後始末屋の特異点   作:緋寺

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平和な海

 海上での訓練が進んで、時間は夕方へ。後始末作業中ではなく、海の上で夕陽を眺めるのは、うみどりの面々としてもかなり久しぶりのこと。それだけ今までが作業と時間が詰まっていたのだと実感させられた。

 訓練も忘れ、陽が落ちていくのをただ見ている。デッキで見るのとはまた違った風情がそこにあった。

 

「こうやって何もせずに景色眺めてられるのが平和ってヤツなんだろうなぁ」

「ずっとこうすることが出来ればいいのですけど……」

「本当にな」

 

 深雪も電も、この平和を満喫しながら、次の戦いに向けて英気を養っている。身体はここまでの訓練で疲れてはいるが、心は疲れているどころかノビノビとしている程である。

 出洲一派との戦いが苛烈になってから、具体的には潜水艦が小柄と中柄に狙われてから、ここまで落ち着いていられるのは、軍港都市の初日くらいだった。

 

 潜水艦襲撃時には、薄雲の魂を使った深海千島棲姫により左腕を捥がれ、電や白雲にも大きなダメージが入った。

 それをどうにか出来た後、電との仲違いの後に海賊船の襲撃。そこでグレカーレの深海棲艦化を見せつけられてしまう。

 何とか戦いを終わらせたが、そこからはうみどり初の超規模後始末に1週間使うことになり、後始末屋とて疲労困憊。しかも姿が見えない敵、戦標船改装棲姫による暗殺未遂まであった。

 そこでようやく軍港へと辿り着いたものの、遊び歩けたのは初日だけ、2日目からは米駆逐棲姫の襲撃から大多数の仲間が洗脳を受けるという大惨事。精神的な面でのダメージは、前を向けているかもしれないが今でも残っているくらいの被害である。

 

 それだけのことがあったからこそ、今のところ落ち着きが心に響き、平和を強く実感出来た。まだ本当の自由からは遠いかもしれないが、やりたいことをやりたいように出来ることの()()()()()が痛いほどわかる。

 

「絶対に戦いを終わらせような。全部の始末をつけて、本当に自由に生きれるように」

「なのです。後始末だって必要なくなるはずなのです。世界がそうなるまで頑張るのです!」

「だな。あたしも頑張るよ」

 

 この特異点Wで、改めてこの戦いを終わらせることを誓う2人。その姿は、まさに艦娘と言えるものであった。

 

 

 

 

 陽が完全に落ち切る前に、待機場所に新たな艦影。元々ここで合流する予定があったおおわしが、このタイミングで海域にやってきた。

 到着するや否や、されるのはイリスによる全員のチェック。見るべき場所も多いため、フレッチャーにもその力をコピーし、2人がかりで全てを確認していく。万が一のことがあっては困るため、当然ここは相手がおおわしであっても慎重に。

 艦内も見て回っているため、護衛として調査隊の数名がついていた。その筆頭は勿論、秘書艦鳥海。

 

「ぱっと見では大丈夫ね。『迷彩』で隠れているようなモノも無かったわ。フレッチャー、そちらは?」

「こちらも大丈夫です。皆様カテゴリーC、もしくはGです。Gは提督だけですが」

「おう、うちには人間のスタッフはいないからな。基本的にゃあ全部妖精さん頼りだ」

 

 2人のチェックが通ったことで、内心安心していた昼目提督。調査隊にも忌雷探知機の開発方法は展開されており、幸いにもその材料となる資材が手元にあったおかげで1つは作られている。そのため、館内のチェックは基本的には出来ているつもりだった。

 探知機のスペックを信用していないわけではないが、それ以上に信用が出来るイリスの目と、多少劣化しているとはいえ同じモノを手に入れているフレッチャーに保証してもらえるならば、これ以上信頼出来る事実はない。

 

「フレッチャー、大分馴染んでるみたいだな。よかったぜぇ」

「はい、おかげさまで、皆様から良くしていただいております。前を向くことも出来、今は強くなる日々です」

「いいことだ。前が向けりゃあ、少なくとも進む道は見えるからな。何も見ずに突っ走ったら、本当に正しいかもわかりゃしねぇ。その調子で、うまくやってけよ」

 

 昼目提督にも言われ、フレッチャーははいと返事をして微笑んだ。

 当初に比べれば表情は明るくなり、何処か背筋も伸びているように見える。前を向こうとひたむきに努力をしている証拠が、見た目にも影響していた。

 

「イリス、ハルカ先輩の調子はどうだよ。あのヒト、大分疲れてんだろ」

「ええ、本当に。お昼のうちからマッサージを少ししてあげたわよ。あとは神威の排煙(アロマ)も一度浴びておいた方がいいかもしれないわね」

「はは、違ぇねぇや。あんな風だけど、確実にやられてるだろうからな。ハルカ先輩は昔からそういうヒトだからよ」

「知ってる。正義感で割を食うこともあるくらいだものね」

 

 昼目提督はやはりと言うべきか、伊豆提督のことをかなり心配しているようだった。ここまで事件に巻き込まれて、しかも自分よりも艦娘達が心身共に痛手を負っているのだ。心を痛めていないわけがないと、長い付き合いだからこそ見ずに理解出来ている。

 合流するにあたり、ムーサ筆頭の深海棲艦の部隊の話も先んじて聞いており、驚きつつもハルカ先輩だもんなと妙な納得をしていた。それと同時に、特異点W(この場所)の近くの現場で現れたのだからという点からも納得していた。

 

「うし、チェックありがとさん。オレはこのままうみどりに行かせてもらうぜ。鳥海、調査隊は指示があるまで待機。自由時間だ、身体を充分休ませとけ」

「了解です。本格的な調査は明日からでしょうか」

「おう、ガキ共に海底調査も頼みたいしな。今からだと流石に時間が遅ぇ」

 

 おおわしの目的は特異点Wの調査だ。しかし、今はもう陽が落ちているため、調べたくても細かい調査がしにくいというのもある。一晩明かしてから、じっくり調査するほうが確実に効率がいい。

 

 それに、今回の海域調査のメインは海底。ぱっと見何もないこの海域で不思議なことが起き続けていることを考えると、何かあるなら海底と考えるのが筋。そして、調査隊でその役目を担っているのが丁型海防艦の3人だ。

 健康的な生活を送らせるため、子供達は就寝時間も早い。しかし、今回の調査はすんなり終わるようなものではないだろう。これからその作業をし出したら、間違いなく不健康な生活になってしまう。

 軍港都市での緊急事態ではないのだから、その生活態度は一切変えるつもりはないし、調査隊一同、むしろ伊豆提督もその点は承知の上である。

 

「先にざっくりとだけれど、こっちの潜水艦で海中は見ておいているわ。それこそ忌雷とかが潜んでいたら危ないから」

「何も言わねぇってことは、何も無かったってことだよな」

「ええ、ここに到着してから最後まで全員が海上で訓練出来るくらいには何もなかったわね」

 

 伊203が自分からやると言い出し、いち早く海中は確認済み。調査隊ほど詳細な調査は出来ないものの、その目で見ることが出来る潜水艦がチェック出来るのならばしておいて損はない。

 そして勿論、伊203を筆頭とした潜水艦達に忌雷による寄生の跡はない。イリスがその目で確認しているのだから間違いない。念のため洗浄液の風呂にも浸かってもらっている。

 

「……流石に奴らがこの場所に何か感じるなんてこたぁ無ぇのか」

「どうでしょうね。こちらは警戒するに越したことはないわ。何事も慎重に動くのが一番安全よ」

「んなこたぁわかってる。何も無いならそれを喜ぶべきだ。まぁここからいきなり来やがる可能性も無くはねぇんだからな」

 

 それはそれで厄介だが、警戒するなら越したことはないと言った手前、こうして停泊しているところを狙われる可能性も視野に入れておく必要はある。前例があるのだから。

 

 

 

 

 完全に陽は沈み、海域は夜の闇に包まれる。夕食の後は、完全な自由時間となるのだが、今日の夜はいろんな意味で一味違った。

 

「あんなこと聞いちゃったら、一人にしておけないでしょ」

 

 神風が再び駆逐艦の会を開いたのである。新人歓迎としてフレッチャーをメインに実行したつい先日とは違い、今回のメインは丹陽だった。

 第一世代であり純粋種のボスに対してアポ無し突撃をした挙句レクリエーションルームに拉致をするという、大分覚悟が決まった行動をしたわけだが、丹陽は驚きこそすれ否定は一切しなかった。

 

「まさか私がその対象にされるとは、思いもしませんでしたよ」

「みんなが貴女をより身近に感じたからよ。これまではどうしても年長者ってイメージが強かったじゃない。事実だし。でも、持ってる感情はみんなと同じだったわけだもの。その証拠に」

 

 わかりやすい変化として、舞風と清霜が丹陽の隣を陣取り、ニコニコしていた。自分達のボスが自分達と同じくらいに苦しみ、人間に恨みを抱いているという親近感は、これだけ距離を縮める。

 特に舞風は、少し違う理由もあった。何故なら──

 

「ボスって呼ぶのもちょっと違うと思ってたんだよね。立場は確かにボスだけどさ、あたしってボスの妹なんだもん」

 

 舞風は丹陽の直接の妹なのだ。それなのにこれまでは潜水艦でもいろいろあって他人行儀みたいになってしまっていた。

 

「だから、ずっとボスだったけど、あたしは妹ってことで特権を発動します」

「特権?」

「これからは()()()と呼ばせてもらうからね。元々そう呼んでたんだし。ボスとかそういうの関係無いよ。だって、雪姉ぇはあたしのお姉ちゃんだもんね」

 

 30年、潜水艦の中ではどうしても姉妹としての接し方が出来ていなかった。人間への怒りと恨みがある中、純粋種を管理するという立場の丹陽には近付くことも殆ど無かった。あっても世間話程度。姉妹としての会話は皆無だったと言っても過言ではない。

 だが、その第一世代が第二世代と何も変わらないと気付けた。ただそれだけで、これだけ変わることが出来る。あの気持ちを互いに理解し合えることがわかったから。

 

「どう呼んでくれても構いませんけど……まぁ、そうですね。舞風さんは私の」

「お姉ちゃんが妹に敬語ってのがダメダメだよ。余所余所しいの嫌いだなー。せっかく改めて仲間になれたようなものなんだからさ、雪姉ぇはもっと()()()()()しようよ。自分のことお婆ちゃんだと思ってるかもしれないけど、見た目もそのままなんだし、実際何も変わってないでしょ?」

 

 こういう時にやたらと押しが強い舞風に、丹陽もタジタジである。これまで出来なかった姉に対する甘えを、ここで全力でやってやろうという簡単にも見えなくはない。むしろこれが姉妹の1つのカタチとも言える。

 

「……わかりました。でも、私も性分もいうのは変えられませんから、なるべくでいいですか、舞風?」

「及第点! いつかはもっと馴れ馴れしく話せるようになってもらうからね!」

 

 こんなやりとりが出来るようになっただけでも、丹陽を取り巻く環境が変化したことを如実に表していた。

 

 

 

 

 うみどりの環境は間違いなく良くなっている。士気も高く、ポジティブに満ち溢れていた。

 




これまでのことを考えると、なんて平和な海なんだろうか。
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