後始末屋の特異点   作:緋寺

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託された思い

 昼も過ぎていき、おおよそおやつ時とも言えるくらいの時間にうみどりは待機現場──特異点Wへと到着。幸いにもそこで誰かが待ち構えているということもなく、仕掛けられているモノもない。事前にムーサが匂いを嗅ぎ、忌雷の存在が感じ取れなかったことを()()()()()()()()()()()()()()くらいなので、本当に何も無かったのだろう。

 ここですら先手を取られているなんてことがあったら、あちらの情報網などはどうなっているのだと頭を抱えることになったのだが、流石にそういうことが無かったので一安心。

 しかし、ここで待機していることがあちらにバレている可能性がないとは言えない。停泊しているところを見計らって襲撃ということもあり得る。それこそ、潜水艦襲撃からの海賊船の流れがあったのだ。こうして待機している間も、警戒は怠らない。

 

「それじゃあ、ここでうみどりは停泊になるわ。自由時間になるから、好きなことをしてちょうだい。停泊は今から1日半を予定しているわ。勿論、その間に依頼が来たらその時点で行動を開始するから、そのつもりでいてちょうだいね」

 

 あくまでも優先順位が高いのは後始末屋としての仕事。ここで待機しているのは、今後来る後始末のためでもあるのだから、その辺りはちゃんと言葉にして艦娘達に忠告している。

 ここ最近で加わった者達も、伊豆提督の言葉には素直に耳を傾けていた。フレッチャーは勿論と言わんばかりに頷き、ムーサはそういうやり方なんだと納得する。副官ル級もムーサの隣で黙って聞いていた。

 

「ただ、これは何度も言っていることだけれど、海に出て何かするんだったら事前に教えてちょうだいね。艤装を使うなら、それなりに準備も必要だし片付けも必要だから」

 

 何をしてもいいが、やることはキチンと報告すること。これは停泊していようが変わらない。しかし、環境が大きく変わる。

 艤装に触れて、実際に使うことが一番の訓練。艦内では出来ないことがやれる貴重な機会であることは間違いない。出来ることなら、ここでしっかり身体で覚えておきたいこともある。

 

 この話が終わってすぐに訓練をしたいと言い出す者は多数集まり、早速艤装を装備して海に向かう。ただ身体を鍛えるのとも、仮想空間で技術を鍛えるのとも違うのだから、なるべくなら率先してやっていきたいと思う。

 

 

 

 

 艦娘達がうみどりの外に出て楽しんでいるところを、上位陣はデッキから眺めていた。この待機は伊豆提督達にとっても休憩時間として活用されることとなっており、おおわしとの合流までの時間は、久しぶりに羽を伸ばすことにしている。

 

「ハルカ、久しぶりにマッサージでもしましょうか。もう身体バキバキでしょ」

「そうねぇ、ここ最近ずっと働き詰めだったものね。マークちゃんとの合流まで時間があるし、その後も少しは時間が取れるはずだもの。お願いしようかしらね」

 

 提督という仕事柄、休みが無いのはよくあること。しかし、本来休息に使えるはずの軍港都市で襲撃を受けてしまったため、提督陣だけで呑み会くらいは出来ているものの、身体をしっかり休めるということが未だに出来ていない。

 伊豆提督は頑丈なおかげで倒れずに済んでいるが、心労も溜まりに溜まって、こうして普通にしていられるのも本来なら奇跡的なところもある。

 ここは流石人間と艦娘のハーフと言える。艦娘の身体の強さを引き継いだ人間と言っても過言ではないので、疲労に対しての耐性が凄まじい。逆に限界がわかりづらいというのもあるので、ケアはもう少し頻度を上げた方がいいのだが。

 

「お疲れでしたら、思っているところを全部吐き出した方がいいですよ。心労は溜めるものじゃありませんから」

「失礼を承知で言わせてもらうわね。どの口が言ってるのよ」

 

 ケラケラ笑う丹陽。その表情は、憑物が落ちた……という程ではないが、何処か心が軽くなっているのが見てわかるほどである。伊豆提督も軽口を叩くし、イリスも苦笑する。

 

 デッキで感情を吐露し、その後うみどりの仲間達全員にそれを知ってもらったことで、本人は下がってしまうと思っていた士気が爆増している。ボスがそこまで自分を抑え込んだのかと驚き、そしてその強さに敬服し、ボスの仇討ちは絶対に完遂させてやると意気込んだ。あのスキャンプまでもだ。

 今外で繰り広げられている訓練も、まずやりたいと申し出たのが純粋種達。夕立や清霜が大きな声を上げ、Z1も是非と進み出る。なんだかんだで全員やるんだと拳を突き上げ、心が一つになったかのように盛り上がったくらいだ。

 

「……皆さんには感謝していますよ。こんな私の不甲斐ないところを聞いても、逆にアレだけやる気を出してくれるんですから。もっと早く話していたら、何か変わっていたでしょうか」

「何とも言えないわねぇ。ただ、そういう過去は振り返らない方がいいと、アタシは思うわ。全部()()()()なんだもの」

 

 あの時ああしていれば、は今を変えることが出来ない。だから、少し思いを馳せるだけにして、それを悩みにはしない方がいいと、伊豆提督は断言した。

 今を生きているのだから、道は振り返っても戻っちゃいけない。前を向いて、前に進んで、今と未来を強く生きる。

 

「深雪さんには、ボスの器だなんて言ってもらっちゃいました」

「そうかもしれないわね。自分を押し殺して仲間のために戦える者がボスの器だと思うわ。アナタは長年そうやってしてきたんでしょう?」

「諦めてたんですけどね」

「だとしても、よ」

 

 これだけ言った後に、伊豆提督は自分の言葉が自画自賛になっていたことに気付いて、あらやだと苦笑した。

 丹陽もそうだが、伊豆提督もうみどりのボスである。いいボス論は自分にも当てはまってしまうので、変に口を滑らせると、全てが()()()()()()発言にしか聞こえなくなる。

 

「ハルカも随分と疲れてるわね」

「こういう場だから弱音を吐かせてもらうけど、そりゃあ疲れてるわよ。休める場所で休めないのはもういいとしても、私以上に子供達……まぁ何人かは子供ではないけれど、苦しい思いをしてもアタシ自身は何も出来ないことが多いじゃない。それはやっぱり心にクるモノがあるわね」

 

 艦娘達には見せられない大きな溜息を吐いた伊豆提督。イリスの言う通り、彼は大分疲れている。身体的ではなく精神的に。この戦いに勝利するまでこの心労は溜まり続けるだろう。胃薬を服用し始めたのがいい例である。

 だが、これまでの丹陽と同じように、そういった弱みは見せられない。うみどりの士気に関わると思って押し留めているところはある。基本的にはイリスに吐き出すというカタチでどうにかしていたものの、今回の心労はそれだけではどうにもならなそうだった。何せ、同じ心労をイリスも持っているのだから。

 

「ハルカちゃん、悩みはお婆ちゃんが聞いてあげます。今の私は全盛期に近いくらいですからね」

「ふふ、それは頼もしいわ。でも、アナタも無理しちゃダメよ?」

「わかっていますよ。あの時の明石さんの顔見ましたか」

 

 全員の士気が上がった時、勿論うみどり常駐の純粋種であり、丹陽の付き人としても活動している明石もいた。

 丹陽がずっと表に出そうとしなかった苦しみを知ったが、それはそうとして艤装の装備は絶対に許さないと断言している。

 精神的なつっかえが無くなったとしても、身体の老朽化が直るというわけではない。神威に癒されていたが、それはあくまでもメンタル面の話。活力が湧き上がっていても、身体がそれに追いつくことはもう一生無いのだ。

 

「あんな顔されちゃ、私も無理は出来ません。なので、私は皆さんに全てを託します。幸い、私と同じ気持ちの仲間は多い……というか、全員と言っても過言ではないようですし」

「ええ、頼ってちょうだい。頼り方はいろいろあるけれど」

「まぁ、はい、そうですね。私としても、不安が無いわけではありませんから」

 

 話しながらも、デッキから海の様子を見た。丹陽の目に入ったのは、特異点──ではなく、フレッチャー。

 

 そのフレッチャーは今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「おいおい、大丈夫かよフレッチャー。やっぱりかなり無茶だったんじゃないか?」

「なのです。身体が力についていっていないように見えてしまうのです」

 

 海上での訓練中、肩で息をするフレッチャーを心配した深雪と電がすぐに駆け寄った。

 

「だ、大丈夫、です。確かに、量産化したことで劣化しているはずなのに、凄まじい力を感じます……こんなの初めてです」

 

 能力や特性をコピーするのがフレッチャーの量産化だが、丹陽には特別な能力、それこそ曲解のようなトンデモ能力があるわけでもなく、艦種もフレッチャーと同じ駆逐艦。本来ならばフレッチャーは姿が丹陽に寄せられるだけで能力据え置きではとすら考えられていた。

 しかし、85年分の実績をわずかとはいえコピーしたことにより、フレッチャーの艤装出力が数倍に跳ね上がり、あらゆる基礎スペックが爆盛りされるという、フレッチャーにしてみたら驚きしかない変化が現れた。

 

 ちなみに、それほどまでの変化を齎したせいで、その時に誰よりもあられも無い姿を曝け出すことになり、喘ぎ声はとんでもないことになっていた。

 しかも、いつも通りの服装の変化もしっかりあり、丹陽ではなく雪風の制服、やたらと丈が短いセーラーワンピース姿となったことで、周囲は非常に複雑な表情をした。量産型の証であるニーハイソックスは残ったものの、フレッチャーのその姿はいろんな意味でえらいことになっていたのだが。

 

「地力を鍛えていなかったら、この力で潰れていたかもしれません……まだまだ未熟であることを痛感しますね……」

「充分すぎるっての。動き、滅茶苦茶良かったぜ? まだ実戦経験無いなんて思えねぇくらいに動けてるじゃねぇかよ」

「なのです。絶対初心者じゃないのです」

「あ、あはは……それは御姉様の実績のおかげです。私はそれに振り回されているだけですから」

 

 事実、今のフレッチャーは練度皆無の状態とは思えないくらいに動けていた。それこそ、歴戦の戦士と見違えるほどに。ただし、フレッチャー自身がその力を完全に使いこなせないくらいなので、まずは慣らしからどうにかしないといけないような状態。

 

「私も、御姉様の過去を聞き、とても重たく感じました……。でも、御姉様は戦うことが出来ない。ならば、御姉様の力で、私が戦場に立つことで、仇討ちをしてさしあげたいと、そう思ったのです」

「気持ちはわかる。でも、無理はすんなよ。それでぶっ壊れちまったら、元も子も無ぇんだからな」

「はい、わかっているつもりです。なので、もしダメだと思ったら止めてください。それこそ、殴ってでも」

「おう、任せろ。あたしと電が絞め落としてやる」

 

 挟んでひっくり返された時の記憶が思い出されたから、少しだけ表情が引き攣ったものの、よろしくお願いしますと頭を下げて、さらに訓練を続けた。

 

 

 

 

 丹陽の思いは皆に伝わり、それを実現しようと全力で立ち向かう。その姿は、古き良き時代の艦娘達の光景にも見えた。

 丹陽は、仲間達に思いを託した。だから、それを笑って見ていられた。無理だけはしてほしくないと思いつつも、姉の仇は必ず取ってほしいと願いながら。

 




雪風コスのフレッチャーとかえらいことこの上ない。
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