深雪によって生まれ変わった忌雷、特機による治療は大成功。トラの体内に寄生していた忌雷は完全に取り除かれ、過剰すぎる敏感肌は解消。さらには、忌雷に底上げされていた能力も据え置きのままにするという想定以上の施術によって、即戦力としてうみどりの一員となった。
深雪に感謝の意を述べたトラは、ここに集まっていた仲間達に改めて頭を下げる。
「私は奴らから離叛し、特異点と共に戦うことにした。真に正しいモノが何かを、自らの身を以て知ることも出来た。信用出来ないかもしれないが、よろしく」
ついさっきまでの深雪とのやり取りなどを見ているのだから、これを否定するようなことは誰もしない。むしろ、すぐに仲間意識を持ってトラに言葉を返す。
その筆頭となったのは、同じ戦艦である長門。性格的にも相性が良さそうであり、早速前に出てトラに握手を求めた。
「共に戦おう。えぇと、君はなんと呼べば?」
「寅子だ。仲のいい者からはトラと呼ばれている」
「そうか、ならばトラ、これからよろしく」
「ああ、よろしく」
ガッチリと握手したことで、トラも長門が好相性の相手だと気付いた。艦娘となって、トレーニングを欠かさなかった者だとわかったからだ。
「この後時間があるなら、うみどりのトレーニングルームの使い方を教えよう」
「是非とも。やはり身体は鍛えておきたい」
「いい心がけだ。力を得たとて慢心など出来ないからな」
「ああ、本当に」
早速心通わせることが出来ているようで、ずっと見ていた伊豆提督はほっこりとしていた。
敵から味方になった者としても、今回は少々勝手が違う。何せ、自分で考えた結果、特異点につくとしただけであり、実際は敵側の思想に染まっていたところもある。
そんな相手でも、今はみんなと仲良くしていこうと歩き出した。改心させることが出来たのだと、改めて実感した。
ここからは特機の
しかし、その能力が能力であるため、仲間達であっても否定的な意見が出るであろうことは目に見えている。とはいえ話さないわけにはいかない。
「深雪ちゃんが戦場で燻すことで忌雷に対抗する力を持つことになったこの子達……特機と呼んでいるんだけれど、寄生した忌雷を今みたいに外す力以外にも、もう一つ持っていることがわかっているの」
淡々と話す伊豆提督の言葉を真剣に聞く艦娘達。寄生されたとしても解除出来るというだけでも非常に大きな進歩なのだが、それ以上に出来ることがあるとなれば何があるのかと。
だが伊豆提督の表情があまり明るくないところからして、その力は一種の
「特機は忌雷と同じように、仲間に寄生して強化することが出来る能力も据え置きなの」
騒然である。敵と同じ力が手に入ったと言っても過言ではないのだ。
そこから詳しい話もしていく。洗脳はなく、ただ身体を強化するのみ。改装扱いであるため、それまでに大怪我を負っていたとしても寄生された瞬間に全回復というとんでもないシステム。しかも、それが任意で解除も可能。強制的ではなく、あくまでも寄生される先の意思が尊重されることを特に強く説明をし、それでも伊豆提督ですらその力を使うことには抵抗があることを語る。
やることはあくまでも、敵と同じシステムの流用。それによって不幸になった者もこのうみどりには何人もいるのだから、抵抗があるのは当然のこと。特機に触れられるどころか、見ているのすら嫌悪感を持つ者だっているかもしれないのだ。
「安全だとは思うけれど、本当に安全かはやってみないとわからないというのが現状よ。だからアタシも、誰かにやってくれなんて頼めない。ただ……万が一の時に使えるかどうかを知っておきたいというのもある。特機達が命を救うきっかけになるかもしれないんだもの」
寄生か死か。そんなことを選ばなければならない時が来てしまったらどうするか。これはもう何とも言えない。忌雷に寄生されるなんて死んでも嫌だと思うかもしれない。
「だから、こういう力があるということだけは知っておいてほしい。もし、本当に緊急事態に陥った時、その力をアナタ達に使うことになるかもしれないということも」
伊豆提督もその説明は苦しそうだった。これを使う事態に陥らないことを祈ると。
「……あのさ、ちょっと質問」
そんな伊豆提督に質問したのは、忌雷に対して長く辛い思いをさせられているグレカーレ。
「どうぞ」
「特機だっけ? それに寄生されたら、何か力も手に入るのかな」
「それはおそらく。どうかしら主任」
今は伊豆提督の近くにホワイトボードと共に立っていた主任が、その質問に対して答える。原材料が妖精さんなだけあり、意思疎通してどう出来るかはちゃんと聞いている。
『てにはいる』
まずこの言葉。敵の忌雷と同様、特機に寄生されても何かしらの力が手に入る。しかしどんな力が手に入るかはわからない。
今でこそ癒しの力になっているものの、神威の『排煙』のように、抑え込まなければ敵味方関係なく毒ガスで死に至らしめる能力というのもあるのだ。迂闊に手に入れようとするのも憚られる。
「例えば、例えばだよ? あたしがその特機に寄生してもらったとするじゃん。そうした場合、あたしの『羅針盤』はどうなるのかな。というか、忌雷と特機って同居出来るの?」
これに対しては、主任は『やめたほうがいい』と回答。いくら特異点の煙に燻された忌雷であっても、体内に2つ同居させるのは負担が非常に大きい。最悪、身体がおかしくなり、戦いだからかまともに生活すら出来なくなるかもしれない。
そのため、主任はやるならこうした方がいいという案を出す。
『ぐれかーれのなかのきらいをとりだす』
『そのあとに、あらためてきせいさせる』
最も確実で、何も変わらない可能性も高い案。そして、グレカーレに齎された体質なども改善出来るモノ。
「もっかい寄生って……いやまぁ特機を使う時点で寄生はされるんだけどさ。あたし結構トラウマなんだよねアレ」
「グレカーレ、無理しなくてもいい。そういう力があるってことを知っときゃいいんだからな」
そんなグレカーレを、深雪が慰めるように頭を撫でた。深海棲艦の身体となっているため、身長差もそれなりに出来ているおかげで、撫でるのも容易。
「いや、ね。あたしさ、アイツらの忌雷が中に入ってるくらいなら、深雪の特機が中に入ってた方がいいって思ったんだよ。ほら、あたしの力がもし万が一無くなっちゃったら、また洗脳状態になっちゃうんでしょ? そんな不安も無くなるし。それに、敏感肌も無くなるとか最高すぎるもん」
「……そうだな。でも、外すだけでもいいんじゃないか?」
「それだと今持ってる力は無くなっちゃう。戦艦と同じくらいの力は、戦いだけじゃなくって後始末にも役に立つからさ、今の力を持ったまま、忌雷じゃなくて特機に寄生されてるなら、まだマシかなとは思って」
「んなこと出来るのか……?」
そんなグレカーレの言葉に主任はさらに言葉を書いていく。
『ぐれかーれのばあい』
「あたしの場合……何か違うのかな」
ここで特機の恐ろしい力がわかる。
『
「え、マジで……?」
主任が言うには、グレカーレは長くその身体で生活していたため、深海棲艦への変化のカタチの方向性が今の状態に定まってしまっているらしい。本来ならばまた別モノになりそうなのだが、グレカーレだけは例外。
これが1日2日の変化ならまた話が変わったのだが、既に数週間の時間を寄生され続けているのだ。ある意味、今の姿もグレカーレの一部として身体が認識してしまっている。
それを聞いたグレカーレは、決心した。
「よし、ハルカちゃん、その寄生の実験、あたしがやったげる。まぁあたしは例外なところも多いみたいだから、あたしだけだとデータは役に立たないかもしんないけどさ」
「……本当にいいの? 忌雷に対して一番トラウマが深いのはグレカーレちゃんじゃあ」
「そうかもしれないけど、さっき言ったじゃん。アイツらのが寄生してるより、ミユキのが寄生してた方がいいって。気分の問題なの。据え置きだって言うならそっちの方が断然いい。だから、さ」
グレカーレはこれでトラウマも乗り越えようとしていた。忌雷を見て怯えるようなことはしたくない。だから、今回のこれでいろいろ自分を変えたいと思っていた。
そんなグレカーレを見て、伊豆提督はまだ迷うものの、決意が固いことも見て取れたため、再三本当にいいのかと聞き続け、決心が変わらないかを確かめる。
「うん、やろう。いいよ、というかあたしもそろそろ布団で喘ぎたくない」
最後におちゃらける辺りがグレカーレである。しかし、この言葉はトラが深く頷いていた。寝る時が一番キツイと、最もよく知る仲間だからこその肯定。
「……わかったわ。ありがとうグレカーレちゃん、主任が言うには本当に全部大丈夫みたいだから安心してちょうだい」
「あいあい、ミユキの力も入ってるんだから大丈夫っしょ。あたしの願いは、『今のままみんなに迷惑をかける可能性を消すこと』だからね」
それは特異点が叶えることの出来る優しい願い。自分のためだけじゃなく、仲間のことも考えた願い。
深雪だけでなく、吹雪もそれには反応した。ならば叶う。特機もそれを叶えるための特異点の使者として、任せろとサムズアップするかのように触手を伸ばした。
その実験はそのまま工廠で、衆人環視の中で行なわれる。恥ずかしい思いをするかもしれないと念を押されたが、今の自分に恥ずかしいところなんてないとグレカーレはにこやかにここでの実験を希望。変化の状況を仲間達にも知ってもらう必要があるのだから、都合がいいでしょとも。
「……よし、じゃあグレカーレ、やるぞ。お前にはさっきトラから抜き出したコイツ……5号に寄生されてもらう」
先程の忌雷は燻されたことで無事特機5号として生まれ変わっている。本来なら4号なのだが、その数字が丁型海防艦と被ることから、紛らわしくないようにと4号は欠番となった。
「よーし、ばっちこーい!」
「お前の明るさにゃ救われるよ全く。じゃあ、まずはお前の中の忌雷を抜いていく」
寄生することになった5号がグレカーレの身体に乗っかると、胸元に触手を突き刺す。これもまたグレカーレのトラウマを刺激するのだが、落ち着けるようにと電が手を繋いでいた。
そして、触手がグレカーレの体内をまさぐる。長く長く寄生され続けていたため、一箇所に集めるのにもどうしても時間がかかった。トラの時の数倍。それだけでも、グレカーレは顔を顰める。
「痛くはないけど、すっごいムズムズする。トラが言ってた意味がよくわかるよ」
「グレカーレちゃん、強く握ってもいいのですよ」
「ありがとイナヅマ、でも大丈夫。くすぐったいくらいだから、これくらいで落ち着けるよ」
ニッと笑うグレカーレに、その強さがわかる。心配をかけないように気丈に振る舞うのはいつものこと。こういう時すらも気を遣う。
「っううっ、なんか引き抜かれるような感覚になってきた……!」
「時間はかかったけど、お前の中の忌雷が集まったみたいだ。我慢しろよ!」
「おっけー、大丈夫、一気にやっちゃって!」
特機5号がゆっくりと、しかし確実にグレカーレの体内から忌雷を引き抜いていき、そして──
「出た……!」
「抜け出た……んひっ!?」
忌雷が完全に外に出た瞬間、グレカーレの姿が艦娘のモノへと変化していく。何処か懐かしくも感じる、ブロンドの髪と褐色の肌。寄生された痕跡が全て失われた、艦娘グレカーレの姿が戻ってきたのだ。
しかし、話はまだ終わらない。感傷に耽っている暇などない。
「っはぁっ、ミユキ、そのままお願い」
「……ああ、5号、お前がグレカーレを支えてやってくれ」
引き抜いた忌雷を深雪に渡した特機5号は、頷くように身体を蠢かせると、そのままグレカーレの胸元へと飛び込んだ。
「っあ……っ」
その感覚は、忌雷の時のような暴力的な快楽ではない。特異点の優しさも感じる、温かな心地よさ。
「痛くもないし、嫌な気持ちよさもない、なんだか、凄く……落ち着く感じ……」
「そういうところまでアイツらと一緒じゃなくてよかったな。でも、最後まで気は抜くなよ」
「わかってる……んくっ!?」
それでもどうしても身体中に特機が伸びていく感覚は普段考えられないようなモノになり、グレカーレは嫌でも反応を見せてしまう。
「はぁっ、はぁ、結構これ、すごい……ミユキ、あたし変わるよ、嫌な感じはしない、受け入れてるからかな、すっごく、すっごく嬉しい……っ」
「はは、お前が言うと何処かいかがわしいのはなんでだろうな」
「失礼な! 素直な感想を言ってるだけ……っはぁあっ!?」
変化が最高潮に達し、グレカーレはビクンと震えた。途端に身体は白い靄に包まれる。忌雷の変化と近いが、靄の色は特異点の白。故に、その変化は特異点の力であることが見てわかる。
「お、おおっ、なんだか前より力が湧き上がる感じがするぅっ!」
そして靄が晴れると、そこには新たな姿となったグレカーレがいた。
優しい願いを叶えたからか、グレカーレの髪色も肌色も艦娘の時から据え置き。しかし、瞳は青く輝くように変化し、深海棲艦の要素も持っていることを証明している。それこそ、カテゴリーWのような複合カテゴリーのようになっていることだろう。
そして寄生に伴う新たな衣装は、忌雷時代から据え置きとすら感じる、スタイルを見せつけるようなピッタリと張り付くもの。外南洋駆逐棲姫の要素を入れられていた時は胸に張り付くセーラー服とスパッツを身につけさせられていたが、今回は近代化戦艦棲姫を変えた忌雷だったからか、もしくは
「ふひぃ……なんだかまた違う感じになっちゃったねぇ。でも、肌は敏感じゃない。それに……はは、見た目だけならほとんど艦娘だ。あたしの色はやっぱりこうでなくちゃ」
自分の手を見て肌の色を実感。そして髪を見て元に戻ったことを理解。
「ありがとね、深雪。これならあたし、やってけるよ」
「……ああ、こう言っていいのかはわからねぇけど……おかえりグレカーレ」
「うん、ただいま!」
深海棲艦のグレカーレは去り、艦娘のグレカーレが舞い戻る。それは、誰よりもグレカーレ自身がずっと望んでいたこと。
その願いは、最高のカタチで叶えられた。
衣装は多分グレカーレが希望したからあのカタチになってる。