特異点Wから出航し、後始末屋としての仕事に戻ったうみどり。今は現在戦闘中で近々現場となるであろう海域まで移動中である。
時間としては、到着が同日の夜。戦闘が早く終わっていれば、そこから作業開始。そこでまだ終わっていなければ、増援が必要かを尋ねた後に行動を決める。友軍艦隊としての出撃もあり得るため、疲労困憊で夜を迎えないように注意が必要。
「午前中は訓練だな。今日は
「吹雪ちゃんからも言われてましたもんね。あちらの姿に慣れるためにも、頻繁に変わっておいた方がいいって」
「ああ、でもこのまま夜に後始末ってこともあり得るから、午前中だけにしておこうとは思ってる」
吹雪に貰った彼岸花を一輪挿しに生けてから、早速深海の姿へと変化した深雪は、電と共にトレーニングに向かおうと考える。
だが、よくよく考えてみればまだいくつか用意出来ていないモノもあった。それが、この姿の時の服である。
トレーニングの時には相応のウェアを着るのが一般的。深雪もそうしているのだが、当然ながら艦娘の姿のモノしか今は持っていない。それこそ、プールで鍛えるなら水着も必要になる。
今は相変わらず深海棲艦になったばかりの時の、かなりヤンチャな服装。それでもトレーニングは可能と言えば可能なのだが、やはりうみどりのルールは守っておきたい。
「イリスさんなら、もう用意してくれてるのです?」
「かもしれないな。ちょっと聞いてくるか」
深海の姿になれるようになって、戦闘面でも大きな強化を受けた深雪だが、それで日常生活を送るためには、いろいろな準備を最初からやり直す必要がある。トレーニングの前に、まずはそれをこなすことにした。
イリスはこういう時は大概執務室にいるため、真っ直ぐそちらへと向かった2人。
そこには先客がおり、伊豆提督と少々神妙な表情で話をしていた。
「あーっと、悪い、今取り込み中だったか」
扉をノックして、入っていいと言われたところにこの光景。入ったはいいものの、本当に大丈夫か不安になる深雪と電。
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ、深雪さんにも少し関係がある話ですから」
「あたしにも?」
「はい。私の身体を元に戻してくれた貴女だからこそ、です」
そこで話をしていたのは、神威。伊豆提督と話していた内容は、その身体のこと。
任意で擬似カテゴリーWとなれるようになった現在、特機の寄生を続けることで、体調に何かしらの影響が無いかは定期的に聞いているらしい。梅も同様に話はしているとのこと。
しかし、神妙な雰囲気になるのは、それ以外にも理由があるからである。
「身体が元に戻ったことを、家族に伝えようと思っていまして」
両親にお預かりしている娘さんが戦場の事故で人間を辞めることになってしまったと伝えてから、少し時間が経過している。深雪も神威が両親とその話をしており、納得してくれていると直接聞いているため、元に戻れたことを報告出来ることはいいことだと喜ぶ。
「時間も経っているので、気持ちの整理はついていると思います。あの時は少しありましたが……」
伊豆提督は最後まで伝えていないが、神威の両親、特に父親に対してつけた監視からは、悪い報せは来ていない。幸いなことに、仕事を辞めてまで強硬策に出ようとは今の時間までは考えていないようである。
しかし、時間がかかればかかるほど、その策に出ようとしかねないというのが娘を愛している親というモノ。なるべく早く現状を伝えるべきだろうと、神威はここに相談しに来ていた。
神威自身は、親は納得してくれたモノであると思っているが、実際は愛が深いために今も何をしでかすかわからない不安の種扱いになってしまっている。
「神威ちゃんのご両親とは、アタシが直接話しているんだけれど、前回もその場に神威ちゃんにいてもらったから、今回も同じようにやっていこうって話をしていたところなのよ」
「そりゃあそうだよなぁ。神威さん自身のことなんだし、自分でどうなったか話す方がわかってもらえそうだ」
「ただ、悩んでることもあるのよね。人間に戻れた証拠を、
神威の父に元に戻ったことを証明するために、画面越しでも体内から特機を取り出すところを見せるべきか。当然ながら、特機の存在は機密中の機密。一般人は知る由もない、むしろ
しかし、神威は人間では無くなってしまった状態と、元に戻った状態が、見た目だけで言えば全く同じなのだ。今の姿を見せて、元に戻りましたと言われても、納得出来るかと言われたら何とも言えない。
それを言い出したら、そもそも人間を辞める前後だって見た目は何も変わらないのだから、その時と全く同じなのだが。
「電は、見せない方がいいと思うのです」
そこに口を挟んだのは電。聞いているだけでなく、自分の意思もしっかり表に出す。
「特機さん達は電の仲間なのです。でも、人間さん達には受け入れられるような見た目じゃないのです。電はもうそんな風には思っていないのですけど」
「だよなぁ。コイツが神威さんの中に入ってて、和解したから自由に出し入れ出来るって言われても、納得出来るか……?」
「電は出来ないと思うのです。価値観は人それぞれだと思うのですが、特機さんに関しては……」
自分達は経緯を全て知っているから受け入れられる。しかし、知らない者は何を見たところでバケモノはバケモノなのだ。それが愛する娘を傷付けたモノだとわかれば尚のこと。
そんなモノを娘の中に入れるなんて言語道断と、人間を辞めたことを報告した時以上に事を荒立てるかもしれない。だったら、隠しても問題ないところは隠せばいいとも考える。
「でも、人間に戻れたって証拠は見せられないんだよなぁ」
「人間を辞めた証拠も無いと思うのですけど……」
「あたしだったら疑っちまうかもしれねぇなって。本当に元に戻ってんのかって。不安って簡単にゃ無くならねぇと思うから、絶対に治ったっていう証拠を欲しがる気がするんだよなぁ」
深雪のこの考えは、伊豆提督の中にもある考え。直接その証拠を見せない限り、
電の言うことも一理ある。特機を見せるべきではない。神威がそれを受け入れていること自体を受け入れられない可能性もある。しかし、証拠を見せないと一生納得出来ず、鬱憤が溜まり、そして爆発して予想だにしないことをしでかしかねない。
こうやって話しているだけで、深雪も電も神妙な面持ちになってしまった。本来の目的を忘れてしまいそうになるほどに。
「そういえば、貴女達は何故ここに?」
イリスが口を挟んだことで気付く。
「そ、そうだった。こっちの身体のあたしの服とか貰えねぇかなって思ってさ。イリスなら用意してくれてるんじゃないかって話してて」
「ええ、前に身体の調査をした時にサイズも測ってあるから、必要なモノは全部作ってあるわ。私服何着かとトレーニングウェア、水着、あと必要かはわからないけれど寝間着もね」
話しながらイリスがそれを用意してくれる。場の空気を変えるために行動を起こしたようである。
「そうだ、早速着てみてくれないかしら。間違っていないとは思うけれど、サイズが合ってなかったら仕立て直さないといけないもの」
「えっ、あ、ああ、わかった」
前に貰った服ではそんなことは無かったのに、今回そんなこと言い出したのは、やはり今のこの場の流れを変えたいから。全く別のことをしたら、急にいい案が思いついたりするもの。深雪のそれが何に関わるかはわからないが、いつもやらないようなことをすることで、頭の回転が変化するかもしれない。
執務室から出て、比較的近い部屋──医務室に入って着替えをする深雪達。その間も、神威の両親についての話題が尽きない。
「やっぱ、人間……っていうか、家族ってのは、こういうことは簡単には納得出来ねぇのかな」
深雪の素朴な疑問に、イリスは少し考えてから答える。
「そうね、特に自分と血が繋がった存在が被害を受けたなら、簡単には納得出来ないわ。血が繋がっているわけではなくても、うみどりの誰かが嫌な思いをしたら、その元凶を簡単に許すことは出来ないでしょう。それが反省しているならまだしも、今回は反省のはの字も無い」
そもそも、元に戻れているのは身体だけ。心は傷付いたままなのだとイリスは語る。神威も
「納得してくれなんて私達からだって言えないわ。でも、納得してもらうしかないの。そこで何かあったら、悲しむのは神威だもの。嫌なことを堂々巡りさせるわけにはいかないわ。それこそ、ヤツらの思うツボだと思うもの」
これで神威の父が暴走してしまい、最悪な状態──出洲や阿手に捕まり、命を落とすようなことがあったら、一番傷つくのは他でもない神威だ。神威の父がそれを理解していないわけがないのだが、娘への愛情故に、それが視界から外れてしまっている可能性もある。それが一番怖い。
「……よし、全部ちゃんと着替えられたわね。よく似合ってるわ」
「サイズもピッタリだ。流石だぜ」
「妖精さんクオリティもあるわね。どれもこれも完璧よ」
そんな話をしながらも、深雪の着替えは進む。私服は艦娘の時と似たようなモノだが、パーカーではなくブラウスになっていたり、ニーハイソックスはストッキングにしてみたりと少し大人っぽいデザインに。また、それだけでは勿体無いと、より女性らしさを表に出したスカートタイプの私服や、レディースのスーツなんてものも仕立てられている。一部はイリスの趣味もある。
トレーニングウェアもより動きやすさを重視したタイプになっていたり、水着も大きく膨らんだ胸部をしっかり包み込めるような競泳水着が与えられている。その全てが大人の身体となった深雪に似合うかどうかで考えられていた。
「深雪ちゃん、すごく綺麗なのです……ちょっと羨ましいのです」
「はは、電だってこうなれるかもしれないぜ?」
「それを期待しているのです。出来るかはわからないですけど」
少々着せ替え人形のようにされていた深雪だが、電が都度興奮するかのように盛り上がっていたため、気分は悪くなかった。どれもこれも似合うと言ってもらえて、悪いことは無い。
電は羨望の眼差しを向けるものの、以前のような喧嘩に発展する嫉妬などはない。電だってあの時から大きく成長しているのだ。
「こんなの初めて着るぜ。つーかコレってイリスみたいなカッチリした感じのやつだろ?」
「そういうのもあってもいいかと思っただけよ。もしかしたら、貴女はその姿で人前に出るかもしれないんだもの。持っていて損はないはずよ」
レディースのスーツを見て、深雪は苦笑する。これを着て人前に出るなんてことがあるのかと。
だが、その機会は、意外とすぐに来る。
「……ねぇ深雪、それこそ貴女が神威の両親と話をしてみない? その姿で、それを着て」
イリスがとんでもないことを言い出した。
大人深雪はスーツ姿で神威の両親にぶつかりに行くかもしれなくなりました。ツノ生えた弁護士みたい。ちなみにレディーススーツと簡単に書いていますが、深雪にはパンツタイプの方が似合うと思うのでそちらで想像してください。