出来損ないでも治療が可能か確かめた深雪だったが、忌雷こそ引き抜くことは出来ても、その命を取り戻すことは出来なかった。見た目は本来の艦娘に戻れたため、綺麗なカタチで弔うことが出来るのはせめてもの救い。
それもあってか、忌雷に寄生されていなくても仲間の命をこのように扱って平然としているカテゴリーCに時雨が説教までし始めるほど。
また、忌雷に寄生されており、それを抜き取ったとしても、中身は何も変わらなかった。深雪のことは悪として認識し、自分達のやり方を正しいと思い込んでいる傲慢な存在。
あまりにも気分が悪く、治療の甲斐なく何も変わっていないことに、深雪は深い溜息を吐くこととなった。
「……あと1人だな。浜風みたいに『増産』が出来るようにさせられたヤツだ」
正直、深雪は治療するのも嫌になりつつあった。忌雷に寄生されていようがされてなかろうが、脅威は去るが深雪に対しての態度は変わらない。
だが、これはいつものこと。理不尽な暴論で存在を否定されたとしても、深雪は耐える。敵であろうがなんであろうが、忌雷は引き抜く。未来の被害者のために、今自分が嫌な思いをするだけでそれが救われるのならば、それで構わないと。
「今は艤装が無いから増産は出来ないってことでいいのか?」
「どうなのでしょう……増やす場所が無いと増やせないというのはありそうなのですけど」
その擬似カテゴリーKの艤装は、ムーサが引っ剥がした後にさらに内部の忌雷を全部喰らい尽くしている。その際に致命的な破損もしているため、攻撃などには使えない。
しかし改めて装備させるとまたそこを苗床にしてしまいかねない。故に──
「……ムーサお前何してんの」
「装備サセタラ忌雷ガ増エタカラ、
剥がした艤装をまた装備させ、『増産』を使わせて忌雷を増殖、その都度目の前でそれを平らげていくという、ムーサにとっては至福の一時を作り出していた。逆に擬似カテゴリーKにとっては地獄の時間である。
まともに機能しない艤装に忌雷を生み出すことしか出来ない、まさに苗床状態。しかも生み出した忌雷はムーサの栄養にしかならない。目的を達成することなんて出来ず、傷つけられているわけでもないから文句も言えない。むしろムーサがそこにいることで、恐怖心にも駆られて動くことすら出来なかった。
「お前すげぇよ」
「ソレホドデモ」
「褒めてねぇからな」
まだ電磁波を受けていないようなので、耳からイヤホンをもぎ取って握り潰す。これで話が出来るようになった。
「よう、もうわかってるだろうが、お前らは全員終わらせた。攻撃も出来ねぇ。逃げることも出来ねぇ。アイツは忌雷も引き抜いてやった。お前が最後だ」
ただでさえムーサから意図せず恐怖を与えられているのに、目の前に特異点が立っているのだから、余計に恐怖心が増す。ヒッと声が漏れ、ガタガタと震え出した。
忌雷に寄生されているにもかかわらず、精神的に限界が来ているのが見てわかる。ムーサの捕食を目の当たりにしたことで、余計にそれが顕著になっていた。
忌雷に寄生されると、それだけでもやたらと増長する。既に敵の教育を受けているというのなら、尚更特異点に対して敵意を丸出しにしてもいい。
しかし、今やその敵が目の前にいても敵意すらなく、ただただ恐怖を感じていることを言動で示し続けていた。
「あのさ、ミユキ。ちょっと提案があんだけど」
そんな擬似カテゴリーKを見て、グレカーレが何か思いついたように深雪に近付いてきた。電磁波の照射をするつもりだったようだが、電がそれをせず、かつイヤホンはもぎ取っているため、グレカーレの仕事はこの時点で終わっている。
なお、共にいた時雨はイヤホンを外したカテゴリーCに対して嫌味と皮肉たっぷりの説教中。動けない事をいいことに、上から目線でコレでもかと呪いを吐き出している。グレカーレは近付かんどことそこから離れただけ。
「ん、どうした?」
「この子もさ、トラの時みたいに羅針盤吹っかけてみない? もしかしたら、正気に戻るかもしれないよ?」
先に忌雷を抜き取った擬似カテゴリーKは、それでも特異点に対して敵意しか見せてこない、あちら側の思い通りの存在になっている。だが、グレカーレ的にはこちらは何か
この状況になっても、勝ち目が一切ないとしても、恐怖より先に特異点に対しての悪態を優先するのがあちら側。そういうことで言えば、寄生されているのに恐怖を表に出しているというのは逆に初めてである。
「やってもどうにもならなかったら、その時に抜きゃいいか。やってみる価値は……あんのか?」
「敵の能力の解析とか出来ないかなって思ってさ。それにあたし、ちょっと面白いこと思いついたんだよねぇ」
グレカーレの悪い笑顔に深雪は呆れつつも、やらないよりはやってみるかと深海棲艦化。それを目の前で見たことで、またビクッと震えた。やはり敵意はあまり見せない。
「1つはムーサのためでもあるんだよ。定期的にオヤツが出てくるヤツが1人いると良さそうでしょ。まぁ取り扱いはめっちゃ気をつけないといけないけど」
「誰かに寄生したら終わりだぞ。気をつけるだけじゃ足りねぇ」
「まあまあ、でもまずはやってみよやってみよ」
大人の姿になった深雪に笑みを向けて、前と同じようにしっかりと抱き止められる。そして電にも手招きをして、あの時の全く同じポーズを取らせた。
深雪に抱きつかれたいという邪念が無いとは言わない。だが、この妙案は少しおかしな方向へと進むことになる。
「よし、それじゃあ、やるぞ」
「なのです!」
「あいよ、あたしの願い、ミユキに託すよ」
それは心からの救われてほしいという願い。この恐怖を感じていること自体が、彼女の
元々はそこまで好戦的ではなく、むしろ優しく少々後ろ向きな、どちらかといえば電タイプな性格なのではという分析。それを忌雷によって取り払われて、いいように扱われていたのではとも。
そんな艦娘が、ここでこのまま使われるのは、グレカーレとしても気の毒だと思ったようである。他の者にそんな気持ちが生まれなかったのは、あくまでも深雪のことを敵視していたから。だが、敵視よりも恐怖を感じているのなら、本当の心を取り戻せば深雪のことをそんな風に考えなくなるのではと予想。
つまり、グレカーレの予想では、この擬似カテゴリーKだけは、トラや居相姉妹と同様に、その教育に対して疑問を持つ者だった。話せばわかるタイプ。
「元に戻りな。それでもあたしの事を敵だと思うのならそれでいい。他の連中と同じだって思うだけだ」
そして発射される煙幕。小さな弾のようになったそれは、見事に顔面に直撃。そこから、グレカーレの『羅針盤』が起動する。
「まぁ、本当に向かなくちゃいけない道が他の連中と同じって思い込んじゃう可能性もあるけど」
「おまっ、やってから言うんじゃねぇよ! 真っ直ぐ敵意向けられる可能性あるってことじゃねぇか!」
「まあまあ。それならこれまでと同じってことで諦めがつくっしょ。もう見てきてるんだから、気分は本当に良くないけど」
ケラケラ笑うグレカーレに深雪は呆れるしかなかった。しかし、どちらにしろ敵意を向けられているのならば、元に戻る可能性があるこちらを選択するのも悪いことではない。
逆に、『羅針盤』のせいで洗脳教育が完成してしまう可能性も否定出来ない。向くべき道が見定められるというのは、疑問が無くなるということ。とはいえ、洗脳教育自体が本来向くべき道を捻じ曲げる行為であるため、それをも矯正出来る可能性がある。
「さぁ、どうなる」
煙幕により『羅針盤』の力で道を見定めることが出来るようになった擬似カテゴリーKの艦娘は、見る見るうちに顔色が悪くなってくる。そして、その場で吐いてしまった。
「ど、どうした? 気持ち悪くなるようなことはしてねぇはずだけど」
そんな彼女を、ムーサが背中を摩ってやる。オヤツサーバーには優しく接するようである。
「ち、違うんです。けほっ……大丈夫、ですっ」
思い切り咳き込んだ後、正気に戻ったせいか、一気に涙が溢れ出てきていた。
「お友達が、バケモノにされて、でも、それが当たり前だって、思い込んでたのが、すっごく怖くて……っ」
やはりこの艦娘は洗脳教育に疑問を持っていたタイプ。正気に戻れた事で、周りが間違っていることに気付くことが出来た。だが、それはこれまでのことを省みるということ。出来損ないにされた艦娘は友達だったのに、そうなったことに対して何も感じず、当然であると思っていた自分に吐き気がして、結果的に本当に吐いてしまった。
「大丈夫だ。さっきまでのお前は、全部忌雷のせいで狂ってただけだ。まだお前の中にはそれが入っちまってるけど、グレカーレの力のおかげで正気には戻れた。だから、もう大丈夫だからな」
「えうっ、ううっ……うわぁあんっ!」
そして、大泣きしてしまった。そうなってしまうのも仕方ないこと。これまでの時間は戻らないという残酷な現実を、深雪達が少しでも和らげるため、今は泣きたいように泣かせてやった。
ようやく泣き止んだその艦娘は、ムーサが上手く運んでくれる。やはりオヤツサーバーには優しい。
ちなみに他の者はかなり無理矢理運んでいる。特に時雨は、まだ敵意を持っているカテゴリーCの空母の髪を掴んで引きずろうとしたため、流石にやめろと嗜められている。グレカーレはいいぞもっとやれと煽ったが。
「お前、名前は?」
「あ、は、はい、高波、です」
「じゃあ高波、お前うちの艦娘になる気、ないか?」
深雪からの勧誘に、擬似カテゴリーK──高波は、少しだけ考える素振りをする。
こうなったからには、もう元の鎮守府には戻れないし、そもそも戻りたくない。だが、艦娘が鎮守府から逃げて、まともに生きていくことは出来ない。ただでさえ忌雷を生み出す苗床にされているのだから、自分自身を律したとしても、誰かに間違いなく迷惑をかける。
ならば、まだ艦娘として鎮守府に属し、自分の持つ厄介な身体をいつでも治療してくれる深雪と共にいた方が、誰のためにもなる。その上で、生み出してしまった忌雷を喜んで
「は、はい、高波からも、よろしくしたいかも、ですっ」
そんな声が聞こえたからだろう、
「まだわかっていないようだね。君達のようなゴミは命が救われただけでも平伏して感謝に咽び泣くべきではないのかい。生かされていることがどれだけ幸運かをまだ理解していないらしい。僕は別に君達を始末してもいいんだ。指先から少しずつ刻むような拷問だって、喜んでやってやってもいい。でも、君達のために我慢してやってるんだよ。それに、痛みはなくても苦しめることなんていくらでも出来るんだ。それを試してやってもいいんだよ」
酷い説教を受けたからか、時雨が話し出すとスンと黙ってしまった。時雨の目を見ればわかる。やっていいと許可が出れば、本当にやる。どうせやらないんだろと高を括ったら最後、本当に後悔するくらいのことをされる。それだけ本気なのが目からわかった。
「それで黙るくらいなら、最初から口にしちゃいけないよ。更生出来たら、君達は僕に感謝することになる。あの時生かしてくれてありがとうとね。だから今は黙ってなよ。彼女は自ら選択する力を持ったけれど、君達はそれでも選択すら出来ないお子様以下なんだからね」
ニッコニコの時雨である。呪いの発散が出来ているのが気分がいい様子。一極化された分丸くなったとしても、呪いが払拭されているわけではない。むしろ、更に尖っているとすら思える程に。
「よし、まずはうみどりに帰投だ。まだあっちでは何かあるかもしれないからな」
「あっ、そ、そうです! 高波達、
「なっ……」
高波から告げられた事実。深雪達を誘き寄せて、うみどり本体を叩く策を取っているのだと。
真っ先に深雪達が出てこなかったとしても、戦力を分散して戦いやすくしてやろうという、ある意味で常套手段。
「急いで戻るぞ!」
「なのです!」
「あたしは心配いらないと思うけどね。忌雷があったら厄介だし」
グレカーレは全く不安も無いようだが、何かあっては困る。そのため、大急ぎで帰投した。