電が勇気を振り絞ったことにより、深雪との対面を実現させた。そして、互いの思いをぶつけ合ったことによってトラウマを払拭したことで、一気に仲を進展させた。
感極まって深雪に抱き着いてしまったそれは、互いのトラウマである衝突の再現のようになってしまったものの、深雪も電もそれによって心を抉られることはなかった。むしろ、触れ合うことが出来たことで喜び、より一層距離が近くなったと言える。
「無粋かもしれないけれど、そろそろ良かったかしら」
誰も言い出せそうにない状況だったため、伊豆提督が二人に話しかけた。いい雰囲気を壊す感じになってしまうため、物凄く躊躇ってはいたのだが、時間的な問題に加えて、電が抱き着いてしまったことによる弊害が出てしまった。
深雪はついさっきまで後始末をしてきており、ここに戻ってきてすぐのタイミングで今のイベントが発生している。つまり、洗浄がされていない状態。
「電ちゃんも一緒に洗浄に行ってきてちょうだいね。穢れがどんな影響を与えるかは、まだ細かくはわかっていないことだから」
「あ、は、はいなのです。ご、ごめんなさい……」
「誰も叱ってるわけじゃないわ。むしろ、ここまで出来たことを喜んでるくらいよ」
伊豆提督としても、二人の仲がここまで一気に進んでくれたことはとても喜ばしいこと。いがみ合っているわけではないが、うみどりの中でギクシャクしているというのは、どうしてもいろいろと気を遣うことが多くなり、士気が下がりかねない事態だった。そのため、それが払拭されることは、二人の関係性と共に、うみどりの今後にも影響を与える。
ここまでは事務的なところ。むしろそれ以上に、友達になりたいと思っていた二人が手を取り合うことが出来るようになったことが喜ばしい。伊豆提督はどちらかといえば、そういう感情に優先順位をつける人間である。
「おめでとう電ちゃん。勿論、深雪ちゃんも。お互いに望みが叶ったんだもの、感極まってこうなっちゃってもおかしくないわ。アタシだって旧友と再会したら抱き着いちゃうかもしれないもの。そういうところは、とても人間的な感情だって思うわ。そんなの、怒りも叱りもするわけがない。むしろ推奨しちゃうわね」
そういうところはやたらと寛容。人間らしい活動はむしろ推奨。それが伊豆提督の考え方。カテゴリーWに対しては特にそれを推していきたいようである。電に関してはまだカテゴリーについて伝えられていないのだが。
「さ、まずは洗浄に行ってらっしゃい。そうしたら、保留にしていた歓迎会を開くわ。それでよかった?」
「は、はいっ、よろしくお願いするのですっ」
「改めて仲間になったようなものだものね。じゃあ、腕に縒りをかけて作るわ。覚悟……じゃない、期待していてちょうだいね♪」
そう言って、伊豆提督は工廠から去っていった。一応名目上は報告を聞くためだったのだが、電の件が済んだことでニコニコしながら食堂に向かったようである。
後始末の結果を伝えなくてはならないのに、これだけやってさっさと出て行った伊豆提督に、深雪と電の仲を邪魔しないように数歩下がっていた神風が小さく溜息を吐いた。
深雪と電が共に行動出来るようになって最初にやることが洗浄というのは、風情も何も無いと思いつつ、着衣のままではあるのだが、一種の
深雪が電に
そして、そこから少し時間が経過したところで電の歓迎会。深雪の時と同様に、伊豆提督が執務の時間を割いて豪華な料理を作り上げ、ズラリと並べられる。
電は当然主賓。これまでにうみどりで提供される食事を食べているため、深雪の時のような過剰な反応はないものの、これまでとは一線を画した豪勢さに目をキラキラさせながら食べる姿を見せることになった。
これまでの電はどうしてもトラウマが心に引っかかっていたので、まともな笑顔を見せることが一度も無かったのだが、深雪との関係が進展したことで満面の笑みを見せるようにもなった。そのおかげで、食べている様子が周囲の空気をも緩くした。
「なんだか、いつも以上に美味しいような気がするのです」
「そりゃお前、こうやってみんなで食ってるからだよ」
不思議そうにしている電に、深雪が率直な意見を述べた。独りで食べるよりもみんなで食べる方が美味しいし、今まで心の中で溜まっていたストレスが失われたことで味覚がいい方向に変化したとも考えられる。
そして何より、電には
「みんながさ、あたし達のトラウマのこと気にしてくれてたんだ。それが今はもう全然感じられないだろ」
「……なのです。電も、ちょっと前とは全然違うと思うのです」
「だよな。胸のつっかえが取れたっていうか、身体の中のモヤモヤしたものが無くなったっていうか」
深雪も電も同じ感覚を持っていた。隣の部屋にいるのに、顔を合わせるのが怖い。でも、会わなければ先に進むことも出来ない。それがどうしても引っ掛かっていたのだろう。
お互いに悶々としたモノを抱え込んでいたのだから、少しだけ世界が薄暗くなってしまっていたのかもしれない。特に電は、生まれてすぐに深雪の姿を見たようなもの。明るいモノを全く知らずに、真っ先にトラウマを抉られるという大惨事に見舞われているのだ。それが失われた時の世界の明るさは、当人でもわからないモノであっただろう。
「あたし達はここからがスタートなんだ。もう遮ってくるモノも何も無ぇ。後始末屋として、一緒に世界を綺麗にしていこうな」
「なのですっ。深雪ちゃんと一緒に、後始末屋として頑張っていくのです」
本当に後腐れが無いくらいに吹っ切れているようにも見えた。その笑みはお互いに本心からのモノであることが誰の目から見ても明らかであった。
夜。全てが終わった後に、部屋で寛いでいる深雪の元に、神風が訪れる。それだけでは無い。睦月や子日といった、駆逐艦の仲間達がゾロゾロと。
そこで察することが出来た。自分がうみどりの一員となり、歓迎会をしてもらった日の夜には、アポ無し突撃からの駆逐艦の会が執り行われた。今回もその流れになりそうであった。
「お、今日決行か」
「電が吹っ切れたんだもの。今日強行するわ」
「あたしの時もそんなノリだったのかよ」
実際、深雪の時は梅の部屋に集まってからこの部屋に突撃したらしい。直前の新人の部屋が集合場所で、直後の新人の部屋が突入場所。
「んじゃあ、行くか」
自分がやられたあのお祭りみたいなパジャマパーティーを、今度は仕掛ける側というのは、なんだかドキドキすると、深雪も乗り気である。
そのまま全員で部屋から出て、隣の部屋、電の部屋の前に集結。まだ就寝時間までには時間があるので、流石の電も眠ってはいないだろうと扉をノックする。
「は、はーい」
「神風よ。入っていいかしら」
「大丈夫なのです。どうぞ」
許可が出たことをいいことに、廊下に屯していた6人が一斉に部屋の中へ。神風だけかと思ったところにこの人数が入ってきたので、電は少しだけ混乱してしまった。
深雪の時とは違い、半ば強制的に入ることはしていない。それは電の性格を考慮した神風なりの考え。
「な、なな、何なのです?」
「新しい駆逐艦が入ってきたら、その日の夜はこうやって集まることにしてるのよ」
「本人の許可無しにゃしぃ。アポ無し突撃でビックリさせるところからスタートなのね」
深雪の時とは全く同じ言葉でパジャマパーティーが強制的にスタートする。驚きはしたものの、その目的を聞いたことで電も受け入れた。
駆逐艦は協力しながら戦うことで真価を発揮することは、戦いを好まない電でも理解している。そのチームワークを育むのは、常日頃から共に生活をし、真面目な時は真面目に、弾ける時は徹底的に弾けるのが、心を通わせることが出来る手段としては有効なモノ。
「深雪ちゃんも、同じことを?」
「ああ、されたよ。今回以上に強引だったけどな。ノックした時にはもう突っ込んできたんだぜ」
そんな深雪の物言いに、電はクスクスと笑顔を見せた。やはり、今日の一件を境に表情が豊かになっている。
「まぁこうやって集まって何かするでも無くて、適当に駄弁って適当に交流しようってのがこの駆逐艦の会なのよ。訓練とかで多少は顔を合わせてるけど、私達はより親身にならなくちゃ、いざって時に戦えないからね」
「なるほど、そういうことなのですね。こういうお仕事でも、やっぱり戦うことはあるのですね……」
「こういうご時世だからな。ほら、あたし達って世界の平和を守るために生まれたわけだし、そういうことが出来る力も持ってるんだ。でも、あたしが生まれてから戦闘があったのは二回だけだぜ?」
カテゴリーMだのカテゴリーRだのの話は一旦隠しておき、実際にあったことだけを端的に話した。しかも、その時の戦闘でも駆逐艦の出番は無かったと付け加えて。
後始末屋は大規模な戦闘に頭を突っ込むようなことは無い。あくまでも、稀に現れるはぐれ深海棲艦などが人類の住まう陸に向かわないように対処するだけ。それが相当な数であれば、うみどりの艦娘総出で解決することもあるだろう。そのためにも、訓練は欠かしていない。
こればっかりはやらねば他の者達に被害が出る。戦わないというわけにはいかない。電も、そこだけは納得せざるを得ない。
「あたしも手伝うからさ、電も強くなっていこうぜ」
「なのです。敵さんも救いたいですけど……自分の身を守るためにも強くなるのです」
戦いを好まない電であっても、強くなければ戦いを避けることが出来ないのがこの時代である。後始末をするためならば尚更だ。艤装を扱う力だけでなく、筋力持久力瞬発力全てを高水準に持っていきたいところ。
純粋な艦娘であるため、妖精さんのサポートがあればいきなり一線級の力が発揮出来るのは、電も変わらないだろう。
「電さんは明日からは何をする予定なんですか?」
「あ、まだ聞いていないのです。今のところ、海上歩行訓練と、スタミナトレーニングだけなので……筋トレ、になるのです?」
「かもしれませんね。誰かがサポートに入るとは思いますけど、楽しく出来ると思いますよ」
あまり話が出来る機会が無かった秋月と梅も率先して電との会話を進める。こうやって駆逐艦同士の関係を深めていくのだ。
そんな光景を深雪は嬉しそうに見守っていた。電が楽しそうにしている姿が見られるだけでも、深雪にとっては喜ばしいモノであった。
ここから本当に一緒に歩くことが出来る。深雪もトラウマを払拭出来たことで、明日が明るいモノとなった。
電への歓迎会、そして駆逐艦の会も開かれたので、翌日からは電も明るい未来のために鍛えていくことになるでしょう。顔を合わせないようにとかは気にする必要はありません。
こうなると、次の問題になってくるのが、後始末の際に見た謎の艦影。