「私は深雪ちゃんのお姉ちゃん。妹をそんな風に侮辱されたら、流石に許しておくわけにはいかないよ」
拳を握り潰されて激情する深海伊号水姫に、吹雪は端的に名乗りを上げた。誇らしい妹を侮辱されて、冷静に努めながらも怒りを見せ、特異点としてのその力を発揮するために。
表情はあまり変わらない。小さく微笑み、しかし深海棲艦の姿をしているため、それすらも知らぬ者には不気味に見える。
何より、目は一切笑っていない。
「テメェ……何しやがった」
「何をしてもいいでしょ。そっちだって酷いことをしてきたんだから、酷いことをされても文句は言えないよね」
冷ややかに返した吹雪をよそに、深海伊号水姫は自己修復により潰された拳が回復。何事も無かったかのように拳を握ったり開いたりして感触を確認した。
伊203対策としてこの戦場に来ているのが深海伊号水姫であり、現にその思惑は上手く行き、うみどりの中でも屈指の強者である伊203は、強さの秘訣となる機動力を奪われてしまっており、先程の攻撃も邪魔が入らなければさらにダメージを蓄積させるに至ったはずである。
しかし、突如として乱入してきた吹雪は、機動力も何も無かった。ただ現れ、その拳を受け止めたかと思えば、腐食もせずに装甲を乗り越えて破壊してしまった。異常過ぎる膂力であっても、『装甲』の曲解は端的に
深海伊号水姫には、それが何故なのかがわからなかった。慢心しているわけではない。その力がそういう力であることを理解した上で、上回られたことが理解出来ない。
「妹を魔王だなんて侮辱した罪は、償ってもらうよ。しかも、殺そうとしてるんだよね。深雪ちゃん、何か悪いことをしたの?」
「はっ、特異点は生きているだけであたし達の目指す平和をぶち壊すクソ野郎だ。テメェもそれなんだろ? なら、あたしの敵だ。正義の道を阻む敵だ!」
そんな物言いを聞き、吹雪は逆に驚いた。全く根拠がないことに。
「生きてるだけで罪って、よくもまぁそんなこと言えるね。物事考えてそういうこと言ってる?」
「はっ、テメェも魔王の仲間なんだよな、同じような特異点みてぇだしよ」
「さっきも言った通り、私は深雪ちゃんのお姉ちゃんだから、私も特異点だよ。あれ、もしかして私も生きてるだけで罪なのかな。初めましてなのに、何を根拠にそんなこと言うの?」
吹雪のそんな言葉に耳を貸しているようには思えず、再び手を振るって魚雷を展開する深海伊号水姫。当然その弾頭は腐食性の体液がみっちりと詰め込まれており、直撃しようものなら、その威力以上に腐食によって身体を滅茶苦茶にされるだろう。
「えっと、もしかしてお話しが出来ないのかな。私、貴女達と同じ言葉を使って会話をしているつもりなんだけれど、貴女達は質問に対して魚雷を撃つのが挨拶なのかな」
しかし、吹雪はこれまでのどんな艦娘とも深海棲艦とも違う。魚雷を展開した瞬間、既にその魚雷に触れるくらいの距離にいた。
「なっ、テメェ!」
「こういう危ない兵器はよくないね。この海を汚してる。好き勝手やっておいて、汚した海を掃除するのは別のところにやらせるんでしょ。それの何処が平和なのか教えてほしいな」
鰭の左腕で薙ぎ払うようにして、その魚雷全てを破壊した。当然腐食性の体液はそこにばら撒かれることになるのだが、吹雪はそれに触れてもダメージはおろか、何かが触れているのかという雰囲気。
普通ならば、これだけで海中の敵は体液に囲まれて身動きが取れなくなり、深海伊号水姫だけがこの場を動き回れる圧倒的有利な場を作り上げていた。それが作戦であり、海中では最強であろう伊203を完全に対策した最良の策として意気揚々とこの戦場に現れた。
伊203の脅威は、あの海賊船での戦いで深海鶴棲姫にトドメを刺したことで知られている。あの時の戦闘は、あの場にいた阿手が全てデータとして残していたのだ。故に、脅威となり得る者は真っ先に対処する策を取られていた。今回もその一環である。
しかし、ここで想定外の敵が現れた。それが、あちらから見れば
想定外にはある程度対処出来るように考えていたものの、海中に特異点が現れるのは、そしてあまりにも謎が多すぎる存在が現れるのは、流石に考えていなかった。
「海を汚すことが、平和とどんな繋がりがあるのかな。教えてくれないかな。それに、さっき特異点は生きてるだけでダメみたいなこと言ってたけど、私、貴女達とは初対面だし、深雪ちゃんとも顔を合わせたことがないの。なのに、何を根拠にそんなことを言ってるの? ちゃんと、教えてほしいな」
笑みを携えた吹雪は、気付けば深海伊号水姫に手が届く位置にいた。どうやって近付かれたのかもわからない。とにかく、
「何も話せないのかな。だったら、何も根拠が無いのに喧嘩だけ売って、大きな声で主張するだけで自分が正しいって思ってるだけのお猿さんか何かになるんだけど、ちゃんとした反論はある?」
再び瞬きをした瞬間、吹雪は深海伊号水姫の真後ろから肩をポンと叩いた。そうしたことで、深海伊号水姫の肩は軽く抉れていた。
勿論全身に『装甲』の曲解は使っている。こんなことで抉れるわけがない状態にしてある。それなのに、その力は
「ぐぁ……!?」
「あ、ごめんごめん、まだ反論聞いてないのに力入れちゃった。でも治るからいいよね」
笑みはそのままだ。しかし、吹雪の瞳には怒りが灯っていた。
生まれてこの方、顔を一度も合わせていない妹だが、願いの実の端末である深雪には、同族意識と姉妹愛のどちらもが強くある。その力の奔流を実経由で理解しているため、成長も手に取るようにわかる。そんな妹と顔を合わせることは難しくとも、姉として愛している。
そんな妹を魔王呼ばわりし、何もしていないどころか後始末屋として海を綺麗にすることに貢献しているのに、生きているだけで罪と罵られていることが許せない。
「それで? そちらが正しいなら反論してよ。話だけは聞いてあげようって思ってるんだから」
やはり笑顔で深海伊号水姫に問いかける吹雪。
「クソがぁ……!」
しかし、やはり会話にならない。深海伊号水姫は痛みを怒りに転化させたかのように拳を振るう。
そんなもの、自分が正しくないと表しているようなモノであるのに、それすらもわかっていない。
「だから、汚いんだって。海を汚さないで」
溜息を吐いて鰭の左腕を大きく払った瞬間、深海伊号水姫の振るい上げた拳がズタズタになるように吹き飛んだ。二の腕から先が突然失われて、深海伊号水姫は痛みよりも先に驚愕で表情が染まった。
この吹雪のやり方に、伊203は目を丸くしていた。先程からは考えられないくらいに強く、伊203対策として調整されているのにそれをモノともしない。徒手空拳が得意というわけでもないだろうに、ただ乱雑に手を振るうだけ、ただ単純に攻撃を止めるだけで、深海伊号水姫がただ壊れていく。これを圧倒的と言わずに何を言えばいいのか。
それでも出洲一派を相手にしたらこの場所を1人で守るのは難しいのではと思えてしまうのが恐ろしいが。あちらは命を幾つ使ってでも目的を達成しようとするのだから。
「おい、テメェら! 何ボサッとしてんだ! こいつを止め……」
自己修復のために吹雪から離れた深海伊号水姫が、連れてきた潜水棲姫達に指示を出す。出したのだが、その言葉はすぐに失われることになる。
その潜水棲姫達は、既に吹雪が対処済み。海底から伸びた彼岸花の触手が全員を絡め取り、身動きを取れないようにして引き摺り込んでいた。
「周りも見えないんだね。本当にお猿さんなのかな。いや、お猿さんでも、お山の大将でも、部下には気を配るよ。じゃあ貴女は何なんだろうね。鉄砲玉?」
そうこうしている内に、触手に引き摺り込まれていく潜水棲姫達は海底に到着。そこは彼岸花が咲き乱れる花畑になっており、触手はそれでも止まらず、助けを求める声を聞くこともなくズブズブと海底に呑み込んでいった。
伊203のように触手を引きちぎることも出来ない。自由の利く手でもがいても、艤装の出力を最大以上に上げても、それはどうにもならなかった。生きたまま、海底に埋められる。ただその恐怖に泣き叫ぶことしか出来なかった。
彼岸花は毒草。この地に埋められたら最後、ただ死ぬことしか出来ない。海に出て、こんな死に方をするだなんて思わないだろう。
「叩いても潰しても抉っても治っちゃうなら、貴女も埋めちゃおうか。大丈夫、安心して。貴女のその汚い液はちゃんと綺麗にしてあげる。あ、でも少しの間も放置したくないかな。どうしよっか。深雪ちゃんと同じようなことしてみようか」
深海伊号水姫が呆気に取られている間に、既に新たな触手がその足に絡みついていた。
「なっ、あたしがアイツらと同じように引き摺り込まれると思うな!」
しかし、伊203の時と同様、自己修復が完了した腕も使って無理矢理引きちぎる。吹雪もそんな光景は一度見ているから、少し驚いたような表情を見せるものの、なるほどフーミィちゃんの言っていたことは正しいなと妙に納得していた。
あんなのばかりに襲われたら、確かに圧倒されるかもしれない。自分は井の中の蛙だったのだと改めて理解し、吹雪は考え方を改める。
「フーミィちゃん、貴女の願いを叶えるよ」
「……?」
怒れる深海伊号水姫を一瞥しつつ、腐食で顔を顰める伊203の方を向き、今度は怒りのない笑顔を向ける。
「今叶えている願い──『何も起きない』を撤回。後の願いを叶えるため、この場を開放。私の力も貸して、ここにいる
ここまでの光景を見ていることしか出来なかった海防艦達に声をかける吹雪。
『だ、大丈夫でっす! ここで起きてること、全部伝わってまっす!』
『こっちからも伝えるよ! 隠し続けるのは無理だから、全部教える!』
『深雪さんと、話もしてください!』
海防艦3人の言葉に、吹雪はより深い笑みを浮かべた。
「それじゃあ、改めて。そこの鉄砲玉の子、貴女も例外なく終わらせるよ。特異点はそっとしておかないとどうなるか、命を以て知ってね」
気付けば500話となりました。前作よりもかなり長くなりそうですね。今後ともよろしくお願いいたします。