裏切り者の鎮守府から向かってくる艦娘──
偵察機ではなく爆撃機。明確に空襲の意思があるということ。うみどりの周囲には、攻撃しなくてはいけない
艦娘からの攻撃を受けるだなんて、長く後始末屋として活動していても初めてのこと。好かれはすれど、嫌われることはなかった海の掃除屋が、それこそあちらからしたら叛逆者扱いである。
「まずは私達です。うみどり所属となっての初陣ですが、問題ありませんか?」
うみどりが航行を止め、迎撃態勢を取ろうとする中、まず第一陣として出撃するのは防空隊。艦載機が飛んできているのだから、まずはそれを対処しなくては始まらない。
隊長は勿論秋月。今回のフレッチャーはイリスの力をコピーしているため、連射は利かないモノの、フレッチャー級特有の防空性能を活かすためにこちらに参加。
そして秋月が声掛けしているのは、カテゴリーYであっても戦場に出ることを決意した居相姉妹。埋護姉妹の艤装もうみどりでメンテナンスされており、手に入れた『防空』の曲解にもより反応出来るように調整もされている。
「大丈夫だ。この程度、前回の防空に比べれば微塵も恐怖を感じぬわ」
「……うみどりの皆さんの方が練度が高いと思いますよ。素人ですが、防空には一家言ありますので、見たらわかります」
「うむ、姉上の言う通りだ。一度うみどりの空襲を体験しているのだからな、我々でもアレは問題ないと判断する」
居相姉妹の言う通り、あちら側の空襲のレベルは低いわけではないが、うみどりよりは一段下がる。
それに対してうみどりの防空隊は、その能力も込みにして非常にレベルが高い。そんじょそこらの航空隊では突破が難しいどころか出来ないくらいの弾幕が張られるため、それに関しては誰も心配していない。
少し気になるのは新兵のメンタルくらいなのだが、それも安心出来るくらいに仕上がっているようである。新兵と言っても実戦経験アリ。その上、性格上簡単には折れない
「フレッチャーさん、最初は防空隊ですが、そこから前線に向かってもらいます。長丁場になるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「はい、心得ております。今の私は眼を使うことを優先しますので、頃合いを見て対空砲火を止め、他の部隊と合流します」
「任せました」
フレッチャーはこの中では力が少し劣るものの、それは今の能力を戦闘以外に寄せているため。むしろ、防空隊が主戦場ではないのだから仕方ないこと。新兵である居相姉妹に任せるところが多いが、2人の気の入りようからして心配もしていなかった。
そして、門が開く。その時には、敵航空隊の爆撃はもう間近だった。
「皆さん、行きますよ。全てを撃ち墜としてください。艦載機も、そこから放たれる爆撃も、破壊した破片も、何もかもを!」
「了解だ! この私の防空の力で、敵の全てを蹴散らしてくれるわ!」
「調子に乗らない」
戦場ではあるのだが、少しだけ和やかな雰囲気が醸し出される。恵理の厨二病が空気を弛緩させるおかげで、余計な力が入ることなく出撃することが出来た。
防空隊による戦いが始まる頃、空母隊も準備を整えた。あちらの様子をいち早く知るためにも、偵察機を放つ必要があるからだ。
加賀率いる空母の他に、今回は三隈と神威も共に艦載機を飛ばす。水上機も含め、正面から来る部隊以外にもうみどりを狙っている者達がいないかどうかを確認するため。
「現在、裏手からの攻撃はありませんわ。流石に最も近い鎮守府からの攻撃のみでしょう。ですが、油断は禁物です」
「ええ、何をしてくるかわからないものね。私達には見つけられない潜水艦にも注意は必要よ。神威、どうかしら」
「高性能なソナーをいただいていますが、今のところは何も感知しません。続けて警戒します」
この中でも神威はソナーを装備しながらの偵察となっている。対潜は他の者に任せるが、警戒のみならば神威でも出来るため、出来ることはここで纏めてやってしまおうという策。
「敵機確認! 映像、イリスさんに回します!」
ここで翔鶴の艦載機が敵部隊を発見。操縦している妖精さんからの映像を、そのままイリスに展開。カメラ越しの彩から、敵の詳細を明確にする。
今回の敵はどういう状態になっていてもおかしくない。忌雷に寄生されているかもしれないし、ただの艦娘かもしれない。それに、
『……翔鶴からの映像で、敵部隊を確認出来たわ』
すぐに艦内放送が響く。まだ目視で見えない場所であっても、偵察機からの映像でそれは確認出来た。
『敵の人数はまずは6人……でも鎮守府の艦娘がそれだけのはずがないから、ここからまた増えると思って。それで内訳だけれど……Cが2人、擬似Kが4人……その内2人は……
その言葉が工廠にも届いたことで、一同の緊張感が高まる。また、出来損ないと共に艦娘がいるという時点で、いろいろと察することが出来た。
「出来損ないを容認するくらいに洗脳されている……ということよね。忌雷にも寄生されていないカテゴリーCがいるんだもの」
伊豆提督が珍しく苦い顔をした。
阿手の教育を受けた提督ということは、阿手と同じことが出来ると思ってもいいのだろう。つまり、鎮守府で行われていたのは、自分の思い通りに人心を掌握する洗脳教育。
提督のやることなすことを全て肯定し、出来損ないのような見るに堪えない姿にされた仲間を見ても何も思わないような思考回路に調整されてしまっている。その上で忌雷まで寄生され、艤装が苗床になってしまっている者もいるのだから目も当てられない。
「艦娘が素体の出来損ないは、体液が危険だ。前に文字通り痛い目を見たからね」
「時雨が言うと説得力が違ぇな」
「本当だよ。あんな目、二度とゴメンだね」
さらに気をつけなくてはならないのはそこ。この出来損ないの体液は腐食性であり、少しでも触れればそこから腐食が拡がる。多く付着したらその分侵蝕も速くなり、生身であろうが艤装であろうがお構いなしにグチャグチャにしていくだろう。
それをどうにか出来るのが、深雪の持つ消し飛ばす砲撃と、白雲による凍結。前者は絶対的な対処法であり、後者は対処まではいかずとも被害を最小限に食い止めることが出来る有用な手段。
「ソノ出来損ナイッテ、ドンナモノナノ?」
ここで常に匂いを嗅ぎ続けているムーサが深雪に質問する。言葉では何度か出てきていても、詳細を知らない者は少しずつ増えている。
「忌雷に寄生された時に、適性がないとちゃんと寄生されないみたいなんだよ。で、身体が滅茶苦茶にされてバケモノになっちまう」
「ジャア、ソレハ忌雷ノヨウナモノ?」
そう言われると回答が難しい。出来損ないの身体は忌雷によって変質させられているが、それが忌雷そのものかと言われたら、違うというのが正しいのだろうか。深雪は何とも言えない。
だが、その答えはこの戦場でわかることだろう。何せ今回はムーサも共に前線に立つ。忌雷対策として最も有能なのは、
「匂イ、近付イテキテルヨ。ウワ、ナンカスゴク強イ匂イガスル。セレス様ガ言ッテタ発酵臭ッテヤツカモ」
「腐ってるってことなのです?」
「ワカラナイケド、他トハチョット違ウ匂イダネ。美味シソウ」
ジュルリと涎を垂らしかけるムーサに、この切羽詰まった状況であっても周りは少しだけ和んだ。副官ル級だけは溜息を吐いていた。
『視界に入ったわ。さっき言った通りよ。C2人、擬似K2人、出来損ない2人』
ついにその敵部隊が視界に入るところまで来ていた。防空隊が対処している艦載機を飛ばしているのは、カテゴリーCの空母。もう片方のCは戦艦であるため、戦力としてもかなり高めの部隊となっている。
だが、本命はやはり擬似Kと出来損ないなのだろう。うみどりの実力は既にあちらも把握しているだろうから、まずは誰かに忌雷を寄生させることを優先する。そしてそのためなら手段を選ばない。少数精鋭だとしても、やり方次第ではうみどりのそれをひっくり返すことも出来る。
例えば、自爆して増やした忌雷を避けられない程にばら撒く、とか。
「擬似Kの子達は忌雷を抜いてあげて。深雪ちゃん、そこはお願いするしかないわ。危険かもしれないけど、まずは寄生されないように」
「あいよ。そこは上手くやる」
「Cの子達は戦闘不能にして鹵獲。変化がなくても忌雷が仕込まれてる可能性もあるから気をつけて」
「お任せを。全て凍り付かせて差し上げましょう」
「出来損ないは……」
指示を飛ばす伊豆提督だが、出来損ないの対処だけはどうしても辛そうである。元人間の艦娘に処置を施し、適性が無いからとバケモノになった成れの果て。救えるものなら救いたいと思ってしまうのが情というもの。
海賊船の時には余裕が無かったが、今ならば何が出来るのではと考えてしまう。
「僕は相手が人間であっても躊躇いはない。キチンと始末をつけるから安心してほしい」
出来損ないには特別に恨みがある時雨が話す。伊豆提督の躊躇に対し、時雨は関係なしに始末すると言い放った。
今回は実弾を装填する者と、演習用の模擬弾を装填する者の2パターンになっている。時雨は前者、実弾を扱う者。ちなみに深雪も実弾である。そうでなくては、出来損ないを終わらせるための消し飛ばす砲撃が放てないから。
それを扱う理由はわかりやすい。救う側より、始末する側の方がやりやすいから。時雨はこういう時に呪いによる憎しみが強まる。自分も被害を受けているから。
「……取り返しがつかないなら、そうした方がその子のため……かしらね。悔しいけれど」
「加害者のことを思う前に、被害者のことを考えてほしいものだよ。全て救うなんて無理なことさ。救えないモノだって世の中には存在してる」
非情な選択ではあるが、これも仕方ないこと。元人間だからと躊躇していたら、以前の時雨のように死ぬギリギリのダメージを受ける可能性だってあるのだ。まずはうみどりのことを考えてから、救うことを考えるべきだと時雨は伊豆提督に伝えた。
「さぁ、行くぜ。まずはあたし達が先制する」
旗艦は珍しく深雪。忌雷対処のスペシャリストとしての抜擢。旗艦というよりは、他の者のやりやすさから考えたリーダーみたいなもの。
随伴艦は、電磁波照射装置を装備した電とグレカーレ、凍結による行動阻止が可能な白雲、それでも止まらないものに容赦なく攻撃が可能な時雨、そして忌雷そのものの感知能力が異常なレベルのムーサである。
ムーサも流石に非武装というわけにはいかないため、深海棲艦の艤装をしっかり装備。とはいえおそらく兵装は使わない。念のため模擬弾を無理矢理装填されているが、ムーサがそのために出撃するのではないから。また、副官ル級は集めた忌雷が入っているタッパーを持たされてお留守番。戦いが終わったらオヤツとして食べるからと念を押されていた。
「アッチデモイクツカ食ベラレルカナ。美味シイトイイナ」
「ムーサだけやたら呑気だけど、仕方ねぇ。それじゃあハルカちゃん」
「ええ、今回ばかりは頼らせてちょうだい」
「任せろ! みんな、出撃だぁ!」
ついに始まってしまった艦娘相手の戦い。あちらは洗脳教育によって殺意マシマシだが、それを打開することが出来るか。