演習をしていた艦娘達が休憩ということで艦内に一時的に戻り、海域の外で戦闘が起きたところで簡単には知られない状況が作られた。
その状況は海防艦から伊26、そして伊203へと伝わり、今なら戦いやすい状況が作られたとわかる。ならば、相手がどうであれ、まずはこちらから向かおうと、出来る限りの最高速でその場所へと向かった。
「速すぎなんだけど!?」
吹雪はそれに追いつくのに手一杯。そもそも本来海上艦である吹雪が海中で潜水艦に、しかも速さに拘りを持つ伊203に追いつけるくらいの速度で移動しているのがおかしな話なのだが、そこは特異点、しかも深海棲艦の姿をあえて維持していることが理由なのだろうと伊203は納得することにした。それでも速さで負けるつもりはカケラも無いが。
「ゆっくりしてたら逃げられる。そうしたら、願いの実は終わりと思って」
「フーミィちゃんみたいに拘束を力業で抜けるような輩ばかりってこと?」
「それで済めばいいけど。拘束される前に貴女自身がやられる可能性も考えて」
伊203がこれまで戦ってきた相手の中でも、戦闘能力として一番厄介だと思ったのは、原元元帥こと深海鶴棲姫。凶悪な再生能力に、死すら凌駕した異常な双胴艦。砲撃も艦載機も扱いながら、その艦載機は海中にまで及んだ。ここで現れた敵が似たようなものだった場合、非常に厄介である。
とはいえ、高い対潜能力を持つ海防艦や駆逐艦だとしても、伊203は避け切る自信があった。そんな簡単に負けて堪るかと、艦娘になってからは回避性能に重きを置いて鍛え続けてきたのだ。うみどりの教えも、死なないことが一番。攻撃より防御、接近より回避がメイン。
おかげでそんじょそこらの対潜艦が来たところで、容赦なく吹き飛ばすのが伊203である。ちなみに伊26も海中での回避性能だけでいえば、伊203に引けを取らない。戦いになったとしても、簡単にやられるようなことはない。
「あちらはもう、うみどりやおおわしの戦力を知ってる。海賊船の頃からまた変わってはいるけれど、概ねの実力は把握されてると思った方がいい」
「じゃあ、それを見越した戦力を投入してきてるってことでいいかな」
「そう。少数精鋭なんてもうしてこない。その全部を跳ね返してるから」
うまく出来すぎているのも考えもの。だが、その全てが辛勝だ。誰もまだ失っていないが、本当に何も傷付かずに完全勝利が出来た戦いなど1つもない。仲間の心が傷つき、直らない傷を刻みつけてしまうことまであったのだ。
それを把握しているだろうから、今回いるであろう敵も、その辺りを重視してきそうだと予想している。もしくは強力な戦闘力を持つ者を数多く配備しているか。
「それが潜水艦だけでどうにか出来るなら、これから私達だけで全部終わらせる。そうで無くても、出来ることなら私達だけで全部終わらせたい」
何事もなく終わらせたいというのが、今の願い。うみどりに迷惑をかけず、ここにいる面々で始末させられるくらいの数ならば。
しかし──
「見えてきた……けど、ニム、アレどう思う」
やっとの思いで追いついてきた伊26に尋ねる伊203。海中からそれを見た伊26は一言。
「無理だよ。ニム達だけじゃ、絶対戦力不足」
伊203も思っていることを、そのまま口にしてくれていた。
そこに集結している部隊は、パッと見ただけでもかなりの数。海賊船の時のような、最初から潰すという気概が見えるわけではないのだが、とにかく
その一団の中にいる姫の中でも、一際目を引くのが、かつていた姫──船渠棲姫。それが厄介なことに4体。恐ろしいことに
その場でイロハ級を始末出来たとしても、その残骸から新たな深海棲艦を建造し、数で圧倒することを視野に入れた戦術をしかけてくる。だからか、今回の船渠棲姫は大群の中でも攻撃が簡単に届かない部隊中央に配置されていた。
「あまり近付けない。あちらの対潜艦にバレる。少し慎重に考える」
速さ重視であっても、こればっかりは何も考えずに攻め込んだらどうにも出来ないタイプだとすぐにわかる。
「ここからでもカテゴリーの判断出来る?」
海防艦に尋ねる。今、この部隊の状況を提督陣に見せることが出来るのは、海防艦が操る潜水艇に備え付けられたカメラのみ。あちらのソナーに引っかからないようにすることも難しいのだが、そこからどうしても確認しなくてはならないことはある。
その質問に答えたのは、第四号海防艦。リーダーとして、提督陣との通信は彼女が主だって実施している。
『イリスのあねごから報告でっす。半分以上はカテゴリーR、あっちが
「そう、やっぱり。予想はしてたけど、前の船渠棲姫の時と同じだ」
一度あった船渠棲姫との戦い。その時の敵部隊は、カテゴリーYの船渠棲姫以外はカテゴリーR。自己再生能力を有した、船渠棲姫によって
今回もおそらくそれであり、前よりも圧倒的に数が多いというだけ。本体を斃せばカテゴリーRが機能停止する可能性はある。
しかし、本当に前と同じかどうかは常に疑問を持たねばならない。船渠棲姫もあの時よりも進化させられているかもしれない。それこそ、簡単には始末出来ないくらいに。
「カテゴリーYはどれくらいいるかわかる?」
『姫の半分はYだって言ってまっす。船渠と、あとまいごの姉妹、それに近代化の戦艦はYでっす』
4体の船渠棲姫はカテゴリーRの制御に使われているのだろうが、それ以外にも強敵となりそうな姫はいる。
第四号海防艦が『まいごの姉妹』と称したのは、深海棲艦の中でも少々珍しい、ぱっと見でわかる姉妹艦。防空埋護姫と防空埋護冬姫。圧倒的な防空性能で、空母の艦載機を完全にシャットアウトする。加賀達空母隊も、その異常な弾幕には手を焼きそう。
近代化の戦艦は、その名の通り近代化戦艦棲姫。非常に巨大な艤装に跨り、シンプルに高耐久高火力を実現した難敵。単純な強さであれば、最高峰に位置する存在と言えよう。
それ以外にもわかるのは、空母棲姫の最上位種である空母棲姫IIや、数で圧倒するために存在するような新量産空母棲姫が複数確認出来る。圧倒するにしても、上から下からと手段を変えているのがよくわかった。
「多分それだけじゃない。こんなことをしてくるなら、潜水艦がいないわけがない」
『潜水艦の感あり! こっち向かってる!』
第二十二号海防艦が叫んだ。伊203の予想通り、ここに潜水艦の部隊も仕込まれている。航空、海上、そして海中。あらゆる手段を使って押し潰そうと考えているのがわかる。
「吹雪、これが敵のやり方。見てわかると思うけど、こういうことをしてくる」
「……」
これだけの軍勢、そしてさらに現れた潜水艦を見て、吹雪は呆気に取られていた。
この敵のやり方はハッキリ言って異常である。うみどりとおおわしにどれだけの殺意を持っていればここまでの大部隊を用意するのだという以前に、深海棲艦すらも手駒にしてここまでの大軍勢を嗾しかけてくるだなんて、頭がおかしいのではないかとまで思った。
しかし、実際ここまでやってきているのだ。しかも、敵意マシマシで。自分の居場所が知られたら、徹底的に破壊されているだろう。何せ吹雪も特異点。深雪と同等と言えるくらいには排除したいと思わせるには充分な存在。
「ここでアレを逃したら、あの量が貴女だけに向く。私達がいない状態で、アレを全部1人でどうにか出来る? 私はそうは思わない。だから、申し訳ないけど
伊203すら、ここまで用意されているとは考えていなかった。ここで決着をつけようとしているとしか思えない軍勢を前に、1体も逃さずに終わらせるのは物理的に不可能と判断した。
「吹雪、これは私からの願い。今の願いの相反する願いだけれど、叶えてくれると嬉しい」
「……何を願う?」
「何も起きてほしくない願いを撤回。ここにいる軍勢を、ここにいる全員の力を使って押し潰す。そのために、力を貸して」
伊203の即時判断ですら、自分の考えたことが間違いであると理解し、すぐに別の案を提示する選択をした。隠れてどうにかするなんて不可能。そんな余裕なんて何処にもない。ならば、吹雪の力を借りてでも、ここで全てを終わらせる。
深雪にバレないようになんて言っていられない。それ自体が敗北に繋がりかねないくらいの敵の量だ。ならば、願いの実の存在を知ってもらってでも、この窮地を脱する必要がある。
「少なくとも、目の前の敵は私達がやらなくちゃいけない。潜水艦なら、私がどうにかする」
そうこうしているうちに、第二十二号海防艦が向かっていると言った潜水艦の部隊が目に見える距離まで接近していた。
それもまた姫であり、カテゴリーY。見てすぐにわかる姿から、伊203だけでなく、伊26も顔を顰めた。
「深海伊号水姫……」
その姿は、伊203の言う通り深海伊号水姫。伊号、つまりここにいる潜水艦と同じ型の深海棲艦。細かいことを言えばいくつかある種類のうちの1つではあるのだが、同じ伊号を冠する者として、その姿は気に入らない。
特に伊26は、巡潜乙型として切れない仲である伊41の魂を使われた深海棲艦ということもあって、カテゴリーCながらも気分が良くなかった。
しかも、引き連れてきた部隊がほぼ潜水棲姫というのも気に入らない要因の1つだった。それは桜の姉が変えられていた個体と全く同じ姿だから。
「……吹雪、どの願いを叶えてくれる?」
願いの実の代弁者としての特異点は、ここでまた選択を余儀なくされる。この敵を逃してまで先の願いを叶えるか。それとも、後に願われたこの部隊をうみどりとおおわしと共に殲滅するか。
難しい選択ばかりを問われる吹雪の表情は、特異点として生まれてから初めての感情で埋め尽くされていた。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/120130909
軍港都市のエース、暁と綾波。最初出会った時は見た目通りの2人になっていましたが、蓋を開けてみればえらいことになっていた印象。しっかり者で手綱を握る暁と、のんびりしたように見せかけた超戦闘狂の綾波。ナイスコンビになったかなと思っています。