後始末屋の特異点   作:緋寺

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夜のすれ違い

 夜、就寝時間よりも前に艦内放送が響き、そこからすぐにうみどり全体が揺れた。夜の哨戒も終わり、移動が始まったようである。

 寝る前であったため、ベッドから転げ落ちることになることもなく、事前に放送もあったため、壁際でその振動に耐えることも出来る。

 

「また別の後始末の場所に行くんだよな。次の仕事も、何事も無ければいいんだけどな」

 

 独りごちながら、電への交換日記をしたためる深雪。面と向かって話せるようになった今でも、交換日記だけは続けていく方針。電がそれを求めたのだから、否定する理由もない。

 今日あったことはお互いに知っているから、その時に思ったことや世間話的なことを書いていくと、たわいない話で埋まっていく。まさに平和の象徴。

 

「……ここに真実を書いていくのも無くはないのか……いや、カタチに残るところで伝えるのは嫌だよな。無し無し」

 

 世界の真実を電に伝えるために交換日記を使ってみるかという考えもよぎったが、自分でそれを文章に起こすのも気が引ける。それに、それが世界の真実とはいえ、自分の文字でここに残るということに嫌悪感を覚える。

 交換日記の場は、深雪と電が思いを伝え合う場所のようなものだ。人前では話せない本心を書いたりするのが基本。そこに余計な言葉はいらない。

 

「よし、こんなところだろ。まだ起きてるだろうし、直接渡しに行くかな」

 

 軽く身体を伸ばした後、立ち上がって交換日記と筆記具を片手に電の部屋へ。お隣さんであるためにあっという間に到着である。

 それだけ近いなら直接話せばいいのにと思う者もいるかもしれないが、言いにくいことも言えるのが文字だ。書くことに勇気がいるだけ。勇気を以て本心を書くという行為が出来る交換日記は、ある意味精神鍛錬の一種になっていたりするのかもしれない。

 

「おーい、電、寝る前にちょっといいかー?」

 

 扉をノックすると、小さな返事と共にトテトテと電がやってくる音。そして、ゆっくりと扉が開く。

 

「ほい、交換日記。続けていくんだよな」

「ありがとうなのです。出来れば、ずっと続けていきたいのです」

 

 交換日記を受け取ると、大事そうに胸に抱きしめて、ニッコリ笑う。

 この交換日記も、電にとっては立ち直るためのきっかけとなってくれているため、とても大切なものとなっている。生まれて間もない自分の、深雪との接点という理由でも()()と言えるだろう。

 

「今、うみどりは次の目的地に向かっているのですよね」

「ああ、また後始末があるだろうし、次の作業のために動いてるんだ」

「次は電もお仕事をしようと思うのです」

 

 今回の後始末は、知るためにも執務室から見学するというだけとなったが、次回からは本格参戦すると決めたらしい。まだ伊豆提督には伝えていないが、話したら間違いなく賛成してくれるだろう。

 電だってもう後始末屋の一員。うみどりで生活している以上、その仕事に手を出さねばならない時が来る。亡骸を処理していくのは辛く悲しいものではあるのだが、冥福を祈りながらの作業に優しさを感じている電は、是非とも自分にもやらせてほしいと嘆願しているくらいである。

 

「お、じゃあ一緒に頑張ろうな。誰が何処の仕事をするかは当日に決まると思うけどさ、同じことが出来たらいいな」

「どんな作業でも、一緒なら乗り越えられるのです」

 

 もしかしたら、深雪が電に作業を教えることになるかもしれない。深雪自身もまだまだ経験が浅いので、まだ先輩風を吹かせるには早いか。

 

「そろそろ寝る時間だな。んじゃあ、お休み電。また明日な」

「はい、おやすみなのです、深雪ちゃん」

 

 こんな挨拶が出来るようになれたことも、深雪としては感慨深い。自分もトラウマを乗り越えることが出来たことを強く実感することが出来る。

 突然ぶり返すなんてこともない。()()()()()()を思い浮かべても、辛さを全く感じない。

 

 これで、深雪は真に艦娘になれたと感じた。

 

 

 

 

 艦娘達が寝静まった夜、うみどりは妖精さんの操縦によって次の目的地へと進んでいく。

 深夜の航海というのは、明るい内に進むよりは当然危険が多い。天気云々は関係なく、そこに何があるかもわからないような暗闇の中を進むことになるからだ、

 勿論、うみどりに照明が無いわけがなく、自分達の居場所を示すかのように、周囲を照らし続けていた。

 

「異常無し、ね」

 

 誰もが眠っている中、うみどりの中でも唯一起きているのが、イリスである。今は艦娘達には立ち入り禁止区域とされている場所、操舵室の方へと足を運んでいた。

 

 うみどりの中でも誰よりも遅くまで活動し、誰よりも早く目を覚ます。睡眠時間が足りているのかと思えるような働き方ではあるのだが、イリス自身がそれで大丈夫だと言うため、誰もが納得するしかない。その上で、伊豆提督も執務の間でも眠ることを許可しているため、イリスも健康を維持出来ている。

 

「厄介なモノが出てくれたわね。私達に害が無ければいいんだけれど」

 

 小さく溜息を吐くと、妖精さん達が心配そうにイリスを見つめていた。

 

「ありがとう。大丈夫よ。私はともかく、ハルカが悪い状況には持っていかないようにしてくれるわ」

 

 わかるかわからないか程度に微笑み、心配してくれた妖精さんを指先で撫でる。妖精さんもそれを喜び、指先を撫でる。

 

 妖精さんにも疲労はあるため、定期的な休息が必要なのだが、停泊によって清浄化率の維持を確認している間は、全員が交替で休息をとっている。波が高い時の艦体の維持などがあるため、全員が一斉に休息をとることは出来ないものの、交替制でしっかり身体を休めているため問題はない。

 そのおかげで、操舵室の妖精さん達は元気いっぱいとなっている。これがあるから正常な航行も可能。間違いもしない。

 

「これは私にしか出来ない仕事でもあるもの」

 

 そう言いながら、用意していた蒸しタオルを目元に被せて目を休ませる。その能力のために目を酷使するため、定期的にこうやって休息を取っているのだ。

 その姿を艦娘達に見せないようにしているようで、この立ち入り禁止区域を使用している。この場所に来れるのは基本的にはイリスだけ。伊豆提督もイリスに任せ切っている。

 

「……はぁ……落ち着くわ。ちょっと前までは深雪と電の件で少しヒリついていたものね。貴方達には影響は無かった?」

 

 目を瞑りながらでも、妖精さんに語りかけるイリス。

 当たり前だが、見えていない状態での妖精さんとの交流は困難極める。何か、こちらの言葉は通じても、あちらの言葉は聞こえないのだから。

 しかし、そんなことを意に介することもなく、さも当然のように話をしていた。指先に伝わる妖精さんの反応から、その感情を読み取るかのように。

 

 そんなことをしながら十数分休み、蒸しタオルの熱が失われるのを待ったところで休息終了。この後睡眠に入るのだから、ここでそこまで身体を休める必要はない。あくまでもあまり仲間にも見せられないようなことをする時のためにここに来ているようなモノである。

 

「さ、じゃあ私は向こうに戻るわ。うみどりのこと、よろしくお願いね」

 

 最後にもう一度、妖精さんの頭を撫でていく。妖精さんにはこれが一番のご褒美のようで、イリスとの交流が最高の休息となっているようだった。

 

 と、その時に突然、操舵手をやっている妖精さんが持ち場を離れてイリスの袖を引っ張った。多少持ち場を離れたところで航行に支障が出るわけではないのだが、緊急事態の時にしかこういうことはしてこないため、何事かと驚く。

 

「何かあった?」

 

 操舵手妖精が指さすのは、外部を見るためのモニター。進行方向から、何やら()()()が見えた。

 

「何かしら……」

 

 その光は、チカチカと何かを表すように光を送ってきている。それこそ、ここにうみどりがあることを知っていたような動き。

 暗いため目視はかなりしづらい。しかし、イリスの目には彩が見えない。つまり、そこには艦娘などはいない。そうなると、そこにいる、むしろ()()のは、うみどりのような艦だろう。

 それは、充分な大きさを誇る艦だった。うみどりが特別大きく造られているため、それを二回りほど小さくしたような客船のような艦。あちらも()()()()()である。

 

「アレは……ああ、なるほど、そういうこと。アレは調査部隊ね。あの()()の解析をしてちょうだい」

 

 妖精さんに指示をすると、すぐにその光──モールス信号の内容を文面として起こしてくれた。

 

我々は調査部隊(ワレワレハチョウサブタイ)……海洋調査艦(カイヨウチョウサカン)……」

 

 それはイリスの予想通り、調査部隊の移動鎮守府である。その名も、海洋調査艦おおわし。海上も海中も隈なく調査するために、常に海の上にある鎮守府であり、うみどりと同じような役目を持つ高機能艦船である。

 

 引き継ぎの資料は既に渡しているため、やってほしいことは全て伝わっている。航路がたまたま重なったため、挨拶がてら信号を送ってきたのだろう。

 最古参の神風ですら、その顔をまだ見たことがないというあちら側の提督。このように海上で出会うことがあっても、直接顔を合わせることが出来ないのだから、そうなってもおかしくない。加えて、行動が今のような夜の時間帯となることが多いため、尚のこと他の者達と対面する機会が無いのだろう。

 

 だが、あえてうみどりに信号を送ってきたのには訳がある。それが、伊豆提督の後輩であるということ。伊豆提督と顔見知りということは、イリスもその顔は知っているし、話もしたことがある。保前提督ほど親しくは無いかもしれないが、仲がいい相手であることは間違いがない。

 イリスはその時の顔を思い浮かべながら、妖精さんに頼んでモールス信号を打ち返してもらう。

 

「任務ご苦労様、引き継ぎ資料の通りでよろしく、と送っておいてちょうだい」

 

 それを打っている間に、あちらから更なる電文。深夜であるため、信号だけで済ましているようだが、これが昼間ならば、間違いなく通信が来ていただろう。

 

先輩は元気か(センパイハゲンキカ)……って、相変わらずね彼も。本当にハルカに懐いちゃって」

 

 その後輩は、相当伊豆提督のことを好いているというのがイリスの認識。この通信も、その気持ちが溢れて送ってきたものであるとすぐにわかる。

 

「停泊でもして顔が合わせられればいいんだけれどね。夜じゃなければまだ良かったけど、残念だったわね」

 

 クスリと笑い、すこぶる元気であると返すように指示。今はもう眠っているとも。

 

「あれだけ元気なら、彼もいい成果を残してくれるでしょう。期待して待とうかしらね」

 

 眠る前に活力を与えられるような感覚。イリスはその顔も知っているからこそ、こんなタイミングでも彼とすれ違うことが出来たことを喜んだ。

 

 こういった()は大事にしておかなければ、この世界ではやっていけない。イリスはそこを特に重んじている節がある。友人は増やせるだけ増やしたいし、顔を合わせるものとは仲良くしたい。その気持ちが大きいからこそ、深雪と電の仲のことには口出しはせずとも気にはかけていた。

 それが解消されたことは、表情に出さずとも心の中では大喜びだった。顔に出さないのはプライドか別の理由か。

 

 

 

 

 調査隊が現場に到着したのなら、この件は迅速に進むはずだ。それが根幹に繋がるか、停滞するかはさておき。

 




調査隊も移動鎮守府による活動をしている部隊。こうやってすれ違うこともあります。でも顔は知られていない。海洋調査艦おおわし側のストーリーは、うみどりよりもハードかもしれない。
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