後始末屋の特異点   作:緋寺

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悪夢を覆し

 駆逐艦の会も就寝時間を迎えたことによって終了。うみどりのルールはちゃんと守らなくてはいけないため、各々が自分の部屋に戻っていく。

 

「あ、深雪ちゃん……」

 

 最後に深雪が出て行こうとした時、電に呼び止められた。その手には交換日記。駆逐艦の会が開かれるまでに、返事を書いていたらしい。

 

「もう、こうやって顔を合わせてお話が出来るようになったけれど、これはまだ続けていいですか……?」

 

 対面が難しいからという理由で始めた交換日記。こうして対面して普通に話せるようになった時点でお役御免になるのだが、電としてはまだ続けていきたいという。

 理由は簡単だった。電は周りに気を遣いすぎて悩みや本音が言えない。だが、この日記の中であれば全部出すことが出来る。深雪に対してならば、どんなことでも話せる。

 

「ああ、いいぜ。あたしならなんでも聞くからさ、好きに書いてくれればいいよ」

 

 深雪は勿論肯定。電の本心を受け止められるのは自分が一番だと自覚していた。むしろ、まずは自分が支えてやらなければという使命感まで芽生えている。

 

「ありがとう、なのです。今までより交換がゆっくりになるかもですけど」

「ああ、基本的には直接話せるしな。言いにくいこととかはこれを使うって方針でもいいぜ。それに、こうやって話してても交換日記くらいつけてもいいんだからさ」

 

 交換日記を手渡され、ニカッと笑って受け取る。これからも交換日記は続いていくだろう。思いの丈を他人に知られずに解き放つために。

 

「あ、そうそう。電、これは予想なんだけど、多分今から寝たら悪夢を見ると思う」

 

 今日一日だけでも、トラウマを抉られ続け、そしてどうにか乗り越えることが出来た。しかし、自分でわからずとも精神的なダメージは受けており、それは簡単には癒えない。

 そこですぐさま深雪がアドバイスする。

 

「あたしに当たるって思った時、思い切り()()()()()()()。それで沈まないから」

「抱きしめる、なのです?」

「ああ、昼にやったみたいにな」

 

 感極まって深雪に飛びついてしまった電。その時の状況をよくよく考えれば、まさにトラウマの再現とすら言える。深雪としては不意打ち。そして、電そのものがダイレクトに当たってきているのだ。

 それを真正面からだったとはいえ、しっかり受け止めてビクともしないことを見せつけた。そのおかげで電のトラウマは薄れたのだ。

 おそらく夢でも同じような状況に陥るだろう。悪天候かつ煙幕のせいで何も見えず、結果的に深雪と衝突した。それを艦娘として再現する夢を。電は一度その夢を見ているため、それを思い出してうっと少し嫌そうな顔をした。

 

 その解決法は、交換日記にも軽く書いていた。だが、それがあっても深雪の口からちゃんと伝える。

 

「あたしは沈んでも泳いで浮上してやるさ。夢の中で沈むだなんて間違ってるからな。だから電も、夢の中のあたしを抱きしめてやってくれ」

 

 それが最も優しい解決の仕方。体当たりなんて、艦じゃなく艦娘なのだから痛いに決まっているのだから、それを抑えるためにただ抱きしめる。ただそれだけでいいと、深雪は伝えた。

 深雪自身の口からそれを聞いたことで、電の頭の中では、()()()()()()()()()()()という事実がインプットされる。

 

「わかったのです。電も、悪い夢を乗り越えてみせるのです」

「ああ、むしろ悪いと思えないくらいにしてやろうぜ」

 

 力強くサムズアップ。深雪のポジティブさは、電にも伝染し、ニコッと笑って同じようにサムズアップを返した。

 

 

 

 

 案の定、その日は深雪も電も夢を見た。あの時の、()()()()()()()の夢。

 だが、もうそれを悪夢とは言わせない。最初から意気込んで迎えたそれは、トラウマを抉るピンチではなく、トラウマを乗り越えるチャンスとなる。

 

 深雪の夢は、身構える余裕すら与えられない。気付いた時には電が間近にいて、回避を考える暇もなく衝突し、当たりどころが悪くて艤装が機能を停止。そして、痛みと共に浮力を失い、海底に引き摺り込まれる。

 艦ならば抗う術が無い。為す術なくその運命を受け入れるしか無く、もがくことも出来ずにその命を終える。それが艦としての在り方。

 

 だが、今は艦ではない。艦娘なのだ。沈むことを運命として受け入れるだけだなんて、人間と同じ感情を手に入れた今ならば絶対にしない。無様でもいいから生きるためにもがく。それを恥とは思わない。

 それ以上に、深雪は思うところがある。自分が死にたくないというのもあるが、死ぬ以上に()()()()()()()()()()

 

「沈んで、堪るかぁ!」

 

 機能しなくなった艤装はその場で脱ぎ捨て、自らの手で水を掻く。このために水泳を学んだのだ。

 前回の夢では上手く行かなかったが、今回は上手く行かせる。それだけの意地と、信念がある。

 

「このまま沈んだら、()()()()()()()()!」

 

 もうこれ以上辛い思いをさせたくない。それが例え、自分の夢の中の電であっても。

 自分が沈んだことで苦しみ、今もそれに苛まれている。それを払拭するのは、深雪自身が沈まないこと、過去を覆すことが必要不可欠。自分のためにも、電のためにも、もがき苦しみながらでも違う結末に持っていく。

 

 その思いが、夢の中では叶う。沈むことなく浮上していく。海底に引き摺り込もうとする過去のしがらみを蹴散らし、明日を見据える強い意志を以て、海の上を目指した。

 

「電……っ」

 

 すると、深雪の思いを受け取るかのように電も手を伸ばしてくれた。今まで見てきた二度の夢の中では無かった電の行動。

 ここまでの共同生活、特に最後の駆逐艦の会まで含めた結果理解出来た電の性格が全て、夢の中でも反映されていた。これまでならば、怯えて後悔しかない表情だっただろう。だが、電も深雪とのトラウマを払拭したことで、精神的に強くなっている。深雪はそう確信していた。

 それが、夢の中の電にこの行動を取らせた。衝突したことを後悔する前に、衝突を回避するために手を伸ばす。その顔にはもう、驚愕も悔恨もない。必死に深雪を救うために行動を取る。

 

 そして、その手を取ることに成功した。

 

 

 

 

 電も同じ場面の夢を見ていた。自分が深雪に衝突してしまう夢。それがきっかけとなり、深雪を沈めてしまう夢。

 以前に見た夢では、深雪はどうしてという表情を電に向けて、何もすることなく死という運命を受け入れてしまっていた。

 

 だが、今は違う。深雪がどういう艦娘かを理解している。強くて、優しくて、いつも電のことを思ってくれている。ずっと笑っていて、ポジティブで、手を引っ張ってくれる。

 そんな深雪を夢の中でも沈めるだなんて、電はまっぴらごめんだった。何度も何度も、それが夢だとしても許せない。自分が許せない。

 

「深雪ちゃん……っ」

 

 過去でも、夢でも、ここでは衝突してしまっていた。だが、それは自分の思いでいくらでも覆せることを知った。深雪は覆そうとしている。ならば、電も覆す。

 

 寝る前に言われたことを思い出す。夢の中の深雪を抱きしめてやってくれと。ぶつかるのではなく、抱き着く。これだけで沈まなくなるはすだ。

 痛みはあっても壊れるほどじゃない。何より、沈むほどじゃない。それだけで、深雪は運命から解き放たれる。電の思いの力で、過去を覆すことが出来る。

 

「抱き締めるのですっ」

 

 ぶつかると思った時、艦の時は自分の身体は動かなかった。艦娘となってから見た夢でも、その運命を受け入れてしまっていたため、身体は動かなかった。だが、今ならば。前を向く覚悟が深雪のおかげで出来ている。ここでの最悪の結末を変えられる。

 

 思った時にはもう身体が動いていた。体当たりなんて不躾な行動ではなく、手を開いて包み込むようなタックル。

 結果として、昼に初めて対面した時に電が仕掛けてしまった飛びつきと同じ体勢になり、そのまま深雪に抱き着くことになる。

 

「あ、危なかったのです……っ」

 

 前までは、このまま深雪は沈んでいた。今は違う。電が抱きしめているその胸の中に、ビックリしたような表情で、しかし沈むことを回避出来たことを喜ぶような表情。

 

「深雪ちゃん、無事でよかったのです。電、電、これで過去を乗り越えることが出来ましたか……?」

 

 問うても反応はない。だが、深雪は間違いなくこの結末を悔んでいない。電が思う深雪の姿であっても、それは間違いなかった。

 夢の中の深雪は、ニッと笑って電の頭を撫でた。電はそれだけでも充分に満たされた。

 

 

 

 

 そして、朝。イリスによる総員起こしによって目を覚ます。あまりにも気持ちよく目覚めることが出来すぎて、ガバッと布団を捲る深雪。夢の中での行動が頭にこびりついている。上手くいった。上手くいった。その気持ちが荒ぶっている。

 

「電、電……っ」

 

 着替えることすら後回しにして、部屋を飛び出す。それと同時に、電も部屋から飛び出していた。電も総員起こしまでグッスリ眠っていたようだが、気持ち良い目覚めになっていたらしい。

 

「み、深雪ちゃん、電、電、出来たのです。夢の中でも、深雪ちゃんを沈めることが、無かったのです!」

「あたしもだよ! あたしも、夢の中で沈まなかった! 最後に電が手を取ってくれたんだ!」

 

 交換日記でお互いの本心を知り、直接対面してお互いの在り方を知った。それが正しく夢に反映され、トラウマを覆すことが出来た。

 それが同じ日、同じ時間に出来たことは、もう運命としか言いようが無かった。それもまた喜ばしいこと。

 

「あたし達は、過去を乗り越えることが出来たぞ! もう振り返る必要も無いんだ!」

「なのです! またあの夢を見ても、同じようにしたらいいだけなのです!」

 

 手を取り合って飛び跳ねるように喜ぶ二人。あまりに上手く行きすぎて逆に怖いくらいであった。

 

「もう過去に震えることなんて無いんだよ。今とこれからを見ていけばいいんだ」

「なのです。電もはっきりと理解出来たのです。もう電も振り返りません。深雪ちゃんと一緒に、明日に向かって歩くのです」

 

 トラウマを忘れるわけではない。それは乗り越えられるものであると理解し、もうあんなことにはならないと、それが身体に刻まれた。

 

 この二人に必要だったのは()()()()である。夢の中でもいいので、過去と同じことが起きても、それを覆すことが出来ることを知ることが重要だった。

 これさえ出来てしまえば、ポジティブが振り切れている深雪はさておき、ネガティブな電ですら前を向ける。『失敗しかしない』から『成功も出来る』となったことで、もう後ろを見る必要が無くなるのだから。

 

「これからもよろしくな、電。あたしがダメになりそうだったら、支えてくれよな」

「こちらこそよろしくなのです。電はダメになりやすそうなので……隣にいてほしいのです」

 

 改めて、二人は吹っ切れて友情を育んだ。まずはお互いの距離は一歩近付いた。念願の()()()()()という段階は、もう簡単に上がることが出来ていた。

 

 

 

 

 これならもう、電は部屋に篭るようなことはない。深雪も気を遣って行動する必要も無い。うみどりのいつもの日常に、電が組み込まれるだけとなった。

 




これで改めて、電をうみどりのメンバーとした平常運転に向かうことになります。しかし、考えなくてはならないことはまどまだあります。謎の艦影について。そして、電が知る必要がある世界の真実について。
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