後始末屋の特異点   作:緋寺

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何もないことを願い

 うみどりとおおわしが合流し、夜は念のため襲撃が来ないように夜間警戒。うみどりとおおわしに所属する妖精さんが総動員となって、確認出来る場所、海域全体360度を常に見続けて一晩を明かしている。結果、何事もなく日の出を迎えることが出来た。

 出洲一派が今頃何をしているかは知る由もない。それこそ、深雪(特異点)を始末するための策を練っている真っ最中なのかもしれない。とはいえ、今を何事もなく休息の時間として過ごせているのは非常にありがたいことには変わりない。

 少なくとも、これまで溜め込む羽目になったストレスは、特異点Wに到着してからの約半日で大分取り除くことが出来ている。深雪にとっては、最後の神風発案の駆逐艦の会が更に効いていたと言えた。

 

『総員起こしよ。起床時間になったわ』

 

 イリスの声が艦内に響き、レクリエーションルームで雑魚寝している深雪は目を覚ました。日課のようなものであるため、放送が響く数秒前には既に身体が起きる準備をしていた。そして、実際に声が耳に届いた時には、パチッと目を開く。

 

「ふぁああ……おはようさーん」

 

 深雪だけでなく、他の者も同じであり、放送と同時に身体を起こし始めた。長い期間をこの生活習慣で続けてきたのだから、どういう状況であっても、放送さえあれば目を覚ますことが出来るというものである。

 着替えもここに持ってきているため、モゾモゾと着替え始める一同。誰も寝坊すらせず、その動作が遅い速いはあるものの、後始末屋として徐々にシャンとしていった。

 

「凄いですねぇ後始末屋。前回もこうやってみんなで眠りましたが、起きる時は一糸乱れないってかんじですよ」

 

 その光景をニコニコしながら見ているのは丹陽。彼女は総員起こしが放送される前から目を覚ましており、既に着替え済みで遠目に眺めている。

 

「早ぇな丹陽」

「お婆ちゃんは早起きなものなんですよ」

 

 自分のことをお婆ちゃんと呼ぶのは相変わらずのこと。しかし、昨晩の駆逐艦の会のおかげか、ここにいる者達からの距離は以前よりもかなり近いものになっている。

 特に舞風は妹ということでボス扱いをやめて姉妹として接するようになっている。パパッと着替えると早速丹陽の方へと向かい、朝ごはんだとその手を引いた。

 

 レクリエーションルームは和やかな雰囲気。平和な1日の始まりを噛み締めつつ、全員が穏やかな気分で朝の準備を進めた。

 

 

 

 

 朝食後、今日の予定が伊豆提督の口から発表される。フレッチャーがイリスと共にあちらの艦内をチェックしに行ったことで、既におおわしが同じ海域に停泊していることは誰もが知っており、今日は珍しく合同での待機の時間となっていた。海上で行き合うことはあっても、同じ場所で待機というのは非常な珍しいこと。

 うみどりとしては非常に都合が良く、軍港都市でも殆どやることが出来なかった合同演習なんてものも可能であるため、いつもはやれない実戦的な訓練をさらに深く実施出来る。伊豆提督的にはそこもメインとしており、島襲撃の前に少しでも鍛えられるようにと考えたと伝えた。

 

 勿論、今回の()()()()は何一つ語っていない。数人はそれに勘付いているようではあるが、この場で言及するような者はいなかった。

 

「演習っつったら、軍港で夕立と綾波相手に慣らしやった程度だもんな。強くなるためにゃ必要だよな」

「今出来ることをもっと伸ばすためにも、願ったり叶ったりなのです」

 

 以前は演習に対していろいろとあった深雪だが、もうそんな気持ちは何処にもない。仲間を攻撃すると言っても安全性が配慮されていることを身を以て知ったため、完全に吹っ切れている。優しい電も、演習くらいならもう余裕を持って実施可能。

 強くなって、この戦いを終わらせ、平和な海を取り戻したいという願いを叶えるためには、まず自分が強くならねばならない。そのためにも、貴重な機会は逃したくない。

 

「フレ子は演習するなら誰のコピーで行くのかな?」

「丹陽さんの力をまだ使いこなせていませんので使っていきたいというのはあるのですが、今回は別の方かもしれません。もしくは量産無しで、私の力のみで戦います。そうなった時の想定も必要だと言われておりますので」

「そっかそっか、ならいいや。一度やってみたいんだよねぇ、あたしやシラクモみたいな、身体が深海棲艦になっちゃってるのをコピーした時にどうなるのか」

 

 それに関しては何が起きるかわからない分、まだ試していない。同様に特異点のコピーもである。

 状況的に必要になるかもしれないその量産だが、フレッチャーの身に何が起きるかわからないというのがあるので、丹陽のコピーよりも控えられていた。丹陽はどこまで行っても純粋種の艦娘。特殊なところといえば経験値だけであるため、身体が違うことになっている者のコピーよりはまだ安全。

 結果的にカテゴリーWとなってしまった者達のコピーも出来ているので大丈夫そうではあるものの、特異点はそういう話では無さそうというのもあり、こちらも控えている。しかし、いつかは試す必要はありそうではあった。それはフレッチャー自身の地力が上がった後か。

 

「白雲も一度試していただきたいとは考えておりました。白雲の持つ凍結の力、フレッチャー様に複製していただいた場合、どう作用するかは知っておきたく存じます」

「だよねぇ。あたしの……羅針盤? だったかはちょっとよくわからないけどさ、敵と同じ自己修復は持ってるからね。シラクモみたいにわかりやすいのは見ておきたいよねぇ」

 

 そう言いつつも、勿論フレッチャーのことは気にしてはいる。無理矢理やらせてよろしくない方向に行ってしまったら困るからである。

 身体が深海棲艦化して戻れなくなったとか、それこそ身体の変化に合わせて量産化が()()()()ようなことがあったら目も当てられない。しかし、それを事前に知ることが出来ないというのもなかなか厄介なところ。やってみなければわからないというのは、そういう時に勝手が悪いものである。

 

「出来ればやる、ということでお願いします。あくまでも、今の私は地力を鍛えねばなりません」

「ん、りょーかい。無理して壊しちゃダメだもんね」

 

 ここは臨機応変に。やれそうだと思ったら、演習中にスイッチというのも考えて。コピー中の隙対策なども必要なので、やれるうちにその辺りも知っておきたいというのはあったりする。

 

「それじゃあ、マークちゃんには話をつけておくから、演習をしたい子は申し出てね。あ、それとコレから言う子は先にやってもらいたいことがあるから、演習には少し出られないけど許してちょうだい」

 

 ここから呼ばれるのは、真の目的のための人員。そのため、選択されたのは伊203と伊26。スキャンプは救護班所属ということもあり、演習で万が一のことが起きた時のためにそちらに参加してもらうことになった。

 それ以外はほぼ演習参加を希望。この機会を有効活用しようとする者しか、うみどりにはいなかった。

 

 

 

 

 他の者が演習の準備をしている間に、伊豆提督は呼び出した伊203と伊26に事情を説明。特異点に関する何かがこの海底にあるかもしれないということで、深雪や電に知られることなく調査をしたいと語る。

 別に教えてもいいのではと伊26は言うものの、それがここにあるということで変に気を遣ったり、力の源かもしれないそれがあるからと頼り始めるようなことの無いように、まずは秘密裏に調べておくという方針。今はあくまでも待機、休息の時間なのだ。変な気遣いをさせて、精神的に負担をかけるのはよろしくない。そう言われて、伊26もひとまず納得。

 もし何かがあっても、それが余程重要なものでない限り、()()()()()()()という方針。余計なことをして、それこそ深雪に何かしらの影響があっても困る。

 

「向こうの海防艦と協力体制?」

「ええ、本当に話が早くて助かるわ。海中で合流してちょうだい。通信は出来るように手筈は整えておくから」

「了解。すぐに出る」

 

 伊26の手を引いて早速うみどりから出撃していく伊203。どうせそうなるだろうと先んじて艤装を装備しておいた伊26は、苦笑しながらも行ってきますと手を振って伊203と共に潜って行った。

 

「おお? フーミィとニム、何かあったのかな。演習よりも前にやることあるって呼ばれてたけど」

「海の中に何かあるのでしょうか」

 

 そんな2人の様子を見て、深雪と電が首を傾げる。特異点の調査とは夢にも思っていないようである。

 

「多分、私達が演習をしてる時に潜水艦が出る幕が無いから、その間にこの辺りの海域調査をするのよ」

「調査って、何のためだ?」

「どんな場所にも出洲の手が伸びてる可能性はあるでしょ。演習中にいきなり海の底から忌雷が浮上してきたら大惨事じゃない。昨日はさらっとしか調べてないし、今からはちょっと念入りに調べるんだと思うわ」

 

 そこは神風がフォロー。ここが特異点Wであることを察している数少ない艦娘の1人であり、その真意にも何となく勘付いている者。

 深雪達に意識させないように、嘘ではないが本来の目的も隠して説明した。

 

「そもそも、現場に忌雷が仕込まれていた程なのよ。何もないところにだって仕込まれてる可能性はあるわ。無差別って考えるなら、この付近の艦娘とか、生まれたばかりのカテゴリーMとかに寄生させて手駒を増やすってことまで考えるかもしれない。特にカテゴリーMなんて、何処でどうやって出てくるかもわからないんだもの」

「うえ、ありそうだから嫌だな。阿手とかいう奴なら普通にやりそうだ」

「でしょ? 最近はやり方がより狡猾になってる気がするしね。ムーサが匂いを感じ取ってないから安全だとは思うけど、それこそ敵がステルスの潜水艦で海底に()()()()とかだったら目も当てられないわよ」

 

 あくまでも特異点調査であることは語らず、しかし本当にありそうなそっちの目的についてしっかり話し、深雪と電の目を逸らすように誘導した。

 

「それに、もし何かあったら、また特異点の力を頼らなくちゃいけなくなる。私達は貴女達に頼ってばかりなのは御免なのよ。特定の誰かばかりに負担がかかるってのは嬉しくない。だから、事前にいろいろ調べてるの。ただでさえ貴女達はここ最近負担ばかりだったんだから」

「ま、まぁ、そうだなぁ。それに対しては何も言い返せねぇ」

「なのです……」

 

 ただでさえ、出洲一派が何をやってくるかもわからない状況。特異点の力は何が起きるかわからない分、しっかり温存しておきたいというのは隠す必要のない事実。いい方向に動くとしても、その負担を全てこの2人が被るというのは、深雪のことを愛娘と思っている神風には出来ないことでもある。

 

「まぁ、私も何もないことを願ってるわ。というかみんな同じことを考えてるんじゃないかしらね」

「だよな。あたしだって、久しぶりに羽を伸ばせてるんだ。誰にも邪魔されたくないって願ってるよ」

「電もなのです。こういう時くらいは、好きなようにしたいのです」

 

 誰もが同じことを願う。今くらいは何も起きてくれるなと。

 

 

 

 

 そう、願っているのだ。()()()()()

 




次回、ついに特異点Wの海底調査。鬼が出るか蛇が出るか。
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