「これで一通り案内出来たわね」
神風に
今は案内の終了を報告するため、2人して執務室に戻っているところ。案内ルートも綺麗にグルリと回る最短ルートを選択している辺り、神風の要領の良さがわかる。
「結構広いんだな。ここ、艦なんだろ?」
「ええ、でも居住区は必要だし、寛げるスペースも必要。何より、ここでやる事は穢れで汚染されかけてる戦場の浄化だもの。そもそもの規模が割と大きいのよ」
案内された場所だけでも、食堂や医務室、大浴場などの生活基盤になるところと、レクリエーションルームのようなのんびり出来る場所と、衣食住に多少なりの娯楽も含めた快適な生活を用意されていることがわかる。
その他にも、立ち入り禁止区域も用意されており、その先では後始末の際に回収した廃棄物の処理場なども存在しているため、またスペースを使っていた。
「そもそも鎮守府がそのまま海に浮かんでいる様なモノだもの。そこに処理施設と、移動させる機関部までくっついてるんだから、大きくなっちゃうのは仕方ないことよね」
「確かにな。まだ人間の生活ってのがよくわかってないけど、これくらいは必要だよな。食べたり寝たりしないと身体が休まらないんだし」
「それだけじゃダメよ。心が癒されないもの」
まるで子供を教育するように神風が深雪に向かって話し出す。
「心が疲れた状態で食べたり寝たりしても、疲れはそのまま残るのよ。で、それがまたストレスになって疲れに繋がるっていう悪循環になるの」
「うわ、そりゃあ大変だ」
「だから、ハルカちゃんはちゃんと休みの日も決めてくれてるわよ。毎日働いてたら確実にストレスが溜まるから」
福利厚生の話をするだけあって、伊豆提督の艦娘の管理の仕方は完璧と言えた。後始末の際には総出で作業をするが、その仕事が無ければ全員が休日となることもある。
「とはいえ、深雪の場合は休みは少なくなっちゃうかもしれないわね」
「ああ、艦娘としてちゃんと戦えるようにしておかなくちゃいけないんだろ。明日から特訓もあるんだよな」
この鎮守府のメインの作業は後始末。戦場を清浄化させることが基本となっているわけだが、だからといって戦う力を得ない理由はない。
廃棄物から穢れがこぼれ落ちることで深海棲艦が生まれるのならば、後始末中に深海棲艦に襲われる可能性も当然ある。それに、移動鎮守府というのは常に海上にいるのだから、不意に深海棲艦に襲われる可能性も少なくない。そうなった場合、救援を待つわけにはいかないのだから、自ら戦う必要もある。
その時のために、その鎮守府に所属する者達は練度を上げている。深海棲艦との戦いは続いているものの、後始末の仕事が毎日あるということも無い。
そのため、この艦内には多少なり訓練が出来るスペースが用意されていた。当然、本格的な特訓なんて出来るわけが無いのだが、例えば筋トレや砲撃訓練などは可能だ。
あとは停泊中に海上に出て鍛えることもやっている。艦内での訓練だけではどうしても打ち止めになるであろう実戦経験を、演習というカタチで得るのだ。
「ド新人のあたしは、まずみんなに追い付かないとな!」
「そうね。あ、特訓とかする場合は私もちゃんと教育係に加わると思うからそのつもりでね」
「よろしく頼むぜ筆頭駆逐艦さん」
話しているうちに執務室に到着。躊躇なく神風が扉をノックし、間髪容れずにその扉を開ける。
「ハルカちゃん、深雪に案内をしてきたわ。作業が終わったみんなと顔合わせしてもらって、ついでにここでの生活の仕方も一通り伝えておいたけど、それで良かったかしら」
「ええ、ありがとう神風ちゃん。アタシの意思を汲み取ってくれて嬉しいわ」
出迎えた伊豆提督は、出て行く前と同じ笑顔を見せていた。自分の席で作業をしていたイリスも、ちょうどこのタイミングで作業を終えたようで、小さく息を吐いた後に立ち上がる。
「ハルカ、貴方ももう作業は終わったわよね。なら、歓迎会の準備が必要でしょう?」
「ええ、そうね。深雪ちゃんの歓迎会を開かなくちゃいけないものね。今日は腕によりをかけて御馳走を作るわね。深雪ちゃんには初めての食事になるんだもの、幸せを感じてもらわなくちゃ」
パンと手を叩き、こうしてはいられないとすぐに執務室から出て行く。
時間帯としてもそろそろ夕食時。作業していた艦娘達の洗浄もそろそろ終わっているだろう。後始末は重労働になるため、疲れも大きい。それに、消耗も激しいため、空腹を訴えてくる。
その欲求を満たすため、艦娘を第一に考えている伊豆提督が動き出す。顔合わせの時に聞いていた、絶品という料理を作るために。
「少し時間がかかるでしょうから、貴女達は自由にしていていいわ。先に食堂に行ってもいいし。ちなみに私はハルカを手伝うことになるけれど」
「なら私も食堂に行くわ。どうせみんなもそのまま来るでしょ」
「じゃあ、あたしもついていく。1人でフラフラ出来る自信無いし、みんなが来るなら先に話がしておきたいしさ」
結果的に、全員で食堂に向かうことになった。ここから深雪はさらに仲間達と馴染むことが出来るようになる。
歓迎会は無事終了し、深雪は仲間達との交流を満喫することが出来た。今は人間の営みを順番にこなしていくということで、風呂の後に自室へ。
「……めちゃくちゃ美味かったな……ハルカちゃんのご飯」
歓迎会で出された料理を思い出し、ほにゃっとした笑みを浮かべる深雪。噂に聞いていた通り、ズラリと並べられた料理は全てが絶品であり、デザートまで出されて深雪の脳を蕩けさせた。
これにより、深雪の味覚は完全に解放された。基準値が高すぎる段階からスタートしているのは難点ではあるが。
「風呂も気持ちよかったな……」
腹が満たされた後は、風呂でゆっくりと身体を癒す時間。湯に浸かるというだけの行為が、ここまで気持ちいいとは深雪は思っていなかった。その際に仲間達と共に汗を流したのも楽しい思い出になる。いわゆる、裸の付き合いというモノである。
この鎮守府は風呂もかなり豪華に造られており、快適な入浴を約束されている。脚を伸ばして入ることが出来るだけでも充分なのに、美容の類もしっかり網羅しているため、入った後も完璧。深雪も教えられることでスキンケアなどを学ぶことになった。当の本人は面倒臭そうにしていたのに、誰もが苦笑していた。
知識としてはわかっていても、実際にやってみないとわからない部分が多い。感覚というのは特に、経験がモノを言う。生まれた時に与えられた知識があったとしても、
だから、今の深雪にはやることなすこと全てが楽しい。知識をスポンジのように吸収していく子供。ドロップ艦というのは、そういうものなのかもしれない。
「……面白いな、こうやって生きていくの。人間の身体ってすげぇや」
ベッドにダイブすると、それだけでも気持ちよかった。艦である時には間違いなくわからない、人間の身体だから理解出来る『癒し』という感覚。
心を持ったばかりの深雪が真っ先に覚えたこの感情は、人間の身体の素晴らしさを隅々まで理解するに至った。
一度横になったものの、ふと気になってもう一度立ち上がり、窓の外を見る。
現在うみどりは停泊中。後始末の後は100%清浄化出来たとしても一晩はそこで状況を見ることになっているとのこと。
そこには、後始末が完了して何もない綺麗な海が広がっていた。夜の海であるため、昼より煌びやかではないが、月光に照らされて神秘的な美しさがそこにある。
「あたしも、全部の海をこんな感じにしていくんだな」
その綺麗な景色を見ているだけで、やる気が溢れてくる。最初は掃除の部隊とは何ぞやと思っていたが、今ではこの重要性が完全に理解出来た。
世界を救うというのは、この景色を取り戻すことにある。そのためには、侵略者を殲滅するだけでは足りない。後始末まで済ませて、初めて終わりとなる。
自分は世界のために生まれ変わった存在だと、深雪は胸に手を置いて噛み締める。この後始末屋に拾われたのも運命だ。人間のカタチとなったのも、この運命を十全に行なえるようになのではとすら思い始めた。
「うし、気合十分! 今日はさっさと寝て、明日に備えっかな!」
と、改めてベッドに向かおうとしたところで、自室の扉をノックされる音。
「深雪、ちょっといいかしら。いいわよね」
中に入ってきたのは神風。時間も時間なため、もう寝間着姿である。
「神風ちゃん、深雪ちゃんもうそろそろ寝るところだったかもしれないよ?」
「電気は点いてたじゃない。だったら寝てないわよ」
そして、その後ろからぞろぞろと寝間着姿の駆逐艦の仲間達が入ってきた。どこかテンションが高いようで、ニコニコしながら。
「おう、どうした?」
「新しい駆逐艦が入ってきたら、その日の夜はこうやって集まることにしてるのよ」
「本人の許可無しにゃしぃ。アポ無し突撃でビックリさせるところからスタートなのね」
駆逐艦はこの鎮守府の中でも人数が多めになるが、小回りが利く分、若干非力であるため、どの艦種よりも協力性が重視される。
そのため、筆頭駆逐艦である神風が提案したのが、始まりの日に駆逐艦だけで集まって親交を深めること。つまり、パジャマパーティーである。
幸いなことに、こんな無茶な突撃をしているわりには、仲違いが起きたことが無いため、有効な手段と言える。深雪もこれに対して不快感を示すようなことは無かった。
「ハルカちゃんが決めてる就寝時間まではまだ時間があるし、こうやって集まるのも許可は取ってあるのよ。だから、ギリギリまで駄弁りましょ」
「本当ならお菓子とか用意したかったんだけど、ハルカちゃんに遅い時間のオヤツはダメって言われてるからねぇ。パジャマパーティーと言ったらお菓子とジュースだって子日思うんだけどなー」
言いながらも深雪のベッドに腰掛ける子日。続いて睦月も同じように腰掛けた。
「深雪さんは眠くなかったですか? いきなりこんなことになってますけど、眠たかったらお開きでも大丈夫ですよ?」
「大丈夫大丈夫。あたしも寝よっかなとは思ってたけど、眠たいって感覚は多分無いから。むしろ、こうやってみんなと話せる方が楽しくて嬉しいよ」
「それならよかったです」
少し心配そうにしていた秋月も、深雪が好意的に受け入れてくれていることがわかると、ホッと安心してその場に腰を下ろした。
「梅も同じように突撃されたんですよね……やる側となるとちょっとワクワクしちゃいました」
「じゃあ、次に新人が入ったらあたしもこれやることになるんだな」
「仲良くなるためには大事、大事なことですからね」
この中では梅が最も新人らしく、深雪という後輩が出来たことには少なからず喜んでいる様子。このアポ無しパジャマパーティーに関しては、された時には戸惑っていたようだが、今はすっかりこの鎮守府の風潮に慣れ、今回は抵抗なく参加したとのこと。
「さっきの歓迎会でみんなと話が出来ていたと思うけど、私達はもっと仲良くなっておかなくちゃいけないからね。この時間でいろいろ話して、仲良くなりましょ。ここでも主役は深雪だからね」
「つっても、あたしから話せることなんて何も無いぜ? 今日生まれたばっかなんだし」
「それでもいいのよ。この鎮守府に思った感想とか、何か知りたいこととか、何でもいいから話が出来ればそれでいいの」
主役は深雪ではあるが、主催は神風。リーダーシップを遺憾無く発揮し、駄弁るだけのパジャマパーティーも楽しく回していく。
ただそれだけで、深雪はまたこの鎮守府に馴染むことが出来ていった。同世代のような駆逐艦達と楽しくお喋りというのは、やはり人間の姿にならなくては出来ないこと。何度でも、人間の身体になれたことを喜んだ。
こうして深雪の初めての1日は終わる。まずは駆逐艦仲間との親交を深め、より鎮守府に馴染んでいく。
夜更かしをしないように、鎮守府の私室の前には電気が点いているかどうかがわかるようになっています。就寝時間後に伊豆提督かイリスが見回りをして、それを見てちゃんと眠っているかを確認するという感じ。修学旅行かな?