次から次へと忌雷に寄生され、強力に変化させられていく船渠棲姫達。これまでの幼女然とした雰囲気は何処かに行き、邪悪な雰囲気に包まれたその姿は、喪失したはずの戦意を取り戻すどころか自信過剰と言えるほどに強気になり、これまでと変わらず生み出したイロハ級に加え、自らに与えられた主砲も織り交ぜて攻撃を繰り出してくる。
その4人目の変化を目の当たりにしている夕立は、ここで他の者達では出来なかったことをしでかそうとしていた。
「どうせ殺すんだから、待ってやる必要はないっぽい!」
変化を続ける船渠棲姫に向かって、突撃を繰り出す。妙な動きをしそうならば、それを事前に潰す。やりたい放題やっていいというお墨付きも貰っていることで、夕立は弾切れすらおそれずに突っ込んでいた。
しかし、こんな言い方をしていながらも慎重さも失っていない。敵が何をやってくるかがわからないような敵に、無策で突っ込むなんて愚の骨頂。慎重に行っても未知の攻撃を仕掛けてくる可能性があるのだから。
いくら夕立でも、今は心に余裕を持ち、第二次当時の実力を十全に発揮出来る状態だ。突撃はしているものの、視野は非常に広い。
「っううっ、はぉあんっ!?」
しかし、変化の途中でも攻撃は放ってくる。靄の中から砲撃が放たれ、それだけでは飽き足らず、既に建造済みの戦艦棲姫が船渠棲姫を守るために襲いかかってきていた。自らを盾にし、しかし突撃を仕掛けてきた夕立を葬り去ろうとその生体艤装の巨腕を伸ばす。
「やらせないっぽい! レーベ、手伝って!」
「Ja!」
その夕立を守るため、Z1もすかさず砲撃を繰り出す。狙いは戦艦棲姫であり、その本体を確実に狙う。生体艤装の硬さは駆逐艦では破壊出来ないほどではあるものの、夕立に前進させる隙さえ作れればいい。
案の定、戦艦棲姫は自らの身を守るように腕を振るう。しかし視線は夕立に向けたまま。自分の命を守っているようで一切守っていない、あくまでも船渠棲姫を守るための行動を優先していた。
「邪魔っぽい!」
そんな夕立の言葉は耳に入ることなく、傷付いてもその進路を塞ぐことに全力をかけていた。
ただただ哀れな傀儡に、夕立は小さく舌打ちをし、振るわれた拳と砲撃を回避するために数歩下がった。途端に戦艦棲鬼は追い討ちをするようなこともなく、次はZ1と船渠棲姫を結ぶ直線上に立ち塞がり、砲撃を身を張って妨害。
「くっ……ごめんユーダチ」
「大丈夫っぽい! 切り替えてこ!」
まるでスポーツのような声援だが、それだけ夕立は頭に血が上っていないということに他ならない。舌打ちはせども、今この戦場を冷静に見ている。
他の船渠棲姫にも目を配ると、案の定同じように変化していた。夕立の前にいる船渠棲姫が最後の変化だったと理解する。他の面々も、この変化を見て苛立ちを隠しておらず、しかし中身は救えない者であることが判明しているようで、誰も躊躇うことはない。
ならば夕立も船渠棲姫に対して同情などもくれてやることはない。やれることは、守り手を務めている戦艦棲姫を退かし、船渠棲姫を始末すること。それだけ。
「っふぅう、気分がいいよ。アンタなんてもう怖くないね」
変化を終えた船渠棲姫が小さく身体を震わせた後、自信に満ち溢れた顔で夕立を睨み付ける。艤装もしっかり変化しており、主砲も搭載済み。魚雷しか使えなかった当初からは逸脱した、強制的な強化形態。
「面倒なことになったっぽい」
こうなってしまったのは仕方ないこと。気持ちを切り替え、まずはZ1と合流。
正直なところ、駆逐艦2人でどうにか出来るような相手でも無さそうなのが辛い。火力自慢な夕立であっても、そもそも戦艦棲姫を抜くこと自体が至難の業。
今増援を頼るのなら、出来そうなのは戦場の真ん中で残骸を凍結させ、野放しになっているイロハ級も早急に対処している白雲くらい。その白雲のおかげで余計な横槍が入らないのだから、増援を頼むのは難しいか。
「数は増えるけど、みんなと合流した方がいいかもしれないよ」
「ぽい。それも手だよね。でも、コイツら夕立達のこと逃がしてくれると思う?」
さっきまでの船渠棲姫ならば、夕立でも正面から戦えば勝てただろう。だが、忌雷による強化に加え、戦艦棲姫が絶えず近くにいて守り続けるとなると、また話が変わってくる。
戦艦棲姫を簡単に葬ることが出来るのは、今組んで戦っている時雨と近代化戦艦棲姫であろう。特に後者は、正気は取り戻しているものの寄生された身体でもあるため、その火力が通常とは違う。ついさっきも砲撃一発で戦艦棲姫を粉砕したほどである。
「合流するなら時雨のチームっぽい」
「だね。僕もそう思った」
だが、そんな隙を見せてくれるわけがなかった。それどころか、突然これまでとは違う動きをし始めた。
「ふふ、あたし本当に強くなってる。
その辺に落ちていた残骸を手に取ると、それがカタチを変えていき、爆雷へと姿を変えた。
「ぽっ!?」
「建造だけじゃなくて、
戦艦棲姫の陰からその爆雷を放り投げてきた。腕力も上がっているようで、爆雷はほとんど速球。夕立もZ1もすぐさま散らばるように退避するが、爆雷は戦艦棲姫の砲撃により強制的に爆発させられる。砲撃には当たらずとも、爆雷の爆発によって範囲が拡がり、2人とも小さくだが吹き飛ばされる。
「レーベ!」
「大丈夫! そいつ、ユーダチの方を見て……っ!?」
この爆雷の爆発に紛れるように既に動いていた船渠棲姫。道すがらに残骸を拾うと、再び建造ではなく開発を実行。
「ユーダチ! 気をつけて!」
「正面から来るっぽい!?」
しかし、砲撃を身構えすぐさま回避した夕立は、目を見開くことになる。先程までは明らかな素人だった船渠棲姫は、夕立の動きを逆手に取るように砲撃も何もしていなかった。
残骸から開発した
「何を投げたか知らないけど、当たらないっぽい!」
先程と同じ爆雷であった時、払い除けるような回避をしたらその場で爆発してしまう。そのため、夕立は確実な回避に専念した。
そして、その投げられたモノが何かをその目にすることになる。
「えっ……照明弾!?」
船渠棲姫の『船渠』の曲解は拡張され、建造だけではなく開発も出来るようになっている。それは、本来開発出来ないものであっても、それが兵装ならば残骸の量次第ではいくらでも造れてしまう力。
小さな残骸1つから作れるものは、照明弾1発だけ。だが、夕立の目を眩ませるには充分すぎた。まだ明るい昼間であっても、その光は一瞬でも夕立の動きを止めるだけの力がある。
そして、それだけの時間があれば、船渠棲姫の
「あたしが出来るのは
夕立がほんの少しだけ動きを止めたその瞬間、何かを投げられたのを空気で察した。まずいと思ったことで、その投げられたモノをすんでのところでキャッチする。それが砲弾である可能性も考えて、無理矢理腰を捻って軸から身体を外しながら。
掴んだ時の感触からして非常に嫌な感触だったが、ここでさらに嫌なこともわかる。
「……これ、忌雷っぽい!」
そう、夕立が咄嗟の判断で掴むことが出来たのは、船渠棲姫の開発によって生み出された深海忌雷である。
船渠棲姫の生み出した深海忌雷は、その身体に寄生されているそれの完全なコピーではない。あくまでも船渠棲姫による開発で造り出された兵装の一つとしての忌雷。
「っぶな、寄生とか」
「誰がそうするって言ったのかな」
瞬間、
「っぐぁ……!?」
「ユーダチ!」
深海忌雷は機雷なのだから、爆発して当たり前。これまでに『忌雷は寄生して洗脳を施すモノである』というあり得ない
夕立はこの爆発により左手を失うことになった。爆発によって焼けたことで、出血は思いの外少なかったものの、その痛みで顔を顰める。だが、船渠棲姫のように戦意を失うようなことはない。むしろ痛みによってより強く戦意を向上させていくのが夕立だ。
「ざまぁないねぇ。人のことを玩具だなんて言うからそういう目に遭うのさ」
はっと鼻で笑いながら夕立を嘲笑うが、その行動が夕立に火を付けることになるだなんて思ってもいない。
「っふ、ふふ、ははっ、面白いっぽい! こんな怪我するの、すごく久しぶりだよ。30年以上ぶり」
無くなった左手のことなどまるで考えていないような口振り。痛みすら感じているかもわからないような笑みを浮かべ、船渠棲姫を見据えた。睨んでいるわけでもない。ただただ
先程恐怖で戦意喪失し、その結果が忌雷の寄生による思考の矯正だったのだが、傷ついてもなお笑い続ける夕立の姿に、寄生される前の恐怖心がほんの少しだけ首をもたげ始めた。
「ユーダチ! 大丈夫!?」
戦艦棲姫の邪魔を掻い潜ろうと必死なZ1の声に、夕立はニッコリ笑って手を振った。しかし、その手は失われているため、ただただ痛々しく見えるだけ。
「だいじょーぶっぽい。痛いは痛いけど、昔はこーゆーこと結構あったでしょ?」
「そんなに無いよ!? そんな状態になったらすぐ撤退するし入渠もするし!」
「でもやれそうなら前に進む。夕立達は艦娘だから。世界の平和のために身体を張る。それは夕立の意思だもん」
Z1に向ける視線は、仲間としての敬意がある。しかし、視線を動かし船渠棲姫を見た途端、その奥底に持つ光が鋭いモノへと変わった。
「夕立にこんな傷をつけたんだから、誇ってもいいっぽい。でも」
そっと握り締めていた主砲を艤装にマウントする夕立。そして、軽く手を前へと突き出す。
するとその手には、先端に顔のようなノーズアートが描かれた魚雷が数本現れた。魚雷発射管を介さず、その場に突然魚雷を出現させることが出来るのは、あらゆる艦娘を見ても夕立くらいしかやらないような技能。艦娘として特殊な能力を持つ者は数多くいるが、これはかなり特殊な方。
「勿論、
冷静に怒り、痛みを力に変え、この戦場を楽しむ夕立の眼光は、狂犬と呼んで差し支えない。恐怖という感情が失われているかのように獰猛。絶対に後ろを向かないポジティブさ。そして、仲間達と共に更なる成長をしたことによる気迫。
それをぶつけられたからだろう。戦艦棲姫がZ1への牽制をやめて、改めて船渠棲姫を守るために動いた。
Z1はすぐさま夕立の隣に駆けつける。痛々しい左手を見て撤退を提案しようとするものの、今の夕立は真剣そのもの。遊びではない命懸けの戦場で、本来の艦娘としての気概をこれでもかと見せつけ、周りにすら闘志を伝染させていく。
「ユーダチ、僕は何をすればいい」
故に、弱気なことなど言わない。その夕立のサポートをするために、Z1も前を向く。
「夕立が前衛するっぽい。レーベは援護お願い。でも、出来れば時雨達と合流を狙うよ」
「Jawohl」
前を向きながらも全体を見据えている夕立に、Z1は内心すごいなと感動していた。
うみどりと出会う前だったら、そもそもこんなに冷静になっていない。Z1が止めたとしても話を聞かずに突っ込んでいっているだろう。そもそもZ1だって止めることもせず、同じように周りも見ずに突撃している。それが全く無い。
それもこれも、うみどりのおかげ。あれだけ嫌っていた人間だけれど、後始末屋と出会えて本当に良かったと、口に出さずとも態度で示した。
「それじゃあ……」
ギラリと輝く鋭い瞳に撃ち抜かれ、船渠棲姫は気付かぬ内に冷や汗をかいていた。今なら圧倒的に有利なはずなのに。忌雷の力で恐怖心が取り除かれており、新たに力を得たことで昂揚感すらあるのに、それでもあの夕立に本当に勝てるのかという疑念が生まれた。
それが勝敗を決するには充分すぎる感情とも知らずに。
「素敵な