後始末屋の特異点   作:緋寺

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丹陽の感情

 待機場所へと向かううみどりのデッキでは、丹陽が深雪達に自分の過去──阿手に対しての感情を吐露することになった。

 

「私の姉……初風さんに起きたことは、もう皆さんにはお話しましたよね」

「ああ、阿手の洗脳教育のせいでぶっ壊されて……最後は自爆させられた」

「はい、その通りです。端的に話しましたが、その時は、私の内側のことは何も話していませんでしたよね」

 

 米駆逐棲姫の件で、丹陽は過去に阿手との確執があることを全員に話している。阿手のせいで本来の性格から逸脱させられ、滅茶苦茶にされた挙句に自爆という最悪の結末を辿ったことを。

 しかし、説明はするが、感情的には絶対にならなかった。自らの感情を隠し続け、純粋種のボスとしての貫禄を保ち続けた。何があっても冷静で居続けた。

 

「……正直なところをいいますと、私はああやって話している間も、腑は煮えくり返っていました。あの人は……()()()()()、これだけの年月が経っても、何も変わらない。むしろ悪化している。いい歳をして、何が良くて何が悪いかもわかっていない」

 

 丹陽からは聞いたことのないくらいの低い声。冷静さを維持しようとした結果が、どうしても言葉に含まれる怒気。

 

 長く生きていれば、良いことだって悪いことだって起きる。ただでさえ丹陽は第一次から生きている歴戦の猛者という言葉では片付けられないくらいの存在。酸いも甘いも知っている、自他共に認めるお婆ちゃん。

 それだけ長く生きていれば、心の底から喜べることもあっただろうし、その逆もあっただろう。その後者が、阿手という存在そのもの。姉を奪っただけでなく、存在を否定するかのように、ゴミのように扱った。それが今でもずっと許せない。

 

「アレからもう30年以上経っています。当時からそこまで若い人でもありませんでしたし、もうこの世界にはいないと高を括っていましたが、ここでまたその名前を聞くとは思っていませんでした。だからでしょうかね、私が奥底に仕舞い込んでいた恨みが、今頃になって沸々と湧き上がってきました。でも、私はそれを表に出すわけには行きませんでした。立場的には、上に立つモノ。おかしな姿を見せたら士気に関わります」

 

 それでもそのズレは見えてきていたから、今ここで指摘をされたわけだが。

 

 そして、そもそも今湧き上がってきたわけでもない。ずっと、この長い時間、その恨みを内側に秘めた状態で生きてきたのだ。阿手が生きていたことを知ったから今このように話す機会が出てきただけであり、米駆逐棲姫の件が無ければ今でもその感情を隠し続けていただろう。ずっとずっと恨みを抱えて、それを誰かに話すこともなく。

 きっかけが無ければ表にも出さなかったその感情が、自分を蝕んでいることすら気付いていない。

 

「そもそも」

 

 ここから丹陽はヒートアップしていく。これまでは落ち着いたお婆ちゃんというスタンスを貫いてきたボスが、そのきっかけを得たことで、その流れを詰まらせていた部分を取り外した。

 つっかえを無くした水流は一気に流れるのと同様、自らそれを取り払った丹陽の口は、今までに無いくらいに速く回る。

 

「艦娘を実験台に使うという時点でおかしな話なんです。命を何だと思ってるんですかね。海から勝手に湧いてくると思ってるのでしょうか。私達は人間を守るため、この戦争を終わらせるために生まれたのであって、命を弄ばれるために生まれたわけじゃないんですよ。それなのに、あのバb……失礼、阿手さんは艦娘を好き勝手にしたんです。そのやり方は、出洲さんとは比べ物にならないくらいに酷く歪んでいます。断言します。アレは間違いなくこの戦いで一番のクズです」

 

 あの丹陽からこんなに汚い言葉が出てくるのかと深雪も驚いていた。それだけ溜め込んでいたということはわかるが、溜め込んでいた時間が時間だ。この程度で終わるわけがない。

 チョロチョロと流れるだけだった水流は、流れれば流れるほど水路を拡げる、流れを激しくする。

 

「初風さんは私としれぇのケッコンをちょっとツンツンしながらも心の底から祝福してくれた、本当に大好きなお姉ちゃんだったんです。そのヒトを、あのバb阿手さんは自分の私利私欲で殺したんです。しかも、それが罪に問われていないというのも気に入りません。おかしいでしょう。人間の命は尊いけれど、艦娘の命は道具だから何をしてもいいなんて。戦いの中でその使命に殉じたというのでも納得しにくいというのに、能の無い提督の破綻した作戦のせいで自爆させられるとか、誰が納得するって言うんですか」

 

 この辺りから、丹陽を抱きしめる神威の排煙が少し強くなった。ヒートアップする丹陽を落ち着かせるため、より癒すために。

 丹陽もそれを拒むわけがなく、むしろ神威の胸に後頭部を押し付けるようにもたれかかって大きく息を吐いた。

 

「アレの犠牲になった艦娘は、初風さんだけじゃありません。もっともっと命を弄ばれています。私も別の場所で命を使われそうになったところを助けられましたが、それもハメられてです。今思い返せば、私を素材として使おうとした輩も()()()()()だったんでしょう。平和を守ってくれている艦娘を、守るのが当然と見下し、守ってもらっているにもかかわらずその命をゴミ同然に扱う、正真正銘の精神破綻者の集まりですよ」

 

 ここまで人間を見下すような発言も初めてである。勿論、全ての人間をそう思っているわけではないのはわかる。それはまるで、出会ったばかりの頃の潜水艦勢のようなモノ。

 こんな心境を隠し持っていたからこそ、丹陽は潜水艦のボスであることを受け入れたのだろう。あの場にいた者は全員が同じように人間に対して怒りと恨みを持つ者。その心境は痛いほど理解出来る。そして、第一世代が自分だけであったということもあり、第二世代は皆後輩。年長者としての自覚をそこで改めて持ち、感情的になるのをやめた。自分の恨みよりも、後輩達の恨みの方が強いだろうと考えて。

 

 結果がコレである。纏め上げることを諦めてしまった、お飾りのボスとなってしまい、特異点と出会うまでは鬱屈した潜水艦の環境を改善することが出来なくなってしまった。

 

「あー……第三世代の、ド新人のあたしが何て言えばいいかはわからねぇ。だから、癇に障るかもしれねぇけど、とりあえず思ったことを言わせてくれ」

 

 そんな丹陽に向けて、深雪が口を開く。溜め込んでいた鬱憤をぶちまける様は、やはりこれまでの丹陽とは別人のように見えたこともあって、深雪は声をかけることがあるかと少し考えてしまった。

 だが、ここで意を決して、思ったことを口にする。相手が第一世代だとか、潜水艦のボスだとかは関係ない。対等の純粋種である艦娘として。

 

「よくここまで我慢出来たな。あたしだったら爆発してる。現に爆発しかけた。スキャンプと殴り合いしてなかったら、今頃おかしくなってたかもしれねぇ。でもお前、こんな感情を何十年と持ってたんだろ。……素直にすげぇよ、そりゃあボスの器だ」

 

 嘘偽りなく褒め称えるような発言。丹陽は口汚く人間を罵ったことに文句でも言われるかも思っていたが、そんなことはなかった。

 

「出来ることなら、誰にでもいいからそれを打ち明けてほしかった。あたし達は当然として、潜水艦にいた連中も誰も知らなかったんだろ」

「はい、一度も話していませんから」

 

 この場で話を聞いていた空母隊、潜水艦に住んでいた翔鶴と祥鳳も、丹陽のこの感情の吐露は初耳だと驚いていた。

 そして、もう一つの感情が生まれていた。それに気付いた加賀が、2人の背中を押す。

 

「ボスも私達と同じ……いえ、それ以上だっただなんて、知りませんでした……」

「ただ犠牲になりかけただけでなく、姉妹をも失っていただなんて……。わかります、その気持ち。辛くて、悔しくて、でも何も出来なくて……」

 

 翔鶴と祥鳳も、この件で姉妹を失っている。人間への恨みはそこに起因するモノ。故に、同じように、むしろそれ以上の失い方をしている丹陽には、同情の気持ちがとても大きかった。

 そして、それを自分達のために隠し続けてきたというのには、驚きを通り越して敬服した。自分ならそんなことは出来ない。数日でも無理だろうに、何十年も耐え忍ぶとか、頭がおかしくなりそうだ。

 

「私達でもコレなんです。打ち明けたら、みんな絶対に受け入れてくれます。それに、みんなボスのために戦おうって思います。少なくとも私は、ここからの戦いにボスの()()()が入りました」

「そうですね。どんな状況になろうとも、私達は必ず、阿手を始末すると誓います。ボスのためにも」

 

 少なくとも、ここにいる第二世代の純粋種2人は、丹陽がどう言おうと失望なんてせず、士気が下がるようなこともない。むしろ、もっとやってやると士気が上がった程である。

 もしこれを潜水艦に篭るようになった直後に言っていたらどうなっていただろうか。それこそ誰も心に余裕がない状態で、丹陽の境遇を聞いてここまでやる気が出ただろうか。それは何とも言えない。

 

「過去を振り返るのは一度やめておきましょう。全てが起き得たかもしれないで終わります。あくまでも、現実はこうだったということを念頭におきましょう」

 

 そんな丹陽の感情を先読みするかのように三隈が話す。もっと早く話しておけばよかったかは、今は一旦置いておく。今話したことでつっかえが取れ、かつ士気が上がった。良いことだけをまず知っておくだけでいい。

 丹陽も幾分かスッキリしていた。長年溜め込んでいた鬱憤を、口汚い言葉も使って吐き出したのだ。これまでやってこなかったようなことも出来たのだから、少しは清々しいと感じる。

 

「皆さんが貴女のことを改めて知ることが出来ました。こうやって話したことで、貴女の中で生まれた歪みを、仲間達が整えてくれるでしょう。やりたいこと、やってほしいこと、その全てを口にしていいんです。道は貴女一人でしか歩けないモノではありませんから。険しくても、荒々しくても、一人では辛くても、仲間達なら手を引いてくれますし、背中を押してくれます。でも、それは自分の思いを伝えなければそうはなりません」

「……そうですね、わかっていたつもりでも、全くわかっていなかったのでしょう。お婆ちゃんになっても知ることはありますね」

「はい、貴女ほど長く生きていても、まだ知らないことが多くあるんです。そしてそれを知ることが、とても楽しい。まだまだ貴女の前には道が拡がっていますよ。小娘の戯言かもしれませんが、小耳に挟んでおいてくださいね、()()()

「ふふ、そうですね。ありがとうございます。いい経験が出来ました」

 

 丹陽は自ら道を狭めていた。広い道なのに、その真ん中しか歩いてこなかった。周りに何かあったとしても、それを見ずに。

 今、視野が開けたことで、自分の道の広さを知った。仲間と並んで歩けるくらいには広い、そんな未来に繋がる道。

 

 

 

 

 この後、丹陽は自分の境遇を打ち明けた。その話を聞いた純粋種の仲間達は、ここで聞いていた翔鶴と祥鳳と同じように、打倒阿手を強く心に刻むことになった。

 




丹陽だって悪態くらいつきます。この世界に生きる、感情を持つ者ですから。
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