忌雷に寄生されたことにより黒く染められてしまった近代化戦艦棲姫との戦いは続く。周囲のイロハ級の邪魔もあるが、そちらは合間を見て手が空いた者が排除。その間にどうにか近代化戦艦棲姫を救えないかと模索した。
しかし、これまで忌雷に寄生された者を救うことは上手く出来ないでいる。グレカーレは据え置き状態。妙高達は人間を辞めることになるという大きなデメリットによって艦娘には戻れているだけ。
結局、
それでも、その忌雷が取り除けるなら取り除きたい。それが出来るということは、これからの希望となり得ること。まだまだ忌雷を使ってきそうな敵と戦うわけなのだから、対策はしっかりと持っておきたい。
「まだわからないのかい。本当に愚かになってしまったんだね。自分がやっていることが平和に何も繋がっていないことがさ。君をそうしたのが誰かは知らないけれど、いや、知りたくなんてないけど、君は平和とかいう薄っぺらい言葉に踊らされて、それの思うがままに操られている哀れな人形なのさ。そんな人生で本当にいいのかい?」
「特異点に与するお前達に何を言われたところで無意味だ。私達の求める平和を」
「君達の求める平和は、誰かを虐げないと手に入れられない低俗なモノだろうに。何故それを平和と言えるんだい。僕には全く理解出来ないんだよそれが」
時雨からの皮肉はまだ止まらない。言っても理解出来ないだろうけどと前置きを付けつつも、溜まり続けた鬱憤を吐き出すのは今だと言わんばかりに、近代化戦艦棲姫……というよりは、その後ろにいる元凶達をこれでもかというほど罵る。
時雨の鬱憤は、軍港都市の出来事から溜まり続けていた。洗脳されていた経験がどうしても気に入らなかった。それでもフレッチャーのことは受け入れることが出来ているが、その元凶、一極化した悪意を向ける相手に対してはより強い怒りと憎しみになっている。それが発散出来るのだ。意気揚々と次から次へと皮肉が溢れ出す。
「僕も被害者だから言わせてもらうけどね、あんなものは平和とは言わない。そもそも考え方を強引に変える連中が作る平和な世界がどうなるかなんて、君のような低能でもわかるものじゃないかい。わからないから低能なのかもしれないけれど」
「口を開けば汚い言葉ばかり、お前の程度も知れるぞ」
「僕をこうしたのは、呪いを生み出した君達のせいなんだ。そんなことも知らないのかい。君に施されてる教育というのは随分と都合がいいモノなんだね。というか、都合の悪いところは全部隠してるのか。それがまずいから公言すら出来ない。随分とまぁ余裕がないことだね」
時雨はだんだんとツヤツヤしているようにすら見えてきた。これまで溜め込んできたものを吐き出すのは、さぞかし気持ちのいいことだろう。
しかし、戦闘は終わる気配がなかなか見えないのが辛いところ。口撃をしたところで、近代化戦艦棲姫は正気を取り戻すわけでもないし、ダメージを受けることもない。ダメコンもしっかり利いており、主砲を狙って足止めは出来ているが、それ以外は何も変化がなかった。
そうして時間稼ぎをしつつ、彼女を救う方法をどうにか見つけようとしているのが、深雪達だ。近代化戦艦棲姫からの攻撃は深雪よりも時雨に流れているため、少しではあるが考える余裕が出てきている。時雨もそのつもりで悪態をつき続けている。
「どうするよ、マジで」
「深雪ちゃん、挟んでひっくり返すのは……」
「やりたいとは思うんだけど、電だってまずいって思ってるだろ」
「なのです……あの人を挟んでひっくり返したら……フレッチャーさんみたいになると思うのです」
深雪と電が予想する結末。近付くことも困難だが、うまく行って挟んでひっくり返すことが出来たとしたら、おそらくフレッチャーと同様に、
近代化戦艦棲姫はあくまでもカテゴリーY。そこに忌雷が寄生したところで、艦娘の要素が足されるわけではないため、そのままやってしまったらそうなる。
「だからと言っても、あたしはアイツを始末したいなんて思えねぇよ。戦いにはなっちまったけど、話せばわかってくれる感じだったろ」
「うん、それはあたしもそう思ってる」
グレカーレも深雪のその意見には賛成。実際に拳を交わしたこと、そして目の前で
最初はあれだけ苦しみながら考え、戦いながらも本当は間違っているのではないかと気付けるくらいに思いを巡らせることが出来るような性格だったのに、おそらくではあるが
故に願う。近代化戦艦棲姫の正気を取り戻したいと。それで敵対されても仕方ない。考えた結果、それでも敵対を選ぶならばそれを受け入れよう。だが、考えることを放棄させられているのは、可哀想を通り越して哀れだ。
それに、グレカーレは自身がこうなっていたかもしれないという恐怖もあった。運良く今は正気のままでいられているが、この可能性だってあった。だからこそ、救いたい。
「ん、その願い、叶えるに値する優しい願いだ」
そんなグレカーレの心を読んだかのように笑顔で話す吹雪。当たり前のように隣に現れるのは心臓に悪いが、今この切羽詰まった状況を打破するための自信に満ち溢れた表情。
「グレカーレちゃんが強く願ってくれたから、私にはこの場をどうにかする手段が見えた。でも、私だけじゃどうにも出来ない。ここにみんながいるからどうにか出来る。深雪ちゃん、特異点としての力を全力で使ってもらうよ」
まだ自分の力がどんなモノかも正確に把握出来ていないのに全力で使うとはどういうことだと首を傾げる深雪。願いの実の端末としての在り方は、この特異点Wにおいて最大に膨れ上がる。
「吹雪、あたしはまだ自分がよくわかってねぇんだけど」
「深雪ちゃんは私の可愛い妹、詳しくは後から話すけど、私達は今から、グレカーレちゃんの願いを叶えるんだ」
「いやだからわかんねぇって」
何かされると察知したか、近代化戦艦棲姫の視線が時雨から深雪に向き直る。
「特異点、姑息な策を練ろうと」
だが、そこに時雨がいることを忘れてはいけない。それに、そこにいるのは時雨だけではない。
「何を他所見してるんだい。そんなに余裕があると思っているのなら、慢心も良いところだ。考えなしに突っ込んでくるような頭の弱い輩に、僕達が負けるとでも? 特異点以前に、君は生物として堕落し、誰よりも弱者になっているんだ。自分のことに必死にならないと、ゴミは吹いて飛ばされてしまうよ」
「ええ、ええ、時雨様の言う通りでございます。自ら考えず特異点を目の敵にするだけの愚か者は、思慮の結晶たるお姉様達に敵う道理はありませぬ。我らは愚者に後れを取るほど弱者ではない故」
時雨に続き、白雲までもが煽るような発言。深雪と共に歩いてきているから鳴りを潜めていたが、白雲もカテゴリーM、呪いを内包する存在なのだ。これまで溜め込んだ呪いは、悪意を持った毒舌と皮肉となって、流れるように口から溢れる。
そして、白雲には更に力がある。近代化戦艦棲姫の視線が深雪に向いたとき、鎖が再び海面──前回より更に艤装に近い場所を捉えた。その瞬間、出力の上がった凍結が艤装を一気に氷で覆う。
「動くな」
「ちぃっ……!」
深雪への想いがさらに乗っているため、凍結の速度が段違いだった。艤装に張り付かせるだけでは止まらず、脚そのものを凍結させて、そこから動けないようにまでした。
「深雪! 時間稼ぎはまだ出来てる! 何か出来るならさっさとやってくれないかい!」
こうなってしまえば、時雨は逆に撃ちづらくなる。氷を剥がすことになりかねないのだ。
故に狙うのは凍りついていない本体の上の方、頭から上半身にかけて。ダメコンでダメージは軽減されるにしても、頭に直撃すれば脳を揺らすことくらいは可能だ。
「邪魔くさい! 特異点に何をさせようと」
「黙って見ていなよ。その特異点は君を救うために頭を回してるんだ。君が敵であっても、こちらは命を奪おうとせずに救う手段を探しているんだ。今の君には何を言っても理解出来ないだろうけどね。だから、君が出来る選択は──」
「じっとしていればいいのです。これ以上、お姉様の心を傷つけないでいただきたい。全てを凍らせないのは、この白雲の最後の理性だと理解なさい」
「黙って聞いていれば……っ」
近代化戦艦棲姫の悪態は止まらなそうであるため、動けないことを良いことに、時雨が顔面に大口径主砲による砲撃をぶち当てる。それを喰らっても頭が吹き飛ばないどころか擦り傷、しかも焦げた髪すらもすぐさま修復されてしまった。気絶すらしておらず、脳が揺さぶられているかもわからない。
「黙っていろと言っているんだ。君は自分の状況すらわからないくらい頭が悪いのかい」
今度はこの凍結を剥がされるようなことはしない。イロハ級はまだいるため、そこからの横槍は全て防いでいく。
白雲も凍結が解かれないように常に力を注ぎ続けた。今も頭を回す姉達のために、時間を作り続ける。今自分が出来るのはそれだけだと理解し、呪いを口から溢しながらも理性的に今を見ていた。
忌雷の寄生によって思考能力を奪われた近代化戦艦棲姫とは真逆とも言えた。
「グレカーレちゃんの力を
「あたしの力って? 主任は羅針盤って言ってたけど、あたしにはよくわかんないんだよねぇ」
「……ああ、そういうことか。グレカーレちゃん、自分が持ってる力が何かを自覚してないんだ。私が教えちゃってもいいかな」
「いや教えてよ。あたしは力知ったことでそれに胡座をかくようなことはしないから」
深雪と電にも大丈夫だと頷かれたため、吹雪は端的に説明した。グレカーレの『羅針盤』の曲解は、信念を違えない力。精神攻撃が一切効かなくなる力であると。
だから忌雷が寄生したままである現状でも、何も変わらず深雪達の仲間でいられる。グレカーレの信念は、うみどりと共にあることだから。
「うわ、何それ全然わからなかったよ」
「自覚出来ない力だからだよ。あるかわからないけど、その力を無効化されるようなことがあったら」
「ゾッとするような事言わないでよ! あたし、もう頭ん中あの時みたいになるの絶対に嫌なんだから!」
プリプリ怒るグレカーレだが、その恐怖はしっかり頭に刻まれた。万が一そんなことがあったら、グレカーレとしてはおしまいだ。故に、確実に胡座をかくようなことはしない。精神攻撃無効と言われても、わざわざ敵に洗脳されに行くようなことは絶対にしない。『羅針盤』を上書きされたら目も当てられないのだから。
「じゃあ、グレカーレのその力を、アイツにも使えるようにすりゃあいいってことか」
「あたしはあたしにしか出来ないんじゃないかなぁ。どうやって使うのかもわからないし、あたしだからこう出来てるだけだと思うし」
「そこで、深雪ちゃんにやってもらう。私には無理だけど、深雪ちゃんには煙幕があるから」
吹雪の策はこうだ。
グレカーレの願いを叶えるために、その力を深雪の煙幕に乗せて、近代化戦艦棲姫に吸わせる。吹雪は願いを叶える力はあるのだが、
たったこれだけではあるのだが、疑問は次々と湧いてくる。そもそも深雪が煙幕でどうやってグレカーレの力を外に持ち出すのだと。グレカーレ自身が自覚しても理解していないその力を、どうコントロールするのだと。
「そのために、深雪ちゃんには私が力を貸す。特異点としての力を、私と同じくらいに強くなってもらう」
「……どういうことだよ」
吹雪はニンマリ笑って答えた。
「深雪ちゃんに眠る端末としての力を、私の願いで全部引き出す。葉じゃなく、花になってもらうよ」
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/120446922
おおわしの駆逐艦、響と白雪。ここの響といえば、やはりいきなり出してくる鼻眼鏡である。今もこの戦場にいるはずなので、何か仕込んでいるかもしれませんね。
リンク先におまけがあるので是非どうぞ。3枚目の絵は、じっと見ているとなんか怖くなってくる。