一方その頃、海上ではうみどりとおおわしの面々が演習に勤しんでいた。勿論、今この場は願いの実によって守られていることなど露知らず、これからの戦いのためにも一生懸命こなしていた。
おおわしとて実力者は多く、共に戦ったからこそそれも知っている。特に秘書艦鳥海と部隊を率いることが多い神通は実力も相当であり、深雪や電は勿論のこと、神風に鍛えられている白雲やグレカーレ、純粋種の中では実力者である夕立も、なかなかに苦戦させられている。特に神通は顔に似合わず負けず嫌いなため、駆逐艦相手に負けるようなことは絶対にしないと、圧倒こそしないまでも確実に勝ちに来る。
「何連戦するんだい彼女は」
軽く汗を拭いながらボヤく時雨に、深雪も同意。今、演習は神通の連勝を止めるという目的にすり替わっているほどである。
時雨だって全力で挑んだが、僅差で敗北を喫している。それには言い訳などせず素直に負けを認めたものの、悔しさは滲み出ていた。
「マジで強ぇ……でも、絶対勝てないってことはないと思うぜ。まだまだあたし達は伸び代があるってことだ」
「まぁそうなるけど、君は相変わらず前向きだね」
「後ろ向いてる余裕なんて無ぇからな。もっともっと強くならねぇと」
今でこそこの場所で待機して、次の後始末を待っているような状況ではあるが、その後に待ち構えているのは島への襲撃。そこでは軍港都市で起きたような悲惨な戦いを越えるような、それこそ地獄のような戦いが待ち構えているかもしれないのだ。それを乗り越えるためには、まず強くなることが大事。
強くなることには深雪は非常に意欲的だ。今ならどんなトレーニングでもこなしてやると、強い意気込みを持っている。
「深雪がこんなだからかな、電も何だかやる気満々じゃないか。珍しい」
「電だって、次の戦いには少し気合が入っているのです。あんな悲しい思いは、二度としたくないですから」
時雨が言う通り、どちらかといえば戦いを避けるタイプの電も、今回ばかりは強くなって島攻略をより確実にしたいと考えていた。軍港都市での戦いが、電を一回り二回りは成長させている。
電とて艦娘。世界を脅かすような輩は、終わらせねばならない。なるべく穏便な手段を取りたいと思っていても、無理なものは無理な相手だって存在する。
そんな相手を、電は終わらせるという道を選択した。自ら強くなり、深雪と共に戦場に立ち、手が届く範囲の仲間達を優先する。
「そういうお前だって、今はやる気満々じゃねぇかよ」
「なのです。何かに触発されたのです?」
「憎むべき人間を始末出来る機会が来たからさ。僕は元々それが目的なんだからね」
カテゴリーMの呪いは失われたわけではない。人間への怒りと憎しみは、時雨の中でしっかりと息づいている。全体を見るのでは無く、真に悪である一点を見るようにしただけ。
そして、その一点である出洲一派の活動する島への襲撃が待ち構えているのだ。やる気が出ないわけがなかった。溜め込み続けた呪いを発散する時が来たのだから。
「これまで我慢してきた分を、しっかり晴らさせてもらうよ。僕はその存在を否定してやるんだ」
「気持ちはわかるけどな、まぁ、ほどほどにしておけよな。あたしだって今回は許せねぇ。でも、始末する奴はちゃんと見定めとけよ」
「当然さ。無益な殺生をしない代わりに、
酷い言い方ではあるものの、時雨の呪いもそれだけ大きなモノ。それを少しでも晴らすために、今回は阿手を使うというだけ。奴はそれ相応のことをしてきたのだから、深雪はおろか、電ですら仕方ないと思うほどである。
阿手だけは絶対に許せない。出洲以上の悪であるという認識は、ここにいる者全員に浸透した意識。
「とはいえ、今はこうやって敵もいない状態で力をつけられるんだ。この時間は有意義に使わせてもらうよ。さぁ、もう一度やらせてもらおうかな」
未だに連勝中の神通が、ちょうど一戦終えたタイミングを狙って、時雨はもう一度戦わせてほしいと願い出た。
「疲れてるところを狙って挑んでいったのです」
「時雨、頭使った……のか単純に狡いのかどっちなんだ」
苦笑しながら時雨の背中を見送った深雪と電。軽く伸びをしながら、次の演習のことを考え、しかしその前に今のこの伸び伸びとした環境に思いを馳せた。
これまでの圧がかかった毎日からの脱却、今だけとはいえ敵の脅威から離れた状態で仲間達と過ごす時間。こんな時間はとても気分がいい。
強くなるための訓練も、この後に来る戦いのためのモノではあるが、これまではそういうことをする余裕すら与えられず、精神的にも追い詰められ、大きな傷を負わされる者すらいた。
「こんな毎日だといいんだけどな……何回目だっけか、こんなこと言ってんの」
「結構言ってるのです。でも、電も同じことを思っているのです」
「だよな、綺麗な海で、みんなでこうやって鍛えて、時々はただ遊ぶだけ遊んで……それが平和ってもんだよな。戦争も終わってほしいぜ」
「なのです。そのためにも、電達は頑張るのです」
「だな」
2人してニッと笑って、自分達もより鍛えるために行動を始める。演習は何も神通とやり合うだけではない。それこそ、ジャイアントキリングを目指して神風に鍛えてもらうのもありだし、ここでも基礎をしっかりと押さえるために長門と訓練に励んでもいい。
やりたいことを、やりたいようにやれる。それが今ここで与えられている時間。有意義に過ごしてこそ、平和を満喫しているというモノである。
故に、文字通り水面下で起きていることに目が行かない。潜水艦と海防艦が見舞われている事実、願いの実の件は、全く目にも耳にも入ってこない。
「私達は、願いの実で抑制されてる敵を始末しに行く」
伊203はその意思は変えない。辿り着きたくても辿り着けない今の状況から、この海域を不思議がってより調査をされ、深雪達の願いがここから無くなったところで攻め込まれる可能性があるのなら、その情報を持ち帰るであろう抑制された敵をここから返さない、始末して口封じする。その選択を取る。
「本当にそうしないといけない? 今叶ってる願いが反故にされるんだけど」
しかし、吹雪も折れない。意固地になっているようにも見える。願いの実を第一に考える、
それは吹雪が出洲一派のやり方を何も知らないからだ。
「さっきも言ったけど、今より先を考えて。今叶ってる願いが、後に叶うであろう願いを叶えなくする。いくら願いの実だからって、全部の願いを分け隔てなく叶えることは出来ないでしょ」
伊203の声色に、少しだけ怒りが含まれた。
「吹雪、端末であり妹である深雪のことをどう思ってるの」
少しだけ話題を変えられ、吹雪は一瞬キョトンとする。
「勿論、誇らしくて可愛い妹だよ」
「身も心も成長したって言ってたけど、それをどうやって知ったの」
「それはまぁ、ここに来る深雪ちゃんの力の源みたいなモノかな? 願いが叶えられる範囲が広くなってる。だからあの深海棲艦だって願いの力で生み出された。それもこれもみんな、深雪ちゃんが強くなってくれたから」
「貴女は深雪を見ていない。上辺だけしか知らない。どれだけ傷付いてきたか、理解していない」
その怒りを見せたまま、もう話にならないと吹雪に背を向けた。こうしている時間も無駄だと、ここに来れないようにされている敵を探すため。
しかし、それをされたら今叶っている願いが反故にされる。吹雪はそうされては困るため、再び深海棲艦の姿へと変化した。
「今叶ってる願いをどうするつもり」
そして、一斉に彼岸花を咲かせると、そこから触手が一気に生え、伊203を捕らえた。
先程自信満々に話した、自己防衛のシステム。海底に来れるのは潜水艦だけ。その潜水艦はこれでどうにか出来る。だから願いの実は守られている。それを今ここでまた証明しようとした。
それが
しかし、相手が
「この程度で私を捕らえられると思ってるの」
恐ろしいことに、その触手を海中で全て引きちぎってしまった。普通の潜水艦なら身動き一つ取れなくなるはずの力で捕らえたはずなのに、それを意に介することもなく、ただ自分の力だけで。
伊203は普通ではないのだ。心を壊し、自ら人間を辞め、超常的な力を手に入れた上で、艦娘としての適性を得てココにいる。陸でも戦える潜水艦という意味がわからない力を持っているのに、ホームグラウンドの海中ならば無限の力を発揮する。素手で敵潜水艦を真っ二つにするような者に、触手なんて効くわけがなかった。
「……えっ?」
吹雪はキョトンとしてしまっていた。自分の力に慢心していたわけではないのだが、どう見ても普通の潜水艦に防衛システムを力業で抜け出されてしまったことに、呆気に取られてしまった。
「私でコレなのに、敵を本当に全て抑え込めると思ってるの。あちらはこれ以上に滅茶苦茶してくるよ。貴女だって殺されかねない。ううん、それだけならまだマシ。その意思も、意味も、何もかもを踏み躙られるかもしれない。今のこの願いを叶え続けることで、そうなる可能性がどんどん高くなる」
攻撃する意思はないため、伊203はここで終わるが、もう一度だけ、教え込むように面と向かって伝える。今のままで出洲一派をどうにか出来ると思うなと。
「もう一度言う。今叶えてる願いが、後の願いを叶えなくする。だったら、今の願いは無しに出来るならした方がいい。それが深雪のためにもなる」
「そ、そんな……こと……」
「深雪にバレないように、私達だけで始末すれば、願いは叶ったままで事を丸く収めることも出来なくはないけど。貴女にその気が無いなら、私だけでも終わらせる。さぁ、選んで。どうする」
選択を迫る伊203。対する吹雪は、こんな状況に置かれることも初めてであるため、すぐに答えは出せない。
「そ、その……」
「遅い。もう待てない。遅いのは嫌い。考えてから後から追ってくるなりして。優柔不断がまともに願いを叶えられるなんて私は思わないから」
そんな吹雪を見捨てるように、伊203は再度背を向ける。時間の無駄だと突きつけるかの如く。
だから、吹雪はこの場で変わる。自分の在り方が正しいモノだと思っていたかはわからないが、少なくとも今のやり方では本当に叶えないといけない願いが叶えられない。それを教えられた。
「……わかった」
そして、選択する。
「私も行く。そのうち私の敵になるって言うなら、今のうちに排除する。この願いの実は、ここになくちゃいけないモノだから、それを守るために、私からも行くよ」
この決断は、特異点の在り方をより良い方向へと変える一歩となる。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。挿絵機能が戻ってきたので、溜まっていた分を一気に。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/119736914
潜水艦の良心ニム。今も吹雪といろいろありましたが、まず海防艦達を守るために行動を起こすあたりが、お金目当ての艦娘だけれど子供のことを第一に考えている感があります。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/119878058
空母隊の事実上トップ加賀。深雪にいろいろ教えてくれたのも今はもう昔。でも、指針を決めてくれた者の中には間違いなく加賀も入る。暗黙の了解とか教えてくれたし、最初に艦娘になった理由を教えてくれた人だし。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/120055207
うみどり唯一の戦艦長門。亀仙流の教えたかも言っちゃってたりするから、深雪と一緒にこういうことをやってもおかしくないかも。長門ならなんかこれで出そうな気がしないでもないし。