後始末はその後も続き、終了したのは日の出よりも少し早い時間。と言っても空は白んできており、日が出ていないだけとも言える。
慣れた者達にとっては、疲れはあるもののまだまだ働けるくらいには余力がある。洗浄後に朝食を食べてから眠ることも容易なくらい。
朝が来るまで工廠で待機しようとしていた鳳翔艦隊は、伊豆提督の勧めから、少しだけでも身体を休めるために後始末作業中は睡眠をとらせてもらっていた。朝イチに鎮守府に戻るためには、徹夜で待機するよりは万全な状態で戻るのが一番である。
ただでさえ、今は海に忌雷がばら撒かれている可能性もあるのだ。まずは明るい時間に行動し、それでも不安が無いように細心の注意を心がける。そのためにも、睡魔なんて回避可能な問題は取り除くに限る。
「すみません、入渠させていただいた上に、寝床まで提供していただいて」
しかも朝食まで準備してもらえているということで、鳳翔を筆頭にありがたいけれど申し訳なさも感じていた。当たり前だが、こんなことになるなんて誰も予想だにしていなかったのだから仕方ないこと。特に浜風はかなり辛い思いもしている。
「いいのいいの、こういう時こそ助け合いよ。それに、アタシ達のこのうみどりの特殊なところを聞いても受け入れてくれたんだもの。その御礼も兼ねているわ」
「た、確かに特殊ではあるのですが……」
工廠で周囲を見回すと、その特異性はすぐにわかるものである。浜風達随伴艦も、これまで生きてきた中でも見たことのない光景に目を丸くしていた。艦娘も深海棲艦も当たり前のように一緒におり、後始末屋として働いているのだ。その深海棲艦が、忌雷を作り出した敵によって改造された元人間であると知って、また驚いている。
七色の艦隊と称している、全カテゴリーが集合していることに関しても、既に有道提督含む艦娘達全員には伝わっている。一部は本当に純粋な深海棲艦だし、発見したら始末以外の選択肢が無かった
これもまた特異点の力だろうと言われたら、深雪に畏怖の念を抱いてもおかしくはない。しかし、深雪の性格を目の前で見ているおかげで、そんなことも感じなかった。
「本当ならうみどりで送っていってあげたいんだけれど」
「いえいえ、そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。全員回復していますし、うみどりはまだやらねばならないことがありますよね」
「ええ……元帥からの直接の指示だもの。この世界の鎮守府全てに伝えておかないといけないからね、アナタ達にも話したこと」
元帥からの指示、それはやはり早い方がいいと決断し、うみどりの現状を全ての鎮守府に伝えるための場を設けるというもの。
この世界で暗躍する出洲一派──というよりは、失敗続きで暴走を始めかけている阿手から身を守るための手段を早急に伝え、自己防衛をしてもらおうということになる。
「あちらは無差別に襲うようになってしまったからね。もう既に……なんてことだってあり得てしまうんだから、早いに越したことはないわ」
「私もそう思います。この夜に話を聞いただけでも、とても危うい状況なのだと理解しました。その中でも救われた私達は、本当に運が良かった」
「本当に、ね」
それもあるため、うみどりは清浄化率の維持を確認している間に、瀬石元帥が全鎮守府に説明出来る場をオンライン上に用意し、この日中に通達するという流れになっている。
その準備などを考えると、うみどりを動かして有道鎮守府まで行くのは控えるべきということになった。準備と言っても心の準備くらいなのだが。
「改めて、ありがとうございました。うみどりは我々の命の恩人です」
「どういたしまして。でも、御礼は深雪ちゃん達に言ってあげてね」
「はい、勿論。顔を合わせる度に御礼を言っているくらいです。煙たがられそうで怖いくらいに」
それだけ感謝しているという証拠なので、煙たがるようなことは無いだろう。深雪は煙にも慣れている。
まだ時間はかなり早いのだが、これから休むということもあって陽が昇り切る前から朝食。鳳翔艦隊にも用意されており、食堂で働いている
七色の艦隊と伝えられても、実際に見るのとはまるで違う。その深海棲艦が深海棲艦らしからぬ言動をするのは、目にしなくては理解出来ない。
「後始末、お疲れ様。ここでみんなに話しておかなくちゃいけないことがあるわ」
そんな鳳翔艦隊はさておき、全員が集まっている場で伊豆提督が語る。
「今回の敵のやり方を考えると、もう無差別攻撃、テロだと考えても差し支えないわ。だから、その対策を各鎮守府でやってもらうためにも、このうみどりの現状を全て伝えることになったの」
食堂が騒つく。忌雷から救われた鳳翔艦隊、延いては所属する有道鎮守府に全てを伝えるのは仕方ないことではあるが、全鎮守府に伝えるのはなかなかリスクがあるのではと一部の者達からは声が挙がる。
しかし、デメリットよりもメリットの方が大きいと判断されたことを伝えると、そうなるのかとみんな落ち着いた。
確かにうみどりの存在を疑問視するような者も現れるだろう。しかし、今このままにしておけば、少なからず忌雷による寄生が発生し、組織は侵蝕され、強制的にあちら側へと転向させられる。その考えがない者であってもだ。それを阻止しなくてはならない。
「ハルカちゃん、それっていつやるんだ?」
深雪からの質問。それは自分も関係しそうだからという理由で。
「元帥が今全鎮守府に通達中よ。流石に時間が早すぎるし、何処もすぐに暇になるなんてことは無いでしょうから、今すぐは難しいわ。早くてもお昼くらいになるでしょう。その間はアナタ達には休んでもらうことになるんだけれど、その時が来たら……」
「ああ、あたしはそれに出てもいい。つーか、あたしのツラ見せた方が説明が早いよな」
深雪は既に覚悟を決めているようなモノ。特異点という存在を説明するにあたって、深雪の存在を見せることは最も手っ取り早く、わかりやすい。最悪、全鎮守府の前で特異点の証明として深海棲艦姿を見せることになる可能性すらある。
むしろ、深雪周りの仲間達の姿を見せれば、どれだけおかしなことになっているかがわかりやすい。特異点である深雪と電に加え、第二世代のグレカーレ、カテゴリーMであり深海棲艦化の改造を受けている白雲、そこに純粋な深海棲艦であるセレスやムーサ、カテゴリーYにされてしまった者達まで見せれば、納得は出来ずとも現状把握は出来るはず。
「あたしはそれで構わない。それで気に入らないことを言う人間が出てきても、まぁ仕方ないとは思う。わけわかんねぇモノ見せられて、はいそうですかって納得出来る方がすげぇからな」
「本当にごめんなさいね深雪ちゃん。相変わらず負荷ばかりかけちゃって、申し訳ない気持ちでいっぱいよ」
「なんつーか、ちょっと慣れてきちまった」
苦笑する深雪。嫌なことを言われることに慣れるだなんて、本来ならばあってはならないこと。伊豆提督は苦しそうな表情を見せる。
深雪は言葉を続ける。
「でもさ、それでもあたしのことちゃんと認めてくれる人間がいるってことも知ってんだ。ハルカちゃんだってそうだし、軍港のみんなとか、調査隊のみんなとか。だったら別にいいよ。全員が全員わかっちゃくれない。でも、わかってほしいヒトにわかってもらえてるんだから、それでいいさ」
健気なことを言う深雪に、伊豆提督は涙腺が緩みそうになった。今の深雪は最初とは比べ物にならない程に成長している。それが本当にわかりやすい。
「つっても、多分あたしはこの前みたいにプッツンしちまうかもしれねぇ。相手がどんな奴でも食ってかかっちまう。あたしの存在を否定するなら、それくらいする権利があるとも思ってる。それでも……いいかな」
この前というのは勿論、神威の父と対談した時の話。放っておかれて親子喧嘩を見せられることになったというのもあって、神威の父を言葉で言い負かす程に言いたいことを言った。
その時はまだ相手は一般人。言ってしまえば上下関係などが無い相手。口論だって同レベルで行われたのだから成立する。しかし、今度の場にいるのは全員が提督、もしくは大本営所属のお偉方。深雪より確実に立場は上。深雪の言動次第では、うみどりのことを悪く思われる可能性すらある。
「構わないわ」
だが、伊豆提督は考える素振りもなく、あっけらかんと言い放つ。
「先にこれは伝えておきましょ。元帥からのお達しね」
むしろ笑顔で深雪に話し始めた。
「深雪ちゃんの言い分は基本全てが正論なモノよ。だから、元帥はこう言ってくれたわ。『
まだ深雪は元帥と顔を合わせたこともない。しかし、これまでやってきたことを伊豆提督経由で聞き、その存在を認め、それだけの権限を与えたようなモノ。
今回は神威の父と話す時と違って、機密による縛りすらない。言いたいことを選ばないでもいいということは、それだけでも気が楽になる。
「勿論、出たくないなら出なくてもいい。そこは深雪ちゃんの判断に任せるとも言ってくれてる。だから、最後は深雪ちゃんの意思だけれど」
「さっきも言った通り、あたしも出るよ。何言ってもいいなら尚更だ。ハルカちゃんに迷惑かかんねぇってことだろ。なら好き勝手やるぜ。あ、でも先に元帥ってヒトと顔合わせておいた方がいいかな」
「それは確かにそうね。そのことは元帥にも伝えておくわ」
これにより、全鎮守府への報告会に深雪の参加が決定した。特異点が自らの言葉で伝える。それが納得に一番早いと信じて。
「電の同席って構わないかな」
「ええ、大丈夫。元帥は深雪ちゃんの一番やりやすい環境でやってくれればいいって言ってくれたわ」
「よし、じゃあ電、今回も頼めるか」
「なのです! 深雪ちゃんのために、電も頑張るのです!」
電もやる気充分。深雪が覚悟を決めているなら、電だってやれる。フンスと鼻息荒く、深雪の隣にいることを誇りに思う。
「白雲、グレカーレ、お前達も頼む。画面に映らなくてもいいから、そこにいてくれるだけで充分だ」
「勿論、白雲はお姉様と共にあります故」
「だいじょぶ。つーか、気に入らないこと言ったヤツにはあたしもぶちまけてやるっての。あたしゃ人間を全部信用したわけじゃあないからね」
「白雲もでございます。お姉様を傷付ける者は、まずは口で負かしてみせましょう。完膚なきまでに、心を折ってみせましょう」
深雪からのご指名もあり、ニコニコな白雲とグレカーレ。深雪のメンタルを支える者として認定されたようなもの。この扱いは何よりも嬉しい。
「ねぇ、深雪、1つ思ったんだけど」
ここで時雨が口を挟んだ。
「ん、どうしたよ」
「いっそのこと、
とんでもないことを言い出した時雨。だが、深雪はその意見を一蹴することなく、どういう意味だと聞いてみる。
「場所はほら、あの駆逐艦の会だっけ、あれで使ってる大広間でいいだろう。そこで、うみどり一同で迎え撃つってのはどうかなと思ってね。話をする人間は、碌にうみどりの苦労も知らずに文句を言ってくる可能性もあるんだろう。それも、君1人に寄ってたかってだ。なら、こちらも人数を集めて言い返してやればいい」
「……んなこと言って、お前が人間にぶちまけたいんじゃないのか?」
「それもある。否定はしない。僕の呪いは消えたわけじゃないからね。でも、何も知らない連中に、僕達の生き様を否定されるのは気に入らない。何かあれば、僕達自身で訴えた方がいいと思ってね」
要は、時雨も含めて仲間達全員で深雪を支えると言っているのだ。電では優しすぎる。白雲では冷たすぎる。グレカーレでは煽りすぎる。その全てを補うためには、頭数を揃えて対等に持っていくのが一番だと、時雨は思いを伝えた。
「……確かにな。あたしはみんなに支えられてここまで来てる。なら、誰かを選んでなんて言ってちゃいけなかったな。ハルカちゃん、こんなこと出来っかな」
「なんとかしてみせるわ。確かに全員を見せた方が説得力は上がるもの。どうにか元帥に頭を下げさせるわね」
伊豆提督もやる気満々になっていた。うみどりを認めさせるようなモノなのだから、出来ることは全てやる。
休息はするが、その後はうみどり総出の戦いとなる。海戦ではなく、回線で。
前代未聞、他鎮守府全提督vsうみどり一同