凍結により動きを止められたものの、かなり強引に自らを艤装から引き剥がしたことで白雲に対して攻撃を仕掛けた近代化戦艦棲姫は、グレカーレとぶつかり合う。それでも近代化戦艦棲姫の方に分があったが、そこから起きた口論によって、今までとは少々違う方向に流れが変わっていく。
根拠のない理由で特異点を悪と決めつけ、何もしていないのに攻撃してくることの何が正義だと問われたことで、
グレカーレの発言が正論であると理解し、自分のやっていることは本当に平和に繋がっているのかと疑問に思う。癇癪を起こして自分が正しいことを証明しようとしたコレまでの連中とは全く違うタイプである。
戦いの最中でも、慎重な性格がやけに目立っていたこともあるため、こういう問答に対しても真剣に取り組んでいるのかもしれない。少なくとも、話が通じるタイプならば戦闘よりも話し合いで解決したいと考える。
「考えてもみなよ。アンタがそうやって手を止めた時にさ、隙ありって攻撃してこないんだよ。そんなのが、本当に平和を脅かすと思う?」
グレカーレが言う通り、近代化戦艦棲姫がその言葉に思考を巡らせている間、深雪達はあくまでも身を守るだけにして、近代化戦艦棲姫を攻撃することはなかった。
こちらの存在の正当性に納得してくれるならば、余計な戦いはしなくても済むはず。話にならない連中ならまだしも、今は話になる相手とやり合っているのだ。ならば、まずはその考えを聞いてからでも遅くはない。
その間に自己修復が終わってしまい、結局考えは変わらなかったとなった場合は、優位を棒に振ることにも繋がる。だとしても、近代化戦艦棲姫に考えさせるという選択をした。
今は周囲のイロハ級を始末することに専念している。話が通じないどころか、敵のコントロール下に置かれてどうにもならないモノ達は、もう終わらせるしかない。そもそもが奥から表に出てこない船渠棲姫が、今も引っ切り無しに建造し続けている可能性もあるのだ。それは救いたくても救えない。
近代化戦艦棲姫の艤装は、白雲が回避に専念する選択をしたことで、砲撃の流れ弾によって氷が剥がされてしまっているものの、本体に迷いが生じたことによって今は動いていない。
動いていない艤装を破壊しようともしていないのだ。明らかに隙だらけであるにもかかわらず。
「迷えるってことは、それだけちゃんと考えられるってことでしょ。なら、攻撃しないからよーく考えてみなよ。本当に特異点は何もしてないのに悪なのか。平和をぶち壊すような存在なのか」
構えは解かず、しかし攻撃してこないなら反撃もしないグレカーレが、近代化戦艦棲姫に言い続ける。
あくまでも今の近代化戦艦棲姫には危害を加えようとしない。あちらからすれば元凶とも言える特異点すら、今は周囲の敵を少しでも減らすことに専念していた。
「残骸は残さない方がいいよな!」
「なのです! 多分、半端に壊すとそれからまた建造されるのです!」
「こういう時こそ君のインチキ主砲の出番さ。僕だとどうしても木っ端微塵にしてしまうからね」
「白雲、時雨の吹っ飛ばしたの凍らせられるか! なるべく1箇所に固めておきてぇ!」
「鎖が届く範囲であれば。しかし、時雨様は
「仕方ないじゃないか。僕の火力がそれだけ高いのが悪い」
「斃せてるから問題無いと思うのです!」
話している内容はしっちゃかめっちゃかではあるものの、仲間のことを思い、気遣い、手の届く平和を守るために懸命に戦っているのがわかる。
その姿は魔王でも何でもない。本当に世界の平和を心から望んでいる、何処にでもいる艦娘。存在が悪とされるのは間違っていると思えるほどに真っ直ぐな、生きることに必死な普通の存在。
深雪が特異点であることは見ればわかる。
そんな魔王が、今何をしているか。自分の身を守るために、仲間と共に生きるために、その力を振るっている。
「あたしは、アレを悪だなんて思わないかな。あの時は気の迷い……っていうか、そう思わせようとした奴の悪意のせいだよ。あたしの意思を捻じ曲げて、自分の思う通りにしようとしたってことでしょ。あたしは、その方がよっぽど悪人だと思うけど?」
近代化戦艦棲姫はより迷う。グレカーレの言葉には、説得力がありすぎた。深雪の周りにいる者の中でも、特に酷い被害を受けているのは間違いなくグレカーレだ。身体まで書き換えられて、一瞬でも考え方を捻じ曲げられて、その時の罪悪感は残されたまま。それでも深雪の近くにいることを望み、深雪だってそれを受け入れている。
むしろ、他人の考え方を無理矢理自分達の都合のいいように捻じ曲げる方が余程悪では無いのか。グレカーレはそう訴えた。近代化戦艦棲姫だって、その結果が今の姿であり考え方ではないのかと。
「私は……」
「迷うくらいなら素直になった方がいいんじゃないかなぁ」
ここからは吹雪も近代化戦艦棲姫に言葉を投げかける。
「そうやって考えられるってことが、そもそも他と違うってことだよね。教育? が浅かったのか、貴女自身の我が強いのかはわからないけれど、あちらの思い通りになってないってことは、ちゃんと見ればわかるってことでしょ」
ふわりと跳んでグレカーレの真横に降り立つ吹雪。その姿はまだ大人の深海棲艦の姿ではあるものの、言ってることもやってることも艦娘に近い。思考自体はかなり艦娘寄りであると言える。
「もうわかってるでしょ。どちらが間違ってるか。グレカーレちゃんも言ってる通りだよ。生きてるだけで悪と言われてるけど、ただ海を綺麗にするために後始末屋として活動してる特異点と、その特異点に難癖つけるために周りの何の罪もない命を自分の好きなように弄り回してる何処かの誰か。何も嘘をついてないし、何も隠してない、この海から動けない私ですらそういう感想を持ったんだけど?」
吹雪にすらそう言われて、近代化戦艦棲姫の迷いはより深まる。これまでの教育が、特異点は悪であるとずっと頭の中で響せている。しかし、現実はコレだ。他の者はあの姿を見ても悪と断じるが、近代化戦艦棲姫にはそう思えなくなってしまった。
よくよく考えればわかることである。その悪を始末するために、人間であった彼女の身体を深海棲艦に変えて戦わせている。命のやり取りの場に送り出している。そこで命を落としたところで悔やむことなく。それを望むようにしたのも洗脳教育の賜物。つまり、彼女の意思は書き換えられている。
「貴女はたまたまそういう洗脳みたいなのにかかりにくい、耐性って言っていいかはわからないけど、そういうモノを持っていたんじゃないかな。方向性は変えられても、こうやって話をしたら疑問に思えるくらいには。なら、その疑問を晴らすために、一旦攻撃はやめてみない? 私の可愛い妹が嫌な思いをするところは見たくないからね」
「お、最後のがフブキお姉ちゃんの本音かな?」
「勿論。姉として、妹のことを想うのは当然のことなのです。勿論、白雲ちゃんや電ちゃんのことだって可愛いと思ってるよ」
こんな状況でもグレカーレは冷やかし、吹雪はそれを素直に受けてニッコリ笑う。グレカーレもそんな吹雪にケラケラ笑う。
その様子を見た近代化戦艦棲姫は、悪と呼ばれている特異点の仲間──片方は想定していなかった追加の特異点だが──が、こんなに明るく、前向きに、世界のことを思いながら戦っているなんて思わなかった。それに比べて自分達は、それこそ本来は戦いとは無縁の生まれなのに平和のためにと駆り出され、本来ならば敵であるはずの深海棲艦の身体になってまで命を投じている。
どちらが真に平和かなんて、考えてみれば一目瞭然なのだ。しかし、洗脳教育によってそこに目が向けられないようにされている。ついにはそこを自覚することが出来た。
元々洗脳のかかりが浅かったのだろう。冷静沈着にその時々を考えることが出来る力を持っているのならば、この答えに辿り着くことは出来たのだ。
だから、
「えっ」
先に気付いたのは吹雪。氷が剥がされた後、本体の思考に従って動くこともなかった近代化戦艦棲姫の艤装が、突如本体の思考から離れて勝手に動き出した。これまでとは違う動きで手を伸ばすと、恐ろしい速さで触手のような生々しい鎖が伸び、本体の身体を絡め取る。
そのやり方に驚いてしまったせいで、吹雪ですら対処が遅れた。すぐ動こうとした矢先に、鎖が思い切り本体を引っ張り、自らの手が届くところまで引き寄せる。
「なっ!? いきなり、何を!?」
「貴女の艤装でしょうが!」
「こ、コントロール、出来ないっ」
何が起きたのかわからない近代化戦艦棲姫だが、次の瞬間、驚きで目を見開くことになる。
艤装の口から現れたのは、見てわかるくらいのサイズの深海忌雷。それが縛りつけた鎖を伝って這い出して、本体の胸元まで移動した。
その光景からトラウマを刺激されかけたグレカーレ。小さく舌打ちをし、まずいと思った時には吹雪が動き出していた。
「あれを排除すればいいんだよね」
「そう! あれは絶対まずい!」
グレカーレですら慌てていたため、危険度はすぐにわかる。排除するために瞬時に近代化戦艦棲姫に近付く。深海伊号水姫との戦いでも見せた、瞬きする間に距離を詰めるあの動きを見せ、近代化戦艦棲姫の胸元に這い寄った忌雷を取り除くために触れようとした。
しかし、それを許す艤装ではない。無理矢理鎖を引っ張り、
「やらせないよ。それがまずいモノってわかってるから」
だが、再び同じ動き。瞬きの瞬間、身を捻ったはずの本体の真正面に立っていた。しかし、
「あっ……もう無い!?」
この一瞬で、忌雷は本体の胸元から体内に侵入していた。それはグレカーレが
「は、はなれ、て……これ、おかしい、おかし‥……んあぁあああっ!?」
そして、寄生による変化を促す。既に深海棲艦の身体を持っているところに忌雷が追加で寄生したことで、より激しい反応を見せていた。艤装もその場で暴れ回り、吹雪は嫌でも離れざるを得なくなる。
そうしている間に、近代化戦艦棲姫は更なる変化を促された。黒い靄が全身を覆い尽くしたかと思えば、中から現れたのは変わり果てた本体。これまでは真っ白な変形した軍服のようなモノを着ていたが、この変化により、これまで持っていなかった悪意が全面に押し出されるような、真っ黒な装束へと姿を変えていた。
ところどころ深海棲艦らしい歯のような意匠が配置された、スタイルをハッキリと曝け出すレオタード姿。そこにラバーのような質のロンググローブとショートパンツ、更にはガーターベルトまで作り上げられると、大きく震えて仰け反った。
「っはぁああああっ!?」
その声は、この変化を拒むような声色ではなく、受け入れて悦んでいるモノ。寄生によって頭の中をさらに弄られてしまったと言っても過言ではないだろう。
「……サイッテーだよ。自分の思い通りにならなかったら、思い通りになるように弄るってことでしょ」
「深雪ちゃんのことを魔王とか言ってる連中は、こういうことも平気でやるような輩なんだね。ホント、どっちが悪いかわかりやすすぎて困っちゃうよ」
顔を顰めるグレカーレと、呆れて表情も作れない吹雪。
変化を終えた近代化戦艦棲姫は、惚けたような吐息と共に、ニタリと微笑んだ。
「っはぁあ……余計なことは何処かに飛んでった。最高な気分だ。やっぱり特異点が一番の悪だ。ここで始末しないとな」
もう、先程までの考えることが出来る近代化戦艦棲姫は消えてしまった。目の前にいるのは、ただ特異点をこの世の悪としてしか見ていない、深雪にとっては敵である存在。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/120392516
軍港都市の軽巡2人、能代と川内。軍港都市の長である保前提督といえば胃薬。効き目のありそうなモノを能代が吟味しているのでしょう。川内もこの顔である。そもそも飲まない生活はいつ訪れるのだろうか。