後始末も午後の部に突入。午前中で大まかな清掃が終わったようにも見えたが、うみどりから反対側の探索はまだであるため、そちらに流されていないかを確認しに行くのが主になる。
午後になると風が弱くなってきており、波の高さが多少抑えられていた。そのおかげで、流されていく残骸はある程度近くにあってくれる。
「そこまで離れてなかったな」
「うみどりがあるおかげかもしれないわね。波の流れを変えていたかも」
「そりゃありがたい。いい感じに流れを防いでてくれたんだな。防波堤代わりか?」
「いつもこうなるとは限らないけどね。今回は運が良かったわ」
そこら中に散らばる残骸を拾い集めながら、小さく腰を伸ばす神風。深雪も作業の疲れが出てきており、グッと腕を伸ばす。筋肉がほぐれることで心地よい痛みが身体を駆け、うぅと呻き声が出てしまった。
周りを見回しても、残骸はもう目に入らない。電探を起動させてももう範囲に入ってこなかった。妖精さんも深雪を真似るようにうーんと腕を伸ばしている。
「夕方にはなってないけど、陽が大分落ちてきてるな。疲れるよなこれだけ作業してれば」
「物自体は少なくても、範囲が広かったものね。どうしても時間はかかるものよ」
前回はこの時にはもう洗浄に入っていた時間だったが、今はまだまだ作業中。残骸集めをしている深雪達がここまで時間がかかっているのだから、海水の濾過組はまだまだ作業が残っているし、潜水艦組はずっと潜ったまま。長門達も海底からの引き揚げのために目を光らせているところだ。
最悪な場合は夜まで続くかと思われたものの、陽が落ちきる前には全作業が終了するのではというのが神風の予想。最後には航空戦力による薬剤散布が残っているので、出来ることなら暗くなる前には終わらせたいようである。
「あたし達はどうすりゃいい? これで作業は終わりだと思うけど」
「手伝えそうなことがあれば手伝いましょ。ただ、見た感じ他のみんなもあと少しって感じだと思うわね」
見れば、海は以前に見た綺麗さを取り戻している。この海も綺麗に出来たと実感出来るくらいには、後始末が完了していた。
しかし、目には見えないものがある。それが海域清浄化率だ。モノがなかろうが、海が綺麗であろうが、そこに穢れがある可能性はある。そして、それが1%でもあるならば、人知れず増殖し続けてここを新たな戦場に染め上げる。つまり、後始末が無駄になるのだ。
それはうみどりの失態。海の平和のための作業をしているのに、それが出来ていないだなんて言語道断である。故に、最後の最後まで気を抜けない。
「私達は一度工廠に戻りましょっか。これも一度持っていっておきたいし」
「だな。やることないのにブラついてるのもどうかと思うし、作業があるならもらうためにもな」
残骸集めはこれにて終了。この後に浮上してくるということもあるので、本当に終わりとならない限りはまだ作業は続くのだが、深雪にしたら一旦ここでおしまいと言える状態にはなった。
ここまでの作業を、電はずっと執務室で見ていた。一時的にうみどりから見える範囲外に行ってしまった時には不安になってしまったものの、午後はずっと確認が出来ていた。
流石に丸一日を使えば、深雪の姿をその目に入れても動揺するようなことはない。最初はどうしても震えが止まらなくなっていたが、伊豆提督に手を握ってもらったりしたことで、落ち着くことは出来ている。
「そろそろ作業は終わりになりそうね。電ちゃん、今日はアタシ達後始末屋の仕事を見てもらったわけだけど、どうだったかしら」
初回からアグレッシブに作業に参加した深雪とは違い、電はまず現場を見てもらうことで状況に慣れてもらうという流れになったのは、その内向的な性格的にも非常にマッチしていた。
じっくりとどんなことをしていくのかを確認し、それの意味を教えられ、うみどりの存在がこの戦いを終わらせるためには無くてはならないモノであることを理解することが出来た。
「とても
誰も彼もが、この作業に対して真摯に向き合っている。それこそ、電が特にその姿を見ていた深雪だって、残骸集めという心身共に疲弊する仕事を、一切の負の感情を出さずにこなしていた。
それを電は、
勿論、見た目はキツイところもある。死を迎えた者がそこに遺したモノというのは、どうしても目を背けたくなるようなモノだ。それが穢れを生み出していると言われたら、悲しい気持ちにもなる。
それをそのままにしておくくらいなら、正しい終わらせ方をしてあげたいと思う。長門が深雪に話したような、他の者達が辛い思いをするのならば、自分がそれをしようと考えるのが電という艦娘だ。悪く言えば自己犠牲となってしまうのだが、それは純粋な優しさから生まれた感情だ。
「電も、お手伝いしたいのです。深雪ちゃんと、一緒に」
電にはどうしてもここで、深雪という存在がネックになってくるのだが、この一日でその感情を払拭出来そうなくらいになっている。
うみどりの仕事を知るためという体裁はあったものの、やはり本来の目的はこれを通して深雪に対するトラウマを少しでも緩和出来るかどうかのところにあった。電がそれを望んだこともあり、画策した通りに上手く行きそうではある。
しかし、画面越しで見るのと直に見るのとでは大分話が変わる。そもそも映像では声も聞こえていないのだから、対話という形式ではない。未だ出来るのは、ただ見るだけである。
どういうカタチでもいいから、深雪の声を聞けるとまた話は変わってくるかも知れない。顔は見られたとしても、話すことが出来ないとなったら、まだ少し遠い。
「そろそろ深雪ちゃんが帰ってくるけれど、どうする? 会ってみる?」
伊豆提督にそれを言われると、流石に固まってしまった。気持ちはあっても勇気が伴っていない。前に進むにはまだ時間が足りないか。
それこそ電は深雪以上に生まれて間もないため、精神的な成長がまだ出来ていない。ポジティブな深雪ですら精神的に未熟な部分が見えているのに、電に同じくらいを要求するのは酷とすら思えるレベル。
しかし、伊豆提督はあえて前に踏み出せるように提案した。勇気が出ずに今はやめておくというのなら強要はしない。一歩踏み出すというのなら全力で後押しする。
あくまでも、電の意思を尊重する
「……その……」
どうしても尻込みしてしまう。こればっかりは仕方ないこと。誰もが深雪のようにトラウマに向き合えるわけではない。
「いいのよ。アタシは電ちゃんに強要してるわけじゃないからね。まだ難しいならゆっくり行くべきだと思うわ。交換日記も出来るようになったんだし、ここで顔も見ることが出来た。今はそれだけでも充分なことよ」
優しく語る伊豆提督。あくまでも電に任せるという意思はある。どのような選択をしても、誰も否定はしない。
電は悩む。ここで直接顔を合わせたいという気持ちは勿論あるのだが、手の震えはまだ治まっていない。文字ではなく直接言葉で伝えたいと思うのだが、喉から声が出てくれない。そんな自分を見せたら、深雪は傷付いてしまうのではないかと。
ここでも自分のことと同時に相手のことを考えてしまって前に進めない。深雪は自分が手にかけてしまった存在なのだから、もう自分のことで傷付いてほしくないのだ。
「……深雪ちゃんは、傷付かないでしょうか。電が前に出て」
「大丈夫だと思うわよ。アタシだってエスパーじゃないから人の考えがわかることは無いけれど、あの子はとても前向きなの。それに、深雪ちゃんのことを一番知ってるのは、多分もう電ちゃんだと思うわ」
伊豆提督も、それに親身になっている神風も、深雪の電に対する気持ちを真に理解しているかと言われれば、そんなことわかるわけないと口を揃えて答えるだろう。
むしろ、本心をぶつけて書かれた文章を読んでいる電だけは、深雪の思いを最も理解しているのではなかろうか。
交換日記にある深雪の言葉を思い返す。いろいろとあったが、基本的には電のことを思ってのこと。傷付かない言葉を選び取り、電の手を引っ張る文章。
『あたしは、電と一緒にこの世界を生きていきたい』
最初の1ページ目にあるこの言葉は、ずっと電の心に残っている。それに対する電の反応も、せっかく生まれ変わったのだから一緒に生きていきたいというものである。
こんなことを書いてくれている深雪なら、自分の顔を見ただけで傷付くことはない。そう確信を持てる。怖くとも、前に出ればきっと、喜んで接してくれる。
「……電は……電は、少しだけでも、進みたいのです。話せなくても、触れられなくてもいい。でも、深雪ちゃんに、近付きたいのです」
小さな小さな勇気を振り絞り、前に進むことを選択する。画面越しではない、本当の深雪と顔を合わせるため。
「わかったわ。じゃあ、工廠に行ってみましょうか。きっと喜んでくれるわ」
「……は、はいっ」
深雪と共に生きていくため、電はその一歩を踏み出す。
工廠には、作業を一通り終えた者達が戻ってきていた。深雪と神風も、艤装は装備したままだが、今の流れならこのまま後始末完了にまで行きそうになっている。
少し息苦しくなってきたため、マスクを下ろして深呼吸する深雪。新鮮な空気を取り入れたことで、逆に疲れがドッと出てくるような感覚。
「今日は大物は無かったのかな」
「ああ、今回はイロハ級の群れだったみたいだ。姫はいないようだな」
沈んでいる大物などは無かったようで、長門の力業は今回はお預け。とはいえ、長門も毎度毎度あの時のような作業をしたいわけではない。今回も割とカタチが残っていた深海棲艦の亡骸を運んでいたのだが。
「哨戒機、帰還いたしましたわ。周囲に後始末が必要なモノが無いことを確認出来ました」
加賀がまだ哨戒中のようだが、三隈が先んじて報告。後始末としては終了したと言えるようだ。
まだ哨戒を全て終えていないのは、一応この状態でまた所属不明の艦影が現れるかも知れないと考えて、入念に見て回っているとのこと。薬剤の散布も兼ねているため一石二鳥である。
「海中も終了」
「広い範囲だったけど、悪いモノはもう落ちてなかったよー」
潜水艦組も浮上してきたことで、海上のみならず海中、海底まで全て完了したこととなった。あとは、清浄化率が100%になるのを待って、それを報告することで終了となる。
ここまで来ると空は少し夕陽に染まりつつあった。前回よりも長い時間の仕事だったため、深雪の感じている疲れはかなりのモノに。とはいえスタミナトレーニングが効いているようで、動けないとか話せないとかまでは行かない。
「加賀さんが戻ってきたら完了になるわね。じゃあ報告の準備だけして……って、あら」
視界に何か入ったようで、神風の言葉が止まった。それに釣られて深雪もその視線の方に目を向ける。
「みんな、ご苦労様。ちょっと用があってアタシからこちらに来させてもらったわ」
いつもは執務室で雑務をこなしている最中に神風が報告しに行くというのが定番なのだが、今回は伊豆提督が工廠まで足を運んできた。あまり無いことなので、神風も少しだけ驚いている。
そして、それ以上に驚くことがあった。その隣には、不安そうな顔ではあるものの、勇気を振り絞って、電が立っていたのだ。
互いに歩みを進め、ついにはその道は合流しようとしていた。
ついに直接の対面です。