後始末屋の特異点   作:緋寺

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速さでの選択

 願いの実が今現在も願いを叶え続けていると吹雪の口から言われたことで、伊203は嫌なことに気付いてしまった。

 誰もが願っていた、『今だけは何も起きてくれるな』という願いが叶っているということは、何も起きないようにする必要があるということ。つまり、今現在この海域に何者かが襲撃しようと向かってきており、それが願いの実による干渉で、海域に入れないようにされているということになるのだ。

 

「ここにいる間は邪魔されないだろうけど、ここから離れたら襲撃を受けるってことでいい?」

「そうなるかなぁ。今は真っ直ぐ進んでるように見せかけて、ここに辿り着けなくなってるって感じ。多分あっちには姿形は見えないようになってるようなモノだよ」

 

 願いが叶っていることを得意げに話す吹雪だが、裏を返せば、()()()()()()()を襲撃者に与えているとも言える。

 そこにいるから襲撃を計画したのに、いざ現場に来てみたら何故かそこに辿り着けないなんてことがあれば、誰だってそれを疑問に思う。真っ直ぐ向かっているのに知らず知らずのうちに逸れているとか、艦載機などを使っているとしても感知出来ないとか、考えられることはいくらでもある。

 

「逆に、ここにいる間は絶対安全。願いは叶い続けるから」

「そうとは限らない。あちらがその願いを突き破ってくる可能性も考えた方がいい」

「うーん、まぁ確かにそうなんだけど」

 

 ここにいれば願いが必ず叶うというところに胡座をかいているわけにはいかない。常に最悪を想定して行動しなければ、予想外なことが立ち塞がって八方塞がりになる可能性だって無くはない。

 あちらは未知の技術をこれでもかと言わんばかりに投入してくるのだ。願いを叶えて邪魔をされなくするだけでは止められなくなるなんてことがあっても驚かない。

 

「私達がここに来たせいで、この場所がバレるってこともあり得る。それだけは阻止したい」

「……確かにね。貴女達がここに来なかったら、願いの実は誰の目にも触れることなく、願いを叶え続けただろうね。深雪ちゃんの力が増し続けるほど、叶う願いも大きくなるかも」

「そんなの、間違いなく目をつけられる。ここにコレがあると知らなくても、必ず探し求められる。今は私達がここに来るなって願っていたから叶ってるけど、離れたらその願いも叶わなくなる」

 

 今はうみどりとおおわし、むしろ願いの実の端末がここにおり、強い願いがあるからこそ、敵の手には渡らないだろうが、ここから離れたらあっという間に危険になるだろう。

 そう簡単には見つからないかもしれないが、調査隊のようなプロの手によって、たった今願いの実の存在が暴かれたのだ。あちらにも同じくらいの手腕があってもおかしな話ではない。

 

 今の段階で()()()()()()()()()と思わせてしまったのだから、それをきっかけにここを調査されることだろう。

 そして願いの実を発見されてしまったら最後、吹雪の忠告など無視して持っていかれる。うみどりとおおわしだから、ここまで穏便に済んでいるだけ。あちら側ならば、吹雪を始末してでも願いの実をここから持ち去ると断言出来る。理由はわからないが、特異点を目の敵にしているのだから。

 

「願いの実には、自己防衛の機能はあるの?」

「それを言われるとなぁ。願いの実はあくまでもアレだから、運ばれたらおしまい。さっき貴女達も持って行こうと思えば持っていけたでしょ?」

「なら尚更危ない。でも、私達はずっとここにいるわけにはいかない。どうするの」

 

 ここまで言われたら、吹雪も困った顔をする。願いの実を不安にさせるという、あまり褒められたことではないことを起こしてしまっているのだが、不安になっているのは、うみどりとおおわしも同じ。深雪の源というのなら尚更だ。

 打算的に考えないようにしているとはいえ、この願いの実が敵に盗られ、解析でもされようものなら、深雪の常軌を逸した謎の力は全て対策されてしまう。むしろ、それ以上に困るのは例の忌雷だ。今でこそ、挟んでひっくり返すという特異点ならではの裏技で治療が可能だが、願いの実の解析によって、それすらもされない新型が作られたらもうおしまい。

 

「貴女は吹雪の姿ではあるけど、実を守ることが出来る? 私には、それだけの力があるようには申し訳ないけど見えない」

 

 伊203は真正面から言い切った。今は力を隠しているだけかもしれないが、少なくとも今の段階では、自分の身を守り切れるかもわからない。

 深雪だって最初は艦娘としても生まれたばかりで素人だった。純粋種として最初から戦える技術はあったものの、鍛え上げたうみどりの誰よりも技術は不足していたし、むしろ最初は海上歩行すらままならなかったくらいだ。

 

 この吹雪は一体どれほどの実力があるのか。もしうみどりやおおわしの誰よりも強い力を持っていたとしても、数の暴力には勝てない。ただでさえあちらは出来損ないという人間爆弾を使うような非情な作戦も選択出来るのだ。命を何とも思っていないならば、想定外の行動をいくらでもしてくると考えた方がいい。

 

「私だってこういう姿をしてるんだから、戦えないわけじゃないよ。願いを叶える力は私だって使える」

「申し訳ないけど信用出来ない。じゃあ、私は願うよ。それだけの力を持っているなら証明してほしい」

 

 期待している『優しい願い』ではないが、不安を払拭するための心からの懇願であるため、吹雪もそれには応じるしかないかと考えた。

 願いの実を守れるだけの力を示せば、伊203、並びに吹雪の存在を知った者達は丸く収めてくれると。

 

「……わかった。でも見せるだけだよ。私はここから動かないから、海の上にいくつもりはない。攻撃してくるなら潜水艦だけとして考える。だから──」

 

 吹雪の姿が先程も見せた深海棲艦の姿へと変貌。だが、先程よりもより深く、濃く変化をしたのか、左腕がビキビキと音を立てて変形し、魚のヒレのようなモノが張り付いたまさに深海棲艦と形容するのが相応しい異形となる。

 

「ここに辿り着いた敵は、全員こうやって()()()

 

 その異形の手を軽く上に振り上げた瞬間、何も無かったはずの海底の一面に()()()()()()()

 

「っ……」

「何もしないから安心していいよ。でも、敵には容赦はしないって約束する」

 

 その彼岸花畑から、明らかに触手と言えるモノが一斉に生え、伊203の脚に絡み付く。何もしないと言いながらこんなことをするなと伊203が非難の視線を送るが、こういうことだからと吹雪は苦笑。

 今はあくまでも軽く撫でるように絡みついているだけ。敵対の意思がない、むしろ仲間意識があるからこれで済んでいるが、そうでは無く本気で力を込められたら、伊203の脚なんて、いとも簡単にグチャグチャにしてしまうだろう。脚でそれなら胴なら、頭ならと考えたら、もう恐怖でしかない。

 

 そして、その触手は彼岸花畑全てが効果範囲。今はやろうともしないが、海防艦が駆る潜水艇も、それを守る伊26も、あっという間に呑み込んで、海の藻屑にしてしまうのが見ただけでわかった。

 

「……貴女の力はわかった。()()()()なら、こんな相手に勝ち目はない」

「なんだか、普通じゃない言い方だね」

「私達の敵は普通じゃない。これまで、常に想定外のことをされ続けてきた。嫌な思いをさんざんしてきた。貴女ですら予想しないことをしてくると考えておいた方がいい」

 

 これまでのことを知っているから、伊203は、うみどりとおおわしの面々は慢心などしない。この力が絶対に通じる、これだけで終わらせることが出来るだなんて絶対に考えない。

 

 例えば、この海底まで届くような爆雷、この辺り一帯を全て吹き飛ばすような一撃が放てたらどうなる。吹雪は海底にまで近付いてきた者に対しては無類の強さを誇るかもしれないが、そうではなく海上から全てを終わらせるほどの飽和攻撃を仕掛けてきたら耐えられるのか。

 潜水艦でも何でもない、未知の敵が、それこそ吹雪のような海底に降り立ち当たり前のように行動する者が現れたらどうにか出来るのか。

 考え出したらキリがない。不安はいつまで経っても拭えない。

 

「身体だけじゃない、心にまで作用する攻撃をしてくる輩もいる。貴女は少し違うかもしれないけど、それが絶対に効かないとは限らない。私はそう願っているけれど、ここからいなくなったら、遠くにいったら、その願いは何処まで有効なの。深雪経由でここに願いは届く? 貴女を守るだけの力になる?」

 

 ここまで言われると、吹雪も言葉を詰まらせる。吹雪自身も、別に慢心しているわけではない。今持つ力で全てをどうにか出来るかと言われたらなんとも言えないのが現状だ。

 海底とはいえ、吹雪も艤装くらいは扱える。艦娘の姿を取れば、この場を海上と見做すかのように動き、本来ならばあり得ない戦闘も可能としている。

 だが、この触手による攻撃以外は、場所がおかしいだけで()()()()()()()()()()()のだ。深雪のように消し飛ばず砲撃が出来るのか。神風のように見えない斬撃が出来るのか。吹雪にはおそらく出来ない。

 

 伊203は、この時でも最も早く済ませられる手段をずっと考え続けている。しかし、吹雪は深雪以上に未知の存在だ。わからないモノに対して即断即決は難しい。それがうみどりの命運を握っているのだから尚更だ。

 本来なら提督である伊豆提督や昼目提督が口出しするべきなのだろうが、あちらの声を届かせる手段は今ここにはない。常に海防艦達が通信回線をオープンにしているが、判断を仰ぐ前に伊203が次から次へと言葉にしていくため、口を挟むことすら出来ない。海防艦が吹雪に恐れを抱いてしまっているのも、それに拍車をかけている。

 

「貴女達が心配してくれるのはとても嬉しい。でも、これはここから動かすわけにはいかないし、私にも見せたくらいの自己防衛手段はある。だから任せてとは言い切れないけれど、今は任せてほしいな」

 

 吹雪は申し訳なさそうにそう伝えた。後始末屋の仕事も調査隊の仕事も邪魔をするわけにはいかない。だから自分がここで願いの実を守り続ける。もしここが襲撃されたなら、この力で守り通す。

 その目からは真剣な思いが伝わってくる。姿は艦娘になり、一面の彼岸花も全て綺麗に舞い散った。

 

「……わかった。なら、今ここに向かおうとしている輩は、こちらで始末する。それならここが少しでも安全になるでしょ。私達がやったことにすれば、海域の謎について触れようとはしなくなるはず」

「そう……だね。でもそれだと願いが叶わなくなる。『何も起きてくれるな』ってみんなが思ってるのに、何か起きたことになるよ」

「それより先のことを考えて。私は、今ここでさっさと始末する方が速いと思ってるから」

 

 伊203も至って真剣だ。速さを求めるが、求めた先にあるモノのことだって考えて、最速を目指している。全体を見て一番速い道を選択する。

 ここで敵を逃したら、今後間違いなくココが狙われ、余計な仕事が増えるだろう。ならば、逃さず情報漏洩も防げば、逃した時よりも時間はかからないはず。

 

 

 

 

 これだけ言われて、吹雪が選択したのは──

 

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