新たな海域での後始末作業が始まる。今回は風が強く波が高い海での後始末ということで、深雪は少し苦戦させられることを予想していた。前準備も前回の時とは違い、流された廃棄物を探索するために電探を装備し、それを使うためのサポート妖精さんも一緒に出航することになったからだ。
ただ浮かんでいる残骸を拾っていくだけでは足りない。海上の清浄化も、これまでよりも時間がかかることがなる前からわかる。
「主任、門を開けてくれ!」
長門の指示を受けた主任がグッと親指を立てると、音を立てて工廠の門が開いた。
その瞬間、突風が起きたかのように工廠に風が入り、海水もかなりの量が工廠に流れ込んできた。高い波がそのまま入ってきているのだから、こうなってもおかしくない。
「これでは、かなり流されている可能性があるな。加賀、三隈、神威。入念な哨戒を頼む」
「ええ、風の中で飛ばすから、専念させてもらうわ」
「頼んだ。散らばった残骸の始末は、我々がやろう。皆、それで良かったか」
そうせざるを得ないのは理解している。深雪も2回目とはいえ、この状況ならそうした方がいいだろうと納得した。
ここまで風が強いと、一部の残骸は工廠にまで流れ着いてしまうくらい。現に、一部の艤装の破片はそのまま工廠に漂着し、動くまでもなく片付けられるところにまできてしまった。
「こ、こりゃあすごいな。散らばるのも当然ってわけだ」
「場所に関しては航空戦力に任せればいい。我々はまず見えているモノを早急に片付けるんだ。穢れは待ってくれないからな」
「うす。あたしは今回も肉片集めでいいかな」
「臨機応変にやることになると思うが、基本的にはそれでいい」
むしろ、残骸は小さければ小さいほど、回収が難しくなる。そのため、トングで拾っていくのは確実に時間がかかるだろう。
「トングとケース、あとたも網を持っていくといい。波で動き回る細かいモノをトングで拾えというのは、我々でもかなり難しいからな。一気に掬い上げて、そこから区分してくれればいい」
特別製のたも網も当然ながら用意されていた。今みたいに風が強く、そこら中に散らばっているときや、
当然、そうしたところで艤装片も肉片も一緒くたに入ってしまうだろう。それは改めて手元で分別してケースに入れ直すことでどうとでもなる。
「波に煽られて穢れをモロに浴びる可能性がある。肝に銘じているとは思うが、海に漂う燃料や
今でも波が打ち寄せているのだから、海上はさらに酷いことになっていることだろう。天気は良くとも、ここまで風が強いと、何が起きるかわからない。
戦闘の後ということで、海上には残骸以外にも液状のモノが漂っている。前回にも教えられている、亡骸から垂れ流された血液もあれば、艦娘が負傷した際に流れた血だったり、艤装からこぼれ落ちた燃料と、相変わらず多種多様。
その全てが穢れに繋がるのだから、早急な片付けは必要なのだが、それ自体が流動体であるため、どうしても波で拡がってしまう。それが波と一緒に激しく舞い上がることも普通にあり得る。
肌に付着するのを防ぐために全身を覆うインナーを身につけているわけだが、顔はどうしてもマスクだけで終わる。最悪な場合は顔面に直撃した挙句、そこから目や鼻、口から体内に入ってしまうかもしれないのだ。それは人体に甚大な影響を与える可能性がある。それだけは防がねばならない。
「では作業に移るぞ。深雪は前回と同じく散らばった残骸を集めてほしい。電探を使う分、少し作業効率が落ちるかもしれないが大丈夫か」
「大丈夫だと思う。でも、ドラム缶とか持てるかな。たも網も持ってるし」
「そこは大丈夫だろう。トングとたも網で役割を分けることになるだろうからな。深雪には誰か相方を……ああ、そこは大丈夫だ」
1人でやるのはまだ流石に早いため、前回の妙高のように相方が配置される。今回は神風がそれを受け持った。
深雪がうみどりに所属するようになってから、その大半のサポートを引き受けてくれている神風。筆頭駆逐艦というわかりやすいリーダーシップを遺憾無く発揮し、深雪には特に気を遣っているようにも見えた。
これを元来の面倒見の良さとして見るか、
しかし、神風からしてみれば、これは前者である。初心者には優しくするものと考えているからだ。電にも気を遣っているところから、そこはわかる。
「深雪、私がトングをやるから、たも網をお願いね。ケースは私が2つとも受け持つから」
「え、いいのか?」
「深雪はまだ練度が足りてないもの。多分そこまで物を扱えないわ。今回は電探もあるしね」
なるほどと深雪は納得した。電探を動かしながらの作業というのは、練度が伴わないと混乱してしまうもの。一緒に扱うのがドラム缶だとしても、この波の上でうまく取り回せるかと言われたら、少々自信がない。
そのため、深雪は電探とたも網を、神風が電探とケースとトングを担当する方針で協力しながら後始末に当たる。
練度が上がり、艤装の改装などが出来るようになれば、また話は違ってくると神風は語る。それを聞くと、より一層鍛えなくてはなと気合が入るものである。
「それじゃあ行きましょ。穢れは待ってくれないわ」
「了解。んじゃあ、出航するぜ!」
風が吹く海へと歩み始める。それだけでも今回が前回よりも厄介なことになりそうだと感じ取れた。
案の定、海の上では波が相当なモノだった。バランスを取ることに関しては別にそこまで負担にはならなかったのだが、とにかく残骸が暴れる。大きい物でもあっちこっちに移動するような波の上、小さい残骸は大物以上に動き回る。
だからこそのたも網。流れていってしまう残骸をいち早く掴み取るため、深雪は必死に追いかけ回しては、たも網を振るった。最初は自分が起こす波のことを考慮出来ておらず、近付いたことで起きる天然の波との兼ね合いで残骸が暴れ回ってしまい、振るっても振るっても何も入らないということが多かったものの、そこは神風の的確なアドバイスによってメキメキと上昇。今では一度振るうだけで目につく残骸のほとんどを掬い上げることが出来ていた。
「よっと、こんな感じでどうだ?」
「うん、上出来。大分上達してきたわね」
「最初は大苦戦だったからな……あたしだって学習くらいするぜ」
少なくとも目につく範囲の残骸は掬えたのではと感じるくらいには、見た目は綺麗になっている。勿論、まだまだ穢れの原因になりそうな流動体の残骸、体液や燃料などはそこら中にあるのだが、それはまた別の仲間が回収するため、深雪達はそれを放置する。
「そんなに多くないようにも見えるけど、作業の時間は前よりかかってるな」
「そこら中に散らばってるし、現在進行形で拡がってるものね。さ、ここからが電探の出番よ」
「よし、じゃあこの周辺を探索するぜ」
妖精さんにも力を貸してもらい、電探を起動。自分を中心とした海上に浮かぶモノを全てサーチしていく。
艦娘の扱う電探は、頭の中にレーダーが出来るような感覚である。あくまでも自分を中心とした範囲ではあるのだが、それなりに広範囲、自分の視野では届かない場所まで、半径数kmの範囲を隈なく探す。
何かあれば、自分の向いているところから、何時の方向にどれだけ離れているかまで事細かく探し出せた。
「えーっと、確かに結構散ってるな。想像よりも範囲が広い」
「前回は風も無かったから纏まってたものね。今回はご覧の通りよ」
こうして電探を使ってる間も、波で自分の
小さな波でもそれなりに流されてしまうのだから、大きな波だとそれ以上に散らばるのは自明の理。
「うみどりから大分離れてる気がするな。大丈夫か?」
「まだ視認出来る距離だからいいけど、そろそろ一度連絡した方が良さそうね。インカムは私が持ってるから、一度報告しておくわ」
うみどり周辺で作業が出来るのなら、そこまで注意は必要ないかもしれないが、水平線の向こう側に行ってしまうくらいに離れそうならば、事前に連絡は必須。
そもそもそれだけの範囲に残骸が散らばっているというのも厄介ではあるのだが、もし後始末している最中に深海棲艦が現れ、襲われるようなことが起きてしまった場合、視認出来ない場所で何か起きても困る。
「……ここって電にも見える範囲なのか?」
「ここだと……そうね、ギリギリ見えている範囲だと思うわよ。私にもあのカメラのシステムはよくわかってないんだけれど、うみどりの周辺をかなり広い範囲で確認出来るようにされてるから、今この状態も確認出来てると思うわ」
深雪のその活動の風景を、執務室ではしっかりと見ることが出来ていた。そして、勿論それを電も確認している。
「深雪……ちゃん……なのです……」
画面越しとはいえ、ついに深雪を直接その目に入れることが出来た。当然ながら知っている顔。しかし、こうやって改めて見るのはこれが初めて。
その顔を見るだけでもトラウマが抉られる感覚。心臓がバクバクと脈打つのがどうしてもわかる。
「電ちゃん、大丈夫? 落ち着ける?」
伊豆提督が近くで手を取って落ち着かせるように語りかけるが、電の目は深雪から離さない状態。自らトラウマを抉りに行っているようにすら思える。
「深雪ちゃん、なのです……沈んでない、艦娘の、深雪ちゃん……」
艦の時代に自らの手にかけてしまった深雪が、今ここで後始末屋としての仕事を全力でこなしている姿は、電に多大な影響を与えるモノだった。
元気に動いている姿に対する喜び。交換日記から感じ取れた性格が姿からわかる安堵。そして、自分と同じように艦娘としてヒトのカタチを持っている深雪に対する、電自身もわからない感情。
少なくとも、それは全て負の感情は一つもない。恐怖のカケラは残っているはずなのだが、交換日記で存在を慣らされ、自分からも顔を合わせたいと思っていたところだからか、この姿をずっと目で追いかけたいと思えるくらいだった。
「ええ、元気にここで暮らしているわ。仲間として」
「なのです……。深雪ちゃん、すごく、楽しそうなのです」
「楽しんでいるかはちょっとわからないけど、この仕事を前向きに捉えてくれているわ」
話しながらも、電の視線はずっと深雪を見つめていた。ガタガタと震えているのは、伊豆提督が温めることで少しずつ治まっていき、荒い息も見続けることで落ち着いてくる。
画面越しだからこの程度で済んでいるのかもしれないが、このペースなら後始末が終わったところでギリギリ対面まで行けるかもしれない。
「も、もう少し、見させてください。慣れます、ここで」
「ええ、好きにしてちょうだい。後始末の仕事もこれでわかると思うわ」
深雪の作業はかなり
電はまた一歩、いや、かなりの歩数を進めたのではなかろうか。このまま行けば、対面の時は近いかもしれない。
深雪
・33号対水上電探
・残骸回収用たも網
神風
・22号対水上電探改四
・残骸収納ケース2種セット
・残骸回収用トング
・熟練見張員