夕食を終えた後は、そのままトントン拍子で現場に到着。外はもう暗くなっており、そろそろ仕事の時間だと艦内は少しソワソワし始めている。
出撃するにしても、すぐに後始末をするにしても、艤装は装備することになるのだから、全員が工廠の方で待機。兵装を装備するかどうかはここから決まる。
今はうみどりの航行が止まっているため、工廠の門も開いている状態。すぐに出撃出来るようにというのもあるが、もう一つ理由がある。
「あたしは艦娘のままの方がいいな」
「なのです。もし友軍艦隊で出るとなったら、何も知らないヒト達がいるかもなのです。流石に深雪ちゃんのあの姿はあんまり」
「だよな。状況が許せば現場で変わることにしよう。戦いが無いに越したことはないんだけどな」
深雪と電は出撃するかもまだわからないため、艤装を装備することなく整備が終わっていることだけを確認して準備完了。すぐに後始末が出来るようにインナーだけは身につけている状態である。
この現場の状況は、伊豆提督が逐一連絡を取ることで把握している。既にわかっていることは、規模は中規模であることと、現在姫と交戦中であるということ。そして、その戦いは比較的優勢を取れているということ。
しかし、今の戦場は何処で何が起きるかわからないというのがある。それもこれも、ただの後始末現場に忌雷が仕込まれていたことが原因。
今交戦中の別の鎮守府の艦娘達には目もくれず、後始末に来たうみどりのみをピンポイントで狙ってくるというモノではあったが、それが突如
「ムーサ、匂いとかどうよ」
そんな時に役に立つムーサの嗅覚。到着した今の場所では、実際の戦場からはそれなりに離れてはいるのだが、それでも何かがあれば気付きそうなくらいに鼻がいい。忌雷限定という制限はあるのだが。
これが工廠の門が開いている理由。ムーサに匂いを嗅いでもらうためである。流石に閉め切っていると微かな匂いも感じ取ることが出来ないことがあるため、ちゃんと外の空気をその場で嗅げるようにしていた。
「チョット匂ウネ、美味シソウナ匂イ」
案の定、ムーサにはその匂いを感じ取ることが出来た。途端に食欲が増したのか、先程夕食を食べたにもかかわらず、腹の虫が鳴きそうなくらいである。
匂いがわかるだけで、その忌雷が今どのような状態なのかはわからない。とにかくそこにあるということだけがわかる。
「今戦ってる艦娘に寄生なんてしたら一大事だぞ。ハルカちゃんから指示を貰わねぇと」
「なのです。すぐに報告をした方が」
『みんな、戦闘の状況を把握出来たわ。友軍艦隊としての出撃は無し。戦闘は無事終了したとのことよ』
艦内に響く伊豆提督の声。戦闘自体は終わったという報告を受けたようで、戦闘としての出撃は無くなった。
しかし、ムーサがその匂いを感じ取ったことは事実。それはまだ伊豆提督には伝わっていないため、ここからどのように後始末を進めていくかは考えなければならない。
『予定通り、これから戦場にいる艦娘達は帰投。それに合わせて、アタシ達は行動を開始するわ。また残骸の中に忌雷があるかもしれないから、慎重に行かなくちゃいけないわね。まずはうみどりを現場に近付けるから、もう少し待っていてちょうだい』
今はあくまでも現場に突入しているわけではなく、少し離れた場所での待機。後始末を始めるには、現場への接近から。
その間に伊豆提督は工廠に移動し、今ムーサが感じ取った匂いの件も知ることになる。
後始末開始の前に、忌雷の処理が優先。現場に到着し、工廠の門が開いたところで、まずそこにいたのはさっきまで戦場で戦っていた艦娘達である。
忌雷の存在がそこにあることがわかっているため、すぐに帰投させるのはまずいかもしれないと、伊豆提督が鎮守府に一度検査を受けてほしいと伝えていた。忌雷があるというのは伝えていないものの、最近の現場には不可解なモノが多いためと言えば、あちらの鎮守府は素直にわかりましたと応じてくれる。
それだけうみどりの信頼度が高い証拠。後始末屋が話せば、それを聞かない部隊は無いと言っても過言ではない。
「準備完了しております」
その部隊の確認のために、フレッチャーはイリスの力をコピー。違和感を与えないため、制服は本来の自分のモノに替えている。
また、嗅覚を存分に使うためにムーサにもここにいてもらっているのだが、流石に深海棲艦がそのままの姿で艦娘の前に現れるわけにはいかないため、セレスのように艦娘の
「ごめんなさいね、アナタ達も疲れているでしょうに。それでも検査だけは受けてもらっていいかしら」
「いえ、大丈夫です。後始末屋がそのように言うのですから、何か事情があるのですよね?」
「ええ、そちらでも話を聞いているかもしれないけれど、厄介な事件に巻き込まれていてね。アタシ達だけが巻き込まれるならまだしも、近隣の鎮守府まで巻き込まれるなんてことまであり得るの。だから、何事もないように調べさせてもらっているのよ」
その部隊の旗艦に伊豆提督は少し思うところがあったようだが、その感情は提督としてちゃんと心に仕舞っている。別人だと理解しているのだから。
軽空母鳳翔。伊豆提督にとっては、母の現し身。自身の母とは別個体の魂を使われたカテゴリーCではあるのだが、やはりどうしてもその姿を見ると普通とは違う感情が芽生えてしまうもの。
「では、旗艦鳳翔と随伴艦5名は、後始末屋うみどりに従います。検査はこのままでも大丈夫ですか?」
「ええ、うちの子達がまずはさらっとやってくれる。何かあったらすぐに言うわ」
「お願いいたします」
その部隊は、戦場で優勢だったということもあり、軽傷な者はいるものの、今すぐ入渠が必要という者はいない。悪くて小破。仲間の手を借りないと動けないなんて者は一人もいなかった。
そこからは簡単な検査を開始するのだが、イリスの目を持つフレッチャーと、忌雷に対しての異常な嗅覚を持つムーサには、それがすぐにわかる。
「……一番後ろにいらっしゃる艦娘……」
「ウン、
「ですね。擬似的ですが……
誰も気付いていない。そうなった経緯もわからない。しかし、そこにはいた。
カテゴリーCである現代の艦娘が忌雷に寄生された場合、その彩に深海棲艦のRが混じり、擬似的なKになることはコレまでの戦いの中で既に把握している事実。
鳳翔の部隊は当たり前だが全員が現代の艦娘。うみどりのような特殊なことになっているわけがなく、カテゴリーC以外がいることは間違いなくおかしなことが起きていることに繋がる。
しかし、彩と匂いでは寄生されていることが丸わかりなのだが、姿形は艦娘の状態から変化がない。それこそ『偽装』の曲解が働いているのかはわからない。ただ、カテゴリーだけが変化しているのは疑いようのない事実。
ムーサがその匂いを感じ取れているということは、忌雷が寄生していることも確定と言って差し支えないだろう。しかし、今は艦娘として普通にそこにいる。潜伏していると考えるなら、いつ行動を起こしてもおかしくない、かなり危険な状態。
「検査のために、一度艤装を降ろしてもらえるかしら。隅々まで見なくちゃいけないから、非武装になってもらいたいの」
「かしこまりました。何事もないことの証明にもなりますし、従わない理由はありませんね」
伊豆提督がここで前々から考えていた手段に出る。もし万が一寄生された状態で潜伏していたとしても、非武装であればまだ対処は出来る。艦娘としてのパワーアシストが失われれば、基本的にはその膂力は人間とほぼ変わらないのだから。
勿論油断はしていない。『量産』の曲解のように、非武装の状態でも危険な能力を既に見ているのだから。
次々と艤装を降ろしていく中、フレッチャーとムーサが目をつけた艦娘も言われるがままに艤装を降ろしていた。非武装になるのを躊躇わないところを見ると、ますます謎が出てくる。
「匂イ、艤装ノ方ガ強イ」
注視していたムーサが気付く。忌雷の匂いだけで言えば、艦娘より艤装側の方に匂いが偏っていることに。
つまり、今そこに降ろした艤装こそがまずい状態。最初からそれを狙っていたのか、寄生されつつもそうなることを予期していなかったのかは定かではないが、どうであれ艤装が工廠に運び込まれることが一番の問題。
だとしても、工廠内でその艤装を破壊するわけにはいかない。分解するにも奥に持っていかねばならず、そうしたらおしまいの可能性もある。
「そこの方、すみませんが」
そこでまずフレッチャーがその艦娘を足止め。鳳翔の艦隊は驚き、その艦娘の方に視線が集中する。
「何か?」
「この戦いで何か違和感のようなものはありませんでしたか? 少しオカルトのようなことを言って申し訳ございませんが……今の貴女には、何かが
「……取り憑いてる? まさにオカルトな言い方ですね……」
フレッチャーの言葉に怪訝そうな表情を見せる。突然呼び止められてそんなことを言われたら、そう考えるのも仕方ない。
「浜風さん、彼女の問いに答えてあげてください」
「はい、違和感と言われても、私には何も。この通り、少し傷ついていますが、戦いには勝利し、今ここに立っているわけですが」
鳳翔に言われて話し始める艦娘──浜風。普通に語るわけがないとわかっていながらも、フレッチャーは浜風に対していろいろと聞いていく。身体に何かおかしなところはないか、頭の中で何か起きていないか。そして随伴艦達にも浜風に何か違和感を覚えなかったかと。
そうしている間に、ムーサが浜風の艤装を調査する。工作艦でもないのだから調査と言っても見たり触れたりくらいしか出来ないのだが、
「アッハ、アッタアッタ。見ィツケタ♪」
ズルリと出てくる1体の忌雷。浜風以外はそれを見てギョッとした表情をした。
「食ベルノハ後カラニシテオコウカナ。今ハソレヨリモ……誰カタッパー持ッテキテー。コレ、
ニコニコしながら浜風の艤装をまさぐるムーサ。大好物が次から次へと出てきそうな予感に、涎が垂れるのをどうにか我慢しているかのようにすら見えた。
「……浜風さん、これはどういうことです?」
鳳翔に問い詰められ、浜風は諦めたかのように溜息を吐いた。ここまでされたらバレたも同然。
「はぁ、こうなってしまったら仕方ないですね。ならば──」
「おう、どうするってんだ?」
浜風が動きだそうとした瞬間、もうそこには深雪がいた。動く間も無く手を取られたかと思えば、かなり強引に引っ張ってチョークスリーパー。そして、背中から特機1号の触手を突っ込み、体内に蔓延る忌雷を探し出し、そして一気に抜き取った。
忌雷を失った浜風は、その衝撃で白目を剥いて倒れた。あっという間の出来事に、鳳翔ほか随伴艦達は何も言うことが出来なかった。
「いっちょ上がり。マジで寄生してるとはな」
「良かったのです。良くないですけど」
引っこ抜いた忌雷は、そのまま燻して特機に変えていく。艤装に隠れている忌雷は全てムーサの取り分となりそうなので、1体くらいは特機にしても問題ないと考えた。
事前に対策をとったことで、最悪は回避出来た。しかし、鳳翔の艦隊にはしっかり伝えなくてはならない。
ここに来て新キャラ。でも島に近い場所なので、危険な鎮守府ではあるんですよね。