工廠で特機と名付けられた深雪の忌雷の調査が進められている頃、うみどりに新たに所属することになった離叛組、近代化戦艦棲姫と埋護姉妹が、執務室で伊豆提督達と話をしていた。
「ここにはアナタ達のように改造された元人間の深海棲艦もいるから、安心して暮らしてちょうだいね」
味方であるならば、快く受け入れる。それがついさっきまで敵対していた存在であっても、今が良ければ過去など見ない。
緊急事態だったため、仲間となった直後から戦闘に参加してもらっていたが、疲労は無いかと尋ねてみれば、まだ問題ないと近代化戦艦棲姫は語る。ダメコンによって壁になっていたのに、非常にタフである。
埋護姉妹も消耗はあったがまだ大丈夫と会釈。特に冬姫はまだまだやれると強がりも言っていたくらいである。元気そうで何よりと伊豆提督は苦笑した。
「えぇと、便宜上、アナタ達は現在、その見た目から深海棲艦のコードネームで呼ばせてもらっているのだけれど、本名は勿論あるのよね?」
「ん、ああ、勿論。流石に名を捨てるようなことはしていないよ」
いくら高次の存在に改造されたからと言っても、名前すら思い出せなくされるなんてことはない。人としての自分は持ったまま、見た目を大きく変えられているだけ。
「というか、本来なら先に名乗らなくちゃね。アタシはこの後始末屋である海上清掃艦うみどりを束ねる提督、伊豆遥。気軽にハルカちゃんと呼んでちょうだい」
「私は秘書のイリス。生まれつき妖精さんの目を持っているわ。それ以外は一般人だから、よろしく」
2人に丁寧に挨拶されたため、これはこれはと頭を下げた後、まずは近代化戦艦棲姫から名乗る。
「
「はい、わかったわトラちゃん。貴女は特に酷い目に遭ってしまったようだけれど、大丈夫……とは言えないわよね」
「そう、だね、申し訳ない。さっきシャワーで……ね」
近代化戦艦棲姫──トラは、忌雷に寄生されたまま、グレカーレの『羅針盤』の拡張によって正気を取り戻している存在。グレカーレと同様に敏感肌であり、穢れを落とすためのシャワーでは、本人の言う通り、酷い目に遭っていた。グレカーレが付き添っていたものの、声が抑えられず立ってもいられないくらいに。
それを一緒に見ていた埋護姉妹も、一歩間違えれば自分達もこうなっていたのだと知って、ゾッとしつつも顔を赤くしていた。
続いて埋護姉妹。
「既に知ってらっしゃるとは思いますが、私達は実の姉妹になります。私は姉の
「そして私は妹のエレクトr痛ぁい!?」
「
「え、ええ、ひとまずアナタ達の力関係はよくわかったわ」
こちらは実の姉妹、舞亜と恵理。妹の方は自分のことを『エレクトラ』と名乗ろうとするちょっと
そういうところは評価出来ると舞亜は溜息を吐く。対する恵理は引っ叩かれた頭を押さえつつも、まだまだ前向きである。
「さて、アナタ達にはまず御礼を。戦闘中、こちらについてくれた上に、仲間達を助けてくれたのよね。ありがとう、本当に感謝してるわ」
「……罪滅ぼしのようなものだよ。これまで私はあちら側の考え方が正しいと思い込まされていた。だからここに襲撃を仕掛けたんだ」
トラが悲しそうに呟く。自分が正しいと思っていた世界が何もかも間違っており、いざそれに気付いた途端に
「私達は特異点に未然に防がれました。その恩は返さなくてはいけません」
「ああ、魔王だ魔王だと教えられていたが、話してみれば魔王だなんてとんでもない。我々と同じ、この世界を生きる者ではないか」
「言い方はアレですが、私も妹の意見に同意します。彼女は魔王でもなんでもない。敵である私達に手を差し伸べてくれたのですから」
埋護姉妹──居相姉妹も概ね同じ考え方。忌雷を使ってまで自分達の考え方が正しいのだと示そうとするのは間違っている。
「アナタ達には2つの選択肢があるわ。ただ、どちらにしてもここで少しの間暮らしてもらうことになるのは変わりないけれど」
「選択肢、ですか」
「ええ、1つは艤装を解体して、非戦闘員となってもらう。これは今うみどりで暮らしているアナタ達と同じような境遇の子達と同じになるわね」
スタッフとして手伝ってもらうことはあるかもしれないが、と謝られて、トラも居相姉妹も謝る必要なんてないと若干慌てる。ここの提督は上に立つ者ではあるが誰とも平等に接するため上下関係がまるでわからなくなると、内心驚いているくらい。
「ではもう1つと言うのは」
「艤装は解体せず、その力を貸してほしい。とはいえ、命懸けの戦いだもの。拒むのも間違いじゃないわ。むしろアタシは艤装解体の方を選んでほしいくらい」
戦う力を持ってはいるが、やはり命を懸けた戦場に身を委ねるのは恐ろしいモノ。艦娘達はそのために訓練もして心構えも持った上で今ここにいるが、ここにいる3人は素人もいいところ。トラは慢心せずに自らを鍛えるということをしていたが、居相姉妹は良くも悪くもまだ子供である。戦いから目を背けたくなったら、それを非難などせず、当然のこととして受け入れる。
幸いにも、同じようなことになっているカテゴリーYは沢山いるのだ。最初から艤装を持っていなかったというのもあるのだが、戦う力がないために、うみどりではスタッフとして手伝いを続けている者達が。
「……提督、いや、ハルカさん」
「及第点かしらね」
「私は戦場に立つことを選ばせてもらう。罪滅ぼしとも言ったが、私のこの力が仲間達のために役立つことは、先の戦闘でよくわかった。使わないと損……というのは不謹慎だが、私はここにいるみんなのために使いたい。ならば、勇気を持って前に進もう」
トラは戦場に立つことを決意する。齎された『ダメコン』の曲解は、襲撃などに使う力ではない、仲間を守るために使う力だと力説し、この力を間違いを正してくれた特異点、延いてはこのうみどりの仲間達のために使いたいと語る。
やはりカテゴリーYとなっても自分を鍛えていたトラはいろいろと違う。慢心などせず、しっかりと考えて進む道を決めた。
「姉上、我々も戦いに参加すべきではないだろうか」
「ちゃんとした理由があるなら。カッコいいからとか、そういうのではないですね?」
「正直それもよぎったけども……今の、えぇと、トラさんだったな、トラさんの言葉に感銘を受けたのだ。我々に与えられたこの力、仲間を守るための力だと思わないか」
居相姉妹の持つ『防空』の曲解、浮いているモノ全てを自動的に撃ち墜とすそれは、攻めより守りに特化した力と言えるだろう。うみどりを襲う空襲を、その手で全て守り切る。恵理はその道が今の自分が歩く道だと見定めていた。
前線に出ることはない。あくまでもうみどりを守るための戦力。絶対に傷を負わないとは言えないが、最前線と比べれば比較的命の危険は小さめと言えるそのポジションならば、素人同然の居相姉妹でもやっていけるだろう。
「だから私は、どうせなら持っている力を有意義に使いたい。ダメだろうか」
「……最終的な決定権は私じゃないです。でも、貴女にしてはちゃんとした言い分でした」
「私だってちゃんと考えることくらいする」
「直情的にカッコいいからと選ぶこともあるでしょうに。うみどりを守る私カッコいいと思わない自信ありますか?」
「無い! だが、それもまたモチベーションに繋がる。私は素直に、我々を救ってくれた特異点を守りたいと思っただけだよ、お姉ちゃん」
せっかく救われた命、本来ならもっと安全なところに身を置くべきなのだろう。だが、恩返しをしたいと心の底から思い、そしてそれが出来る力を今なら持っているのだから、その道を行きたいと語る。
恵理の熱弁に、舞亜もなるほどと頷き、改めて伊豆提督の方を向く。
「我々姉妹も、トラさんと同じ気持ちです。せっかく齎された力、仲間を守るために使えるのならば、それに使いたいと思います」
小さく微笑み、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「そう……一応もう一度聞いておくけれど、本当にいいのね?」
「ああ、このうみどりのために、この力を使ってほしい」
「はい、妹共々、よろしくお願いします」
「是非とも使ってくれ、ハルカちゃん」
決意は固いようである。勿論危険だと思えばすぐに戦いから下ろすが、ここまでやる気があるのならば、まずはやってもらう方がモチベーション的にもいい方向に進むだろう。
それでもし挫けたとしても、よくやったと褒めはしても、非難など誰もしない。
「わかったわ。それじゃあ、アナタ達はこの戦いが終わるまでの臨時戦力として扱わせてもらいます。艤装はちゃんと整備しておくから、普段はここでありのままに生活してちょうだい。艦娘と同じことが出来る権限も与えられるから、トレーニングとかも大丈夫よ」
「それはありがたい。この身体になったとしても、しっかり鍛えておかないといざという時に進めないだろうからね」
トレーニングと聞き、喜びを見せるのはトラである。
「その身体でトレーニングとか大丈夫なんですか?」
「ま、まぁ変な声を上げてしまうかもしれないが大丈夫だ。グレカーレにもさんざん言われたが、日常生活で慣れていくしかないからな」
舞亜に言われて恥ずかしげに語るトラ。だが、その心配は杞憂に終わる。
「ハルカ、工廠から連絡があったわ。深雪の忌雷の件」
「あら、何か進展があった?」
「ええ、しかもビッグニュースよ」
イリスもこれには笑顔になる。
「寄生している忌雷、深雪の忌雷で解除出来るそうよ」
それを聞いた途端、トラは椅子から激しく立ち上がった。そしてその時の肌の擦れで小さく吐息が漏れる。相変わらずの敏感肌だが、これには声を荒げてしまうのも無理はない。
たった数時間とはいえ、その体質で非常に苦労しているのだ。グレカーレのように既に何日も経っていることが無くても、取り除けるのならすぐにでも取り除きたいと思っていた矢先にこの報告なのだから、喜びを見せないわけがない。
「っふぉ! ほ、本当か!?」
「え、ええ、忌雷自身が出来ると言ったらしいから。正確には言ったじゃなくて身振り手振りで表現したみたいだけど」
「よ、よかった……。グレカーレに脅されていたんだ。夜寝る時に布団で擦れるだけでヤバいと。そもそもまともな服を着るのにも苦労するぞとな……」
心底安心したトラは、力が抜けるように椅子にまた腰掛け、そして肌が擦れたことで案の定声を上げた。
この体質は、グレカーレと比べても特に酷い。それが治療出来るだけでも充分すぎるだろう。
「やるなら近代化……トラを使いたいとあちらからのご指名よ。なんでも、忌雷が抜けると、それで手に入れた力ごと無くなるみたいだから。忌雷が無くても力を持っているなら、抜いても何も問題ないからね」
「ああ、私は寄生される前からあの力を持っていた。無くなったところで何も変わらないはずだ」
「なら、深雪が休息を終えたら早速やると伝えておくわ。流石に今すぐというわけにはいかないわ」
あの忌雷の本来の持ち主は深雪。そのため、深雪の管轄内でそれをやると工廠組からの指示。早く敏感肌を失いたいと思うが、こればっかりは仕方ないと、トラはそれでも良しとした。翌日になるかもしれないと言われても、それでいいと肯定しかしないくらいにテンションが上がっていた。
実際、その試験は翌朝に実施されることになる。深雪の消耗は激しく、ぐっすりと眠っていたのだから、無理矢理起こしてまで実施するようなことはない。
近代化戦艦棲姫こと寅子ちゃんは、苗字はティターン神族、名はアトラスから。いろんな立場的にアリかなと思える存在。
埋護姉妹こと舞亜と恵理は、プレイアデス姉妹の上2人、マイアとエーレクトラーから。別に7人姉妹ではありません。島に残り5人がいるというわけでもありませんのであしからず。