今は全員が工廠に集まっているため、ここで今後の作戦会議を実施。未だに反抗的な捕虜達は、説教役を買って出た時雨がネチネチネチネチと言葉で追い詰めて黙らせ、グレカーレの『羅針盤』によって正気を取り戻した名取によって情報提供をしてもらうこととなる。
名取は敵仲間達からの罵詈雑言で泣きそうになっていたが、これも自分の犯した罪だから、と小さく深呼吸をして落ち着く。元々は自分もああだったのだろうし、特異点に治してもらわなければ、おそらく罵詈雑言を言う立場だった。そう思うと、今度は悲しみよりも恐怖が湧き上がってくる。
「大丈夫? 苦しいなら今じゃなくてもいいわ」
伊豆提督が心配そうに尋ねる。それに対し、名取はまだ大丈夫ですとぐっと涙を拭った。
ここで全て話すことで、不審だった鎮守府と決別し、新たな道を歩き出したいと願う。こんなことをするために艦娘になったんじゃないと言葉にするくらいなのだから、もうあの鎮守府に戻りたいなんて思っていないし、むしろ潰されてくれるなら万々歳と考えた。
確かに今からやることは裏切り行為かもしれない。所属している鎮守府を、その敵に売るのだから。だが、そうしたいくらいの悪辣な提督が管理する、艦娘の人権を悉く無視している鎮守府なんて壊れて突然である。
息を吐き、改めて話す決心をして、顔を上げる。そんな名取を裏切り者の艦隊は黙って睨みつけているようだが、それに対してもニッコニコの時雨が睨みを利かせ、猿轡だけじゃ足りないかいと指をチョキにして素振り。目を潰すぞという暗黙の意思に、顔色が悪くなっていた。
「話します……私達の鎮守府のことを……」
そこからは、名取の独白のようなものだった。
彼女の配属された鎮守府は、表向きは他と何も変わらない鎮守府である。だが、その実態は艦娘に洗脳教育を施し、その長たる提督の思い通りに動く駒を作り、阿手の実験に何も抵抗を持たない存在へと仕立て上げる場所。
そこにいる内はそうされているとは感じない。名取にも理由はわからないが、『羅針盤』影響下なら鎮守府そのものが頭をおかしくしているのだと理解出来る。
「……アナタ達の身体を調べてみる必要はあるけれど、おそらく……薬か何かを使われているんでしょうね」
伊豆提督が苦い顔で名取に伝えると、そうかもしれないと俯きそうになっていた。
確固たる証拠は何処にも無いが、あまりにも簡単に言うことを聞きすぎていることから、その線で疑いをかけていた。例えば食堂、提供される食事に特殊な薬を混入させ、洗脳教育の補助をしていたと考えるなら、納得出来る流れになる。もしくは艤装などから直接取り入れさせるということも。
誰もその教育を疑わないというだけでもおかしい。今はここにそれを疑った者が3人いるわけだが、それでも薬は使われ続けていたはず。たまたま体質が薬に合わなかったのか、それとも何か別の理由があるのかはわからないが、運が良かったと言えるだろう。
「鎮守府には……まだ艦娘はいます。それに……バケモノにされてしまった仲間も。それを、私は……身体が合わなかったんだと悲しむこともせず……むしろ見下していた……」
ついさっきまでの自分の感情も全て覚えている。忘れたくても忘れられない。忌雷に寄生され、頭の中は完全にあちらの思想に染まり、自分が高みに行けたと傲慢になり、行けなかった者に対して自分より下の者だと見下す。ただただ不遜。今思えば、自分が一番嫌いそうなタイプの人間だと、名取は自嘲する。
ここにいる裏切り者の艦娘達は、全てがそうされている。これもまた、薬を使った洗脳教育の賜物。人格を歪ませ、そこで行われることは全て正しいと誤認し、忌雷の寄生によって完成する。そうでなくても絶対服従に疑問すら浮かばない、人権が完全に剥奪された存在にされていた。
だが、その中でもそれを疑問に思う者というのは存在する。名取や高波がその代表。むしろ、それを疑問に思ったからこそ、忌雷を優先的に埋め込まれたとも考えられる。そんな思考を消し去るために、より短絡的に物事を考えられるように。
「鎮守府には……まだそんな艦娘達が沢山います。ここにいるよりも、多いくらいと思っていただけると」
「そうなのね……配分とかはわかるかしら」
「はい……でも、バケモノにされた仲間の方が多いくらいです」
それを聞き、明らかに工廠の空気が変わった。その発端となったのは、他の誰でもなく、伊豆提督の明確な怒りによるものだった。
表情は変わらず、いつもの優しいお兄さん。口調も変わらず、仲間に寄り添うオネエな提督。しかし、周りに漂う雰囲気だけは、あまりにも冷たく、知る者ですら震え上がりそうになる。
命を粗末にする者が本当に許せない。優しいが故に、怒りが頂点に達すると誰よりも冷酷。
「アナタの力は……『操縦』ね。ごめんなさい、それだけはこちらですぐに調べさせてもらった。妖精さんは見ただけでそれがわかるの」
「そう、なんですね。はい、私が与えられたのは、操縦です。バケモノにされてしまった仲間達を、意のままに操るための力です……私が触れたモノを好きなように操れます……」
この『操縦』の曲解、便利な部分もあれば不便な部分もある。直接素手で触れなくてはならない代わりに、一度触れてしまえば解除を考えない限り永続的に思うがまま。2秒ほど触れておかねばならない代わりに、それさえ出来てしまえば相手の意思など関係ない。意思まで乗っ取ることは出来ない代わりに、思考はそのままにやりたい放題出来る。そして、
「私の力では数人が限界で……ここには2人がかりで6人を連れてきています……。数に制限は無いですが、能力に制限があります。多く操縦しようとすると……どうしても疎かになるので……」
「右手と左手で別のことをするようなものね。簡単な命令といえど、コントロール下に置いておくのも難しいと」
「はい……数が増えれば増えるほど、出来る命令は簡単になります……」
とはいえ、その命令には忠実に身体が操縦されるのだから侮れない力である。触れられてもすぐに振り解けば問題ないが、そうでなければそのままアウト。簡単な命令しか出来ないにしても、とても簡単な命令──『死ね』を実行させれば、自分の意思に関係なく自死する。堪ったものではない力である。
「鎮守府には……その力を持つ艦娘がまだそれなりに配備されています……。1につき3人、バケモノにされた艦娘がついているくらいには……」
「……そう……なら一筋縄では行かないわね」
伊豆提督の怒りは一層深くなる。何故そんなことが悪気もなく出来るのかというのもあるが、その全てを艦娘にやらせているのがどうにもこうにも気に入らなかった。
自分はあくまでも安全なところで見ているだけ。自分の命は大事。艦娘を束ねる者という意味を完全に履き違えている。
「アナタの提督はどうしているかわかる?」
「……おそらく、鎮守府に籠城しているかと思います……」
陸路を使って出ていこうともしていないのは助かったものである。通信を始めとした鎮守府のシステムが白雪のハッキングにより完全に破壊されている今、そこから出ていくのも困難だろうし、出て行ったとしても何処に逃げればいいかなんて簡単にはわからない。
それに、阿手の教育を受けたような提督だ。肥大化したプライドが、逃げるという選択肢を狭めている。後始末屋のことを甘く見ている節もあるため、今頃この部隊が特異点諸共始末していると勘違いしている可能性もある。陽動作戦を使って有利に持っていこうとしていたのだから、この策がこんなカタチで失敗しているなんて思ってすらいないかもしれない。
「なら話が早いわ。うみどりはこれから、その鎮守府へ向かい、殲滅戦を開始する。そこにいる者は全員生かして捕えること。出来損ないにされた子も、なるべく無傷で捕らえて。せめて綺麗な身体で弔ってあげたい」
うみどりの艦娘達の意思は1つだ。これだけ悪態を続ける艦娘達だって被害者といえば被害者。なるべく無傷で救い、更生の道を歩ませたい。まだやり直しは利く。
だが、裏切り者の提督だけは許してはおけない。必ず捕まえ、大本営に引き渡す。そして、伊豆提督ですらとんでもないことを言い放つ。
「艦娘達はなるべく無傷で捕らえてちょうだい。でも、提督は別よ。
死ぬことによって裁きを回避するようなことも許さない。現実から逃げようだなんてそうはいかない。どうせ死罪だが、償いの時間があるのと無いのとではまるで違う。
「あ、そうそう、鎮守府を襲撃する時、内部にはアタシも行くからそのつもりでお願いね。こういう輩は、自分が人間であることを盾にして、アナタ達の攻撃を躊躇わせると思うから。でもアタシは違う。地位も立場も同じ、対等な人間だもの。人間だからなんて絶対に言わせないから」
それには流石に驚きの声が上がる。しかし、その作戦に否定的な意見は出てこなかった。それが一番妥当であり、最も相手に文句を言わせない手段であることは明白。
万が一、裏切り者を艦娘がどうにかした場合、何も知らない愚か者が文句を言ってきた時に言い訳が出来なくなる。それを回避するための最も簡単で確実な手段である。
「突入部隊はすぐに決めるわ。今回は……というか今回も、海の上での戦いじゃなくなる。そういう意味では、島での戦いの前哨戦よ。辛い戦いになるのは間違いないけれど、これが始まり。まずは、こんな巫山戯たことを平気でやってくるような人間を、確実に終わらせましょう」
うみどりの艦娘達の、絶対に許さないという強い気持ちが、全て一点に集中されていた。
「深雪ちゃん、ちょっといいかしら」
この作戦会議が終わった後、伊豆提督から声をかけられる深雪。
「ん、なんかあったかな」
「今、特機ってどれだけあるかしら」
この襲撃で手に入った忌雷は2桁にも上る。それを全て特機に変えているのだから、それなりに数は用意出来ていると言ってもいい。とはいえ、流石にうみどりの仲間の数よりは少ないが。
「鎮守府襲撃メンバーには、全員1体ずつは特機を貸し出して上げてほしいの。万が一を考えると、保険はかけておきたいわ」
「だよな。どれだけの人数で行くかはわからねぇけど、10人も行かないだろ。なら大丈夫、全然足りてるぜ」
「ありがとう、安心したわ。アタシはしっかり自分の身を守らなくちゃいけないけれどね」
特機は艦娘や深海棲艦には使用可能だが、人間には使えない。伊豆提督は特機の寄生に対応していないため、忌雷の寄生からはどうしても自分の身を守る必要が出てくる。
とはいえ、そのための特機も借り受ける予定だ。寄生することだけが特機の仕事では無い。寄生されないようにするのも仕事である。
「深雪ちゃんはどうしても、そこの部隊に入ってもらうことになるわ」
「ああ、だと思ってた。あたしにしか出来ないこともあるからな」
「毎回毎回負担をかけちゃってごめんなさいね」
「いいっていいって。あたしから志願するつもりだったしさ」
笑顔で拳を突き出す深雪。伊豆提督も、そう言ってもらえると嬉しいと、そこに拳を突き合わせた。
次は裏切り者鎮守府での戦い。敵は襲撃してきた数よりも多いようだが、負ける気など毛頭なかった。