深夜に目を覚ました深雪達の調査を終えて少ししたところで、後始末終了の報せが入った。半分以上をこだかの面々が実施し、夜に入ってからはうみどりの面々も多少手伝いに入ったことで、すっかり綺麗な海へと戻った。
その後始末の手伝いと称して、どちらかといえば食欲で動いていたムーサに、伊豆提督は尋ねる。
「ムーサちゃん、一応聞いておきたいんだけれど」
「匂イハズットシテタケド、
ムーサが言うには、回収した敵残骸、特にまだ比較的カタチが残っていた船渠棲姫の亡骸から忌雷の匂いがしたそうだが、そこにそれそのものがあるようなことは無かったらしい。
寄生して間もなく始末されたからか、忌雷がしっかり馴染んでいなかったか、ムーサにはその匂いが手に取るようにわかったようだ。そういう意味でも、忌雷に対するキラー的存在である。
「流石ニ残骸ハ食ベナカッタカラ」
「そうしてくれてありがたいわ……」
「踊リ食イジャナイト食ベタ気シナイカラネ」
そういう問題じゃないと伊豆提督は苦笑。隣で溜息を吐く副官ル級。ムーサは2人のそんな表情を見たくらいで何か変わるわけでは無い。
「今ハモウ匂イモシナイヨ。全部後始末シチャッタ感ジカナ」
「ええ、アナタガそれを保証してくれるなら安心ね」
「次ハ何処カデ食ベラレルカナ」
出来れば食べないでほしいと言いたかったものの、ムーサのこの鼻は今後も役に立つことだろうから、時には食べてもらうことも視野に入れていた。
発見された忌雷を捕獲して深雪によって燻し、特機に変えていくことも考えた。だが、それの数が増えすぎるのも管理が難しくなる。そのため、また忌雷を見つけるようなことがあったら、基本は破壊。その手段にムーサの嗅覚と、トドメを刺す食欲を使う。
「そうだ、これだけは先に言わせてちょうだい」
「ンン?」
「深雪ちゃんが持ってる忌雷……特機と名付けられてるんだけど、アレだけは絶対に食べないでちょうだいね」
再三の忠告。後始末の作業に入る前にも話しているのだが、今や特機は仲間達のために必要な最重要の存在。1体でも失いたくないのに、その原因が
「ンー、ワカッタ」
「ごめんなさいね。その分、後始末の現場で見つかった忌雷の一部は食べてくれて構わないから」
「ホント!? 約束ダヨ!」
もうこれくらいして抑えつけておかないとムーサにもストレスになってしまいかねないと、伊豆提督は妥協することにした。
その忌雷について大きな進展がある翌朝。深雪達は深夜の調査の後、少し仮眠をしており、さらに万全の態勢でその時を迎える。トラのためには朝食よりも先にやるべきだとして、すぐに工廠に集まることになった。
既に夜のうちに深雪が燻した忌雷、特機により寄生を解決出来ると伝えられており、誰もが喜んだ。忌雷に対しては忌雷をぶつけるのが一番だったことは、擬似カテゴリーYとなった妙高達も納得し、自分達も元に戻れると知ったことで安堵の息を漏らしたほど。
確証はあるが初めての試験ということで、工廠にはその世紀の瞬間を見届けるために仲間達が集まっていた。衆人環視の中でその実験が行なわれるようなモノなので、準備していた明石達もこれには苦笑。
「……待ち侘びた」
眠れてはいるものの、朝起きた途端に敏感肌の洗礼を受けることになったトラは、寝起きだというのに既にグッタリしていた。
隣に立つグレカーレはそんなトラを見てニコニコしており、トラはグレカーレが平然としているのが信じられないといった様相。
「いやぁ昨日の夜は大変だったからねぇ」
「この身体は不便が過ぎる……。慣れろと言われても簡単に慣れられない」
「そこはまぁ? あたしが艦娘だから?」
ニコニコがニヤニヤに変わっているグラカーレに、トラは溜息しか出なかった。
「うし、あたしも準備してきたぜ」
そこにやってくる深雪は、既に深海棲艦の姿へと変化していた。その姿を初めて見る者もいるため、一瞬工廠が騒然とする。誰が来たのかと驚き、その姿からあの戦闘でまた深海棲艦が仲間に加わったのかと疑問に思い、しかしその面影を見てまさかと勘付く。
「うんうん、やっぱりイケメンだねぇミユキ」
「なんかやたら言われるな。あたしにゃ実感がねぇよ」
「自信持ってもいいよ。後からおっぱい揉ませて」
「アホか」
グレカーレが深雪の名を口にしたことで、騒然としていた場は余計に喧しくなる。特異点はそこまで出来るのかと。吹雪がそうであることを知る者もそこまで多いわけではないので、この反応は当然といえば当然だった。
しかし、今の姿の深雪は思った以上に好評だったりする。だからといって、ずっとその姿でいてくれみたいな艦娘の姿を否定するような言葉は誰の口からも出ない。深雪はやはり艦娘の姿が深雪だと誰もの中で成立している。
「待たせちまったか?」
「いや、構わないよ。待ち侘びはしたけど、君の都合だってある」
「そう言ってもらえるとありがてぇ。アンタから抜いた忌雷は、その場であたしが燻しちまうから安心してくれ」
現在3号までいる特機に4号が増えるということになる。特機達と仲間が増えることがほぼ確定していることに喜び、深雪の腕に絡みつきながらも触手を蠢かせて喜んだ。
この特機の姿には、少々複雑な思いが多い仲間達もいる。忌雷そのものにトラウマを持つ者もいれば、その形状が
そういう者達には当然無理強いなんてしない。深雪も今回は必要だから表に出してきたが、基本は服の何処かなどに隠して活用する予定である。
「やり方はコイツらがもう知ってる。みんなの前でやるってのは予想してなかったけど、まぁ身を任せてくれよな」
「ああ、今の状況は二の次だ。今の私の体質を改善してくれるなら」
「参ってんなぁ……気持ちはわかるけど」
トラがよろしく頼むと深雪に向かって胸を張るように立つ。忌雷が寄生のために入り込んだのは胸元。なら取り出すのもそこだろうと。
「ハルカちゃん、もうやっちまっていいかな」
「ええ、大丈夫よ。トラちゃん、申し訳ないけど、今回のこれは初めてのことだから、全部記録させてもらっているわ」
「それこそ構わないさ。これが今後の誰かのためになるかもしれないなら、是非使ってほしい」
さっぱりした性格のトラに、うみどりの面々は好感を持つ。元々敵だったが、本当に特異点が魔王なのかを考え、そこに出洲一派の仲間のことすら考えないやり方を見たことで、ここまでこちらのやり方に乗ってくれているというのは、これまで現れた敵にはなかった要素。説得が通じた数少ない例となる。
そうしてくれるなら救う価値がある。ここから突然裏切るようなこともない。艤装も持っていないのだからやりようもない。急に深雪に攻撃するようなことがあったとしても、深雪自身が対処も出来るだろう。
「それじゃあ、行くぜ?」
「ああ、来い……!」
深雪が手を伸ばすと、そこから1体の特機、一応リーダーのような存在である1号が動き出し、トラの胸の上に乗っかる。
その感触にトラがビクンと震える。敏感肌に加え、当時のトラウマも掘り返されているような嫌な感覚。しかし、これを耐えれば元に戻れるとわかっているのだから、身体は動かせど、払い除けるようなことはしない。
特機1号はその触手をトラの胸元に這わせると、おもむろに触手を突き刺す。しかしトラには痛みがなく、だからといって突然の過剰な快楽を与えてくるようなこともない。
これもまた忌雷の寄生とは違う。強引に自分の思いのままにしようとする悪意が感じられない、被験者に対して優しさもある慎重な手つきに、敏感肌はどうしても反応してしまうが、どうにか我慢する。
「探って、いるのか……?」
「じゃあないかな。あの量産空母の時は入った瞬間狙ったからわかりやすかったのかもしれないけど、アンタの場合は一晩経っちまってるから、そいつらにもわかりにくいんじゃないか?」
「かも、しれないな……っ」
そうこうしているうちに、モゾモゾと動く特機1号が何かを見つけ出したかのように震えた。そして、その瞬間にトラの反応も変わる。
「くぉ……っ!?」
「どうした?」
「何か、中から
その感覚は全身から胸の中心に向かって引っ張られるような突っ張るような不思議なモノ。全身に蔓延る根を、胸から引き抜こうとされていると、直感的に表現出来るようなモノ。
それもそのはず、特機1号が突き刺した触手が、トラの体内に蔓延る忌雷の存在を突き止めた途端、そこを中心に全てを集めているのだ。身体中に拡がったそれをまず元の忌雷に戻しているのだから、伸びた触手が引っ込んでいく感覚があってもおかしくはない。
「く、あっ……っ」
「痛くないか」
「痛みは、ない。それに、気持ちよくもないっ、ただただムズムズする! 抜かれているのが嫌でもわかる!」
「痛くないならいいや。我慢してくれ」
そして、特機1号の触手が外に向けて蠢き出す。忌雷の存在を掻き集め終わり、後は抜くだけとなったようである。
「っくぁ……!?」
「後少しだ。踏ん張ってくれ」
「勿論だとも……!」
そして、特機1号が触手を引き抜いたそこには、トラに寄生していた忌雷がそのままの姿で外に現れた。
「で、出た……っくふっ!?」
忌雷による寄生が失われたのだから、トラの姿は寄生前──
「はぁ……はぁ……も、元に戻った……!」
「っし、1号、そいつくれ。すぐに燻す」
抜き出した忌雷は、特機1号がすぐに深雪に渡す。すぐに白く染めることは出来ないが、しばらく掴んでおけばそこまで時間は必要なく特機へと生まれ変わることだろう。
それを遠目で見て涎を垂らしかけた姫がおり、その副官が肩を叩いて首を横に振っていたのが、数人の目に入っていたとか。
「体調は?」
「……ふむ、大丈夫だ。ゴワゴワした服なんて着ようものなら、少し動いただけで声が出てしまったモノだが、今は何もない」
「じゃあ敏感肌は治ったってことだな」
自分の身体を撫でても、声どころか息も詰まらないことを確認したトラは、自然と笑みが溢れていた。たった1日とはいえ、快楽に苦しめられるという、今後まず起き得ないような地獄から脱出出来たのだ。今後も一生続く可能性があったそれが無くなったのだから、喜びも大きいだろう。
「ありがとう、深雪。本当に、本当に助かった」
「どういたしまして、でいいのかな。やったのはそいつらだからさ」
「この忌雷……特機だったか、これを造り出したのは、他ならぬ君だろう。なら君に感謝をしなければいけないさ」
これまでよりも清々しい顔で、トラは手を差し出す。深雪は喜んでその手を握った。
忌雷に寄生された者を救うことが可能であることが証明され、ここからは敵の脅威も少しずつ解決が可能になっていく。
ようやく寄生対策が出来ましたが、寄生された時の思考変化だけは対策が取れないので、やはり寄生されないことが一番。それが出来れば苦労はしませんが。