいてもらうんじゃねぇか? あそこならどうとでもなるだろ」
「あー、あそこ結構広いもんね。あそこでトレーニングする時に手伝ってもらったりも出来るかな」
「だな。体当たりを避けるとかな」
そこで考えられているのは、艦内のプールに常駐してもらうということ。海上歩行の訓練が出来るくらいに広く、潜水艦が普通に潜れるくらいには深いので、サイズが縮んだイロハ級4体ならおそらく自由に泳ぐことも出来るだろう。
扱いがペットみたいになっているが、それはそれで癒しにも繋がるかもしれない。見た目はどうしてもグロテスクなところはあるものの、懐いてくるなら可愛いところもあるようである。
イロハ級は身体にそのまま兵装が接続されてしまっており、むしろ身体と一体化しているようなモノまでいるのだが、穢れを失ったことによってその兵装も剥がれるようになっていた。今では工廠の奥に纏めて保管されている。
不要だと感じたらそれは全て廃棄となるかもしれないが、今は研究にも使えるということで維持される。誰かが使うことも出来ないため、本当に妖精さん達がちょくちょく確認する程度である。
「まぁ、上手く生きていけるんだったら大丈夫だな。あとはハルカちゃんとかに任せて、あたし達は仕事をすっか」
「なのです。多分これみんなで頑張っても夜中までかかると思うのです」
「だよねぇ。こだかが来てもそれくらい行くよね」
深雪達の目の前に広がる残骸の群れは、それこそ水平線まで続いているのではと思えてしまうくらいに多い。こだかの面々が残骸拾いに参戦したとしても、電の予想通り夜中までは時間がかかると思われる。
時間がかかるのはそれ以上に、忌雷に注意しているから。調査組が調査を完了させた場所で作業をしているとはいえ、100%は無いと考えて慎重に続けるのが基本。
「よーし、じゃあやるぞー」
「なのです!」
「あいよー」
少し気合を入れて、久しぶりの大規模現場を終わらせるために作業を開始。目の前にある残骸を手当たり次第回収して行った。
そんな後始末の作業を工廠で見ている軽巡棲鬼とル級。うみどりがどういう組織かを理解して、なるほどと頷く。
「私達ノ生マレタ場所ヲ、綺麗ニシテクレテルンダ。足ノ踏ミ場モ無カッタモンネ」
軽巡棲鬼の言葉に、ル級が静かに頷く。あの現場の穢れの中から生まれた深海棲艦ではあるが、今の彼女達はその穢れが失われているためか、その要素が絶対に必要というわけではないため、綺麗にされることが嫌と感じることは無かった。
むしろ綺麗になっていくことが見ていて楽しい。広々とした、綺麗な海が見えることが嬉しい。そんな気持ちも芽生えている。
「デモ、私ガ食ベタ……忌雷ダッケ、アレヲ仕掛ケテル人間ハ、綺麗ニスルノヲ邪魔シテタッテコトネ。アッテル?」
「……はい、その通りです」
次に軽巡棲鬼が問うのは、深海棲艦の姿に変えられた者、平瀬。最初は序列が上の姫だとビクビクしていたものの、その事情を聞いたことで動揺も無くなり、こうして同等な存在として話が出来るくらいに。
尚、セレスに対しては未だに畏まった態度が抜けない模様。平瀬達はよく見れば普通の深海棲艦、
「以前まではまだマシでしたが……最近は明確に目の敵にされていますので……」
「嫌ダネ、ソウイウノ。私モ何カ手伝ッタ方ガイイノカナ」
「え、えっと……それは……私がどうこう言える立場ではないので……」
軽巡棲鬼は割と乗り気である。穢れが失われて心身ともに軽くなったからか、うみどりに対しての好感度は非常に高いようだった。
忌雷の匂いがわかるという特殊な嗅覚を持つ軽巡棲鬼が、正式に仲間になる時も近そうである。以前伊豆提督が七色の艦隊と称したうみどりは、よりその輝きを増していくだろう。
ここまではやられっぱなしだったが、反撃の狼煙はそろそろ上がる。
七色の艦隊、ここに極まれり。深海棲艦すらも保有しているのは、ぶっちゃけ相当強力な戦力と言えるでしょう。戦いに起用することはないですがね。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/119602299
うみどり屈指の優しさの権化である酒匂。過去のことは気にせず、誰にでも手を差し伸べる聖女。その手を取るのは、やはりあの問題児。今はもう問題児だなんて言っていられないくらい柔らかくなりましたね。