神威を使った擬似カテゴリーWの治療は、大成功に終わった。寄生していた忌雷は、深雪と電の『挟んでひっくり返す』ことによって体内で既に特機へと変化しており、意思を持っていなかったところを1号によって干渉、目覚めさせることで、自由に出し入れ出来るようにまで持っていったのだ。
これによって神威は、今でこそ再寄生によって擬似カテゴリーWとなっているが、いつでもカテゴリーC、つまり
「じゃあ次、梅やるか」
「は、はは、はい! 梅、やりますぅ!」
神威の治療を一部始終見ていた梅は、次は自分の番となり、より緊張した面持ちで立ち上がる。
先にやる場合は万が一の時に犠牲になるというのがあるが、後にやる場合は今の光景が自分にも来るのだと知ることになり、逆に緊張が増すというデメリットもある。
「大丈夫です、梅さん。少し声を上げてしまうかもしれませんが、それだけです。
「そ、そうなんですか?」
「はい、私が保証します。それに、部屋の外にいるグレカーレさんも同じように言うと思いますよ?」
そういうと、神威は少し余裕の出来た表情で執務室の扉へ。今は外に待機しているグレカーレを呼び、梅の緊張をほぐすために一仕事お願いした。
「あー、わかる、わかるよー。あたしも酷い目に遭ってるから、
「神威さんと同じように言うんですねぇ……」
「そりゃあ同じことをされたんだもん。まぁただ最後にゾクッと来るっていうか、
神威もそれには同意するように頷いた。頭の中をグチャグチャにしてくるような激しい快楽などは一切なく、包み込んでくれるような温かさから身体を一気に変えてくれるような感覚だと伝える。
ただし、変化の瞬間だけはどうしても身体中に特異点の力が駆け抜けるため、その感覚があまり慣れていない、と言うよりは初めての感覚だと注意もした。
「どうするよ、梅。とりあえず身体ン中から抜くだけしておくか?」
深雪は少し心配そうに問いかける。無理して再寄生をする必要はないし、保留にしている者もいるのだから、ここでやっぱり処置はやめて保留でと言っても誰も咎めることはない。
だが、梅も梅で、今自分が持っている能力『解体』が、後始末屋に非常に有用であることを身を以て知っている。大きな残骸をバラバラにすることで、内部に仕込まれた敵の罠を白日の下に晒すことが出来る力というのは、今は絶対に必要なモノ。
「い、いえ、やります。こんなところで怖がってたら、後始末屋の名折れ!」
「そ、そこまで気負わなくてもいいのよ?」
意気込む梅に伊豆提督は苦笑するものの、トラウマを乗り越えるためにはそれくらいの気合が必要なのかもしれないと、それを咎めることは絶対にしない。
結局のところ、最後はその者の意思。余程危険なこと以外は、やりたいというのならやらせるというのが伊豆提督の、うみどりの方針だ。今回は神威によって安全性が保証され、かつ失敗も絶対にないことが確定しているのだから、最後は梅の意思のみだった。その意思も出来上がったので、逆に今やらないとずっと出来ないかもしれない。
「わかった、じゃあさっさと始めっか。梅の気持ちが変わらないうちに」
「は、はいぃ!」
声は上擦っていたが、処置され始めてしまえば簡単なこと、特機からの干渉を少しだけ我慢し、むしろ難しいようならいっそ思い切り声を上げてしまってもいいと心を軽くさせる。
執務室でやっているのは、声を上げても誰かに見られるようなことがないようにという配慮なのだから、そういうところで無理はしなくてもいいと念を押した。
「む、ムズムズしますぅ!」
「らしいな。でももう少し我慢してくれ。あたしのせいで強めに結びついちまったみたいだからな。それを引っ剥がしてると思ってくれりゃあ」
「意識したら余計に変な感覚ですよぅ!」
いっそこれくらい声を上げてくれた方が気持ちいいなと深雪は笑みを溢し、処置を続ける。やっているのは特機ではあるのだが。
「っおっ、おふっ!?」
そして、梅の中から忌雷──やはり既に燻されて特機へと変貌しているそれが引き摺り出される。個体差があるのかはよくわからないものの、神威のそれよりも少々
イリスの眼で、梅がカテゴリーCに戻っていることが確認されたことで、まずは一段落。だが、ここで終わる話ではないことは誰もが理解している。目を逸らすわけにもいかない。
「ふは、はぁあ……抜き出すのにも結構クるモノがあるんですねぇ」
「みたいだな。で、だ。本題はここからだぞ?」
梅の中にあった特機を手のひらに乗せて、そのまま差し出す。怖いならコレでやめてもいい。進むならそれを手に取るだけ。
「こ、ここまで来たら、ここで止まるなんてないですよぅ!」
結果、梅は深雪から特機を受け取って、そのまま胸元に押し付けた。すると、特機側から本当に大丈夫なんだなと確認するように最後の確認。触手を胸元に押し当て、上目遣いをするように梅を眺める。
「大丈夫です! 遠慮なくやっちゃって!」
緊張しているのか少し身体が震えていたが、そう言われて止まったら逆に梅に対して失礼だと、特機は体内へと潜り込んだ。
「あ、あー、なるほど、回っていくって、そういうことっ、なんです、ねっ!?」
喋っていないと変な声が出てしまうと察したのだろう、梅の口は最後まで止まらなかった。だが、最もおかしなことになる最後、身体の変化の瞬間だけは声が裏返ってしまった。
そして白い靄に包まれたかと思うと、すぐにそれが晴れて、梅の変化は全て終わる。神威と同様に、姿形は艦娘であることを望んでいるため何も変わらず、瞳の色だけが変わっているという擬似カテゴリーW特有の状態となった。
2人の処置が無事完了したことに、伊豆提督は安堵の息を漏らす。その反応からは一旦目を逸らすことにしたようだが。
「ひとまずこれでおしまいね。ありがとう深雪ちゃん」
「いいってことよ。あとは妙高さんと秋月だけど、保留なんだよな?」
「ええ、あの子達の意思が決まるまでは、そのようにしておくわ。治してほしいと言ったら、遠慮なく治してあげてちょうだい」
「ああ、そうするぜ」
一仕事終わったと深雪はまた姿を戻ろうと指をこめかみに当てるが、そこに突然待ったをかける者が現れる。
「お待ちください、お姉様」
「ん? 白雲どうしたよ」
白雲が深雪が元に戻ることを止めた後、すぐに伊豆提督に向き直る。
「提督様……白雲の一世一代の願いを聞いていただけませんか」
「な、何かしら改まって。ちょっと嫌な予感がするんだけれど」
真剣な表情の白雲に気圧されそうになる伊豆提督。
「白雲も、お姉様の特機に寄生されとうございます」
それを聞いたら、流石に冷静ではいられなかった。別に身体がおかしくなるというわけではないだろうが、何故それを望んだのか、その理由をちゃんと聞かないと許可なんて出来ない。
「その……非常に
「俗?」
「……白雲だってお姉様と同じかてごりぃになりたいのです……」
顔を赤らめながら恥ずかしそうに目を逸らし、ボソリと呟いた。俗と言ったのは、自分の欲望を口にしたから。本当にただそうしたいだけという理由でそれを望んだから。
「白雲はお姉様達と共に戦うと決めました。神風様に教えを請い、グレ様と共に切磋琢磨しております。白雲には成長の伸び代があると教えていただき、その道をひた歩き続ける決意もしております。ですが……ですが、どうしても、どうしても引っかかることが出来てしまったのです」
「……うん、なんとなくわかったわ、続けて」
「お姉様は白、電様はお姉様の願いから生まれたようなものですから当然白、そこにグレ様も後天的ですが白くなり……白雲だけ白くないのです」
それを
そもそも深雪を敬愛し、妹として付き従っている白雲は、その彩だって同じになりたいと思っていた。その手段が今まで無かったのだから、それは仕方ないと諦めもついていた。だが、ここで手に入れる手段が見つかり、しかも成功例がいくつも出てきてしまったのだから、これまで抑え込んできた欲がこの場で爆発してしまったのだ。
「白雲も、その名の通り白くなりとうございます。白雲だけかてごりぃが違うのは、悲しゅうございます……」
「白雲……気持ちはわかるけどなぁ。それがいいことなのか、あたしにゃ全然わかんねぇ。やってやりてぇとは思うけど、お前の欲だけで特機1つ使っていいもんかな……」
深雪もこれには少々困ってしまった。確かに今の深雪を取り巻く者は、後天性とはいえカテゴリーWばかり。それまでほなし崩し的なモノだったが、グレカーレがそうなったことで、白雲は無意識に不満を覚えたのだろう。
「残ってる特機はいくつだったかしら」
「あと4匹だね。1号から3号、あと6号な。6号はグレカーレの中にあったヤツだから、ちょっと型が古いかもしれねぇけど」
「……モチベーションの維持を考えるのも、うみどりを束ねる者の務め。白雲ちゃんがこれで、より一層励むことが出来るというのなら、してあげたいという気持ちはアタシにもあるわ」
伊豆提督は白雲が珍しく自らの欲を表に出したことに少し喜んでいた。カテゴリーMとして生まれ、出洲一派に改造すらされ、強い呪いを心の内に秘めているにもかかわらず、深雪と共に生活することでそれを抑え込むことが出来ているのだが、その分自分のやりたいことというのが見えていないようにも思えた。
それを俗と言いつつも表に出し、そうなることを望んだのは、深雪のためとかではなく自分のためにとしての言葉を紡いだのと同義。より艦娘らしさを取り戻したとも言える。
「ただ、1つ例外を許すと、他の例外も許さなくちゃいけなくなるのよね……。とはいえ、特機に寄生されたいって望む子は、今のうみどりには……1人くらいしかいないわ」
その1人は全員が想像している通り、つい最近仲間に加わった厨二病である。深雪の頭の中でも、澄ました顔でダブルピースしている恵理が想像出来た。
「じゃあさぁ、Categoria-Mに寄生させた時の反応調査ってことにしたらぁ?」
悩む伊豆提督に対し、グレカーレが口を挟んだ。
「うみどりにはシラクモとシグレしかいないけどさ、もしかしたら今後、シラクモみたいなCategoria-Mが出てくるかもしれないっしょ? そんなのにいきなり特機使ってさ、変な反応したら困っちゃうじゃん。だから、シラクモ使ってテストしてみればいいんだよ。そしたらシグレに使った時も同じ感じになるって言えるしね」
そんなグレカーレの後押しに感謝しつつ、白雲は深々と頭を下げる。
「よろしくお願い出来ませぬか……」
「うーん……まぁ確かに全部のカテゴリーに対してどんな反応になるかは事前に知っておきたいところはあるのよね。カテゴリーBはグレカーレちゃんが出来てるし、Yは恵理ちゃんがやってくれたわ。Cは今見た通り、Gは出来ないってもうわかってるから……あとはMとRだけだものね」
カテゴリーRはあまりにも例外的すぎるので考えないモノとするが、カテゴリーMの反応は見ておいて損は無いと言えば無い。
「……わかったわ。調査という名目で許可します。でも、体調とかは逐一報告してちょうだいね」
「あ、ありがとう存じます! この御恩、一生忘れることはないでしょう、提督様……いえ、
「わぁ、白雲ちゃんにそう呼んでもらえると、なんか達成感あるわぁ」
こうして、白雲への特機の寄生が決定する。初めて自らの欲を表に出したことで、深雪達も少し喜んでいた。
こんだけカテゴリーWが増えてきてるのに、一番慕ってるであろう白雲が未だカテゴリーMというのはちょっと可哀想。