埋護姉妹の『防空』の曲解の致命的な弱点、目の前に敵がいても、空を飛ぶモノが近くにあれば勝手に迎撃してしまうという点をつき、まずは防空埋護冬姫を撃破。
撃破と言っても、深雪が真正面から近付いて、反省を促す煙幕を纏った主砲により脳天を殴りつけただけ。命は奪っていないし、むしろこれで反省してくれればそれで良しとする気満々。
魔王といえど、深雪は悪に堕ちているわけではない。あくまでも優しい魔王である。だからこそ特異点としての力を発揮出来ている。
とはいえ、先に防空埋護冬姫をやったのは、防空埋護姫よりも喧しく深雪のことを魔王魔王と呼び続けたから。開き直ったように見せて、深雪は内心いい加減にしてほしいという気持ちが強かった。
「くっ……!」
防空埋護冬姫がやられたのを見た途端、防空埋護姫はすぐさま深雪に突撃。魔王を始末したいというわけではなく、姉妹を救うために動いている。悪意をぶつけられているわけでもないため、深雪は少し驚いた。
これまでの敵は、こんな時は仲間を見捨てて、むしろ仲間を巻き込んででも深雪を始末しようと動く。砲撃を放ったり、魚雷を放ったり、やれそうなことはいくらでもある。
だが、この2人には正しく姉妹愛があった。勝手に他人を妹にしたのに盾にしかしなかった米駆逐棲姫を見ていたこともあり、出洲一派のカテゴリーYがこのような行動を起こすとは思っていなかった。
「止まれ」
しかし、深雪は自ら魔王と名乗った身だ。姉妹思いの一面を見せられても、心を鬼にして主砲を向ける。ここで防空埋護冬姫を救出でもされようものなら、余計な戦いが増えるだけ。せっかく反省しろという願いを叩き込んだというのに、それを台無しにされる。
「どいてください」
「お前は同じことをあたしが言ったら退くのか」
防空埋護姫が苦い顔を浮かべた。逆の立場になったらどうしていたかを普通に考えてしまった。間違いなく、魔王の戯言と切って捨てる。今まさに同じことをされているだけ。
ならば実力行使をするのみなのだが、防空埋護冬姫がやられる姿を一部始終見せられている。その際も、自分は動きたくても動けなかった。意識せずに対空砲火をしていたこともあり、その間は前進することも出来ていない。
そして、
「こいつと違って、お前はまだ話がわかる方みたいだな。なら考えりゃわかるだろ。お前達はあたしを魔王だと言いやがるが、本当にそうなのかくらいよぉ。ちょっと考えてみろ。その間はあたし達は攻撃なんてしねぇよ」
ついさっきまでは疑問にも思っていなかった。防空埋護冬姫が何を言っても特異点が悪だと言い切ることに引っ張られていたというのもあるが、事実洗脳教育はしっかりと行き届いていたことで、そんな単純なことに対しても疑問が一切浮かばなかった。
だが、今は深雪からの威圧もあり、恐怖心から逆に思考能力を僅かにでも取り戻すことが出来ていた。眼前の魔王は、本当に魔王なのかと。
存在しているだけでも悪だと言うのならば、今この場で防空埋護冬姫を嬲り殺しにしていてもおかしくない。だが、言葉は少々アレだったものの、今こうやっている間も、防空埋護冬姫には手を出さない。気を失っているのだから好き放題出来るのにである。
「いいか、あたし達はあくまでも、やられたからやり返してるだけだ。先に手を出したのはお前らだ。何度でも言うぞ。あたしはお前らに何か迷惑かけたのか。初対面のお前らに」
これは本当に何度でも言っている。初対面の連中に、何故魔王と謗られなければならないのだと。互いに詳細も知らないくせに、命を狙われる理由がわからないのだと。今の姿になっても、頭の中は深雪そのままであるため、その疑問は常について回る。
睨みつけながら言うため、威圧感が凄まじいことになっていた。そのせいか、防空埋護姫はこの深雪の問いに反論出来なかった。
つまり、これまでの自分達の言動がおかしいのではないかと気付きつつあるということ。
そして、そうなった場合、次に起きることも予想出来る。
「忌雷!」
そう、深海忌雷である。近代化戦艦棲姫と同様、自分達のやり方に疑問を持った時、その考え方を塗り潰すように忌雷が
それを治す術は、進化した深雪にもまだ見つかっておらず、それを受けた近代化戦艦棲姫はグレカーレの『羅針盤』の曲解を特異点の力で拡張することで、身体はそのまま思考だけは本来向くべき方向を向かせることで自分を取り戻した。
「だよね。こっちは私がやるから、深雪ちゃんはあっち」
「頼むぜ!」
それを目の前で見て、惜しくもその寄生を許してしまったことを悔しく思っていた吹雪が、気を失っている防空埋護冬姫に触れる。深雪にも語っていたが、吹雪は願いを叶えるために触れる必要があるからだ。
防空埋護冬姫に対しての吹雪の願いは、『これ以上妹に辛い思いをさせないでほしい』という、深雪のことを想った優しい願い。せっかく深雪が命を奪うことなく防空埋護冬姫に反省を促すように願いを込めたのだから、それを台無しにするのだけは許せないと、その願いをより強くした。
深雪は深雪で、防空埋護姫のその思考を止めさせないためにも、忌雷の邪魔を封じる。吹雪とは違い、煙幕による願いの成就は遠距離でも可能。撃ち出す必要があるので、そのための行動をどうしてもしなくてはならないが、咄嗟の判断でも正しい行動が出来るのは、これまでの経験から来るもの。
「電!」
「なのです!」
やはり煙幕を撃ち出すためには、主砲を持たない手を銃のカタチに。そして電はそこに手を添える。増幅装置としての役割は、ここまでの数回の煙幕射出で熟れてきたようで、もうそうするべきと直感的に判断出来るほどだった。
「お前も反省しろ。でも、こいつよりは考えられるようだからな。あたしはお前らにとっての魔王かもしれねぇが、そこまで無慈悲じゃねぇよ」
そして、煙を放った。その煙は、目が泳いでいる防空埋護姫に真っ直ぐ向かうと、まるで撫で回すように体全体に拡がる。
そこに込められた願いは、『せっかくの思いを無駄にするな』。その思考の方向性を失わないようにするための、
「な、なに……っ!?」
煙に纏わりつかれた瞬間、防空埋護姫の艤装から深海忌雷が飛び出してきた。また、艤装自体も勝手に動き出し、防空埋護姫自身を拘束する。元々鎖によって両腕を絡め取っているような独特な形状の艤装だったが、今は完全に動きを封じるために絡み付く。
案の定、心の迷いに反応したかのように現れたそれは、防空埋護姫を束縛した上で、再教育を施そうと胸元まで這い上がってきた。相変わらずそのスピードは悍ましいの一言に尽きる。
だが、何のために煙幕を放ったのかがここでわかる。防空埋護姫への寄生を目指す忌雷が、体表に纏わりつく煙によって前後不覚となっていたのだ。何処から寄生すればいいのかわからず、その場から潜ることもない。ただただ這い回るだけの、哀れな害虫と化した。
「き、気持ち悪い……っ」
身体中を這い回る感触に、防空埋護姫は思わず溢す。近代化戦艦棲姫と同様、自分の艤装にこういったモノが仕込まれていることは伝えられておらず、ただただ気持ち悪さを表情にも表していた。
「お前が信じてるヤツらのやり方だぞ。少しでも迷ったら、そいつをお前に寄生させて考え方を奪う。無理矢理にでも自分の思い通りにする輩だ。最初から馬鹿だったのが、余計に馬鹿になるんだぞ」
まだ魔王呼ばわりされたことを根に持っているかのように、少しだけ悪態を見せつつも、防空埋護姫に近付くと、その体表を蠢く忌雷を思い切り掴み取った。
素手で触れたことで周りの仲間達は驚いたが、その手には相変わらず煙を纏っており、自分に対しても寄生されないように対策はしていた。
「もう一度聞くぞ。お前、今ここまで見て、どっちが正しいと……いや、そういう聞き方はやめとこう。あたしだって全部が全部正しいわけじゃないかもしれないからな。だから、こう聞く。
正面から、鼻先が触れられるのではないかと思える程に近くまで寄り、忌雷を握りしめながら防空埋護姫に問う。
これだけされても特異点が悪であり、忌雷に寄生されるのも止む無しと言うのならば、お望み通り寄生させた後にその命を奪うとまで言い放つ。元々命の奪い合いをしているのだ。これだけ見てもその信念が変わらないというのなら、もう何も言うことはない。反省も出来ないのならば死んでもらうしかないだろう。馬鹿は死ななきゃ治らない。
選択肢を与えているだけ有情。深雪は何も強制していない。防空埋護姫が望むなら、その通りにすると言っているだけ。自分が悪だと言うなら根拠を示せと再三言っているのだが。
「私は……私、は……」
「どうする。時間はそんなに無いぞ。あたしだって長々待ってやるほど悠長なことは言ってられねぇ。それに、脅してるわけでもねぇ。お前がそれでもあたし達と敵対するってなら、別にそれでも構わねぇよ。その煙幕も無くしてやるし、この忌雷もお前の身体にねじ込んでやる。その迷いが気に入らねぇなら、コイツに頼んで消しちまえ。代わりにあたしは、お前の命を消し飛ばすつもりで戦うけどな」
睨みつけながら脅してないと言われても説得力は無いのだが、艤装に拘束されている今、いくらでも攻撃は可能だというのに、誰一人として防空埋護姫のことを攻撃するようなことをしない辺り、本気でこの選択肢を与えようとしている。
「つ、ついでなのですが、もう先に真実に気付いているヒトもいるのです」
ここで電が深雪の隣に立った。緊急時に増幅装置としてのお役目を全うするため。
「そのヒトは、もう忌雷にやられてしまっていますが、電達の仲間の力で正気を取り戻して、電達の仲間になってくれているのです。こんなことをしてくる貴女に指示を出した人を見限って、本当の悪に気付いてくれたのです」
電とて、埋護姉妹に対してはあまりいい印象を持っていない。ついさっきまで深雪のことを魔王と侮辱し続け、あまつさえ命を狙ってきているのだ。洗脳教育の賜物かもしれないが、真に悪は特異点と信じてここにおり、初対面で何も知らない深雪に対して、悪意と殺意をぶつけ続けてきたのだ。
それでも、深雪はそんな埋護姉妹に反省を促し、救われることを望んだ。ならば、自分だってそれを望みたい。元々戦いが好きではないのだから、不要に命を奪うことなんてしたくない。
「だから、出来れば……‥深雪ちゃんの手を取ってほしいのです。自分勝手な言葉かもしれないですけど、知ってくれたなら、もう戦いはやめてほしいのです」
睨む深雪とは別に、悲しそうな目で見つめる電。防空埋護姫を哀れに思っているわけでもなく、これ以上の戦いが苦しいと感じているからこそ見せている表情。
「お前の姉妹の安全も保証する。吹雪がコイツの寄生をどうにかしてくれてるはずだ」
「大丈夫だよ。ほら、こっちも寄生しようとしたところ捕まえてるから」
ほらなと深雪が視線を促す。そこでは、気絶している防空埋護冬姫に寄生しようとしていた深海忌雷をしっかりと捕縛している吹雪の姿が。深雪と同じように素手で捕まえ、それを見せた。触手をウネウネさせているが、握り潰さんとする握力によりその力は徐々に失われている様子。
「どうする。決めるのはお前だ」
これが最後通牒。ここでの選択で、埋護姉妹の運命は決まるだろう。
ここで防空埋護姫が取る選択は──