「お待たせ。ギャーギャー騒いでないで少しは大人しくしてたかな」
伊203の治療を終えて、軽く息を吐いた後に艦載機で閉じ込めた深海伊号水姫をチラリと見る吹雪。
しかし、周囲を完全に囲まれた挙句、それ自身も腐食が一切通用しないために出ることも出来ず、ガンガンと叩いているがビクともしないところで、案の定ギャーギャー騒ぎ立てている。
「私は見たことないんだけど、こういうのって確か、動物園のお猿さんみたいなんだよね。檻の中で喧しく吠えるけど何も出来ないっていう」
別にこのまま破壊されない艦載機で押し潰してもいいのだが、艦載機を使うにも割と力を使う吹雪は、これ以上維持するのも面倒ではあったため、喧しい深海伊号水姫を一時的に解放した。
「テメェ……なめやがって……」
ここまでされて怒り心頭の深海伊号水姫だが、まだ騒いでいたのかと吹雪はうんざり顔。圧倒的な実力差を見せつけているのに、ここまで理解が出来ないのかと。
「あのさぁ、本当に続けるの? 私は、うちの妹を侮辱したことを心の底から謝罪して、貴女自身が汚したこの海を綺麗にしてくれれば、ある程度は許してあげられるんだけど」
吹雪としては最大級の譲歩であり、生きることが出来る唯一の手段を提示してあげていることにもなる。深雪のことを魔王と呼び、生きているだけでも罪だと侮辱したことを、ただそれだけで許してやろうという、非常に寛大な心で接している。
だが、深海伊号水姫は吹雪のことを恐怖以上に怒りと苛立ちでしか見ていない。直情的で我が強く、自分が高次の存在となれたことで有頂天になっている、これまでのうみどりの相手で言えば下の下な精神構造である。
攻略自体は伊203対策という脅威であったが、それを軽々と打ち払える者がいた場合はこんなにも脆い。しかし、残念ながらそれを自覚出来ていない。
「テメェ、何上から目線であたしに命令してんだ!」
「何言ってるの。
瞬きと同時に、吹雪は深海伊号水姫の眼前、しかも少し上から見下すように浮いていた。大人の身体に変化していることもあり、威圧感はこれまで以上。笑みも消えており、ただ冷たく見つめるだけとなったことで、深海伊号水姫も心臓を握られたかのような悪寒に襲われた。
「確かにこういうのに数で来られたら厳しかったかもしれないけど、貴女1人なら大したことないね。取り巻きの子達も見掛け倒しだったし。それで? もう一度聞くけど、まだやるの?」
鰭の手を伸ばし、掴み掛かろうとする吹雪に、深海伊号水姫は恐怖を振り払うように叫ぶと、その手を思い切り払った。本来ならそれだけでも腕がおかしくなる程の威力な上に、纏わりついている腐食性の体液が付着することですぐに侵され、触れた部分からグズグズに腐っていくはずなのだが、吹雪は相変わらずその様子は無かった。
「ふざけんな」
「ふざけてるのは貴女だよ」
払われた手を即座に返して深海伊号水姫の首を掴んでいた。
「頭の足りない貴女にはそれでも刻まれないと思うから何度だって同じことを言うけど、根拠もないのに人様の妹を魔王だなんて侮辱して、海も汚したい放題しておいて、何が平和なの。何が正義なの。なんでそれが正しいことだって思えるの。自分がやってることが全部正しいと本気で思ってるわけ? それは無いよね、少なくとも、今この場では」
ギリギリと締め上げることで、深海伊号水姫は徐々に息が出来なくなっていき、苦しさを露わにしていく。
「深雪ちゃんは貴女になんの迷惑をかけたのかな。貴女が何もせずに平穏無事に暮らしているところにわざわざ押し入ってその平和を壊したのかな。家族でも殺されたとか、住んでいたところを焼かれたとか、それだけ酷いことをされたのかな。確信を持って言えるけど、そんなことしてるわけが無いよね。でも悪だって言える根拠は何だって聞いてるのに、生きてることが罪っておかしいと思わない? ねぇ、聞いてる?」
おそらく聞いていない。苦しさから逃がれようと、必死な形相で吹雪の腕を掴み引き剥がそうとしていた。
あくまでも自分が正しい。平和のためにやっているのだから何をやったって正当性がある。自分はそれだけの立場にいる。そう、
「……もしかして、その力を持ったことで、本当に自分が選ばれた者だと勘違いしてるんじゃないかな。何をやっても罪に問われない、好き勝手振る舞っても誰も逆らわない。ただちょっとした適性を持っていただけで、頂点に立ったと思い込んじゃった?」
首を掴みながら少しずつ浮上していく吹雪。海底から離れていくことで彼岸花の肥料になることは回避出来ているのだが、わざわざそれを選ばれているということは、それ以上の何かをされるのではという恐れがあった。
故に深海伊号水姫は、手だけで無く脚も出し始めた。本来ならば一撃喰らえば骨なんて簡単に折れるような威力を誇る蹴りだったのだが、それはそもそも吹雪に届いていない。
何故なら、届く前に艦載機がその脚に噛みついており、完全に食い止めていたからだ。ただそこに浮いているだけの艦載機が、その場所からびくともしないという恐怖。
本当に何も通用しないと嫌というほど知ることになる。手も足も出ないとはまさにこのこと。手を出しても足を出しても、吹雪は意に介してもいない。
「ならハッキリ言わせてもらおうかな。貴女のような存在こそ、生きているだけで罪だよ。この世にいる価値もない、ただの汚れ」
「て、てめ……」
「たった一言ごめんなさいと言えれば、少しは違ったんだろうけどね。そんなことすら馬鹿みたいに尖ったプライドが邪魔するのかな」
浮上を続けたことで、海面が見えてきた。潜水艦が海上に上げられたらもう何も出来ない。海底に埋められる以上の死刑宣告が待ち構えているかと思うと、深海伊号水姫は半狂乱となりながらもその拘束から逃れようと暴れる。
恐怖は感じていても、自分の行いに反省などない。あくまでも自分が正しいと思っているからこそ、ここでこんな言葉が出る。
「なんで、あたしがこんな目に……」
それを聞いた吹雪は呆れたような目を向けた。本気でそんな言葉が出るのかと。ここまでやられても、考え方は何も変わらない。どうすればそんな性格になるのだろうと、素直に疑問だった。
「じゃあ聞くけど、なんで自分がやってることをやり返されると思わないのかな。深雪ちゃんだって同じことを言うと思うよ。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだって。それに対して、貴女はなんて返すの。ほら、言ってみてよ」
首の拘束を少しだけ緩めて、答えを求めた。それを反省に使えればまだ猶予はあっただろう。しかし、やはり深海伊号水姫は何も変わらない。これだけの恐怖を味わっても、刻まれた自分本位は、何も。
「特異点に同情なんてしねぇよ。いい気味だろうが」
「……まぁそこまで突き抜けてるんだったら、私からはもう何も言うことは無いか」
首を絞めるのはやめた。代わりに、両手で深海伊号水姫の頭を掴む。コメカミから挟むように。
そして、どんどん力を込めて圧迫していく。その頭を潰すように。しかし、一思いにはやらない。ゆっくり、ゆっくりと、今までの行いを後悔させるように。せめて謝罪の一言も出せる時間を作るために。
両手も両足も今は使える状態。しかし、暴れられたら鬱陶しいと艦載機がどちらにも噛みつき、そこから動かないように固定していた。
「っあ、あがぁああっ!?」
「謝るなら今だよ。私が間違っていました。深雪ちゃんを侮辱して申し訳ございませんって」
力を入れていくことによって、深海伊号水姫の頭は鬱血していき、眼球に血が溜まるような異常な色合いに。
それでも力を抑えるようなことはしない。少しずつ、ジリジリと力を強くしていく。
「貴女達はみんなそんな感じなの? 根拠もない悪意ばかり振るう、この海に害為す者だけなんだね。それで平和なんて言うんだ。そっかそっか」
力が込められたことによって、圧迫された深海伊号水姫の片目が血を噴き出して飛んだ。自己修復はされるかもしれないが、噴き出す血は止まることなく、むしろ吹雪はここから更に力を込める。
本当は海上まで持っていってから、ほとんど見せしめのように始末しようとも考えていたが、そうするのも勿体無く感じてしまった。
それだけ吹雪にはこの深海伊号水姫が気に入らなかった。生まれて初めて、それだけのことをしてやりたいと思えるほどの怒りを覚えた。
「平和の意味、もうちょっと知ってから口にすれば良かったね。貴女は少なくとも、そんな言葉を言う資格なんて無いよ」
だから、最初から無かった躊躇は、もう湧いてもこない。ここでその存在そのものを消してやると、最後は頭蓋骨を粉々に砕くかの如く圧をかけた上で、その頭を引き上げた。
耐えられなくなった身体は、頭を身体から解き放つ。生々しい音と共にもぎ取られた頭は、見るも無惨だった。
「それじゃあ、貴女も埋まっててね。もう死んでる分、まだマシかもね」
その頭を残った身体に叩きつけるように首に埋め込むと、その勢いで海底まで放った、すると一気に伸びてきた彼岸花の触手がその身体を掴み上げ、潜水棲姫の時とは違う恐ろしいスピードで海底に引き摺り込み、まるで海底が食い散らかすかのように亡骸が埋まっていった。
「うーん、あんまりいい終わらせ方じゃなかったかな。反省反省。あの汚い液も綺麗にしておかなくちゃ」
そう言うが早いか、さらに伸びてきた触手が散らばった深海伊号水姫の体液、腐食性のモノも含めて、その場から消していった。それはまるで、後始末屋の作業。海水を浄化し、綺麗な海に戻すような行為。
深雪がうみどりに所属していることで、願いの実は後始末屋のやることを理解しているようだった。どうすれば海が綺麗になるかを知り、それを模倣することで、この特異点Wは清浄を維持している。
「……吹雪、助かった」
そのやり方に少し引いていた伊203だが、救われたことには素直に礼を言う。腐っていた足も今は完全に元に戻っていることもあり、恐れも少しはあれど、基本的には感謝しかない。
「ここで戦うなら特別だからね。それに、深雪ちゃんには会っておかないといけないかなって思ったよ。あんな扱い受けてるなんて可哀想すぎるからさ」
「うん、そうしてあげて。向こうにも伝わってると思うから」
まだ潜水艦による攻撃はあるかもしれないが、ひとまずはこれで1つ目の波は終わる。
ここからは海上の戦い。勿論吹雪もそこに参加する。深雪のために。
吹雪がやったことは「MK1 オムニマン FATALTY」を参照。超グロいですが、こういうことをやろうとしました。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/120238401
500話記念。5にちなんで深雪を取り巻く5人、夏ということで水着。深雪や白雲がスク水なのは解釈一致すぎる。電さん、大胆ですね。グレカーレもショーパン無いと結構えぐい。時雨はこれ以上身体が曲がらないぞ。
リンク先には個別の図もあるので、よろしければ是非。