後始末屋の特異点   作:緋寺

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ハッピーエンドへ

 謎の艦影についての方針が提督達のところで決まっていく中、深雪と電はトレーニングルームで筋トレの真っ最中だった。

 深雪はともかく、電は当然そういうことをするのは初めて。しかも、深雪とは違って元々の筋力が見た目の通り低いタイプであるため、初心者向けのトレーニングでも一苦労。

 

「那珂ちゃんさんの時もそうでしたけど、こんなに人間さんのトレーニングがキツいなんて、思ってなかったのです……」

「あー、那珂ちゃんのアレな。あたし、やりすぎてぶっ倒れたくらいだぜ」

「ええっ!?」

 

 急激に鍛えすぎても筋肉が壊れるだけであるため、程々にしながらのトレーニング。その休憩中に深雪と電が駄弁っている。

 互いに体操着というラフな格好で、程よい運動のおかげで軽く汗ばみ、疲労で小さく息が切れている状態。

 

「那珂にはちゃんと言っておいたから安心してくれ。電へのトレーニングも、深雪のことを鑑みた結果、ある程度は抑制されたものなんだ」

 

 そう話しながらも、長門は筋トレをやめていなかった。当たり前のようにバーベルを持ち上げつつ、それでもまだ余裕がありそうに会話に参加してきた。どう考えても無酸素運動なのに、さも当然のように話をしてくる辺り、長門の筋力は普通ではないと見ただけでわかる。

 

「そんなにハードなトレーニングをやっていたのですね……」

「1回だけだけどな。あ、そうそう、あたしは長門さんに筋トレのプランを作ってもらって、それを毎日やるようにはしてるんだよ。なんかすっげぇ効いてる気がすんだよね」

「時間は力だ。毎日少しでもやっていけば、積み重ねで筋力はつく。私だって元からこういうことが出来ていたわけではないからな」

 

 ガシャンとバーベルを置き、グリグリと肩を回す長門。間違いなく深雪と電には持ち上げられない重さのそれを見て、目をパチクリとさせていた。

 コレに関しては体格の差が明確に出ている。如何にも子供であるとわかる深雪や電と比べたら、長門は明確に大人。いくら二人が純粋な艦娘だとしても、筋力は最初からあるわけではないため、長く鍛えている長門には、逆立ちしたって敵うはずが無かった。

 

「それに、電くらいの体型では、筋肉は少しつきにくいかもしれないな。気にしていたら申し訳ないが、私が見る限り、電はうみどりの仲間達の中でも特に小柄だろう。睦月と同じくらい、もしくはそれ以上だ」

 

 小柄であることで、筋力は深雪よりは付きにくいだろう。そこは努力でどうとでもなるかもしれないが、スタート地点が最初から少し後側だったのは間違いない。

 

「やれるところからやっていけばいい。ゆっくりであっても、続けていれば必ず成果になる。深雪のように、毎日続けられそうなプランを電のために組み立てよう。どうせなら、深雪と一緒に出来るようなモノにしておこうか」

「あ、は、はい、お願いします。電、強くなりたいのです。深雪ちゃんと一緒に」

「ああ、ならそのように鍛えていくのがいいだろう。鍛えるのには、気持ちも大事だからな」

 

 やる気があるなら、ある程度のことは出来る。そして、そのやる気を折らないように、出来る限界を見据えてプランを立てる。ここまでのトレーニングに対しての結果で、長門の頭の中では電の限界は見えていた。

 そして、深雪と共に出来る限界も大体把握出来ている。効率のいいトレーニングプランが次々と組み上がっていた。

 

「午後の間に紙に起こしておくから、それまで待っていてくれ」

「うん、ありがとな長門さん。あたしだけじゃなく電の分まで」

「いやいや、こういう時こそ助け合いだ。我々は仲間なんだからな。甘えられる時は甘えればいい。誰だって胸を貸してくれる」

 

 長門の言う通り、うみどりの仲間達は大概のお願いは聞いてくれるだろう。無茶振りであっても、ある程度は許容してもらえる。そして、深雪も電も無茶振りなんてことはしないため、何をお願いしても大丈夫。

 仲間達がこうだから、深雪と電も何かお願いされたら自分も話を聞こうという考えに至る。『情けは人の為ならず』を地で行くのがうみどりである。

 

「つ、次こそは腕立て伏せくらいやれるようになってみせるのです!」

「お、いい気合だな。頑張れ電。あたしも応援してるぜ」

「頑張るのです!」

 

 深雪のポジティブに引っ張られているかのように、電もポジティブにやる気を見せた。

 つい先日までは見せなかった明るい表情に、長門も心を温かくされる気分だった。

 

 

 

 

 トレーニング後に風呂に入り、しっかり回復した後に食堂で昼食……と行こうとしたところで、うみどりの航空隊──加賀、三隈、神威の三人とすれ違う。

 うみどりが停泊中で艦娘達が自由な時間を与えられていても、この三人だけは哨戒という仕事があるため、多少の自由はそちらに持っていかれる。特に今は、そもそもの作業範囲が広かったこと、そして謎の艦影を見かけたということもあり、哨戒はかなり入念になっている。

 

「あ、お疲れさんです」

「ええ、()()()()()()異常なしよ」

 

 リーダー格はやはり加賀のようで、深雪に対してそう反応する。三隈と神威もほんのり笑顔で加賀の言葉を肯定していた。

 

「やっぱり何も見つからない感じ?」

「困ったことにね。元から遠かったというのもあるけれど、ここからの哨戒では言葉通りの意味で何もないわ」

 

 やはり、今回の哨戒で重点的に確認しているのは、後始末を見ていたであろう謎の艦影。一日経過したことでまた近付いてきている可能性もあるため、発見した方向に対しては、いつもより入念に確認しているとのこと。

 それでも見つからない辺り、一度見ただけで満足しているのか、それとも機が熟すのを待っているのか。

 

「昨日、何かあったのです?」

 

 その件については電は知らないこと。ずっと執務室で活動内容を見ていた電だが、その件については画面にも出ていないこと。

 伊豆提督が報告を受けていろいろと指示を出しているものの、それについては電の耳には入らないようにしていた。ただでさえ深雪を見るという当時は精神を揺さぶられるようなことをしていたのだから、余計な心配を増やさないようにする伊豆提督からの気遣い。

 

「ああ、なんかあたし達の仲間かどうかもわからない艦娘がいたらしいんだよ。で、すぐに逃げちまって、音沙汰が無くなったって感じ」

 

 深雪の説明を聞いて、電は少し不安そうな表情を見せる。

 

「そ、それ、もしかして敵だったりするのです?」

 

 そう考えるのも当然のこと。仲間だったら近付いてきてもいいのに、こちらから発見されたら一目散に逃げたというのなら、何か()()()ことがあったということに他ならない。後始末屋に対して疚しいことがあるとなれば、それは八割方敵と見做せる。

 だが、残りの二割は別でも考えられる。本当に見られたら困る理由があった。もしくは、()()()()()()()()()()()()。考えればいくらでも思いつく逃げた理由だが、どれにしても、それを仲間だと言い切るのは難しい。

 

「敵かどうかはまだわからないわ。それを知るために、私達はその子を探しているんだもの」

 

 加賀が優しく電に答える。

 

「お話が出来る方でしたら、三隈達も真正面からお話をしてみたいですわ」

「ですね。そのためにも、まずは見つけないといけませんけどね」

 

 三隈と神威も同じ意見のようである。まずは敵かどうかの見極め。敵ならば説得、そうでなければ対話。事実、やらなければならないのはカテゴリーMを相手にすることと同じ。

 

「電は……やっぱり仲良くしたいのです。敵だとしても救いたいのです」

 

 ボソリと、こんなこと言ってもいいのだろうかという気持ちが見えるような言葉。

 深海棲艦であろうと出来ることなら救いたいと考えるくらいに優しい電は、謎の艦影に対しても同じ気持ちを持っている。話が通じるのなら尚更。

 

「当然だろ。あたしだって同じ気持ちだ。話が出来るなら話をしたい。でも、その上でこちらを攻撃してくるのなら……」

「私は容赦しません。そうでなければ我々が痛い目を見るというのなら、私はうみどりの仲間達を取るもの」

 

 加賀の言葉に、深雪も同じ考え方だと頷く。何が一番大切かを見誤ってはいけない。

 謎の艦影が敵だったとして、それを説得したとする、それで対話が決裂して、あちら側が撃ってきたとしたらどうするかという問題だ。深雪も、加賀も、それならば仕方ないと戦いを選択する。そうでなければ、うみどりの誰かが犠牲になるかもしれないのだ。勿論、自分がその犠牲になるのは嫌に決まっている。

 

 少し酷な話になるのだが、全てを救うことは出来ないのだという真実を知ることになった電は、少し泣きそうな表情になった。

 それをすぐに察した深雪は、そっと肩に手を置いて少しだけ抱き寄せる。

 

「辛いのはわかるけど、割り切るしかないんだ。でも、ギリギリまで最善を尽くす。最後の最後まで訴えかけるさ、戦いなんてしたくないってな。それが野生の獣みたいに聞く耳を持たないっていうのなら、それはもうどうにもならねぇ。そこで手を出し渋ったせいで電が命を落とすだなんて、あたしは考えたくないからな」

 

 電だってそうだった。戦いたくない、みんな仲良くしたいと思っていても、相手がそれを望まずに、最終的に深雪に危害が及んだら。そう考えたら、自分のせいだと思い悩むことは目に見えている。そして、電は間違いなく()()

 そうならないためにと、最初から意識だけはしておくべきだった。万が一、戦いになってしまった時のこと。そしてそれが、深海棲艦だけでなく艦娘であったとしても、うみどりに敵対の気持ちを持って危害を加えようとしてくる輩だったとしたら、容赦なんてしている余裕が無いことを。

 

「でも、あたしは電のその優しさがいいと思うぜ。あたしも見習いたいと思えるし」

 

 だが、電のような考え方も忘れてはいけないことだ。何もせずに敵意剥き出しで襲い掛かるのは間違っている。話がわかる相手ならば、まずは話すべきである。その上で話が通じないならば、仕方なく戦うしかない。

 

「……わかったのです。電もそれで深雪ちゃんがいなくなっちゃうようなことが起きる方が辛いのです。涙を呑んで、受け入れるのです」

 

 辛そうではあったが、納得はした。本当に全てを救うことは出来ない世界なのだと理解だけはしていたから。

 

「そうならないように、私達は鍛えておかなくてはいけないわ。話をするにも、相手より実力が無かったら一方的にいいようにされるもの。拮抗しているか、こちらの方が上でなければ、対等に話すことも儘ならない」

「困ったことですけれどね。でも、自分の理想を貫くためには、それ相応の力は持っておかなければならないということですね」

 

 加賀と神威の言う通り、強くなければ自分のやりたいことはやらないだろう。だからこそ、うみどりの面々は自由な時間と言われても自己鍛錬を怠らない。勿論身体を休める時間も取りつつだが、基本は何かしらの訓練をしている。妙高と三隈の将棋も、精神鍛錬の一種。

 

「電さん、貴女の考え方、三隈はとても崇高なモノであると考えていますわ」

 

 そして三隈は電に語る。

 

「深雪さんにも話しましたが、貴女の物語は貴女の選択で書き記されるものです。三隈達が正しいとは限らない。その考えを忘れずに、貴女が最善だと思う選択をして、貴女の物語をハッピーエンドに向けてほしい。三隈はそれを常に思っていますわ」

 

 にこやかに、しかし何処か心配そうに話す三隈に、電は少しだけ考えた後、力強く頷いた。

 

 

 

 

 謎の艦影についてはまだ何もわからない。敵か味方かも不明。どちらであったとしても、自分にとって間違いのない選択をしていきたい。電と三隈の話を聞きながら、深雪は改めてそれを心に決めた。

 その選択が、自分も電もハッピーエンドに向かわせると信じて。

 




明らかな敵に対しての仲良くしたいからとホイホイついていったら寝首をかかれることなんて当然のこと。そうなったとしても負けないくらいに強くなっておけば、対話も可能になるはず。
逆に言えば、そこまでしておかないと理想には辿り着けません。優しいだけでは辛い思いをするだけという悲しい世界。
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