時間は昼を回り、うみどりは依然として航行中。もう少ししたら待機場所に到着するということなのだが、相変わらず仕事の依頼はまだ来ていない。そのため、昼食ものんびりと、いつも以上に堪能することが出来ていた。うみどり所属の艦娘達が全員揃い、緊張感などもない状態で食べるのも随分と久しぶりに思えてしまう。
談笑しながらの食事というのは、それだけで更に食事が美味しく感じるもの。その光景にセレスも満足げである。環境も味に関係するということを理解し、究極の食にまた一歩前進出来たと喜んだ。
「忌雷モ美味シカッタケド、ソレヨリモ美味シイカモ!」
忌雷を食べるというトンデモ味覚を持つムーサも、そこは人間や艦娘と同等のモノを持っているようで、セレスの料理にはご満悦。少し食べては顔を綻ばせ、次の一口に手が伸びる。
ムーサの味覚の件は勿論セレスにも話が行っていた。これでまともな食事が口に合わないとなったら、どうにかして
とはいえ、ムーサがそれだけ言うのだから、その味が気になっているのもセレスである。実際に食べることは出来ないし、そんなことをしたら何が起きるかもわからない。しかし、再現してみたいという欲だけはあったりする。それもまた、食の探究。万人にウケないモノであっても、それを美味しいと感じる者がいるのであれば、それもまた食として成立しているのだから。
昼食も終わり、待機場所に到着するまであと少し。その残りの時間を、深雪はデッキで過ごすことにした。うみどりが動いている内に、その風を受けながら綺麗にしている海を堪能するため。
「暑いってわけじゃあないんだけど、風を感じたくなる時もあるよな」
「デッキはまったり出来ますもんね。今は加賀さん達が哨戒しているかもです?」
「どうなんだろうな。そろそろ近いってこともあるし、もしかしたら集まってるかもな」
プールの時と同様、足取り軽やかにデッキに向かう2人。今は戦いも後始末もないため、心身共に軽いような気がしていた。
デッキに入った途端、少し強めの風が吹いた。しかしそれは心地よいモノでしかなく、少し煽られても気持ちいいと思える程。身体が小さい電には少し身体を揺らすくらいのモノであったが、深雪が手を繋いだおかげで倒れるようなこともない。
「っとと、電大丈夫か? 少し煽られたろ」
「大丈夫なのです。ありがとうなのです、深雪ちゃん」
ニンマリ笑う深雪と、本当に嬉しそうに顔を綻ばせる電。しっかり手を繋ぎ、デッキへと改めて足を踏み入れた。
そこでは予想通り、空母隊が哨戒機を飛ばすために集まっていた。三隈と神威も同様。待機すると言っても、何処に何が仕掛けられているかわからない今の戦い、何処に行くにも哨戒は非常に大切になっている。
「あら、貴女達もここで休憩?」
「そのつもりで来たんだけど、割とみんなここにいる感じか?」
「ええ、みんな考えることは同じなのね」
加賀に促されてデッキを見回すと、哨戒のために集まった空母隊以外にも目につく者はそれなりにいる。
まずやはりというべきか定位置に伊203。速さを求める彼女がその身を置いて落ち着かせる数少ない場所。動かずとも風を感じられることで、求めている速さを体感出来るというのはあるものの、どういうカタチであれゆっくりと身体を休めることが出来ているのは悪いことではない。
設置されたベンチには、伊203の付き添いか、伊26と桜の姿も。深雪が初めてデッキに来た時も、潜水艦娘の2人は一緒に行動していたのを思い出す。今は桜に膝枕をしてお昼寝をさせている真っ最中。深雪達の顔を見ると、笑顔で小さく手を振った。
そして、もう一組。
「珍しいな、丹陽。それにムーサも連れてきてたのか」
「はい、そろそろ待機場所ですからね。万が一のことを考えると、ムーサさんの力を借りておいて損は無いかと思いまして」
丹陽がそう言うのにはワケがある。今向かっている場所が特異点Wであることは深雪には伏せてあるが、行く場所行く場所に先手を取られて、先の現場のように忌雷が仕掛けられていたら堪ったものではない。
そのため、その匂いに敏感なムーサの力を借りて、微かにでもその匂いが無いことを確認してもらっていた。ケースの中に入っている、かつ息絶えている上に凍結までしていた忌雷の匂いすら嗅ぎ分けたムーサなら、海上から浮かんでいる忌雷まで感知出来てしまうのではないかと考えた。
「ンー、アノ匂イハシナイネ。
「そうですか、それなら安全ですね。でも、到着までは一応確認お願いしますね」
「ハーイ」
忌雷には苦い思い出しかない一同。そういうカタチでも事前に対策が出来るのなら願ってもないことである。ムーサの嗅覚はそれだけ便利で、仲間達のためになるモノ。嗅ぎ分けてそこにいることを感知出来たとしても、食べさせるわけにはいかないので可哀想ではあるが。
「自分ノ足ヲ使ワズニ海ノ上ヲ駆ケルノモ楽シイネ。私、ココニ拾ッテモラエテ良カッタカモ」
「元々いたあの場所からは離れさせちまったけどさ、そう言ってもらえるならよかった」
「ウン。イロンナ世界モ知レタシネ」
「良かったのです。これからも一緒に楽しんで生きましょう」
ムーサはずっと楽しそうである。見た目が何処となく那珂に似ていることもあり、ムーサが笑顔でいると深雪達も温かな気持ちになれる。
「セレス様ニハ驚イチャッタケド、アノオ方モ、ココデスッゴク楽シンデルンダヨネ。ダッタラ、私モ目一杯楽シモウト思ッタヨ」
「ああ、あの時な。ビックリさせちまったみたいで悪いな。つーか、アレ考えたの丹陽だったよな。あたしだってビックリしたぜ」
ムーサと邂逅したあの現場での一幕。説得するためにセレスを大発動艇によって現場に赴かせ、序列という精神的な
結果的には全て上手くいっているのだが、セレスは戦艦棲姫であるとはいえ非戦闘員だ。あの時は妙高のジャミングがあったから比較的安全ではあったが、後始末現場に深海棲艦が現れているのだから、どちらかと言えば危険な場所。そんな場所に放り込むのは流石にどうかと思ったものの、その策を伊豆提督も許可したということだからその時はスルーしている。
故に、今聞ける時に聞いておこうと深雪は考えた。勘が強く、選択がほぼ正解に辿り着けるような丹陽の思い付いたその場を丸く収める策を、何故あの時やろうとしたのか。
「上手く行ったからいいかもしれねぇけど、ありゃ普通に考えたらやべぇと思うんだ。丹陽、なんであんな作戦にしたんだよ。あれでセレスが攻撃されてたら目も当てられねぇぞ」
深雪に言われて、丹陽は苦笑。
「すみません、あの時は突発的にあんな作戦しか思いつきませんでした。深海棲艦の生態は謎ばかりで、ハルカちゃんも少し戸惑っていたようなので、手っ取り早いのは姫同士で話をさせることかなと。深雪さん達も、あの場で戸惑っていましたよね。なので、少し急ぎました」
「でもなぁ」
「潜水艦の皆さんに海中の安全を確保してもらった上で、護衛もしっかりつけて、現場では妙高さんの能力もあったので、かなり安全であると確信は持っていました。私だって、セレスさんを危険な目に遭わせるのはいいこととは思っていませんでしたよ」
そう言いながらも、選択した事実は変わらない。そのため、あの後ちゃんとセレスには謝罪したという。セレス自身は別に構わない、同胞と初めて話が出来て楽しかった、彼女に何かご馳走したいと好感触ではあったようだ。
「……何を言っても言い訳にしかなりませんね。ごめんなさい」
「いや、まぁ、本当に丸く収まったから別にいいんだけどさ、ハルカちゃんだってそれで行こうと許可出したんだからいいんだ。気になっただけだから」
丹陽からの謝罪に、深雪もタジタジである。こう言われてしまうと何も言えない。
だからだろうか、この光景を外から見ていた者が動く。
「神威さん、GOですわ♪」
「ですね。丹陽さん、一度落ち着いて癒されましょう」
見かねた三隈が、神威にお願いした。すると、神威は一旦哨戒から抜け、丹陽に近付いたかと思うと、思い切り真正面から抱きしめる。そして、癒される煙を排出。丹陽は一気にそれに包まれることとなった。
「うえっ、ど、どうしました? 私はこういうのは……」
「丹陽さん、貴女は我々とは比べ物にならないほど長く生きているかもしれませんが、そのせいで誰かを頼るということを忘れてしまっているのではありませんか?」
三隈が笑顔で近付く。しかし、何処か笑っていないようにすら感じた。
「辛いことがあるのなら打ち明けるべきです。どのような道を歩いてきたか、どのような選択をしてきたかは知りませんが、ここ最近、
三隈に突きつけられて、丹陽がぐっと息を詰まらせる。深雪はともかく、他者の感情の機微に敏感な電でもそれに気付くことが出来なかったため、そうなのかと驚いた。
丹陽は長年生きてきたこともあって感情を隠すのが非常に上手い。しかし、わかる者にはわかる変化はあった。三隈はそういうところに目敏い。丹陽が悩んでいることにもいち早く気付いた。
ずっと抱き締めているわけにはいかないと、神威は丹陽を軽く持ち上げてベンチにまで移動。そこで後ろ抱きしながらまた煙を排出。心が癒される煙によって、丹陽は徐々にその身を任せていく。
いくらお婆ちゃんといえど、神威の排煙にはひとたまりもない。強制的に癒されて、強張った心が解されていく。
「隠したいことかもしれませんが、隠していることで負担がかかるなら、いっそ全て話した方が身のためですよ。三隈はそうしました。喉に詰まらせたままだと、息苦しいに決まっていますから。これまで数々の選択をしてきたからこそ、今の貴女が出来上がっているのは理解していますが、全て自分で決め続けるのもいいことではありません。時には仲間に手を引いてもらうことも大切です。それとも……貴女にとって、うみどりは仲間ではありませんか?」
最後の第一世代ということもあり、心の何処かでは真に仲間である者がいないと思っていたのかもしれない。丹陽はそれを突きつけられてハッとした表情を浮かべた。
他の者の悩みは聞いても、自分のことは何も話さない。信用は得ても、実は信用していないのでは。
それこそ、丹陽が長く生きてきたことで生まれた、小さな小さな歪み。特定の人間には深すぎるほどの恨みを持ち、しかしそれを表に出すわけにもいかず、潜水艦勢のボスとして振る舞い、最年長者として相談する相手もいなかったが故に、結果として誰にも知られることなく歪んでいた。そう、
「突きつけられると、そうなのではと思ってしまいますね」
「だから心が許せる仲間が必要なんですよ。貴女だって身体が許せば誰かと殴り合いの喧嘩をしたっていいんです。それがダメなら、そのお口からぶちまけるくらいしてもいいんですよ。誰も咎めません。長く生きてきた貴女の選ぶ道は、ここで誰かに舗装してもらってもいいのです」
それだけ言われたら、丹陽も認めざるを得ない。
「わかりました。ここにいるヒト達には知ってもらってもいいですね。確かに、悶々としているよりは吐き出した方がスッキリすると思いますから」
浮かべたのは悲しい笑み。そして、ツラツラと語り出す、阿手に壊された姉のこと。隠し続けてきた激しい怒りと恨みを今、ここで解き放った。
長く生きてる分、小さな歪みは大きく大きく。