船渠棲姫を全て始末し、残すところはその資材から建造された駆逐棲姫と駆逐水鬼の2体。また、まだまばらに残っているイロハ級の対処。
「グレカーレ、そのまま掴んでなさい!」
駆逐水鬼はグレカーレと取っ組み合いをしている最中。その剛腕による膂力はグレカーレと同等どころか僅かに上回っており、グレカーレ自身が握る主砲もすぐさま払い落とされてしまっている。結果、本体も素手で取っ組み合いをすることになってしまった。
駆逐水鬼は既に主を失っている状態。建造された意思の無い深海棲艦は、主を失ったら命令系統を失って機能が停止するはずである。セレスの時にはそうだった。糸が切れたように動かなくなり、うみどりに運ばれても虚空を見つめているだけのただの人形と化した。その後、煙幕を取り込むことにより、今の食の探究者に生まれ変わっている。
しかし、駆逐水鬼はその状況であっても、意思を持たずとも、グレカーレへの攻撃はやめない。むしろ、より一層激しくなっているかのようだった。
「は、早くお願い……割と限界……っ」
それを押さえ込んでいるグレカーレも、徐々に押されており、そのまま潰されかねないくらいに必死。気が緩んだら最後、その剛腕に力のまま押し潰され、見るに堪えない姿にされるのが目に見えていた。
その剛腕には、ただの膂力以上の
これだけ接近していると、駆逐水鬼のみを凍らせる事も出来ないため、白雲も迂闊には手を出せない。砲撃でどうにかしようとした瞬間に、駆逐水鬼が体勢を変え、グレカーレを盾にするような位置取りに。意思が無い
「思い切り蹴りなさい!」
「こ、こう、かなぁっ!」
神風の指示を受け、足を振り上げるグレカーレ。取っ組み合いをするくらいの至近距離、グレカーレはともかく、駆逐水鬼も基本的な個体より小柄に生まれていることもあり、その脚は綺麗に上がれば直撃するルート。
だが、ここで駆逐水鬼は更なる機転。グレカーレが片足立ちになることをいいことに、剛腕を捻って体勢を崩させる。更には、振り上げた脚に膝を合わせることでしっかりガード。むしろ蹴ったグレカーレがそれを脛に喰らうことになり、これまででも特に手痛いダメージを受けてしまう。
「いっったぁぁい!?」
「我慢して!」
捻られたことでグレカーレは横転しかけ、それでも剛腕は繋いだままであるため、駆逐水鬼も体勢を崩す。互いに片足立ちになったのだから、体重移動があればそのままバランスは崩れる。そうなれば、グレカーレを盾として使うことは出来なくなるだろう。
刀に手をかけていた神風は、ほぼ丸腰となっている駆逐水鬼に一気に近付く。背後を取るようなカタチになるが、今はどういうカタチであっても関係ない。グレカーレを救わなければ、話が進まない。
「意思の無い人形に、逆恨みの怨念でも入っているのかもしれないわね。ならここで、永劫断ち切ってあげる」
そして、神風は目にも留まらぬ速さで居合い抜きを放った。グレカーレが押さえ付けていたというのもあり、一瞬でその胴が両断され、上半身と下半身がお別れすることになる。
真っ黒な血を噴き出し、そのまま力が抜けた。グレカーレはその血をまともに被ることになってしまったものの、剛腕の力が抜けたことで、その手を離した。
「わぷっ!?」
そして横転。海面に思い切り全身を浸けることとなり、ただでさえ海戦で湿っていた全身がびしょ濡れとなった。
だが、そのおかげで被った駆逐水鬼の血を軽くではあるが洗い流すことが出来たので、気持ち悪さは少しは軽減されていた。
「ああもう! コイツが一番強かったまであるよ!」
思い切り愚痴るグレカーレ。しかし、そう言うのも仕方ないことで、膂力から判断力まで全てにおいて元人間である船渠棲姫よりも強力、むしろ凶悪と思えるスペックだった。本来より小柄なのに、その分力が凝縮されているかのように錯覚してしまう。
だが、考えられることはたった1つ。それは先程も神風が口に出したそれ。
「資材の無念と、最後の船渠棲姫の逆恨みが、全部中に入ったのかもしれないわ。意思は無くても、恨みと憎しみ──いや、この場合はあえて『呪い』と言った方がいいかもしれない、それがこの子をその感情だけで動かしていたんだと、私は思うわ」
呪いという言葉に、白雲は敏感に反応する。彼女もまたカテゴリーMの呪いを持ち、生まれたばかりの頃に感情を制御出来ずに人間を襲おうと考えたからだ。衝動に突き動かされたと言ってもいい。
その衝動のみの存在となったならば、それが表側、身体能力に影響を与えてしまうのも無理はないように思える。何故なら、それが深海棲艦だから。違法建造で生み出されたとはいえ、本来なら本能のままに暴れるのがその種族。そこに呪いが含まれたならば、こうなってもおかしくはない。
「自分から来ておいて、負けたら逆恨みとか、ホント迷惑だよもう」
グレカーレが思い切り溜息を吐いた。それを見て神風はそうねと苦笑しつつ、残された駆逐水鬼の亡骸を見た。
今は息絶えている。しかしその表情は、意思のない深海棲艦とは思えない、憤怒に染まったモノであった。
駆逐水鬼と同様に、呪いを受けることで強化された深海棲艦、駆逐棲姫。そちらは時雨と戦いを繰り広げている。
「往生際が悪い。その姿でそういうことはやらないでくれないかい」
駆逐水鬼は膂力に特化されていたが、駆逐棲姫は機動力に特化されていた。時雨が狙いを定めても、素早く動き回ることでそこからすぐにいなくなる。また、脚が無いという特徴を持つためか、やたらと切り返しが速く、急ブレーキをしたかと思えば、次の瞬間には真逆に駆け抜けていたりと、トリッキーな動きもよく見える。
しかし、その攻撃は怒りをぶちまけるかのように乱雑。精度はそこまで高くないものの、代わりに威力が並では無くなっており、戦艦に追従しかねないモノに。掠めるだけでも厳しい。
時雨が嫌そうな顔をするのも無理はない。この駆逐棲姫、時雨の妹である春雨にとてもよく似た外見をしている。先程も
「やたら速いね……狙いが定まらない」
「僕も手伝うよ、シグレ」
Z1も加勢し、時雨とは少々違う場所──その行動を阻害し、回避をなるべくさせない攻撃を繰り返す。追い込み、都合のいい位置に移動させ、どうにかその足を止めるために。
合間に魚雷まで放ち、殺意をぶつけてくる駆逐棲姫。生み出されてからすぐに呪いに蝕まれ、ただでさえ無かった意思が逆恨みの呪いに侵され、衝動に任せて暴れ回るその姿は、痛々しさすら感じた。
セレスのように本当に空っぽならば救うことも出来たかもしれない。しかし、その入れ物に既に新たな感情を入れられ、それを抜き取ることすら出来ないのならば、救うことなんて出来やしない。
時雨としては
「近付くしか、ないか」
「当てるためなら仕方ないかも。ユーダチ! 手伝って!」
「ぽ、ぽーい!」
先程船渠棲姫の体当たりで小さく負傷を追加した夕立も、すぐに立ち上がって駆逐棲姫の対処に動く。当然左手は失われたまま。痛みは少しずつ増しているが、そんなことは関係ない。
「3人がかりでなら追い込めるだろう。夕立、君が一番自由に撃てばいい。レーベ、僕達でそれをサポートするよ」
「Jawohl」
「なるべく狙いは定めるっぽい!」
まずは夕立の砲撃。狙いは本来ならば完璧と言えるような場所。だが、その小回りでステップを踏むように回避され、さらにはお返しと言わんばかりに魚雷まで放ってくる。規模は大きくなくとも、その雷撃は完璧と言ってもいい。
「それならそれを破壊するだけさ!」
そんな魚雷は、Z1が許さない。放たれた直後、着水して駆逐棲姫から離れて行こうとしたタイミングで、即座に砲撃による破壊。近かったため、誘爆して全てが破壊される。
だが、駆逐棲姫はそんなの気にすることなく水柱を盾に動き回る。それそのものが目隠しになってしまっていた。
「こちらもよく使う手さ。だから、どちらに動いたかなんて読める!」
そこに時雨が大口径主砲による追撃。回避方向がわかりやすくなった今なら、それで直撃まで狙えるはず。
しかし、この駆逐棲姫は一味違った。時雨の砲撃が放たれるや否や、またもや急に進行方向を変え、砲撃を紙一重で回避しながら急接近を始める。呪いに染まった表情で時雨を睨みつけ、砲撃を連射しながら。
攻撃は最大の防御とはよく言ったもので、撃たれながらの突撃はお返しもしづらく、時雨達も回避に専念せざるを得なくなる。
「ちょこまかと動き回る……!」
「なら!」
撃ちながら向かってくる駆逐棲姫は、どちらかといえば時雨に対して狙いを定めていた。まるで恨みを時雨にぶつけるように。
ならばと、夕立は時雨とは別方向へと動き、砲撃が当たらないようにして駆逐棲姫へと接近を仕掛ける。
「夕立、無茶は!」
「無茶じゃないっぽい。だって時雨のことを恨んでるんでしょ。だったら、それを利用するだけ。夕立のこと目にも入ってないなら、隙だってあるっぽい」
事実、時雨から離れた夕立に対し、駆逐棲姫は視線を送ることもなかった。時雨に対しての殺意が一段と強く、より砲撃と雷撃は激しくなる。
つまり、今だけは時雨を囮に使うという流れ。時雨ならばこの攻撃も全て回避出来るという信頼もあってこそ。
「厄介だけれど、君に任せるよ。さっきのヘマを、少しは取り返してくれ」
「うっ、ヘマって言われると辛いけど、任せて!」
時雨とZ1は夕立とは逆の方向に移動し、より夕立から視線を外させる。案の定、呪いに呑み込まれている駆逐棲姫は、時雨を追従した。夕立から完全に視線を外した。
そうなれば話は早い。夕立が出来る最高速で海を駆け、挟み撃ちを狙う位地取りに。
「そこで止まってくれるかい!」
「Feuer!」
駆逐棲姫の足を止めるための砲撃。直進してくることを狙った、少し手前に落とすような攻撃は、横に避けることも難しいように、時雨とZ1共に雷撃も重ねて。
避ければ雷撃、直進し続ければ砲撃。もし飛び越えたとしても、それは完全に無防備を晒すことになる。現段階で最も安全に回避するならば、止まる以外の選択肢はない。
そして、案の定想定通りに駆逐棲姫は急ブレーキ。本能のままに動き回るならば、生きるために最善の手段を取る。
「終わりっぽい!」
その隙を、夕立は見逃さない。真後ろ、完全な死角から、駆逐棲姫の後頭部目掛けて全力の砲撃。ブレーキを掛けた瞬間に直撃する、絶好のタイミング。
また、今回は絶対に逃がさないという思いを込めて、砲撃もただ後頭部のみに狙いを定めているわけで無く、避けられてもいいように胴や腕にも当たるように連射。
その攻撃が功を奏したか、駆逐棲姫が夕立に気付いた時にはもう遅く、避けようが無い挟み撃ちをどうにも出来ずに、結果全ての砲撃を喰らうことに。
頭は噴き飛び、四肢は捥がれ、胴も爆発四散。その痕跡は、血溜まりしか残らない状態となった。
「……僕にやられたことを恨んでいたのかな。巫山戯るなって話だけど」
「かも、しれないね」
やたらと時雨を狙ったのは、資材に使われた船渠棲姫の憎しみがあったからだろう。命を奪った者に対して、自分がやってきたことを棚に上げて逆恨みしていた。
これでこちらの戦場からは姫級はいなくなる。残りのイロハ級も、殲滅されるのは時間の問題だろう。
残す敵は、新量産空母棲姫のみ。