後始末屋の特異点   作:緋寺

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大本営の頭

 深雪と電が悪夢を乗り越えることが出来たことで、うみどりの雰囲気はとても良くなっていた。今までが悪いというわけでは無かったのだが、やはりどうしても気を遣うところがあったため、それが無くなったことで全員が()()()()()()()動けるようになっていた。

 朝食の時から電の表情もかなり明るく、昨日までとは雲泥の差と言えるほど。深雪と共に食堂にやってきたというのも大きく、歓迎会や駆逐艦の会まで開くことが出来たとはいえ、これには流石に驚いていたものである。

 

「今日は後始末の後に清浄化率の定着を確認しなくちゃいけないから、ここに停泊することになっているの。だから、丸一日は自由時間よ」

「そうなのですね。何か制限とかあったりするのですか?」

「大きな決まりは無いけれど、海に出るのは控えてもらいたいかしら。せっかく下げた清浄化率が上がっちゃうかもしれないから。だから、何かするなら艦内でお願いね」

 

 電が伊豆提督に話を聞いている間も、その傍には深雪がついていた。その方が落ち着いて聞けるというのと、深雪ももう一度話を聞いておこうと考えたから。

 電からしたら先輩に当たるが、深雪だって後始末に参加したのは2回目。中級者になろうとしているだけで、まだまだ初心者の域は抜け出せていない。何度か話は聞いておいて損は無いのだ。

 

「海上歩行とスタミナはやってるからさ、今日は筋トレでいいんじゃないかなってあたしは思ってんだけど、どうかな」

「電はそれでもいいのです。全部を鍛えなくちゃいけないなら、一通りこなした後に選ぶ方がいいかなって」

「そうね。まずは全部を知った方がいいと思うわ。電ちゃん、深雪ちゃんと一緒に鍛える方針で良かったかしら」

「はい、それでお願いするのです。教えてもらいながらやっていければって、思うのです」

 

 深雪と共に活動していても、もうトラウマのことなんて気にしていないような表情。何かあったのかと尋ねて、悪夢を覆したのだと聞いたことで、伊豆提督はそれはもう驚いた。

 深雪はそれなりの時間をうみどりで生活しているが、電はまだ生まれてから片手で数えられるくらいしか時間が経っていない。それなのに、深雪と同等にトラウマを克服しているのだ。しかも、明晰夢を使ってである。

 

 純粋な艦娘というのはみんなこうなのかと内心思ってしまっていた。顔には全く出していないが。

 

「筋トレをするなら長門ちゃんね。それじゃあ、まず無いとは思うけど、無理はしないようにね」

「ああ、勿論だぜ。電も追いつきたいからって無理すんなよ」

「が、頑張るのですっ」

 

 長門監修の筋トレならば信頼度が高いと、深雪と電を送り出す伊豆提督。和やかな雰囲気に、にこやかな表情。昨日まで顔を合わせるのが辛いと交換日記をしていた間柄とは思えないくらいの距離感。

 

「すごいわねぇ、あの仲の良さ。深雪ちゃんの人柄が、電ちゃんを引っ張り上げたのかしらね」

 

 父性か母性かはさておき、子供の成長を見たような感覚。心地よい感覚に、伊豆提督はクスリと笑みを浮かべた。

 

 しかし、二人が完全に部屋から出たことを見届けると、途端に真剣な表情に。既に書類仕事を始めていたイリスは、伊豆提督のそれに気付いたか、落ち着けるようにお茶を淹れ始めた。

 仕事モードと言ってもいい状態であるため、最高の効率を出せるように、イリスがしっかりと尽くす。

 

「まずはここの後始末の結果から報告書を出すわよ。()()()()も包み隠さず書くしかないと思うけど」

「そうね。見つけたのは結局神威だけなのかしら」

「ええ、あの後加賀ちゃん達も哨戒機を飛ばし続けてくれたみたいだけど、結局見つからなかったみたいね。駆逐艦だからやたら速いというのはわかるけれど」

 

 話題は電の件から変化。後始末中に神威の哨戒機が見つけたという謎の艦影のことへ。

 

 後始末の際に何者かの干渉を受けるということは、これまでに無かったわけではない。しかしそれは、突如現れたドロップ艦や迷い込んできたはぐれ深海棲艦との戦いであり、()()()()()()()()()()()()()なんて取られたことがなかった。

 後始末屋が作業している海域は、余程のことが無い限り他の鎮守府が介入することも無い。何かあればまずうみどりに連絡することになっている。それすらも無かったのだから、アレは謎の艦影としか形容しようが無い。

 

「電ちゃんの進展も込みにして、一度連絡しちゃいましょうか。書類にする前に話をしておいた方がいいかもしれないわ」

「そうね。昨日のうちに報告はしているけど、改めてちゃんと話した方がいいかもしれないわ」

 

 今回の件はうみどりだけで終わらせていいような話ではない。そこで現れた謎の艦影が敵性生命体だった場合は、他の鎮守府、延いては世界の存亡に関わる可能性があるのだ。大本営の方と直接話した方が早い。

 

「こういう時に自分の立ち位置がうまく使えるわ。職権濫用しているみたいで心苦しいけど」

「それくらいはしてくれないと割に合わないでしょう。こちらは世界中の海を動き回って片付けをしてるんだもの」

「まぁ優遇してもらえているというのはありがたいことではあるわね」

 

 幸いにも、うみどりは大本営と直接連絡が出来るくらいの立場を確保している。戦場の後始末という、好んでやろうとする者がなかなか出てこない仕事を受け持っているのだから、大本営のトップ、つまりは元帥が優遇するべきと判断している。そして、それに対して大本営に所属する者達は誰も反対意見を出さなかった。

 結果的に、伊豆提督の立ち位置はかなり上。ある意味、大本営直属の部隊として認識され、他の鎮守府からも一目置かれていたりする。故に、作業の現場に来るなと言えば、どの鎮守府もそれに従って邪魔をすることはない。むしろ邪魔をしたら軍法会議にかけられるくらいになっているほどだ。

 

 苦笑しながらパソコンをカタカタと操作し、大本営への直通の通信手段を確立。許可を貰った後、そのまま通話を始める。

 ここでの通話は当たり前のようにビデオ通話。お互いの顔を見ながらの遠距離対話だ。

 

「伊豆です、元帥閣下。先程の件、直接話した方がいいかと思い」

『そんな格式張った話し方じゃなくてもいいんじゃよ、伊豆君。いや、ハルカちゃんと呼んだ方がいいかね?』

 

 とんでもなく軽い話し方で通話に出た相手は、この世界の海を守るために結成された海軍、その大本営を統括するトップ中のトップ、瀬石(セイシ) 幸輝(ユキテル)元帥である。

 大本営の意志とも言える存在であり、海軍の最終決定は瀬石元帥がし、その決定には誰も逆らえないという大物。伊豆提督はそんな人物と直通のホットラインを持っている。

 

「それじゃあお言葉に甘えて。昨日も報告させてもらった件なんですけども、結局何もわからず、ですね」

『後始末を監視する謎の艦影じゃったか。うみどりの索敵範囲から外れた場所から、その活動を見ていたという』

「はい。神威が発見後、哨戒機を集中させて捜索しましたが、何処にもいませんでした」

 

 伊豆提督の話を聞き、ふぅむとたっぷり蓄えた髭を撫でながら考える瀬石元帥。

 

 艦載機による捜索を掻い潜れるということは、余程速いか、海の真ん中でも隠れることが出来る技術、もしくは隠れ家があるということ。

 最後のは海の真ん中であり、かつ離島すらも無いような場所であるため、まずあり得ない。海中と言われればそれまでだが、海上艦がそのまま潜り続けるというのは深海棲艦でない限りは不可能と言ってもいい。隠れる技術としても、真上からの妖精さんの目を欺くことは出来ないだろう。

 そうなると、その艦娘は普通では考えられないスピードでそこを駆け抜けたということになる。元人間の艦娘では無理な速度というのなら、純粋な艦娘──ドロップ艦である可能性が高いか。

 

『ドロップ艦にしては速すぎるのう。そうなるとスピード自慢の艦娘、それをさらに強化したようなモノか』

「だとしたら、何者かがドロップ艦を強化している?」

『聞いた限りで儂が思い付いたのは3つじゃな』

 

 瀬石元帥が思い付いたのは3つ。

 

 1つ目。そもそも高スペックなドロップ艦が、何者かに改造を受けてより強力になっている。代わりに、()()()()()()()()()

 2つ目。本来の実力から大きく強化改造された元人間の艦娘(カテゴリーC)が、大本営とは秘密裏に行動している。

 3つ目。まったく未知の勢力がいる。それこそ、知性を持った深海棲艦が監視しており、危険を察知して逃げた。

 

 どれが正解だとしても厄介極まりないことである。1つ目だった場合は、ドロップ艦(カテゴリーM)を束ねる者がいて、人類に反旗を翻すタイミングを見計らっているということ。2つ目だった場合は、大本営が把握出来ていないところで好き勝手やっている鎮守府があることに繋がる。3つ目だった場合は、2つ以上に大惨事である。

 

「どれも嫌な選択肢ねぇ……」

『儂もそんなこと思いたくは無かったわい。じゃが、状況証拠から言ったらそれくらいしか思い浮かばんじゃろ』

「未知の勢力というのは、流石に範囲が広すぎていくらでも考えられますからね」

 

 ただ、それがどれであっても、調査は絶対にしなくてはならない。野放しにしておくわけにはいかない。もしそれが()()()()()()だったとしても、素性は詳細に知っておく必要があるのだ。

 害がないのなら害がないで、それを知っておかなければ攻撃してしまう。害があるなら尚更知っておかないと対処が出来ない。見つけた時点で調査隊を派遣するなりしなければ、後の祭りになりかねない。

 

『それに関しては、こちらで調査隊を派遣しておく。そちらには後始末の依頼が行くだろうから、それに専念してもらいたいからのう』

「了解です。謎の艦影の調査については、そちらにお任せします。何かあれば、うみどりに立ち寄ってくれれば」

『うむ。そうしておこうかの。ところで』

 

 謎の艦影についてはここで終わりということで、瀬石提督の表情がガラリと変わった。まるで孫を見たがるお爺ちゃんのような穏やかな表情。

 

『カテゴリーWが二人になったと聞いておるが、首尾はどうなんじゃ?』

 

 瀬石元帥としてはここが気になっているところのようである。ドロップ艦であっても人類の味方をしてくれる貴重な存在。そしてそれが駆逐艦だというのなら、()()()()()()というのが父性みたいなもの。

 

「お互いにトラウマを乗り越えて、良い仲になっていますよ。正直、驚くべき早さでしたがね」

『そうかそうか、それは良いことじゃな。仲良きことは美しきかな、じゃよ』

「ですね。急に距離が近付いたから驚きましたけどね」

 

 瀬石元帥は、その二人が仲良くなることはとても良いことだとしている。今のところこの世界に二人しかいないカテゴリーWなのだから、仲違いしているのはいいことではない。せっかくなのだから、仲良くしてほしい。その方が、この世界で楽しく生きていけるだろう。

 せっかく呪いにかかっていない状態で生まれてくれたのだ。少しでも世界の美しさを知ってもらいたい。それをするのなら、うみどりで共生することが最も適しているのではと瀬石元帥は考えていた。

 未だに電には世界の真実が話せていない状態ではあるのだが、それも段階を踏んで伝えていくつもりである。勿論、呪いのことも。

 

『時間はかけてもいい。彼女らには優しく過ごしてもらいたいと思っておる。任せてもいいかね』

「はい、大丈夫です。アタシも深雪ちゃんと電ちゃんには、この世界を楽しんでもらいたいですから。辛いところもあるけれど、二人で支え合えればきっとうまくいきます」

『うむ。また何かあったら儂に言ってくれればいい』

 

 

 

 

 瀬石元帥は、うみどりに親身になってくれている。海軍の中で最も大変で、最も力を入れなくてはいけない仕事をしているのだ。大本営からしてみても、うみどりの面々には感謝しかないようである。

 




大本営を統括する者、瀬石元帥閣下。ハルカちゃんとの対応を見る限り、人間が出来ている善人の様子。話し方からわかるように、もっさりお髭を蓄えたお爺ちゃんです。


ここいらでネーミング規則を展開します。
今回の人間の名前の規則は、オリュンポス十二神です。苗字が古代ギリシャ語読みの一部、名前はローマ神話に対応する名前からの捻りです。

伊豆→ヘパ()()トス 遥→バルカン
保前→()()イドン 捻太→ネプチューン(ネンフトと読んで)
瀬石→()()() 幸輝→ユーピテル
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