後始末屋の特異点   作:緋寺

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舌戦

 神威の父は、予想通りの言葉を放つ。どのように治療をした、誰が治療したのだと。ただ治療されたと言われても納得は出来るわけが無い。

 

「……来たか」

 

 深雪は大きく息を吐き、立ち上がった。神威に治療を施した者として、それを説明するために。

 

 しかし、やったことはほぼ全てが機密に引っかかること。それは事前に聞いており、事細かく説明するのはむしろ神威の両親のためにもならないから、かなり抑えめに話すことになると理解している。それでも話せるところは詳細に伝える。

 

「ハルカちゃん、ここからはあたしが話せばいいかな」

 

 深雪から率先して出てきたことで、伊豆提督は少しだけ表情を強張らせた。

 

 イリスの提案、神威の同意、そこまであっても、なるべくならば深雪を使うことは控えたかった。うみどりで起きたことに責任を持つのは、提督であり長である自分のするべきこと。それをずっと心に抱いて進んできたのだ。

 ただでさえ深雪はここまで辛い思いを何度もさせられており、特異点としての力に目覚めたことで頼ることも増えている。それこそ、特機による治療はそれが顕著な事例。

 

 しかし、今回は神威の父から治療した者を要求してきているようなもの。愛娘をどうやって治したのかが説明されない限り、納得も出来ないだろうし、信頼も回復しない。

 

「……ごめんなさいね、深雪ちゃん。アタシは諦めてるわけじゃないわ。でも、アタシの言葉では届かないモノもある。アナタなら……届くかもしれない。だから、お願いしてもいいかしら」

 

 伊豆提督だって、今回の件はメンタルにかなりキていると言える。それでも、提督としての誇りを捨てたわけでは無い。

 しかし、今の神威の父は、伊豆提督の言葉は届かない。神威の言葉すら信じきれていないのだ。ならば、一縷の望みに賭けて、深雪による説得に頼るという手段に出る。

 

 伊豆提督は表情には出さずに、とても悔しい思いをしていた。ここで深雪を頼らねばならない自分の弱さを、改めて痛感した。

 

「っし、それじゃあ……そいつを貰えばいいのかな。それとも、あたしが移動すりゃいいのかな」

「そちらに持っていくわ。深雪ちゃんは、そこで話してちょうだい」

 

 執務室にあるソファ、その前に鎮座するテーブルまで、伊豆提督はタブレットを運ぶ。勿論、事前に神威の父に断りを入れて。

 治療した者が今ここにあり、直に話をすると聞いた時、神威の父はほうと少しだけ目に力が入っていた。ここで伊豆提督が話し続けるのでは無く、本当に治療を担当した者がいるということで、少しだけ信じる道が開いたようだった。

 

 深雪の前に置かれたタブレット。その画面には、初老の男性の姿が映し出されていた。伊豆提督よりは確実に歳上であり、神威の親と言われたら納得出来るような外見。

 しかし、その表情は明らかに怒りのような複雑なモノが浮かんでいた。深雪もそれを見た時、表には出さなかったがどうしたものかと頭を抱えそうになっていた。

 そんな深雪の隣に神威が着席し、すかさずフォローする。

 

「父さん、このヒトが私の身体を元に戻してくれた方です。……徳井(トクイ) 深雪さんといいます」

 

 咄嗟に考えたであろう人間らしい名前で呼んだため、深雪は驚きで声を上げそうになったが、なんとか堪えた。

 

 そもそも特異点という存在自体が機密事項。治療法以前に、深雪という存在自体が非常に面倒臭い立ち位置であるため、一般人である神威の父には明かすことはない。見た目はツノが見えなくなっているとはいえ艦娘とは到底言えない姿。だからと言って深海棲艦の姿になれますなんて絶対に言えない。そのため、今の深雪はあくまでも、うみどりに協力してくれている()()という体裁になっていた。

 

『……貴女がウチの娘を治療してくれたと?』

 

 重苦しい、胸を貫くような声で深雪に話しかける神威の父。深雪の中では、このような人間と話すことは初めてであるため、緊張感が更に増す。

 深雪はすぐに声を出すことが出来ず、だがその言葉に対しては事実として頷いた。

 

『どのように治療したか教えてもらえないか』

 

 もうほとんど威圧にしか思えない声色。それだけ娘のことを思っていることもわかる。

 初めてここに出てきた深雪に対しては、何処か値踏みするような視線。伊豆提督達に対しては、娘に何をしてくれたんだという気持ちも乗ってしまっていたようだが、深雪にはまだそこまでの気持ちは無いようである。

 

「……話したいのは山々なんだ、ですが、さっきハルカち……伊豆司令が話していた通り、あたしがやったことは機密だらけで、一般人のアン、あなたには、伝えることが出来ない、んです」

 

 辿々しい敬語を織り交ぜる深雪に、画面外の電がハラハラしていた。ボロを出しかねないのではないか、相手の機嫌を損ねるのではないかと。

 

『機密……君達はよくそう言うが、我々にも知る権利があるだろう。娘が被害を受けたというのに、それを何も伝えない。ただ治ったと言われて、はいそうですかと思えるかね』

 

 神威の父の言っていることはごもっともである。書類上で治療が完了したと言われ、娘も治ったんだと言われたところで、証拠と言えるものは何もない。治療したのなら、その方法が納得出来るかどうかがわからなければ、安心なんて出来やしない。

 うみどりの面々がそういうことをしないことはわかる。これまでの誠実な態度だって理解している。しかし、娘が被害を受けたとなれば話は別。

 

「父さん……わかってください。知ることで父さんに危険が及ぶかもしれないんです」

『お前は口を出すんじゃない。私は今、彼女……徳井さんとやらに聞いているんだ。娘を治療したのに、その方法が話せないと言うのなら、違法な手段を使ったと思っても仕方ないだろう。そうでない証拠を何も出してこないのだから、疑うに決まっている』

「じゃあそもそもなんで私が人間を辞めさせられたなんて荒唐無稽な被害を真っ先に信じたんですか。それが信じられるなら、治ったことも信じられるでしょう」

 

 神威の声色も、少しずつ強くなっていた。何を話してもわかってくれない父に痺れを切らしたように、取り繕うこともなく本心を曝け出していく。

 

「確かにあの時は私も深刻な顔をしていました。そうなったばかりでしたし、先が見えないところから不安もありました。でも、今は違う。深雪さんのおかげで、私は元に戻ることが出来ました」

『その証拠は。お前が元に戻ったとしても、本当に人間に戻れるのかわからないだろう』

「ならどうしろと言うんですか。退役して人間に戻れることを証明しろとでも? 嫌ですからね、私は私の意思で、自己責任でここに立っています。それを許したのは父さんでしょう。今更信じられないから父さんの都合で艦娘を辞めろなんて言わせません」

『何もそこまで言っていないだろう。だが、その治療方法を公に出来ない時点で、何を信用しろと言うんだ』

 

 ここまで来ると、もうほとんど親子喧嘩である。それを間近で見せられている深雪のストレスは計り知れないモノになりつつあり、苛立ちまで増してきていた。

 握り締める拳は震え始め、我慢しようと奥歯を噛み締めていたものの、親子喧嘩がエスカレートしていくこと、呼ばれてここに座っているのに無視して話を進めようとしている割には何も進展がないことで、深雪にも限界が訪れようとしていた。

 

「そもそも父さんは私に自分の責任だと言っているのに、ここで責任を果たさせてくれないんですか。言っていることがおかしいと思いませんか」

『それとこれとは話が違う。責任などという言葉ではもう言い表せない』

「それこそ納得の行く説明をしてください。自分ばかり納得を求めて、私には何も無しですか」

 

 まだまだ止まらない親子喧嘩。だが、先に限界が来たのは──

 

「うるせぇ! アンタらちょっと黙ってろ!」

 

 深雪だった。テーブルをダンと叩いて、神威はおろか父も黙らせる。神威は目をパチクリさせていたが、神威の父は急に声をあげた深雪に対して、一気に不信感を募らせた。

 

「取り繕おうと思ってたけどやめだやめだ。んな時間の無駄、あたしが我慢出来ねぇ。ハルカちゃん、後から説教でいいから、やりたいようにやらせてもらうぞ」

「……ダメなところがあったらちゃんと止めるわ」

「ありがとな。この人はいろいろ知りたいらしいからな。ちゃんと説明してやんよ。ただな、先に言わせてもらうぞ」

 

 神威の父に睨み付けるような視線を送る深雪。

 

「アンタがあたし達を信用出来ないように、あたしもアンタを信用しきれねぇ。もしあたし達が機密を話した時、それを口外しないと断言出来るのか。説明責任があるっつーのはわかる。そりゃあ、神威さんがこうなっちまったんだ、知りたいとも思うだろうよ。親なんだからな。あたしはその親って感覚がわからねぇけど、もし仲間達が嫌な目に遭って、それをわけがわからない方法で治されたなんて言われたら、ちゃんと説明しろって思うだろうよ。でもな、そうしたことで他に何が起きる可能性があるんなら、あたしは我慢するぞ。嫌だけどな」

 

 捲し立てる深雪に、圧倒されそうになる。少なくとも、神威の母は深雪の言葉に対して驚きで何も言えなかった。

 

「いいか、あたし達は軍人だ。アンタら一般人を守るために命張って戦ってる。そんなあたし達がちょっとした失言をしたら、誰が痛い目見ると思ってんだ。アンタらだぞ。ただでさえ、今あたし達が戦ってる敵は、人間を人間と思っていないようなクソ共だ。もしアンタが下手に手を出したら、間違いなく痛い目を見るぞ。むしろ、何も出来ずに死ぬ。そんで、神威さんに迷惑をかけるだろうよ。アンタがやめろっつったことをやった結果な。それだけは頭にいれとけオッサン」

 

 もう何も取り繕わない。深雪は深雪らしく、言いたいことを言い始めた。

 

「治療方法ってのはな、あたしの力に寄るもんだ。実際には見せられねぇけど、神威さんの中に入ってた悪い部分を抜き取る力があたしにはあんだよ。だから説明してもどうせ納得出来ねぇ。つーか、納得する気がねぇ。一度不信感持っちまったんだから、何言ってもアンタの心にゃ届かないんだろうさ。自分の娘の言葉すら信じねぇんだ。だったら、話しても無駄なんだよ」

 

 核心をつくような言葉に、神威の父は顔を顰める。納得出来る説明を寄越せという割には、何を言われても納得しないなんて、深雪の言う通り話しても無駄。

 今の深雪の発言──深雪にはそういう力があるという言葉は、非常にギリギリ、グレーゾーンにしても黒に近い方である。

 

「神威さんも神威さんだ。ちょっと頭に血が上りすぎ。あたしはアンタ達の親子喧嘩を見るためにここに来たわけじゃないんだ。アンタを治療した者として、話せる範囲で話に来ただけだ。そりゃあ話せないことばかりであたしも言葉に詰まっちまった。だけどな、話を続ける前に割り込んできて、そのままあたしを無視して口喧嘩は流石にあたしも気分が悪いぞ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 流石に神威の方は反省して謝罪する。しかし、父の方はまだ納得していない。

 深雪の言う通り、神威が被害を受けた時点で、何を言われても納得出来ないくらいに心がヤられてしまっているのかもしれない。何故自分の娘がそんな目に遭わねばならないのだという気持ちが、首を振らせないくらいに視野を狭くしてしまっている。

 

「で? さっきも言ったけどな、アンタ、機密を聞きたがるのはいいんだが、その機密を口外しないと言い切れるのか? アンタの行動1つで、軍の信用はガタ落ちだ。しかもその場合、アンタには一切責任が行かねぇ。アンタの言動で、破滅するのは他人だ。それでもいいのか?」

『……当然だ。口外などするものか。私はただ、娘に起きた真実を知りたいだけだ』

「どうだか。じゃあ説明してくれよ。アンタが絶対に何もしないって証拠、今すぐここで見せてみろ。あたし達を納得させてくれや」

 

 深雪のこの言葉は、ついさっきまで神威の父が言っていたこととほぼ同じである。証明出来ないことを納得するように説明しろという、困難というより不可能なこと。

 

「先に言っておくけどな、アンタが何を言おうと、あたしは多分納得しねぇぞ。見てないところで何するのかわからねぇからな」

『……ならば何を話しても無駄ではないか』

「だよな。じゃああたしからもアンタに話すことは無駄だ。アンタ自身わかってんじゃねぇか」

 

 

 

 

 

 深雪はもう、睨み付けるのを止めることすらしなかった。

 

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