吹雪の手を借り、特異点としての力を開花させた深雪は、その姿が大人の深海棲艦となった。そして、今の状態ならば、特異点の力を自由に使えることを理解し、ついに近代化戦艦棲姫を正気に戻すための作戦に出る。
やりたいことは言葉にすれば単純。グレカーレの持つ曲解能力『羅針盤』を、特異点の力により拡張。それを深雪の煙幕に乗せて近代化戦艦棲姫に向けて放ち、それを吸わせることで『羅針盤』の影響下に置く。
その効果は、精神攻撃の無効。洗脳などが全て失われて、自ら向かう道から逸れることが無くなる。忌雷の寄生による洗脳が全て無くなれば、近代化戦艦棲姫は正気を取り戻すことになるだろう。
そうなったとしても、近代化戦艦棲姫が敵対を選択し、特異点を排除するために行動するというのならば、その選択を尊重して、改めて真正面からぶつかり合う。
命の奪い合いになるのは辛いが、それがあちらの選択ならば、それを尊重せねばならない。考えた末に戦うと言うのだから。
「っし、準備出来た! 待たせたな白雲、時雨!」
「全く、本当に待たされ……た……」
皮肉を言いつつ、近代化戦艦棲姫に集中していた時雨が深雪の方に目を向けて、その変貌っぷりに言葉を失った。
何せ、今の深雪はついさっきまでとはまるで違う姿。大人へと成長し、深海棲艦の姿にまでなっているのだ。同じ特異点である吹雪のことを考えれば、深雪だってこの姿になっていることに納得出来るものの、この戦いを終わらせるための手段がコレだとわかると、こんな反応をしてしまっても仕方ない。
「お、お姉様……」
白雲も全力の凍結を続けながらも、変わり果てた深雪の姿を見て目を丸くした。これまで慕ってきた姉が、自分と同じ深海棲艦の姿をしていると意識すると、これまでとはまた違った感情が芽生える。そして、徐々に顔を紅潮させていく。
「なんとお美しい……」
そして一言これである。それ以上言葉は要らないと言わんばかりに、白雲は素直な感想を溢した。ほとんど無意識に、その言葉が溢れた。涙すら流れそうになっていた。
「言いたいことは山ほどあるけど、今はまずコレをどうにかしてくれないかい。白雲の凍結がしっかり効いてるから、後は君がやるだけだよ」
あくまでも平静を装って、時雨は早くどうにかしてくれと訴える。時雨は近代化戦艦棲姫の凍結を崩さんと纏めて砲撃を放ってくるイロハ級を処理しながら待っていたのだから、いい加減どうにかしてくれないと弾切れだってあり得た。流石にまだそこまで酷いことにはなっていないものの、この件が終わったら一度うみどりに戻ることまで考えている。
そうされていたことでその場から動けなくされ、時間を稼がれていた近代化戦艦棲姫。艤装も身体も凍結により固定されていたが、時雨や白雲との口論だけはずっと止まっていなかった。だが、この場に現れた変貌した深雪を見た途端、ほとんど時雨と同じように言葉を失った。だが、その内容はまるで違う。
特異点は、平和をぶち壊す魔王である。それが教育であり、忌雷に寄生されたことでそれがより強く、疑問にも思わないくらいに刻まれていた。だが、魔王といえど見た目は艦娘。恐れるほどでは無い、ただの子供。
しかし、今はどうだ。子供でもない、まさに魔王であると思わせる姿。よりによって、吹雪のような清楚さも感じる白の衣装では無く、
「お前も待たせちまったな。忌雷の巫山戯た効果、今から無くしてやるぜ」
「……っ」
故に、近代化戦艦棲姫はゾクリと恐怖を感じた。特異点の光はそのままに、魔王らしさまで手に入れた深雪は、近代化戦艦棲姫の目にはまさに凶悪な魔王にしか見えていない。そんな特異点に、自分は何かされる。そう思うと、ついさっきまで溢れていた悪態が、嘘のように静かになった。
だが、やめろという気持ちを乗せ、深雪に対しての悪意を全力でぶつけるように睨み付ける。それだけが、今出来る唯一の抵抗。
「可哀想だよね、ホント。だから、アンタの本当の道を思い出させたげる。ミユキ、あたしはどうすればいい?」
その力を、その願いを持つのはグレカーレ。『羅針盤』の力を深雪に拡張してもらうため、自分は何をすればいいのかを問う。すると、ニッと笑った深雪が手を差し出した。
「お前の力、借りるぞ。手を繋ぐだけだと、ちゃんと出来ないかもしれねぇ。だから──」
グレカーレがその手を取った瞬間、ぐっと引き寄せて片腕で抱き止める。腰を抱きかかえるようにすると、グレカーレは深雪に密着するカタチに。
成長した深雪の身体に触れ、しかも上半身の露出がそれなりに多めな衣装に身を包んでいることもあり、グレカーレはこれまでに見せたことの無いような表情を見せた。すぐに冷静さを取り戻すものの、少々顔が赤い。
「よし、これなら大丈夫だ。いいか、グレカーレ、心の底から願ってくれ。口に出さなくてもいい。今のあたしなら、その願いを汲み取れる。それを叶えるために、お前の力を拡張出来る」
「ん、わかった。強く願えばいいんだね」
「ああ、それでいい。それだけで構わない」
グレカーレを抱きかかえながら、深雪は左腕を近代化戦艦棲姫に向けて突き出す。それは煙幕が出る腕。これまでと違い、ただ手を出すだけでは無く、狙い撃つように指を立てた。
「電、こっち側に触れておいてくれ。やっぱりいてもらわないと安定しなそうだ」
「な、なのです!」
電は特異点としての深雪の力を安定させるために生まれているようなもの。仲間が欲しいという無意識の願いから生まれた存在として、今ここに深雪と共にいる。
故に、今から発揮する力を安定させるのにも、電は必要だ。今回はオセロのように、挟んでひっくり返すわけではないが、その力に自信を持たせるためには、そこに電がいることが大切。
そのため、深雪が突きつける腕の隣に電は立ち、その身体に手を伸ばし、触れた。これまでも身長差はあったが、今はより大きく差が開いてしまっており、今触れられるのは背中というよりは腰に近かった。
「んじゃあ、行くぜ。グレカーレ、お前の願い、お前の力、あたしに預けろ!」
「あいよー!」
瞬間、深雪の突き出した手から煙幕が溢れ出て、その手に止まりながら膨らんでいく。いつもの煙幕とは違う、強い力を持つことが誰の目から見てもわかる形状。
「これがグレカーレの、救いたいって心の底から思う、優しい願いだ。誑かされて狂っちまったお前を、正しい道に戻してくれる。だから、そんな気持ち悪いモンから解き放たれてくれ。これで、な」
バンと口には出さないものの、指鉄砲から撃つような仕草をすると、溢れた煙幕が近代化戦艦棲姫に猛スピードで向かっていき、手で払う暇すら与えずに顔面に直撃。呼吸を止めていたとしても穴という穴から入り込んで行き、その願いを叶えるための力を発揮する。
痛みはない。熱もない。ただ、頭の中がクリアになっていく。これまでは霧で何も見えなくされていた自分の道を、見ず知らずの者に手を引かれることで無理矢理そちらの道に導かれているような感覚だった。だが、深雪の煙幕を取り込んだことで、その手を引く何者かが霧散。同時に、道を覆い隠してきた霧が晴れ、自ら選べる道が目の前に拡がった。
「っあ……」
憎しみ一辺倒、特異点に対しての根拠のない悪意に染まっていた近代化戦艦棲姫が一転、忌雷に寄生される前の知性的な部分を取り戻した。自らのこれまでの行いを鑑みて、途端に恥ずかしそうな悔しそうな表情を浮かべる。
「『羅針盤』のおかげで、本当に見なくちゃいけない道が見えてるはずだぜ。時雨、白雲、そいつの氷、剥がしてやってくれねぇか」
「いいのかい?」
「おう、これで攻撃してきたら仕方ねぇ。それならそれで、正々堂々真正面からぶち当たって、覚悟の上でぶっ潰す」
「お姉様がそう仰るのならば、解放致しましょう。白雲には凍らせる力はあれど、溶かす力はありませぬ。自ら選んだ雑な方向ではありますが、我慢なさい」
深雪に言われ、時雨と白雲が砲撃を放つことで凍結していた身体と艤装から氷が剥がれ落ちていく。こうなっても『ダメコン』の曲解は常時発動しているため、近代化戦艦棲姫は自己修復も最大限に利用して無傷のまま解放された。
「大丈夫か。頭ン中、まだおかしなことになってねぇかよ」
深雪が話しかけても、そこから悪意が見えない時点で、忌雷による洗脳の効果が消えている、むしろ今の近代化戦艦棲姫には通用していないと思えた。グレカーレの力が近代化戦艦棲姫にも影響を与え、忌雷に蝕まれていようが、身体を変えられていようが、頭の中は何も変わらない。本来の自分が見えている。
「……特異点……申し訳ない。さっきまでの私は……」
「気にすんな。あたし達は嫌って程見せられてる。お前ンとこのクソのやり口をな。まさか、あたし達の仲間だけじゃなく、お前みたいな部下にまで仕込むとは思ってなかったけどよ」
本来なら敵味方の関係であるのだが、近代化戦艦棲姫は深雪に対して謝罪を述べる。それだけでもさっきまでとは全く違うことが見て取れる。
見た目は寄生されたままの姿であっても、頭の中は正しい道が見えているというのは、今のグレカーレと全く同じだ。グレカーレは深雪と共にある、後始末屋として世界の平和に貢献するという道を選択しているが、近代化戦艦棲姫はどのような道が見えているか。
「正気に戻ったところで教えてくれ。お前、
睨みつけるわけでも無く、冷酷に告げるわけでもなく。ただどうしたいかを尋ねた深雪。選択肢は近代化戦艦棲姫にある。
自分は特異点で、本来所属する出洲一派の敵であり、最も始末しなくてはいけない最大の目標。選び取る正しい道が出洲一派にあるのならば、何も文句は言わない。仕切り直して改めて戦う。だが──
「……」
少し考える素振りは見えたが、近代化戦艦棲姫はまず跨っている艤装から降りた。これで殆ど生身みたいなもの。徒手空拳は可能だが、その拳からは敵意などは全く見受けられなかった。
「この戦いの中で、真なる悪を見定めることが出来た。私は……騙されていたんだな」
悔しそうに拳を握る。もう洗脳教育から逃れることが出来た、本来の性格、人格を取り戻した表情を見せた後、改めて深雪の方を見た。
今の深雪は深海棲艦、大人の姿。これまでとは違い、海面に降りた近代化戦艦棲姫よりも背が高い程。それもあってか、その大きさ──
「ありがとう、特異点。私は目を覚ますことが出来たんだと思う。でも、許してくれなんて言わない。気付けないくらいに堕とされた私自身の落ち度だから」
清々しい笑顔を見せた。深雪もニカッと笑って頷いた。
「落ち度なんかじゃねぇよ。お前をそうしたのは、自分勝手な悪意たっぷりのクズだ。あたし達がきっちり始末をつけてやるからさ、だから」
「いや……それなら私には私の選択がある。私は、私の手でもこの件をどうにか始末をつけたい。だから、不躾な願いで申し訳ないけれど……今この時より……私は叛旗を翻す」
持っている敵意は、特異点では無く自分が所属していた者に対して向けられた。特異点に洗脳されたわけでは無い。与えられた選択肢から選び取った、自分がやるべきこととして認識した、今の力の使い道。
「信用は出来ないかもしれないけど……背中を預けさせてくれないか」
「ああ、構わないぜ。あたしが決めていいことかわからねぇけど、一緒に戦ってくれるなら万々歳だ。正直、これでまた特異点ぶっ殺すとか言われたらどうしようかと思ってたしな」
笑顔を失わない深雪に、近代化戦艦棲姫はその心の大きさを思い知った。こんな相手を敵に回していた自分を恥じた。それが洗脳教育の賜物であるとしても、これまでは特異点を平和を破壊する存在だと認識していたことが恥ずかしい。
「特異点……と呼ぶのはもう良くないな。えぇと」
「深雪、あたしは艦娘、いや、深海棲艦……わかんねぇヤツになっちまってるな、うん。特異点の深雪だ」
「深雪……ああ、わかった。深雪、私は貴女と共に戦おう。よろしく頼む」
手を差し出した近代化戦艦棲姫。それを笑顔のまま握り、信頼を表した。
これにより、敵対していた近代化戦艦棲姫は自ら考えたことで特異点の方が被害者であり正しいと認識し、出洲一派に反旗を翻すことになる。今ならば忌雷の洗脳も効かない、嘘偽りない思考と感情で動くことが出来るのだから。
「忌雷に寄生されてるってことは、ある意味あたしの後輩だね。よろしく後輩ちゃん♪」
意気揚々と近代化戦艦棲姫の露出している肩をポンと叩くグレカーレだが、この時の反応によっていろいろわかることがある。
「んひっ!?」
素っ頓狂な声を上げる近代化戦艦棲姫。深雪ともどもその場が静まり返る。声を上げた近代化戦艦棲姫自身も、自分の声に顔を真っ赤にした。
その反応を見たことで、グレカーレが意地悪い表情を見せる。自分の身体にも起きていることが、近代化戦艦棲姫にも起きているのだと確信した。
「んふふー、もしかしてあたしとおんなじで、忌雷のせいで身体がやたら敏感なのかなー? わかる、わかるよー、力が増してる代わりに、なんかそうなっちゃうんだよねぇ。身体を弄られてるからかもね。慣れるまで頑張るしかないんだけどさ」
「そ、そう、なのか……厄介な身体にされたものだね……」
「そうそう。シャワーとか浴びるとき地獄だよ。それなりに慣れたあたしでも、すっごい声出しちゃう時あるから。後輩ちゃん、身体もあたしよりは大きいし、おっぱいとかも大きいし、ホントにえらいことになるかも。今から楽しみぃ♪」
「ぐ、ぐぅ……許すまじ……」
違う意味で出洲一派に対して恨みを持つに至った近代化戦艦棲姫であった。