戦闘中に本当の悪がどちらかに気付き始めた近代化戦艦棲姫だったが、そうなった時のことを見越したかのように彼女の艤装が暴走、内部に仕込まれていた触手で捕らえ、すぐさま忌雷を寄生させることで、その気付きすら無かったことにして再洗脳をしてしまった。
黒く染まった近代化戦艦棲姫は、快楽で惚け、しかしスッキリしたような表情でグレカーレと吹雪を見下すように眺める。凍結から解き放たれた艤装の上に跨り、再び攻撃態勢となる。
「私は何を悩んでいたんだ。特異点なんて存在がいるから私達が目指す平和がいつまで経っても来ないんじゃないか」
「自分でさっきまで考えてたこと、無かったことにするわけ?」
グレカーレの反論に、鼻で笑いながら答える近代化戦艦棲姫。
「お前達の妄言に付き合っていた私が愚かだったよ。そもそも、お前達は特異点の仲間じゃないか。私を騙そうったってそうはいかない。危うく絆されるところだった。お前達の言葉そもそもが信用するに値しないものだ」
さっきまでとは雲泥の差。吹雪からしてみれば、寄生されたことで一気に知能指数が下がったかのようにすら感じた。これまで持っていた冷静で堅実な考え方は何処へやら、途端に支離滅裂で根拠のない発言をするようになった。
さっきまでの問答はただの妄言。自分の考えは何も間違っていない。特異点に与する者は全て敵。それはもう、考えることを放棄しているようなモノ。
「あの忌雷のせいで、ああなっちゃったんだ。元々ああなってる奴らもいるけど、アイツは間違いなく
あの寄生された時のことを思い出したことで、苦しそうな表情を見せるグレカーレ。
胸元に侵入され、そのまま痛みと共に身体に寄生され、しかし書き換えられたせいかこの世のモノとは思えない快楽を与えられた挙句、身体を今のモノにされてしまっている。そして、今でこそ『羅針盤』の曲解があるから正気でいられるが、それが無かったらグレカーレもこうなっていた。一瞬でもその思考に染まった記憶が残っているのだから、そこまで断言出来る。
「特異点を庇い立てするなら、ここで死んでもらうしかないんだよ!」
そんな話をしている暇など与えられず、近代化戦艦棲姫は動き出す。寄生されたことで更に出力が上がったか、先程以上の速度で突撃し始めた。狙いは眼前のグレカーレ……ではなく、攻撃しない自分のことを放置している深雪。
書き換えられたとしても、この方針だけは変わらない。『ダメコン』の曲解を使いながら特異点を優先的に始末する。あっちこっちに狙いがブレるような敵とは、こうなっても一味違っている。やはり厄介な相手。
ここまで大っぴらに行動を開始すれば、いくら深雪でも戦闘が再開されたことに気付ける。だが、その姿の変化には顔を顰めるしかない。
「なんか黒くなってんぞ!?」
「また忌雷が出てきてんの! 仲間でも容赦無しに寄生させた!」
「んだとチクショウ!」
寄生に良い思い出なんて何処にもない。グレカーレだけでなく、姿は戻すことは出来ているとはいえ他にも寄生を受けた仲間がいるのだから。
近代化戦艦棲姫は敵だった。だが、話が通じるなら命を奪う必要はない。深雪はそう考えていた。グレカーレと吹雪が説得を始めたのもわかっていたため、それを邪魔しかねない周囲のイロハ級を優先した。もしかしたら上手くいくかもしれないと、その思いを託して。
その結果が残念ながらコレだ。説得は成功しそうだったが、外部からの横槍によって御破算。より強敵となって襲いかかってくることになってしまった。
「特異点! ここで確実に仕留める!」
姿形から邪悪な意志を感じ取れてしまう。しかし、それも忌雷のせいだとわかっているため、割り切って始末するという考えはすぐには浮かばない。
「んの野郎!」
「お姉様、白雲が止めます」
すぐさま動き出す白雲。未だ出力は向上中であり、一気に広い範囲を凍らせることも可能。
だが、一度見せてしまっているということもあり、近代化戦艦棲姫はその巨大な艤装ごと、
「なに……っ!?」
白雲の鎖は非常にいいタイミングで着水した。そこから一瞬で大きな範囲を氷まみれにするくらいの凍結をも見せつけた。だが、凍るのはあくまでも、
「お前も邪魔だけど、優先は特異点なんだよ!」
本体ごとの突撃は、煙幕による回避も効かない。上から押し潰そうとする攻撃など、集中砲火の標的にしかならないのだが、そこは『ダメコン』の曲解によって完全にカバーしてしまっている。時雨の大口径主砲でも深雪の消し飛ばす砲撃でもその突撃が止められないのだからタチが悪い。あちらにしたら、この突撃が最も効果的で効率のいい攻撃手段となる。
「くそっ!」
故に、これは回避するしかない。質量兵器の突撃は、紙一重だと引き摺り込まれかねないので、深雪が瞬時に出せる最大の力で海面を蹴り、どうにか大きめの回避に成功する。
「はっ、ネズミのようにすばしっこいな!」
だが、着水の瞬間に主砲も構えていた。衝撃で大きな風を起こし、煙幕すら吹き飛ばしてから撃ってやろうという策。
「深雪ちゃん!」
そこで瞬時に対応したのは電である。『ダメコン』の曲解のせいで傷は与えられないが、それでも狙える場所は複数存在している。そのうちの1つ──砲撃を仕掛けようとしている主砲そのモノに向けて、砲撃を放った。
電は元々命中精度が非常に高い。それを活かして、
主砲は1門で放つわけではないため、他の砲撃はそのまま放たれているが、その爆発のおかげで照準は狂い、深雪は難なく回避が可能となっていた。
「ぐっ、やってくれるな特異点……!」
近代化戦艦棲姫はギリッと歯軋りをするが、その勢いはまるで止まるところを知らない。破壊されかけた主砲も自己修復により見る見る内に修復されていき、すぐとは言わずとも早急に再度砲撃が可能な状態に持っていかれる。
「悪ぃ! 助かった!」
「すぐ直っちゃうのです! 深雪ちゃんも同じように!」
「おうよ! 電ほど上手く行くかはわからねぇけど……っ!?」
だからだろう、近代化戦艦棲姫は砲撃をする前に自らの質量で押し潰そうと、再び突撃を始める。砲撃よりもむしろこちらの方が凶悪であり、ここにいるものどころか、おそらく仲間達全員を集めてもこの突撃を止めることは出来ない。回避以外の選択肢が無いというのが厄介。
「君は本当に厄介な奴に好かれるね」
「本当だよクソ!」
時雨は皮肉を言いながらも砲撃を止めない。ダメコンによってほとんどノーダメージに抑えられ、その上喰らったことによるのけぞりすらも軽減している状態ではあるのだが、ならば他にも
時雨の砲撃は普通の駆逐艦とは違う大火力。ダメージにならないにしても、1発の爆発力は他の追随を許さない。その爆発で顔面を狙い、視界を奪うことで動きをわかりやすくしようと考えた。
「特異点の仲間達が……自分から平和を捨てて何になる!」
「僕達の平和を破壊しようとしておいて何が平和なのかな。こちらからは何もしていないのに平和を壊す存在だと難癖をつけてきているのは君達だ。どちらが悪だなんて明白だろうに、それもわからないくらいに知能が低いのかい?」
時雨の皮肉は対象が近代化戦艦棲姫に移行。寄生によって思考能力が弄られてしまっていることを嘲笑しながら、しかし自分も洗脳された経験があるために苛立ちを抑えきれず、カテゴリーMの呪いもあって徐々に口汚くなっていく。
「何も考えずに特異点は殺さなくちゃいけないとか、そんな脳死発言はいただけない。何がダメなのかもわからず、ただ気に入らないから攻撃するとか、知能も知性もないただの獣じゃないか。そんな連中が世界の平和? ちゃんちゃらおかしいね、笑わせないでおくれよ。それが平和だったとしたら、この世界は遠からず滅びるね。自分の感情次第で嫌いな奴を攻撃していいんだろう? 平和とは最も遠い混沌じゃないか。そんなこともわからないくらいに愚かなのかい?」
いちいち突き刺さるような物言いで精神攻撃を繰り返す時雨だったが、近代化戦艦棲姫は聞く耳すら持っていなかった。何故なら、今は自分がやっていることが正しいから。特異点の仲間が言うことは全て妄言。何を言われたところで、自分が正しく相手が間違いなのだから、ダメージは無いに等しい。
「特異点に与するお前達にはわからないんだろうさ」
「ああ、わからないね。わかりたくもない。後始末屋として善行を積んでる者を悪と虐げることが出来る狂った連中のことなんて、一欠片も理解したくないよ。そもそも君達は何も説明出来ないのに盲目的に悪だ悪だと言ってくるじゃないか。誰からも言われてるだろう。ちゃんと納得が出来る説明をしろと。その手段が自分の言う通りになる洗脳だからタチが悪い。結局説明してないんだよ。そんなことも出来ないのに何が平和だ、何が正義だ。特異点云々関係ない、君達は知性を持つ生物の中でも最も劣っていると言ってもいい。本能に忠実な深海棲艦の方が余程賢いね」
時雨の口は止まらない。久しぶりに呪いを吐き出してスッキリ出来ているようにすら見えた。だが、そんな時雨の言葉も、深雪のことを思ってのことだと思うと、とても心強かった。
理不尽に狙われ続ける深雪は、時雨の目から見ても気の毒であった。しかも、根拠が全くない理由で。文句も言いたいだろうが、深雪は時雨ほどそれを言葉にすることがない。そのため、時雨が代弁者となった。
特異点の負の感情の代弁者。時雨としては、その立ち位置につくことは、嫌でもなんでもない。自分にも人間に対して負の感情が溢れんばかりに存在している。それを吐き出すために深雪を利用しているに過ぎない。とはいえ、これは思った以上にWin-Winな関係であった。深雪も言いたいことを言ってもらえてスッキリし、時雨は自分の口から呪いが吐けるのでスッキリする。
「言いたいことはそれだけか」
「まだまだあるけど、君は知性が低くされてしまったようだからね。何を言っても理解出来ないだろう。前までの君なら重く受け止めてくれただろうけど、今の君は自分本位のゴミ以下だ。本来の平和な世界に君のような図体ばかりデカいゴミは不要なんだよ。綺麗な場所の範囲を少しでも減らさないでもらいたいものだね。いるだけで迷惑なんだからさ」
話しながらも砲撃を止めることはない。電が放ったように、主砲を破壊するように砲門の中を狙い撃つことで機能を停止させていく。自己修復だって瞬きする間に終わるなんてことはない。壊れた部分が直し切られる前にさらに壊せば時間稼ぎにはなる。
その間に、この近代化戦艦棲姫をどうにかする手段を模索したい。なるべくなら、寄生した忌雷だけを取り除くようなやり方で。
その手段、この戦場には既に存在している。この海域だからこそ可能であり、この仲間達だからこそ揃っている。それが可能であると気付けるのは、やはりこの戦場を司る者、吹雪。