特機の性能が無事わかり、戦術に組み込むわけではないが、緊急手段としては非常に有用であることが、数人の被験者──無論自らやってみようと手を挙げた者達によって証明された。
今でこそ、グレカーレに常駐している5号以外は全て深雪の管轄となっているが、緊急時には部隊の隊長辺りに譲渡され、最悪の場合それを使うことになる。
「ホント、お前らとんでもないな」
うみどりの面々は、実験も済ましたことで一旦フリーとなる。こだかの行なった後始末の清浄化率の維持を見届けるため、この1日を特異点Wで待機することになっているからだ。
こんなカタチの、通常業務での自由時間も少し久しぶりに思えてしまうくらい。こんな時だからこそしっかりと心身ともに休んでおくべき。
そんなお休み中の深雪は、自分の手元に戻ってきた特機達を眺めて苦笑する。今は艦娘の姿に戻っており、体力を使わずにゆっくりする時間。心を休ませて次に挑むための充電期間。そのため、屯しているのも食堂である。セレス特製の甘味に舌鼓を打ち、充足感で心を癒していた。
「ソノ子達ハ何カ食ベラレルノカシラ」
特機は兵器とはいえ口を持つ生物。モノを食べたり飲んだりも出来るかもしれないと、セレスはまず皿にミルクを注いで出してみた。また、特機の大きさを考慮して金平糖のような小さな食べやすいモノも。
すると、特機達は舌を伸ばしてミルクを舐め取ったり、金平糖を触手で器用に掴むと、1粒を頬張り美味しそうに噛んでいた。
「お、食った食った。ちゃんと食うんだな」
「兵器って感じがしないのです。この子達も、ちゃんと生きているのですね」
「だな。じゃあ、これからはこいつらにもちゃんと飯をやらないとな」
まるでペットみたいな扱い。セレスも特機がより美味しく食べられるモノが無いかと模索していくだろう。食の探究者は、あらゆる生物に対して極上の味を提供することを惜しまない。それが謎の生体兵器であっても。
「あたしも感謝してるよー。5号にも何か食べさせてあげた方がいいかな」
グレカーレもトラウマを払拭したかのように特機達を眺め、時々その身体を指でつついたりしていた。
自分の身体にコレが入っており、そのおかげで深雪達との繋がりが深まっていると思うと、元がどうであれ悪い気持ちではない。そもそも、身体を悪意に塗れさせていた忌雷も無くしてくれたのだから、感謝の思いまである。
「出来るのか?」
「うん、多分出来るよ。出し入れ自由なんでしょ? だから、例えばさ」
徐に手のひらをテーブルの上に乗せる。そして、5号に向けてちょっと顔を出してみなと願った。
すると、手のひらが少し膨らむように蠢いて、特機の身体がにょっきり生えてくる。グレカーレに呼ばれたことを喜んだか、歯をカチカチ鳴らしながら舌を出した。
「わ、ホントに出来た」
「半信半疑だったのかよ」
「そりゃあね。今はある意味一心同体だけど、頭の中まで同化してるわけじゃないんだから」
そのグレカーレの手のひらに現れた5号は、他の特機達が食べている金平糖を見ると、舌を伸ばして1つ食べてしまった。ガリガリと噛む音が聞こえるが、グレカーレには何の影響も無いらしい。味を感じるとか腹が膨らむとか、そういうこともないようである。
「こういうこと出来るなら、今後も少しは何か食べさせたげようかな」
「そりゃいい。せっかくコイツらすら救えたんだ。ここで有意義に暮らしてもらっていいからな」
「なのです。ちょっと予想外でしたけど、あんな悪いことばかりやらされてるより、こっちな方がいいのです」
可愛げすら見えてきたため、電も軽く指でつついたりして戯れているくらいであった。
とはいえ、忌雷にトラウマを持つ者がいるのもまた事実。今でこそ食堂にはあまり人がいないため、こうやってテーブルの上に乗っかってもらっているが、本来ならあまり姿が見えないところに潜んでもらうつもりである。艦娘姿である場合はセーラー服の襟の内側、深海棲艦姿である場合はジャケットの内側というように。
「こいつらももう仲間だけど、受け入れられないってのはわかる。それでも、壊そうとしてくれないだけありがたいよ」
「この子達のおかげで寄生も無くせそうですもんね」
「ああ、妙高さん達の中の忌雷も、多分取れるんじゃないかな」
擬似カテゴリーWとなり、人間を辞める羽目になった妙高達にも、この特機達によって希望が見えている。治す手段が見つかったと言ってもいい。
その妙高達は、一度伊豆提督に召集されていた。集められた者達が
「もう察していると思うけれど、アナタ達の身体を元に戻す手段が見つかったわ」
「深雪さんの特機……ですね?」
「ええ、あの子達の忌雷を取り除く技術は、おそらくアナタ達にも使える。トラちゃんやグレカーレちゃんの施術はアナタ達も見ていたわよね?」
忌雷にはトラウマがあるが、それを取り除く方法を見せてもらえるのならば、自分にも使えるかもしれないと4人が4人全員最前列で見ていた。そのため、この質問には全員が頷くことで答えとした。
その結果は既に語られた通り。トラは忌雷に寄生される前の姿を取り戻し、グレカーレに至っては再寄生を受けることで新たな擬似カテゴリーWへと変化している。
この後者が特に重要で、今のグレカーレは妙高達とほぼ同じ状態であるということ。グレカーレ自身が体内の特機をコントロール出来るのだから、何かを弄れば同じことも出来るはず。
「アレと同じように出来るのなら、アナタ達のそれも外に出すことが出来る。ただし」
「今持っている力は、全て失われる、ですね?」
「ええ、その通り」
妙高は『ジャミング』、梅は『解体』、秋月は『連射』、神威は『排煙』。それぞれ忌雷の寄生によって齎され、挟んでひっくり返されることで今の身体となっても、忌雷が内在していることは変わらないために能力も据え置き。
グレカーレの時もそうだったが、この能力は『忌雷に寄生されていることで発生している』という認識。そしてそれは一つも間違っていない事実。体内から忌雷が失われれば、能力も同時に失われる。それは当たり前のことである。
「その力はこの前の戦いでもとても有用だった。でも、それがアナタ達の心に影を落としているのも理解しているつもり。好きで手に入れたわけじゃあ無いんだもの。それに、
実際、妙高は敵に対してだがそう語っている。仲間達を守るのに非常に有用ではあるのだが、この力自体は大嫌いであると。
「だから、アタシはまずアナタ達とこうして話をしているの。最終的にはアナタ達の意思を尊重する。これからされることだって嫌だと思うかもしれないんだから」
ここで提案されるのは、朝に行なわれた実験の延長線。4人の体内から忌雷を引きずり出せるかの確認と、その後の処置である。
まず第一に、忌雷が取り出せるか。特機の力を以てしても、4人の忌雷が取り除けないというのなら、その時点で諦めるしかない。だが、これは無いとほぼ確信している。挟んでひっくり返されて忌雷が強く馴染んでしまっているとしても、長く寄生され続けてきたグレカーレのそれすら取り除けたのだから、それ以上に時間がかかるかもしれないが不可能ではないはず。
次、取り除けるとわかったとして、取り除くかどうか。大嫌いであっても能力は非常に有用。4人とも何かと役に立つ場面が存在しているため、戦術的には手放すのは惜しいモノである。これは伊豆提督も内心思っているが、それ以上に4人の心の方が大切だから、失われても何も問題ないと考えている。
そして最後、取り除いて人間に戻れたとして、その力をもう一度使うために再寄生されるかどうか。これは特に各々の意思に託されている。伊豆提督は再寄生しろとは絶対に言わない。むしろやめておいた方がいいのではとも思っている。
「調査にも処置にも、何かにつけてあの子達の姿を目の前で見なくちゃいけないわ。アナタ達には特に強く苦しい記憶になっている忌雷の姿を。だから、前以てアナタ達に確認しているわ」
そう言われて、4人ともすぐに答えが出せない。妙高ですら、どれが最善手かが簡単に判断出来なかった。
先の戦闘でジャミングが新量産空母棲姫を討ち倒すための中心となったのは、妙高自身もよく理解していた。ジャミングが無ければあそこまでうまく事が運ぶことと無かったのだと。
しかし、再三言っているように、妙高はこの能力が大嫌いである。嫌な記憶を思い出させるモノ、強制とはいえ艦隊を裏切った象徴とも言える力。手放せるものなら手放したいというのが本心。
「……はい、神威の意見、よろしいですか」
考えているうちに、まず答えを出した神威が挙手。
「私は、グレカーレさんのような再寄生を望みます」
「何故?」
「人間に戻れることが証明出来れば、まず1つ安心出来ます。その上で、今の力は今まで以上に皆さんのお役に立てるモノでもあります。今は癒やさなければならない方も沢山いますから、私の『排煙』は、心の補給ですので」
こう話しているものの、どちらかといえば前者が神威にとっては大切なこと。人間に戻れる。これが証明出来ることで、神威にとってネックになっていること──娘のために暴走しかねない父の件が解決出来る。
「そういう意味では、梅も神威さんと同じです。『解体』は後始末屋のお仕事にすごく使える力ですから、無いよりあった方がいいです。でも、戻れるという事実は知っておきたいです」
梅も家庭問題があるため、戻れることを確定させることを優先していた。いつでも人間に戻れるとわかれば、あれだけ怒りを露わにした父も安心してくれるだろうと。
自分のことより、家族のことを思った結果がこの選択。とはいえ、今こうしている時も不便ではないので、嫌いな力は使わなければいいだけ。むしろグレカーレのように、無理矢理入れられた敵性の力より、改めて入った特異点の力の方がマシ。気分の問題ではあるが、その気分でモチベーションが変わるのだから必要なこと。
「……私はまだ考えさせてください」
秋月はどうしても答えが出せない。この力の有用性は先の戦いで嫌というほど理解している。秋月の『連射』が無ければ、敵空母隊の空襲を食い止めることが出来なかったと言っても過言ではない。しかし、この力が嫌いであることは妙高と同じだった。手放すことに躊躇はない。しかし、今手放したら今後の戦いがどうなるかわからない。
だからといって、再寄生というのも考えてしまう。特機が深雪のいうことを完全に聞く良質な存在だとしても、見た目は完全に忌雷なのだ。それにまた身体を弄られるというのは、どうしても気が引けてしまう。そのため答えが出せない。
「すみませんが、私もまだ答えは出せません。なので、お二人は先に処置をしていただければと」
妙高も秋月と同じ。再寄生がどうしても引っかかってしまう。嫌いでも有用な力は利用する、軍師として割り切っている考え方は持っているが、それを得る手段には抵抗があった。
ならば、この戦いが終わるまでは一度も人間に戻る必要はないのではと感じる。むしろ、神威と梅が人間に戻れる証明をしてくれれば、安心して戦うことも出来る。
「わかったわ。アタシは無理をしろとは言わない。命令も何もしないから安心して。みんながわかってくれるから」
「すみません、ご配慮ありがとうございます」
深々と頭を下げる妙高に、伊豆提督も複雑な表情を浮かべた。
この後、神威と梅は再寄生の処置を受けることになる。まずは取り外せるかどうかなのだが。
待っている家族がいるか否かで選択が二分しました