後始末屋の特異点   作:緋寺

486 / 1159
壁を乗り越え

 長かった後始末も全て終わり、一旦の空白時間が訪れる後始末屋。現在戦場となっている海域もあるということで、万が一に備えて先んじてその近くに待機する方針。こだかには清浄化率を確認してもらい、うみだりがそちらに向かうこととなった。

 だが、これともう一つ、うみどりが向かう理由がある。それが、その海域に向かうまでに、特異点W──深雪の生まれた地であり、様々な不思議なことの発生源になっているのではと考えられている場所に行けるから。待機場所もその真上の予定である。

 しかし、それはうみどり内部でも秘密裏。特に深雪には悟られないように事を進める。そこにある何かが特異点としての力に何か影響を与えるとしても、それに頼るような生き方をしてほしくないため、そもそも知らないでおいてもらうつもりだからである。

 

 日の出と共にうみどりは移動を開始。総員起こしも無しにして、ゆっくりと疲れを取ってもらうのが目的。

 

「……んん……くぁ……」

 

 深雪が目を覚ました時には、本来の総員起こしから大きく過ぎた時間。朝食すら全員食べ終わっているであろう時間だったが、これでもかなり早い方。

 隣ではスヤスヤと眠る電と、深雪と同じように目を覚まそうとしている白雲の姿。外は充分すぎる程明るいため、二度寝をしようという気持ちも出なかった。

 

「おはようございます、お姉様。昨晩は大変お疲れ様でございました。まだ眠っていても咎められませんが」

「おはようさん。割と目が冴えてきたし、あたしはもう起きるぜ。電を起こさないように……って」

 

 ゆっくりと抜け出そうとしたところ、深雪の腕をしっかりと抱き締めていることがわかった。だからか、電の表情はとても柔らかく、気持ちよく眠っていられているように見えた。

 深雪もそうだが、ここまで気持ちよく眠ることが出来るのは随分と久しぶりのような気がした。まだまだ戦いは終わっていないが、心が落ち着ける時間があるならば、それを大切にしたい。

 

「はは、こりゃあまだ起きれねぇや」

「ふふ、そうですね。でしたら、白雲もこちらを失礼して」

 

 逆サイドを陣取り、その腕をしっかり抱き締める白雲。

 

「もう少しだけ、この平和な時間を満喫いたしましょう。身体以上に、心を休めるべき時です」

「そう、だな。これまでキツイことばっかだったし、今は軽い気持ちで寝ててもいいもんなら」

「はい、その通りです。お姉様は特に辛い目に遭われております故」

 

 白雲とて深雪のことは心配。メンタルへのダメージは、外から見えない分、念入りに解きほぐしておかねばならない。それを理解した上で、白雲はより休みやすいように導いた。

 

「眠気は無くても、こうやってまったりしておいてもいいわけだもんな。今日はまだ時間はあるんだし」

「はい、この白雲、いくらでもお付き合いいたします」

 

 結果、そこから電が目を覚ますまでの時間は、まったりとした時間を過ごし、少しでも心を癒すことが出来た。朝食の時間は少し遅くなったものの、胸は満たされたような気持ちになれた。

 

 

 

 

 遅めの朝食後、待機場所に到着するまで全速力で駆け抜けるわけでもないため、まだ少しは時間があるということで、各々好きなように過ごすことになる。

 白雲はまた神風に鍛えてもらうと、グレカーレと共に別行動。深雪達も鍛えたいと思うものの、今回は何をしようかと考えていたところ、お誘いを受けたことで久しぶりにプールへ。泳ぐことで全身を鍛えるというのが目的である。

 また、泳げることは生存能力を上げることにも一役買うので、出来る時はやっておいた方がいい訓練であったりする。

 

「なんかちょっと久しぶりかも」

「なのです。水着を着るのいつぶりでしたっけ」

「思い出せねぇや。最近が濃厚すぎて」

 

 うみどり指定の競泳水着に身を包み、まるで水泳の授業に向かう児童のごとく足取り軽やかにプールに入った2人は、そこの光景を見て驚くことになる。

 

「あ、そ、そうか、今はここにいるんだもんな」

 

 トレーニング用の深いプールには、洗浄されたことで()()()イロハ級の駆逐艦と軽巡洋艦が、放し飼いされているかのように優雅に泳いでいた。軽巡洋艦の方は一部がヒト型をしているが、駆逐艦の方はどう見てもヒトの要素が無く、それこそ小型のシャチ辺りがプールを泳いでいるようにすら見える。

 

「最初見た時は驚きますよね……」

 

 2人を誘ったフレッチャーが苦笑しながらその光景を眺めていた。勿論フレッチャーも泳ぐためにここに来ているため水着姿。

 

「フレッチャーって泳げるのか?」

「はい、幸いにも、()()()()()は持ち合わせているので」

 

 米駆逐棲姫のことを言っているのだろうが、フレッチャーは表情をあまり変えなかった。

 思い出すだけでも辛い、本人のモノではない過去の記憶ではあるが、その記憶の経験も活かせるモノは活かしていこうと考えていた。落ちこぼれのレッテルを貼られ続けていた彼女も、水泳は人並みに出来ていたようで、フレッチャーはその記憶から水泳を可能としている。深雪など最初は戦々恐々としながら水泳の訓練をしたものだが。

 

 事実、フレッチャーはプールに入るとスムーズに身体を動かして泳ぎを見せている。特段絶賛するほどの腕前ではなくても、綺麗な動きであることは間違いなく、深雪も電もおおっと声をあげるほど。

 

「那珂さんからオススメをされて、今日は水泳で全身を鍛えつつ、スタミナを付けようということになりました。地力を高めることが、私の最も効果的なトレーニングだと言われていますので」

「だな。じゃあ、あたし達も手伝うぜ。つっても、一緒に泳ぐとかするくらいしか出来ねぇけどさ」

「それでも楽しみながら鍛えるのです。電達も、もっと地力が欲しいのです」

 

 深雪は勿論、電もふんすとやる気を見せた。今でこそ少しのんびりした時間になっているが、近々島での決戦が待ち構えているのだ。やれる内に少しでも鍛えておきたい。

 

 それを手伝うかのように、イロハ級の4体がゆっくりと近付いてきて人懐っこく頭を擦り付けてきた。

 敵として相対すると恐怖にしか思えないが、今は敵ではなく可愛いペットのようなもの。サイズも程よく、駆逐艦達はおおよそ抱き枕程であるため、抱き着きながら泳ぐなんてことも可能。

 

「こういうカタチで戯れることが出来るなら、深海棲艦も可愛いもんだぜ」

「なのですっ。兵装も無くなってるみたいですし、危なくもないのです」

「だよな。だからちょっとツルッとしてんのかな」

 

 洗浄を受けた際に、攻撃的な部分が全て失われているのがイロハ級だ。ヒト型をしているル級と違って、兵装が身体から直接生えてしまっているようなものなのだが、洗浄によってその辺りも全て()()()()()()()()

 そこから、イロハ級の身体はかなりの割合で穢れで構成されており、そこそこ長時間の洗浄と共にそれが失われるあたり、どちらかといえば()()()()の系統なのではと考えられた。真相はまだまだ謎に包まれているものの、少なからず関係はしていそうである。

 逆に穢れのある海に飛び込めば兵装も再構成されるのではと考えられている。実験するかは未定だが。

 

「こ、これ、とても難しくて、全身が鍛えられている感じが……っ」

 

 そんなイロハ級と戯れながらもトレーニングに昇華出来ていた。フレッチャーがイロハ級の駆逐艦に跨るように座らせてもらって、縦横無尽に動き回るのを落ちないように耐えるなんてことをしており、鍛えてはいるが遊んでいるようにも見える光景はとても和やか。

 

「あ、あっ、あーっ」

 

 結果振り落とされて水面にダイブすることになっても、それを楽しめるくらいには心に余裕が出来始めていた。まだ数日ではあるが、うみどりでの生活、後始末屋としての経験によって、前向きになってきているのは確かである。

 

「よっしゃ、今度はあたしがやるぜ! 乗せてくれい!」

 

 深雪の言葉に、イロハ級の駆逐艦が何処か笑顔を見せたかのように泳いでくる。こちらは穢れを失ったことで本格的に共存可能な生物となっていた。

 軽巡洋艦の方も生えているヒト型の腕を使ってフレッチャーを掴み上げて支えているほど。溺れることはなくても、念のため沈まないようにしているのは、優しさがなければ出来ることではない。

 

「おっ、おおっ、確かにこりゃあ鍛えられる感じがするし、何より面白ぇ!」

 

 深雪も楽しみながら鍛えられるということでニコニコ笑顔で叫んでいた。

 

「い、電もいいですか?」

 

 駆逐艦は2体いるのだから、もう片方は電を背に乗せて泳ぎ出す。深雪のそれよりはまだゆっくりではあるが、乗せて泳ぐというのも駆逐艦には楽しいようで、たまに身体を揺らしたり、わざと少し潜ったりすることで楽しませた。

 

「わ、わぁっ、凄いのです!」

 

 電もこのトレーニングを楽しみ、満面の笑みで堪能していた。これまでの辛い戦いを、今だけは忘れることが出来ているかもしれない。

 

 

 

 

 3人が楽しんでいるあいだに、他にもプールを使うためにやってきた者がおり、その全員がイロハ級の姿を見て驚きつつも、その人懐っこさに癒されていた。

 何処かアニマルセラピーな雰囲気も出しつつ、トレーニングを手伝ってくれる様は、ヒト型でなくても仲間になれるということを如実に表してくれている。

 

「ぜぇ、ぜぇ、今回は、僕の勝ちのようだね」

「く、くっそ……あんだけ振り回されて、落ちねぇのかよ」

 

 深雪と時雨が駆逐艦でロデオ勝負をしたり、

 

「ぽーい!」

「す、すげぇ、あんなこと出来るのかよ」

「夕立が特別なだけじゃないかな」

 

 夕立が軽巡洋艦とシンクロナイズドスイミングの決め技のようなポーズを決めたり、

 

「こ、これも、結構疲れるのですっ」

「電、そっちいった!」

「はっ、はにゃあっ!?」

 

 ビーチボールで水球のように戯れたり。

 

 イロハ級との遊びを通じたトレーニングは、間違いなく身になるモノだった。疲れは溜まれど、楽しく疲れているのなら苦でも何でもない。心は全く疲れていない。

 これまで溜まりに溜まったストレスを、こういうカタチで解消出来ていた。誘ってくれたことを感謝する深雪に、フレッチャーは少し頬を赤らめながら微笑む。

 

「こうやって遊ぶことも、()()は出来ませんでした。その記憶を引き継いだ私が、せめて()()の分もこの世界を知りたいなと、そう思ったんです」

「……そうだな。お前は託されたんだ」

「はい、なので……ゆっくりと、()()のことを噛み締めようと思います。やっと私にも余裕が出来てきたかなと、思うので」

 

 ようやく心に余裕が出来てきたフレッチャー。今ならば、自分の後ろに伸びる獣道を振り返ることも出来ると思い、その一端としてこのプールでのトレーニング、()()の持っていた泳ぐ技術を掘り出して使ってみた。

 それでも悲観的にならず、前を向いたままでいられたのだから、今のフレッチャーは充分成長している。

 

「これからもまだ戦いは続きますが……少しでも皆さんのお役に立てるように、精進していきたいと思います。改めて、よろしくお願いいたします」

「ああ、あたしからもよろしくな。一緒に、海を綺麗にしていこうぜ」

「はいっ」

 

 

 

 

 こうして、フレッチャーは改めて仲間となる。精神的な壁は、1つは乗り越えられただろう。

 




身体は硬くてもロデオで深雪に勝利した時雨はそれはもうドヤ顔をしていたと思う。でも、改三となってさらに良くなったスタイルも新人のフレッチャーに既に敗北していることを水着姿になって改めて知ることによって、プラマイゼロ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。